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夜空物語  作者: 海野 仁結
4/8

4.金色

 リブラは重たい足取りで暗闇をさまよっていた。彼はもう長い間球体を探して歩き回っていたが、あの悪夢を見てから一つも見つけることができていなかった。

 何もない暗闇の中を歩いていると、まだ夢の中にいるような錯覚を起こしそうになる。意識はぼんやりとしていたが、夢に見た内容は頭の中で何度も鮮明に思い起こされていた。早く球体を見つけないと、頭の奥に焼き付いた少女の顔に押しつぶされて二度と歩き出せなくなってしまうかもしれない――リブラは球体の光を思い浮かべて、なんとか前に進んでいた。


 ほとんど真下を向いて歩いていた少年は、ふと足元がかすかに照らされていることに気づいた。彼がゆっくり顔を上げると、十数歩ほど離れた所にいくつかの光が見えた。

 その途端、リブラの頼りなかった足取りにみるみる力が戻った。それと同時に、少年は眉をひそめた。それはいつもの球体の光より弱弱しく、固く縮こまっているように見えた。彼は目をこすりながら、その側にたどり着いた。


 その球体は、今までリブラが見てきたものとは様子が違っていた。形は完全な丸ではなく、所々が角ばっていて多角形に近い形をしている。色鮮やかなはずの輝きは全体として淡く、その光が照らす範囲は狭い。手を近づけると刺すような感覚とともに、触れた所の温度が下がるのを感じた。

 リブラはふと違和感を感じ、球体の中を覗き込んだ。表面が曇って見えにくいが、灯りのついた小さな家の中で、女の子と男の子が大きな銀色の植物を飾り付けている。しばらくの間彼はじっと目を凝らし、そして大きく見開いた。

 その球体の中にあるものは、全て動きを止めていた。子どもの手から落ちた人型の飾りは、空中で浮かんだまま動かない。机に料理を並べる女性も、手に持った大皿を置きかけたまま静止している。彼らの家の外で舞っている小さな白い粉は、空中で止まっていた。球体の中の風景全体が、その瞬間を切り取って作られた一枚の絵のようだった。

「なんだこれ……」

 リブラは背中がすっと寒くなるのを感じた。それは彼が探し求めていた球体のはずだったが、なぜか全く別の物体になってしまっていた。

 辺りを見回すと、彼が向かおうとしていた方向にあと二つ、同じような光が点々と浮かんでいる。その向こうにもかすかな光が続いているのが見える。少年は胸の鼓動が高まるのを感じながら、そちらの方へ一歩踏み出した。


 球体は一定の間隔で続いていて、どれも最初に見つけたものと同じ様子をしていた。放つ光はどれも鈍く、宙に浮かずに足元に転がっているものもあった。

 リブラはそれらを放っておけず、見つけたものを全て拾ってマントの中に入れた。彼はわずかな期待を込めて、冷たい塊をぴったりと胸元にくっつけて自分の熱が伝わるようにした。抱えきれなくなった分は両側のポケットに入れた。

 彼のマントが球体でいっぱいになった頃、球体の道が途切れ、一つの影が見えてきた。リブラは徐々に歩調を遅くして、忍び歩きに切り替えた。彼はマントのフードを引き寄せて、顔をすっぽり覆い隠した。少年のマントは暗闇によく紛れ、体にまとえば誰にも気づかれなくなる。今は見つかってはいけない、と彼の直感が訴えていた。

 人影はリブラよりも倍ほど大柄な体つきで、つばの広い帽子を被り、彼と同じように丈の長いマントを羽織っていた。リブラは影の側面へ回り込み、相手の様子が分かるぎりぎりの所で止まった。


 その大柄はうつむいていて顔が見えなかったが、男のようだった。彼は手元に一つの球体を持っていた。それはきれいな丸い形で、リブラが見慣れた球体と同じものに見えた。男はその眩しい黄色の光を眺めていて、少年が近づいてきたことに気づいていない。リブラは久しぶりに見る球体に我慢できず、じりじりと男との距離を詰めて、結局最初の半分ほどの距離まで近づいた。


