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第3話 本当に記憶喪失!?

 軍医であるジョクトから、「数日は医務室で過ごすこと」と言いつけられていた俺は、3日間ほどは、それを忠実に守っていた。

 だが、スマホもパソコンも、ラジオすら娯楽のない場で、ずっとベッドに縫い付けられて過ごすというのは、なかなかの苦痛を伴った。


「あー……暇……」

 俺は、ベッドに両手を頭の後ろで組んだ状態で寝転び、呟く。一旦死んだとはいえ、体はもう全快に近く、軽く飛び跳ねてもどこにも痛みがないほどだ。

 

 そこで、俺はジョクトに話しかけた。


「ねえ、ジョクト。そろそろ外に出てもいいんじゃないかって思うの」

「はっ!?姫様が、外に!?」


 ジョクトは、目を剥きながら試験管か何かを洗っていたのを、こちらを振り返って言う。

 ……本物のニーニアの性格は、結構大人しい方だったのかな?しかし、俺としては、暇で暇で仕方ないので、「ええ」と肯定して続ける。


「だって、ここって退屈なんですもの。外に出られないのなら、何か娯楽でもあるの?」


 ジョクトは、「うむむ……」とうなって、それから、体の力を抜く。


「……わかりました。ただし、この『魔王の王宮』の外には出ないことですな。それと、この杖を持っていってくだされ」


 と、ジョクトは、先端に宝玉のはまった、ちょうど俺が立ち上がってその宝玉を握り込める程度の高さの杖を差し出した。


「魔法は……そういえば詠唱スペルも覚えていないのでしたな……。なら、その杖は体を支える程度の品と考えて頂けたら」


 俺は、杖を受け取って、早速コツン、コツンと突いて歩いてみる。確かに、これは楽だ。

 ふと、ジョクトの方を見ると、ジョクトが柔らかい表情で俺を見ているので、少しぎょっとした。


「な、何?」

「……いえ。姫様が、こうしてご自分自身で何かをしたいと言われたのは本当に久しぶりですからな……」


 俺は、「しまった……」と内心で感じていた。ニーニアになりきる!とまでは考えていなかったのだが、ニーニアとあまりキャラを分離させたくはない。俺は、北島マヤではないのだから、芝居という芝居はしたことがないし、自信もない。

 しかし、ニーニアとしてこれから生きていくのに対して、多少の芝居は必要である。


「じゃあ、少しだけ散歩してくるわね。ジョクト、手を貸して貰って嬉しかったわ」

 すると、ジョクトは、また目を剥いた。……また、余計なことを言ってしまったのかと俺は思ったが、ジョクトは「いってらっしゃいませ、姫様」と言って、また作業に戻っていった。


「ふう……」

 医務室を出たところで、俺は一つため息をついた。ようやく、俺が俺であることが許された時間がやってきたからだった。


「ま、でも、『俺』とか言わなければ……で、乱暴な言葉遣いを直す……」

 俺は、そう独りごちながら、カツン、カツンと杖の音をさせて、その場から歩き出した。


――


 少し、魔王城を歩いたところで、俺は奇妙なことに気がついた。

 そういえば、植物の姿が、どこにもない。この世界には植物はないのだろうか?とも思ったが、一応、医務室にはそれらしきものの標本が見られたので、ただ単に俺が見ていないだけだろうと考える。


 しかし……。

「緑って、ホント大事なんだな……」


 最近では、病院内でも切り花やフェイクグリーンが飾られていたりする。それほど、植物というものは癒やしの効果が高いのだろう。

 しかし、魔王城内部には、一切そういった緑がない。俺は、少し息苦しい感覚に囚われていた。


 ……そのときだった。


「あら?これはこれは、記憶喪失で薄幸の令嬢のニーニア様じゃないの」


 俺の前に、一人の女が立ちはだかる。俺は、その女をゆっくりと見上げた。


 金髪のツインテール。顔立ちは、可愛らしいと思える雰囲気だが、俺の好みではない。って、俺の好みの問題ではない!と思うのだが、うん、可愛い顔をしている。

 長袖のゆったりとしたニットを着ているが、残念、胸はさほど大きくはない。年は、17歳くらいの、美少女だ。


「……何よ。ジロジロ見ないでくれる!?」

「……すいません」

 俺は、理不尽だと思ったが、反射的に謝ってしまった。こういった「強気系女子」が、俺は苦手なのだ。

 その女性は、少し眉にしわを寄せる。それから、急に、俺の右頬に痛みが走った。


「痛っ……」

 俺は、ガシャンと杖を倒し、その場に崩れ落ちた。そして、その女が俺に向かって平手打ちしたのだと理解する。


 しかし、女は、一瞬呆気にとられた顔をして、それから、慌てて俺を抱き起こす。

「ちょっと!ホントにあんた、記憶喪失なの!?やば……思いっきり平手打っちゃった!大丈夫!?」

 俺は、半ば混乱しつつ、女に体を起こされ、俺は「大丈夫です……」と呟いて、自分でも体を起こした。


「……ふん!記憶喪失って、本当だったのね!本来なら、あんた平手くらいは避けるものね」

 女は、少々ばつが悪そうに、俺の顔を見ずにそう言った。

 ……??いや、記憶喪失だって信じてなかったのかよ!と思うが、「はあ」と俺は生返事をする。


――そこで。


「カーエラ!何してるの!?」

 と、第3の女が現れたのだった。

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