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第24話 農業地区に行こう

――


 門前市の後方は、どんどん小さくなっていく。

 俺とユウヅキ、そしてボルクスは、「バイクと荷車が一緒くたになった」奇妙な乗り物に乗って、首都から少し離れた場所を走っている。

 

 ……そうそう、「ツクツク」だったか「トゥクトゥク」だったか、確かタイ辺りでそんな乗り物があるというが、あんな感じである。


「……空が見えないな……」


 俺は、誰とはなしに、呟いた。

 魔界の空は、紫がかった厚い雲に覆われており、太陽が全く見えない。


「でも、地下資源のおかげで、俺ら魔界人は結構良い暮らししてると思いますよ。太陽こそ出ませんけど、こうして乗り物にも乗れますし。鉱石と石油類は豊富に出ますからね」


 同じく、窓からの風に栗色の髪をそよがせ、ボルクスが言った。

 なるほど、地下世界の方が、何かを採掘する手間は少ないということか。


「もうすぐ、農業地区に入ります。ほら、あのガラス張りのハウスの大きいの。あそこで、野菜や果物、牧草なんかを育てているんですよ」


 俺は、ユウヅキの指さす方向を見やった。

 そこには、東京ドーム何個分もありそうな、でかい照明に照らされて輝く、巨大なハウスが見える。

 あれが、農業地区ってことか。


「お客さんたち、くれぐれも、農業地区に入る前には全身を消毒してくれよな」


 金で雇った、トゥクトゥクの運転手が、こっちを振り向かずに言う。

 どうやら、リュウたちがいるのは、この先らしい。


「消毒なんてするの? めんどくさ……」

 俺が小言を言うと、ボルクスが慌てて俺の口を両手で塞いだ。

 そして、「頼むからそういうことは言わないでくれよ」という目で、俺にアイコンタクトを送ってくる。

 ……いや、俺が単にそう思ってるだけかもしれないが、おそらく合っていると思う。

 

「……姫、今、この世界では、農家を怒らせるようなことは、誰も言わないんですよ。そりゃあそうでしょう。農家が農作物を作らなくなったら、リアル餓死ですからね」

「……餓死、なの? 」

「餓死、です」


 俺は、自分が虎の尾を踏むような真似をしていたと気付いて、ひやりとした。

 無知とはいえ、それが農家の耳に入ると、かなりやばい状態になるらしい。


「だけど、どうしてガラス製なのかしら? 外からは日の光が入らないんでしょ? ガラス製にする意味があるの? 」

 俺がそう聞くと、ユウヅキが静かに答える。


「日の光は、わずかながら入る時もあるのです。わずかな日の光でも、人工的に作られた照明とでは大きな差がありますからね。町から離れたこの場所に農業地区を作ったのも、ここが魔界で一番日の光が差し込みやすいからなのです」

「ふーん、魔界も大変ね」


 俺は、呑気にそう返事をしたが、考えてみれば俺たちが日常的に口にしている家畜の肉だって、牧草を食べさせなければならないのだ。

 そりゃあ、ナーバスにもなるだろう。


「さあ、農業地区に入るよ。ここからは、歩いて行くなり、専用のトラックに乗っけてもらうなりしてくれよ」


 農業地区の門の前で、トゥクトゥクの運転手が車を止める。

 俺たちが車から降りると、すぐに門兵が駆け寄ってきて、俺たちの全身に霧状の消毒液を散布した。


「ぶほっ……これ、アルコール!? 粘膜が痛いんだけど! 」

「我慢してください。この中には、たとえ魔王様でも、こうして消毒をする必要があります」


 ひそひそと、囁くように、ユウヅキが声を抑えて告げた。

 俺は、あの顔面の筋肉が鉄骨でできているような、クールビューティの魔王が、同じように消毒液をぶっかけられる姿を想像して、危うく吹き出すところだった。


「さて、リュウさんが農業地区にいると聞いてはいますが……おそらく、農業地区のこちら側の門の前にある、集会所にいると思います」

 ユウヅキが、冷静にそう推測を話す。

 ボルクスは、それを聞いて、ぽんっと手を打った。


「ああ! 姫たちはリュウを探してるのか! そういえば、今日の朝の会議で、そんなこと言ってたっけ」

「姫ったら、今更リュウさんが一番好きだって気付いたのよ、ぷぷぷぷー! って、痛い! 痛い! 姫っ! 躊躇なく拳で殴るのは止めてください!! 」

「あんたにだけはバレたくなかったわ!? 」


 俺は、俺の中の乙女心というサンクチュアリ(聖域)を、ユウヅキが土足で踏みにじる音が聞こえたので、殴った。

 ためらいなしに、殴った。


「……ふーん。姫も、やっぱああいう清楚系が好きなのか。でも、それならなんで、ハーレムなんか作ろうとしたんです? 普通にリュウと2人きりで恋愛すれば良いのでは? 」


 ボルクスにそう問われ、俺は、ユウヅキを殴っていた拳を、ゆっくりと下ろした。


「……それも、リュウの望みなのよ」

「やっぱ、頭良いやつって、考えてることわかんね~な! ごちゃごちゃ考えて、めんどくせえ。恋愛って頭でするもんじゃねーだろ。ハートだよ、ハート」


 ボルクスは、心底呆れたように、腰に手を当ててため息をついた。


 そのとき。


「……? ボルクスにニーニア姫。なんだか、静かすぎると思いません? 」

 ユウヅキが、そう囁く。

 確かに、農場というからには、働いている人間がいるはずだ。

 なのに、今は、畑も何も、閑散としている。

 

 と、同時に、何かが倒れるような音が、近くの建物から聞こえてきた。


「――踏み込みますわ。ユウヅキ、戦闘モードにトランスフォームです! 」

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