 少年は手を筒の形にし、黄色い光に焦点を合わせて覗き込んだ――


==============================


 金色の巨大な山がそびえ立っていた。山は煌々と光を放ち辺りを照らしている。山の斜面は小さな金の塊が積み重なっていて、所々に開いている穴からは目を刺すような眩しい光がさしていた。

 その麓にはひときわ大きな穴が開いていた。そこでは中から外へ、また外から中へ、大勢の人間が出入りしている。彼らは白や紺、茶、黒の衣服を身に着けて、食糧や衣服、そして黄金を運び込んでいる。穴の両脇では、全身に金色の防具をつけた大柄な男たちが行きかう人々を監視していた。――そこにいる者は一人残らず、大きな黒い眼鏡をかけていた。それは彼らの表情が見えないほど濃い黒色をして、金色の光を跳ね返して艶やかに怪しく光っていた。


 麓の穴の中に入ると、そこには広い部屋があった。その部屋は奥の方の床が高くなっていて、高い方では金色の柔らかな生地でできた服を着た男や女が、低い方では外から来た金色以外の衣服の男や女が、ぎゅうぎゅうにひしめき合っている。部屋の中央では低い方から高い方へ、絶え間なく荷物が受け渡されていた。

 ある灰色の服を着た女が、金色の男に液体の入った木の箱を差し出した。男が箱の中を覗き込むと、そこには赤や黒、白、そして黄金色をした魚がゆったりと泳ぎ回っていた。男は驚きの声を上げ、さらによく見ようと黒い眼鏡を取った――すると突然、男が悲鳴をあげて倒れ込んだ。周囲が一瞬にして静まり返った。男は床を転げまわりながら腕を顔に当て、もう片方の手を床に這わせて何かを探すようにしている。近くにいた金色のうちの一人が、落ちていた彼の黒眼鏡を拾って手渡した。男はそれを受け取ってふらふらと立ち上がり、箱を持って部屋の奥へと姿を消した。辺りにはすぐに元の騒がしさが戻った。


 外から運ばれた荷物は、金色の着物を着た者たちが山の中に並ぶ部屋へ運んでいく。それぞれの部屋ではたっぷりと贅肉を蓄えた男や女たちがくつろいでいた。彼らがまとう着物は、働いている者のものよりも更に眩しい輝きを放っている。部屋の中には衣服や家具が放つ金色の光が満ちあふれ、彼らは一層分厚い黒眼鏡をかけていた。

 ある部屋では女たちが、今運ばれてきた魚入りの箱をのぞき込んでいる。彼女たちは赤や黒、白の魚には目もくれず、金色の魚だけを取り出そうと夢中になっている。女たちに命じられて、遣いの男が水の中に手を差し入れ、金色の一匹を掬い上げた。女たちが歓声をあげて眺めている間、その小さな魚の動きはどんどん鈍くなっていった。

 またある部屋では、一人の男が食事をとっていた。彼の前には金色の器に盛られた金色の塊が置かれ、男はそれを金の細長い道具を使って口に運んでいく。突然、男が金塊を指さして騒ぎ立てた。そこには金色の隙間から、肉の焼けたような茶色がわずかにのぞいていた。すぐに遣いの女が走り寄り、持っていた袋から金色の粉をそこへ振りかけた。男は満足そうに頷いて食事を再開した。

 金色の山は、内側も外側も全てが黄金に埋め尽くされていた。その巨大な金の塊は人々が運んだ黄金で、更に大きく膨れ上がっていく。そこにあるのは全てを染める金色の光と、それを受けて光る眼鏡の黒色だけだった。


 黄金の山に荷物を運び終えた人々は、それぞれに来た道を引き返していく。麓の穴から出て山に背を向けると、彼らはすぐに黒眼鏡を取り去った。人々は早足で山から遠ざかり、緑の生い茂る森を抜け、小川に沿って草原を歩く。やっと黄金の光が見えなくなった頃、開けた場所に点々と集落が見えてきた。

 彼らの家は黄や赤、黒の少しずつ違う色の土が使われて建てられていた。ある広場では赤や橙の明るい服を着た人々が踊っており、別の広場では紺や黒の暗い服を着た人々が祈りを捧げている。畑では鎌を持った男と女たちが、色濃く熟れた作物を収穫していた。

