8 炎か土か宇宙か
フリュングニルの身体を手に、建物の外に出る。
「森の中……か」
どうやらこの建物は深い森の中に建てられているようで、まわりは生い茂る木々で囲まれている。
光源が月の光のみに限定されている、漆黒にも等しい夜の森というのは、至極不気味な雰囲気を放っていた。
「まあ、好都合だな。実はここが町中で、地面が舗装されたコンクリートとかだったら、これからの作業が大変になっているところだった」
ぼくは土の大地を踏みならしながら、建物からある程度歩を進める。
埋葬の方法をいくつか考えて、結局土葬が一番だろうという結論に至った。
楽ちんだし、それに後々お参りするにしても、ちゃんと下に埋まっているほうが、なんとなくありがたみが出たりするに違いない。
「ここらへんでいいかな……?」
進むこと百メートルほどの位置。そのあたりでぼくは確認するように背後を振り返った。
遠くの位置にぼくが監禁されていたかの建物が見えた。おそろしく巨大で、モノクロームなそれ。イメージ的にアメリカのペンタゴンが立方体になったという感じか。さながら名前を付けるなら『キューブ』とでもなるのだろうか。
「というか、アメリカとペンタゴンてなんだ」
わからない。でも知識として知ってはいる。ユナイテッドステイツアメリカにその国防総省で本庁舎である。わかる。でもなんでだ。なにそれ? 聞いたことも見たこともないんだけど。
……うーん、まあいいか。これからはこの点について疑問に思うことはやめよう。キリがないし。
埋葬の作業に戻る。
フリュングニルの体躯は、その半分ほどをぼくの右腕に使用してしまっているが、しかしそれでも尚、残された体躯の総量は膨大である。
これを埋めるにはかなりのサイズの穴が必要である。
どうするか。わからないけど、今のぼくならあっさり終わらせられる気がした。
実際、秒で終わった。
試しに地面を右拳で叩いてみたら、次の瞬間にはぼくを中心とした直径十メートル強のクレーターができた。
「なにこの右腕……」
さすがにちょっとひく。
「……まあ、いいか」
とりあえず終わらせよう。
先ほど運んできたフリュングニルの身体を穴に放り込み、次の部位をとりにキューブへ戻る。
移動にも右腕を活用する。脚ではなく右腕で地面を蹴ると、期待通りにもの凄い速度と高さの跳躍をみせてくれて、なんだったら跳びすぎて一度キューブを飛び越えてしまったくらいだった。
三往復くらいで大小全てのパーツと、獣人の死体の運搬が完了した。
穴に放り込んであげて、残るは土をかける作業である。でもこればかりはさすがに、力だけではやり遂げられなさそうだ。
どうしよう……。悩んでいると、
【達成目標を設定しました。必要工程を計算――完了。処理を実行しますか?】
魔眼『無援のメセクテト』より視界にそのようなメッセージが表示された。
【処理内容:右腕起動。神角『万変のミョールニル』を起動。同武装を『八爪』形態に移行。呪紋『熾雷・あまねく磁界を解する雷鼓』を使用。終了。全形態を解除。完了。以上】
うーん。情報量が多すぎてわかりにくい選手権みたいになってる。
まあしかし、
「おーけーいいよ。やってくれ」
先ほど命を救われていることもあって、ぼくはこの魔眼にある程度の信用を置き始めていた。
言っていることはよくわかんないけど、でも宿主の不利益になることはしないんじゃないか。
【処理を開始――】
メッセージと同時、右腕がぼくの腕でいることをやめる。
脈動し、その正体を現わす。ぼくを構成する身体のバランスを僅かに崩すほどの、アンバランスなサイズの緑青色に輝く装甲をまとう影――それがどうやら、擬態をやめたこの右腕の形状であるらしい。
前腕部からは腕よりも更に巨大な三本の角が生えており、それが僅かに帯電している。おそらくこの角はフリュングニルが頭から生やしていたやつなのだと思う。腕を生成する際に、頭部も使っているし、おそらく間違いないだろう。
次にその三本の角がさながら可変ギミックの如くにガチャガチャと駆動し、数秒かけて爪の形状に変化する。八本の鋭い凶悪な鉤爪のような形だ。
そしてそれら八爪の表面に輝く紋様が浮かび、それらが周囲の空間にも投影されたかと思うと――
刹那――地上を稲光が網目状に走り、ネットのようなものを形成していく。そしてその稲光のネットにすくい上げられるようにして、多量の土が空中へと浮かび上がった。
「まるで魔法みたいだな」
というか、魔法なのだろう。そういえばあの槍使いの人間も、魔法が云々と言っていた。あいつもこんな感じでなにかの魔法を使い、鎖を断ち切ったのだろう。
呪紋――と、魔眼は表示していた。
呪紋『熾雷・あまねく磁界を解する雷鼓』だったっけ? きっと、呪紋はジュモンと読むのだろうから、いわゆる呪文みたいなものなのだろうと思う。
文ではなく紋なのは、発動に必要なのが文節ではなく紋様だったり紋章だったりするということなんだと思う。
さながらコントロールパネルの如く、その都度八爪上に紋様が浮かび、投影されて、それに呼応するように稲光が動く。
持ち上げた土を穴に落とし、フリュングニルを埋めていく。
そうして数分後には、完全に埋め立ては完了していた。
爪は角に戻り、腕はぼくの腕に戻る。
この腕の使い勝手は、かなり良い感じだった。今の状態なら、仮に先ほどまでのような監禁の憂き目にあったとしても、難なく脱出することが可能だろう。
――あの、槍使いの人間のように。
みんなは、あれからどうしているだろうか? 元気にやっているだろうか。
この森はどうやら恐ろしく深そうだから、もう既にこの森を脱出できているというのは、さすがに無さそうな気はするが。
「いや、ひとの心配をしている場合ではないか」
深淵に臨んで薄氷を履むがごとし――気を引き締めた方が良いだろう。
眼前は、周りを木々で囲まれた直径十メートルの荒涼たる空間になっていた。空からの月光で青白く照らし出され、妙にもの悲しい気分にさせられた。
どこかから拾ってきた花をお供えして、
数分間祈る。
目を開き、いよいよぼくは、暗い森の中へと歩き出すことにした。