第6話 守護仏選び
「気になった仏……」
とはいえ、俺は、前述の通り、宗教はちゃんぽん状態の、ただの日本人だったのだ。
急に、「仏教徒として、全てを仏に委ねなさい」というのは、戸惑いを隠せない。
「うん。もちろん、その仏の得意分野とかあるし、それで選んでもいいんだけど……やっぱり、こういうのって、かっこいいとか、美しいとかで選びたいじゃない?」
リュウは、そう言って、駒になっている仏を一つ一つ、机の上に並べ始める。
「うーん、でもなー」
「あっ!」
リュウは、口に手を当てて、言う。
「一応忠告しておくけど、こういうお像の前で、仏様の悪口とか、失礼にあたる発言をするのはだめだよ?天部でも心の広い仏様もいるけど、天部の仏っていうのは、まだ悟りを開いていないからね。バカにされれば怒るし、怒ったら魔王様クラスでないと仏とは戦えないわ」
俺は、内心、「変な仏様もいるなあ」と思っていたので、どぎまぎしながら口をつぐんだ。そういえば、例の弁天池のあるお寺には、弁天様と顔がおじいさんで体が蛇の、やはり仏様の像があったことを思い出した。
「そういえば、体が蛇で、顔がおじいさんの天部って、ここにはいないのね?」
俺が、駒を一体一体見ながら言うと、リュウは少しびっくりしたような顔をする。
「そう!宇賀神王のことね!ニーニア、その記憶はあったの?宇賀神王は、天部じゃない。『王』って付くけど、明王でもないの。弁財天の頭に乗っている、財運を司る仏で、祀られているのも弁財天と一緒のことが多いわね。弁財天のお像なんかには、巳さんといって白い蛇も付いてくることがあるんだけど、あれも宇賀神王の化身だとも言われるわ」
宇賀神王の説明を聞きながら、俺は仏様たちの顔を見比べていた。
……正直、どれも同じに見える。確かに、男性・女性・若い・老いている、くらいはわかるのだが、他は同じである。
「毘沙門天とか、恵比寿様・大黒様なんかは聞いたことあるな……」
「毘沙門天は、戦いの仏だから、確かにかっこいいわよね。恵比寿様は天部じゃないけど、海運の仏。つまり、旅の安全なんかを祈願するわ。大黒天は、元々はシヴァっていうインドの破壊神だったんだけど、仏教に輸入されたら、財宝の仏として変わったっていう、面白い仏様よ」
俺は、かっこいいなら戦う仏がいいな……と内心思った。戦神をかっこいいと思うのは、「男の子」として当然のことである。ドラゴンとか、戦国武将とか、三国志とか、皆好きだろ!?そういうものである。
「じゃあ、毘沙門天……」
と、そこで、一つの駒に目が止まった。象。正確に言うのなら、頭が象で体は人間が、二人で抱き合っている仏である。
「リュウ、これは?」
「あっ……!」
そこで、リュウは、少し言葉に詰まった。俺は、首をかしげる。
「可愛い仏様じゃない。頭が象なの?これは」
「……うん。まあ、可愛いはセーフかな……でも、その仏様は、初心者向けじゃないよ」
リュウは、歯切れ悪く答える。俺は、また首をかしげた。
「初心者向けじゃない仏様っているの?」
「うーん……この『歓喜天』はね、元々はガネーシャっていう障害の神だったのよ」
「あ、ガネーシャって知ってる。でも、確かインド雑貨屋では幸運の神様って書いてあった気が……」
「まあね。それも一応合ってるわ。歓喜天は、ガネーシャであった頃に、酷く暴れて大地震を引き起こしていた歓喜天をどうにかするために、十一面観音という観音様が頭が象の美女に化けて、出向くの。当然、歓喜天は、十一面観音に一目惚れして、『恋人になってほしい』と願い出たわ。十一面観音は、にっこり笑って、『あなたが仏法に帰依して、乱暴をはたらかないのなら、恋人になりましょう』と答えたのね。かくして、大地震は収まり、ガネーシャは歓喜天として天部の一人になったってわけ。ちなみに、この、抱き合っているうちの片方が十一面観音ね」
「しつもーん!『帰依』って何?」
俺は、手を上げる。リュウは、くすりと笑った。
「『帰依』っていうのは、『信仰する』ってことね。仏教ではよく出てくる単語だから、覚えておいてね、ニーニア」
「はーい」
「でね、歓喜天なんだけど、祀るのがとても難しい仏だって言われてるのよ。行者は、それで命を落とす人もいるほど。『行者に厳しく、俗に甘い』って言われてるのが天部なんだけど、歓喜天に至っては俗にすら厳しいのよ」
俺は、そっと、無意識に握っていた歓喜天の像を元に戻した。どえらい仏を選んでしまったようだ。
「まあ、でも、歓喜天は、『幾多の仏に見捨てられた者を、最後に救う仏』とも言われてるわ。歓喜天のご利益は、『どんな願いでも叶える』ということ。本当に、どんな願いでもね。その願いが良き願いであろうが、悪しき願いであろうが、歓喜天には関係ないの。歓喜天は、ただ、願いを叶えるだけ。でも、その願いを叶えるだけっていうのがどれほど難しいか、多分、心が純粋な歓喜天でなければ成しえないとは思うわね」




