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第4話 平手打ちと、リュウという娘

 駆け寄ってきた女は、パフスリーブというのだろうか?提灯のように膨らんだ袖をしたドレスをまとっている。黒髪を2つの三つ編みにして、眼鏡をかけた、「委員長」と言えるような風貌の女だ。

 

「な、何もしてないわよ」

 そう、ばつが悪そうに、カーエラは言うが、その女は、俺とカーエラの間に立って、カーエラの方をくるりと向く。


「カーエラ!魔王様の娘に、手を出さないでって何度言ったらわかるのかな!?」

 俺は、なんとか立ち上がった後、カーエラとその女のやりとりを見守ることにする。


「手なんか出してないわ……ちょっと、ニーニアがよろけたから、起きるのを手伝っただけよ」

「嘘!思いっきり平手打ちしてたじゃない!」

「え……アンタ、見てたの?」

「それは……。ともかく、上司の娘に平手打ちするなんて、言語道断だわ!」


 俺は、一人でぽつんと取り残されたまま、呆気にとられる。


「でもね……平手打ちをしたところを見て、慌てて駆けつけたんだろうけど、ホント、リュウはニーニアびいきよねえ」

「それとこれとは関係ないでしょ!それに、魔王様の娘を特別視して何が悪いの?」

「まあね。それが、『魔王様狙い』なら、の話だけどね」

「……何が言いたいの……」


 リュウ、と呼ばれた、その眼鏡の女は、苦々しげにそう言って、カーエラから視線を逸らす。

 俺は、どう言葉を挟もうかと口をぱくぱくさせることしかできない。


「ともかく、このことは魔王様には言わないけど……このままだと、魔王様もいずれは気付いて、あなたの立場が悪くなるよ」

「……ぐっ……この……!」


 カーエラは、ツインテールを揺らして、体を反転させる。ちょうど、俺たちの視線からそっぽを向く形だ。


「……部屋に戻るわ。でも、ニーニア、アンタには絶対謝らないから!」


 カーエラはそう言って、コツコツと靴音を響かせて、俺たちから去って行った。


「全くもう……ニーニア姫、右頬を冷やした方が良いよ。結構な力で平手打ちされたみたいだから。氷を持ってくるから、私の部屋に」


 そう、リュウと呼ばれた女は、俺の転がっていってしまった杖を拾って、「ん」と俺に肩を見せてしゃがみ込む。


「……?ええと?」

「おんぶするので、肩に掴まって、お尻を私の両腕に乗っけて」

「お、女の子にそんなことさせるわけには……!」

「ニーニア姫、そこまで忘れてしまったの?」


 リュウは、どこか悲しげに、眼鏡の奥の垂れ目気味の瞳を伏せた。

 しかし、すぐに笑顔になって、「ほら、早く!」とその体勢を崩すつもりがないようだった。


「う……え、ええと、じゃあ、お願いします……」

 俺は、普通の男には到底経験できないような、『女の子におんぶされる』という羨ましいんだかみじめなんだかわからない行為に及んだ。


 リュウの体は、細くてか弱く見えたのだが、魔族かその他のものかわからないが、俺が乗ってもがっしりと安定していた。

「り、リュウさん……大丈夫ですか?」

「本当に忘れているのね。私たち、幼なじみなのよ?だから、ニーニア姫には、私、敬語を使わないの」


 リュウは、俺を乗せているにも関わらず、軽やかに一歩一歩を踏み出している。


「まあ、公共の場では、敬語を使うこともあるけど。だから、ニーニア姫も、私のこと『リュウ』って呼び捨てにして欲しいな」

 俺は、「女の子の幼なじみで、しかもため口呼び捨て」という、夢のような境遇に、思わず神に感謝したが、そもそも今の俺は女だということを思い出して、少しだけ凹んだ。


「じゃあ、私のこともニーニア、だけで……」

「だめ」

「即答!?」


 俺は、即却下されたことに少々疑問を抱いたのだが、リュウの顔をちらりと見やると、険しいような、何かとんでもない決意を秘めているような顔をしていたため、それ以上聞くことができなかった。



――

「冷たっ!」

「ほら、動かないで。ちゃんと冷やさないと、魔王様に怒られちゃうわ」


 俺は、リュウの部屋で、右頬に氷嚢ひょうのうのような袋に氷の詰まったものを、押し当てられていた。

 

 カーエラをかばうつもりはないが、まあ、女性として、とびきり美しい今の俺の顔に、アザや何かが残るのは確かに気が引ける。


 リュウの部屋に入るということで、一瞬、女の子らしい、ファンシーな部屋を期待していたのだが、実際の部屋は、必要最低限のものしかない、どこか機械的な雰囲気のある部屋だった。

 本当に、これが女の子の部屋かと思ったが、リュウは、部屋を飾り付けるという気持ちがそもそもないらしい。


「え?部屋?そんなの、寝るところがあればいいじゃない?飾り付ける子もいる?うん、聞いたことはある。知ってるけど、それがどうしたの?」


 そう、悪びれもなく、きょとんと答えるリュウに、またしても何も言えなくなる俺だった。


「カーエラはね、魔王様のことが本当に好きなのよ。悪く思わないでね?平手打ちだって、あの子があなたを叩こうとすると、あなたがあの子の手を避けて、あの子がすっころがるまでが一連の動作だったの。カーエラ、あなたが記憶喪失になった、って嘘をついていると思い込んで、思いっきり振りかぶったのよね」


 俺は、「うん……」とうなずいたが、正直、「同僚のフォローまでしてるリュウは大変だな……」と思っていた。

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