第38話 『黒鳥』
「あの黄金の剣は……! 」
リュウが、怖がるダイアナをなだめつつ言う。
「バルドルさんが、『黒鳥』なの!? 」
「『黒鳥』? 」
俺が、急に出てきたファンタジー要素のある単語に、首をかしげると、リュウはうなずいた。
「そうよ。かつて、魔王様が地上を攻めていた頃、勇者軍に『黒鳥の飛ぶところ、人の死体が山のように降り積もる』とうたわれた、魔界一の剣士の話よ。『黒い髪に黒真珠の肌、その手には黄金の剣あり』と言われているわ」
「そ、そんなに昔から、バルドルっているんだ……? 」
俺は、改めてバルドルとアブ王子の戦闘に目をやった。
アブ王子が、紅蓮の炎をまとわせた剣で、バルドルを薙ぐ。
しかし、それは、バルドルの右手の剣で防がれる。
だが、バルドルは、その瞬間、にやりと口元をつり上げた。
「っ!???? 」
アブ王子が、急に剣を振り落としそうになる。
かろうじて剣はアブ王子の左手に収まったが、アブ王子はどこか驚きをまとった目で、バルドルから距離を取った。
「お前は……!? 」
「お目にかかれて光栄です、イスラムのアブ王子。僕が、『黒鳥』の名を継ぐ、剣士バルドルと申します」
バルドルは、わざとなのか、かしこまって剣を振り、一礼する。
なるほど、ということは、昔いた『黒鳥』とバルドルは一致しないということか。
「『黒鳥』だと……!? 何故、滅びたはずの国の鳥の名が、仏教国のお前に……!? 」
アブ王子は、目を見開いてそう言った。
そういえば、そうか。
俺も、幼い頃に、動物園で黒鳥を見たことがあるが、確かに日本では黒鳥は珍しく思う。
「僕は、その滅びた国の、更に滅びた民族にあたります。この黒い肌も、黒い髪も、その名残り。さあ、もういいでしょう? 続きをしましょう」
バルドルは、本当に、自分のことなどどうでもいいといったように、剣を構える。
本当だ。本当に、バルドルは、自分のことを語るより、剣を振るいたいのだ。
「え……? じゃあ、バルドルさんって、ものすごく強いんですか? しかも、その人が味方なんですか? やーいやーい! へたれ王子-! 私たちに挟まろうとするからこんな目に遭うんですよ~! 」
「……ダイアナ……あんた……」
俺は絶句する。
全く、ダイアナという女性は、いい性格をしているようだ。
ちらりとリュウの方を見てみると……。
「すごいわ! 雷の剣なんだね!? だから、アブ王子の剣を感電させて弾くことができるのね!? 本物の『黒鳥』がいるなんて! ああ、広目天様、私、生きてて良かった……! 」
こちらも、何か興奮している。
……俺がリュウを助けに行った時は、そんなこと言わなかったのに。
ちょっと、心がぎゅっと痛くなる。
あれ?
「何? この感じ? 」
俺が、初めての感覚に戸惑っていると、再びバルドルがアブ王子の剣に襲いかかる。
ギイン!
金属音が響き、剣同士がぶつかり合う。
しかし、そこで、アブ王子は、ついに痺れた腕で、剣を支えられなかった。
「しまった! 」
アブ王子が、剣を拾おうとしたところで、バルドルの右手のうち一本が、アブ王子の首の皮を一枚を裂いた。
「ぐう……! 」
「ここまでです、アブ王子」
そう言って、バルドルは、その剣を引いて、アブ王子を完全に仕留めようとする。
「待って、バルドル!! 」
俺は、そう声をかけるしかなかった。
正直、アブ王子には、残念な面が多々残されている。
だが、目の前で人に死なれるのは、嫌だ。
誰だって嫌だろう。
まあ、魔界人は、そんなこと慣れっこなのかもしれないが、現代日本からやってきた俺としては、どんんなに嫌な相手でも、目の前で死なれるというのは嫌すぎる。
「ニーニア姫……失礼、姫の前で、殺生をいたすところでした」
バルドルは、アブ王子の首を手放すと、俺の前にひざまづく。
「お願い、アブ王子を許してあげて……。彼だって、あなたと比べられるのは嫌なのよ。女性を卑下するのも、お国柄上、仕方ないわ。お父様だって、女性ばかりの仏教国幹部の中で、一人だけ男性でしょう?きっと、男性は、そういう見栄を張りたい時だってあるのよ」
「ニーニア姫……! 」
崩れ落ちていた、アブ王子が、俺のことを見つめている。
その眼差しが、情熱を帯びたものなのは、俺の勘違いだろうか?
「はあ。姫がそう言うのなら、僕はそういたしますが」
「うん。お願いよ。でも、ありがとう、バルドル。あなたのおかげで、助かったわ」
「そのお言葉が、僕にとって何よりの幸せです」
全く、バルドルは、俺に対して少し盲信すぎないだろうか?
一瞬後、ダイアナが後ろからバルドルに抱きついた。
「バルドル様~!! 」
「あっ、ちょ、なんだこの娘は!? 」
「本当に助かりました!! とってもお強いんですね!? 」
俺が、ほっと胸をなで下ろすと、リュウがつま先で駆け寄ってくる。
「ごめんね、ニーニア。あなたなら止めてくれると思ってた」
「もう……! わざとやらせたわね、リュウ! 」
俺がすねてみせると、リュウは笑ってみせる。
「あのままアブ王子が殺されていたら、仏教国とイスラムが対立するかもしれなかったわ。それには、当事者であり、仏教国の姫であるニーニアにしか止められなかったの」
「本当に、冷や汗かいたわ……! 」
俺は、一同を見渡して、ふうっとため息をついた。




