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第30話 あなた、アイドル

 リュウとキスを交わしてから、一晩が経った。

 俺も、ファーストキスだったもので、戻ってきたユウヅキが整えてくれたらしいベッドに入ってからも、ろくに寝付けずに、自分の唇を何度もなぞっていた。


 おかげで、いつも自然と目が覚める午前8時頃をすぎても、眠くてベッドから出られなかった。


 途中、ユウヅキが「ニーニア姫。朝食はどうなされますか?」と聞いてきたのだが、俺は「要らない。眠いから寝かせて」とだけ答えて、ずっと眠っていた。




――それから、仰向けで目を覚ますと、それを魔王がのぞき込んでいた。


「…………は? 」

 俺は、あまりの事態に、一瞬思考が停止する。


 ぐるぐると色々な事態が頭に浮かぶが、どれもこれも、宙をつかむように言葉にならない。


「……起きたか、ニーニア。子供の頃と、寝顔は変わらないな」

 ブルーグレーの氷のような瞳の魔王は、ものすごく、父親らしいことを言ってのけた。

 そうだった。

 魔王は、俺の父親だった、と再認識する。


「調子が戻っているようなら、謁見室に来なさい。会わせたい客がいる」


 どうやら、リュウか誰かが、俺が体調が悪いようだと言って自然に起きるまで寝かせておいてくれたようだ。

 時計を見ると、針は14時を指している。

 結構な時間、眠ってしまった。

 まあ、昨夜寝たのが、深夜2時くらいだったと思うので、そこから十分な睡眠は取れたということだ。


 しかし……。


「謁見室……? 会わせたい客……? 」

 俺は、謎めいたその言葉に、首をひねる。


 謁見室というのは、魔王が客に会うためだけの大部屋である。大きな座椅子だけがぽつんと置かれており、基本的には1対1で客を迎える。


 そんな謁見室に、俺がいて良いのか? とも思ったが、まあ、魔王に「会いたくない」と突っかかるほど厚顔ではない。


 とりあえず、着替えねば、と、起き上がって軽くストレッチをする。

 さすがにパジャマで魔王の客に会うわけにはいかない。

 リュウを始めとする、魔王軍の女性たちにはパジャマ姿でも平気で会うことはできるが、一応、俺も常識というものをわきまえてはいる。


 今日の服は、黄色いワンピースに、上からコルセットを合わせるスタイルであった。

 このコルセットというものは、俺は正直に言うと、苦手だ。

 固くて腰が自由にならないし、締め付けられる感じがして苦しい。

 なので、俺は、いつもはコルセットを緩めにして身につけていた。


「うん……よしっ! 今日も可愛いなあ、俺~」

 最後に、部屋の全身鏡で、身だしなみをチェックする。

 しかし、ニーニアの顔は、何度見ても見飽きない魅力がある。

 たとえナルシストと言われようが、俺の顔は可愛い。

 正式に言うと、俺の顔ではないのだが、それはまあ、それである。


 廊下をいくつも曲がって、俺は謁見室にたどり着いた。


「お父様、失礼します。ニーニアです」

 俺は、ドアを開ける前に一応ノックをして、一呼吸置いてから、返事を待つ。

 俺が元々いた現世での高校では、高2から、こうした礼儀作法の授業があった。

 魔王城での食事作法が、一通りできたのも、その礼儀作法の授業のおかげだと思うと、少しだけ、高校に行っている意味があったと考える。


「入りなさい」

 魔王の声でそう返事があったので、俺は謁見室の扉を開けた。



――

 そこにいた女性を見て、俺は思わず言葉を失った。


 可愛い。


 いや、ただ可愛いだけではなく、透明感がある。

 ボブカットの南国の海の色をした髪は天使の輪ができており、丹念に手入れされていることを表していた。

 アーモンド型の目は、ぱっちりと大きく、ゆっくりと俺の方に視線を送ってきた。

 そして、俺が男である以前に、おそらく女からも羨ましがられるであろう、ユウヅキより少し小さいくらいの巨乳。

 顔立ちが童顔であるのに対して、その巨乳は反則だろう、と思われる。


「ダイアナ嬢。こちらが、我が娘の、ニーニアです」

 魔王が、おそらく余所行きの、多少柔らかな声で、俺に手を向けて指し示した。

 と、俺の顔を穴が開くほど真剣に見つめていた、その女性は、慌てたようにはっと意識を戻して、椅子から立ち上がる。


「は、はじめまして、ニーニア姫! 私、ダイアナと申します! あ、あの、あの、会えてとても光栄に思っています! 」

「お、おう……あ、いや、はい」


 俺は、急にそう詰め寄られ、若干身を引きながら、なんとかそう答えた。

 なんというか、元気なお嬢さんだ。


「ニーニアは、見たことがないかもしれないが、ダイアナ嬢はこの魔界で一番の歌姫であられる。もっと一般的な言い方をすれば、アイドル、だな」

「あ、アイドル……」


 それならば、この容姿の良さもうなずける。

 というか、現実世界で平凡に男子高校生をやっていたなら、とてもではないが会うことすら難しかったであろう、アイドルである。

 

「あの、それで、私に会わせたい、というのは……? 」

 俺がそう、魔王に視線を向けて言うと、ダイアナがまず先に返事をした。


「え、えええええ!? 事前に聞いていらっしゃらない!? え、そんなのどうしよう、困る! 」

 頬に手を当てて、混乱しているダイアナをなだめるように、魔王は俺に向かって言った。


「この、ダイアナ嬢を、私はお前のハーレムの一員に推薦するのだ」

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