 そこには輝く金色のものは何もなかったが、太陽の眩しい光と、それに照らされる無数の色が辺りにあふれていた。


==============================


 突然、リブラの視界から球体が消えた。彼が顔をあげると、大柄の男は金色の球体を顔の近くまで持ち上げ、食い入るように見つめていた。その取りつかれたような眼差しは、球体の中に消えていった双子のものとそっくりだった。

 この大柄の男もまた、球体の中へ吸い込まれてしまうかもしれない――リブラは男を恐ろしいと思う気持ちも忘れて、彼の方へ一歩踏み出した。男は少年の目の前で、段々と球体に覆いかぶさるような格好になっていく。リブラは弾みでフードがとれるのにも構わず、前のめりになって大声をあげた。

「だめだ、その中に行ったら!」


 男は球体に覆いかぶさったまま止まった。彼はかすかなヒューという音を立てて、手の中の球体に息を吹きかけた。眩しい黄色の光を放っていた球体はみるみるうちに角ができて、表面が曇っていった。リブラは息をのんで立ち止まった。それは間違いなく、彼が拾い集めてきたものと同じ様子をしていた。

 男はやっとリブラの方に顔を向けた。彼の目、鼻、眉はすべてが細く切れ長で、肌は透き通るような青白い色をしていた。彼はほとんど表情を動かさず、しかし刺すような眼光を投げかけて口を開いた。

「おまえ、誰だ」

 リブラは全身が固まり、身動きが取れなくなった。彼はなんとか目線を動かし、男の手の中で輝きを失った球体をもう一度見やった。彼は深呼吸をして、男の暗い瞳を見つめ返した。

「……僕はリブラだ。君こそ、誰なんだ。どうしてそ、そんなことをしてるんだ……やめなよ」

 少年がなんとか絞り出した言葉は尻すぼみになって消えていった。男は細い眉をわずかに寄せ、縮こまっている少年を頭から足先まで眺めまわした。しばらくして、彼は抑揚のない口調で言った。

「俺はオリオだ。お前、俺に何をやめろって?」

「何って……この、丸いものたちを止めてしまうことだよ。これも、君がやったんだろ」

 リブラは胸元から球体を取り出し、オリオに差し出した。彼が最初に見つけたそれは、相変わらず家族が暮らしている家を映したまま動きを止めている。オリオはその球体の方へ目を向けることなく、リブラの顔を射抜くように見据えたままで言った。

「そうだが、それの何が悪い? 俺はその“シャボン”が一番美しいときに凍らせて、その姿を留めて持っておくことにしている。そんなのは俺の勝手だろう。」

「“シャボン”……?」

「いつか見たこの丸いものの中の奴らが、これに似たもののことをそう呼んでいた。そう呼ぶのも俺の勝手だ」

 男は面倒くさそうに首を振った。リブラは男を見つめたまま、言葉を続けることができなくなった。少年が今まで暗闇で出会ったのは、球体を眺めるか、追いかけるか、もしくはそれらに関心がないような者たちばかりだった。彼にとって男は底の知れない暗闇のように、何を考えているのか全く分からなかった。


 オリオはふんと鼻を鳴らし、リブラが握りしめている球体の方へ顎をしゃくった。

「そいつらはできそこないだ。そんなものを拾ってくるなんて、随分と物好きだな。」

「……できそこない?」

 リブラは無意識のうちに声を発していた。彼は腹の底がじわじわと熱くなるのを感じた。少年は考えるよりも先にオリオの方へ歩み寄り、その手の中にある球体をひったくった。固くなった球体は金色の山をぼんやりと映したまま止まっている。リブラは腕をいっぱいにのばし、男の鼻先にぴたりと球体を突き付けた。

「できそこないだなんて、お前が決めることじゃないだろ。……こんな風に固めてしまったら、この中にいるものたちが動かなくなってしまう。それじゃあ、その後彼らがやるはずだったこともできなくなって、それで終わってしまうじゃないか! それに……この中にも、僕らと同じだった者たちがいるかもしれないのに!」

 最後の方は声を震わせて、リブラは一息に言い終えた。オリオはぴくりとも身動きせずに、少年の様子を観察していた。男は目の前に掲げられた球体を、肩で息をしている少年の方へ押し戻した。

「俺が美しくないと思ったからできそこないだと言ったんだ。“シャボン”の中に飛び込む奴がいるのは知っている。この闇しかない場所の退屈や孤独から逃げていく、愚かな奴らだ。……俺はこの光には惑わされない。俺のものにして永遠に眺める。」

 オリオは唐突にマントのボタンを外し、片裾を広げた。リブラは思わず一歩後ずさった。マントの内側には無数のポケットがあり、数え切れないほどの凍った球体が入っていた。リブラはその数の多さを見てまた頭に血がのぼりかけ――そして、ある一つの球体に目が釘付けになった。


 それは澄んだ青色で、リブラが両手でやっと包み込めるくらいの大きさをしていた。青い空の下には陸地が広がっており、様々な形をした生き物の姿がぼんやりと見えた。


 リブラは一瞬のうちにオリオにとびかかった。オリオはわずかに姿勢を変えてかわし、勢い余って倒れ込んだ少年の方へゆっくりと向き直った。

「お前、その青いのを元に戻せ‼ 今すぐ‼」

「何だ。この“シャボン”がお気に入りなのか? ……それとも、見知った奴でも飛び込んでいったか。何にしろ、こいつらは動いていればいいというものでもないと思うがな。……見ろ」

 オリオはリブラが胸元から取り出していた球体を指さした。リブラが手元を見ると、その球体はいつの間にか角がとれて丸くなり、表面の艶が戻っている。リブラは驚いてそれを覗き込んだ。

 そこに映っている風景は全く見覚えのないものだった。そこには一面に真っ白な平原と山々が映り、白い地面からはいくつかの黒く尖った岩が突き出ていた。そしてその平原には、小さな白い粉が絶え間なく降り続いていた。

「俺がそいつを見つけた時、その中にいる奴らは皆そろって妙な銀色の木を飾り付けていた。空から降ってくる白い粉の量が次第に増えて、すべてを埋め尽くしそうな勢いになっているのにも気づかずにな。俺はそうなる前にその“シャボン”を凍らせた。ただ白いのが舞っているだけの風景なんぞつまらないからな。……おい、聞いてるのか?」

 リブラは呆然と目の前の真っ白な球体を見つめていた。彼は大きな何かを飲み込む時のように、男の言葉の意味をゆっくりと理解していった。先ほどまで動きを止めていた子供たちとその母親は、今はこの白い平原の下にいる。リブラはめまいがした。

「僕が……これを、溶かしたから……?」

「……だから、動いていればいいというものではないと言っただろう。」

 オリオは魂が抜けてしまったような少年の姿を見てため息をつき、頭上の暗闇を仰いだ。彼は淡々と続けた。

「お前はあの上の方で光っている灯りが消えてなくなったり、新しく現れたりするのを見たことがあるか? ……それくらいの間ここにいれば、この“シャボン”も弾けて消えたり、新しく生まれたりする。こいつらはみんな、動いていればいつか消えてしまう。そうなる前に、美しい姿を留めておいた方がいいと思わないか?」

 リブラは相変わらず黙ったまま、じっと目の前の球体を見つめていた。


 動かない少年を見て、オリオはもう一度鼻を鳴らした。彼は徐にポケットから青い球体を取り出し、リブラの方へ放り投げた。

「……少し喋りすぎた。俺が凍らせた“シャボン”を溶かした奴は、お前が初めてだ。……そいつはやる。どうせそれもできそこないだ。溶かして眺めるのか、お前も飛び込むのか、好きにしろ。」

 オリオはそう言い放つと、マントを翻して少年に背を向け、歩き出した。その姿はすぐに闇に紛れて見えなくなった。

 リブラはずっと同じ姿勢のまま、男がいなくなったことにも、目の前に転がってきた青い球体にも気付いていないようだった。彼はただ、白い粉が球体を埋め尽くしていくのを見つめ続けていた。

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