5 ババアは見かけによらない
もしもこの世に、世界の終焉に約束されている最終戦争があるのだとして、そしてそれが神々同士の争いでもあるのだとすれば、それはきっと目の前のこのような闘いになるのだろうなと、それを眺めるぼくはボンヤリと考えていた。
そのくらい、両者の決闘は激しく、熾烈で、圧倒的でもあり、更に神秘的で、それでいて美しかった。
見蕩れていたと言っても過言ではない。
もしくは朦朧としていただけなのかもしれない。
そのくらいぼくは今わの際な状態であったし、目の前で繰り広げられていた決闘は神々しくも釘付けにされるものだった。
見ていると痛みを忘れられた。
長いようで、短い、そんな時間が過ぎ、いよいよその決闘は終わる。
トール=ギュスタリアム――巨大ロボット(ババア)の勝利だった。
しかし、極めてギリギリの、むしろ相打ちと言っても良いほどの危うい勝利でもあった。
満身創痍であるロボットは、横たわる獣に近づいていき、その顔面に手を延ばそうとする――
その最中で、ふと、こちらの視線に気がつき、動きを止めて、
「ほう、生きておったか」
そう言った。
獣になにかしようとしていたらしいが、そのまま中断し、代わりにこちらに歩いてくる。
そいつの言った『まだ生きている』というのははっきりと過大評価であり、ぼくはまだ息が少しあるだけにすぎず、生きているなんてお世辞抜きにも言いようがないほどに、まったくもって死んでいるも同然の状態だった。
だから逃げることも、返事をすることもできず、ただ黙ってそれを見返し続けた。
「……喧嘩が終わってしまったわ。見てくれていたか?」
ロボットはぼくの前まで来ると腰を落としてそう言う。感慨深そうに。
そして次の瞬間、ロボットを光が包んで、消えた。
するとあとには、ロボットのいた場所に、まったく同じポーズで小さな女の子が座っていた。
小さな、小さな、女の子。幼女と呼んでもさし支えない女の子。
しかしそのルックスに反して、年季の入った表情で、彼女は言った。
「おんし、どこの出じゃ?」
「…………」
「なんじゃ、喋れんのか。残念じゃ。おんしとは少し、話をしてみたかったんじゃが」
いったいこんな死にかけに、どうしてそんな興味がわいたのか不思議だ。
「くく、そうじゃのう」
彼女はどうやらぼくの気持ちを察したようだ。答えてくれる。
「まあ気に入ったというのが、わかりやすいか。わらわはおんしを気に入ったのじゃ」
いったいこのババアはぼくのなにを知っているというのか。
「むっ。おんし……、いや、気のせいじゃろ。さすがにこんな美少女を捕まえて年増呼ばわりするけったいな輩がこの世界で二人もいるはずがない」
……まじでこの美少女を相手にするときは気をつけようと、ぼくは固く誓った。
彼女はどこかご機嫌そうになって話し出す。
「まーのう、なんだかんだ言うて、あいつ……フリュングニルはデキる奴じゃ。わらわでも奴と本気でやり合えば、正直どうなるかはわからんかった。今日の喧嘩は、『そういう』喧嘩じゃった。だから……少しばかり、柄にもなく、緊張もしていたし、憂えていたりもした」
だから、な――と彼女は微笑む。可笑しそうに、そしてどこか幸せそうに。
「他人のために馬鹿みたいに地面を這いずるゾンビを見てな……。くく……、わらわのあの至上最上級に張り詰めていた緊張の糸をあっという間に切らせた人間というはかない生物に興味がわいたのじゃ」
そうですか。
期せずしてお役に立てていたようで……なによりです。
いよいよもって限界が来たようだ。
「おんし、死ぬのか」
はい、死にます。
――意識が、なくなっていく。
そしてもうきっと、これで眠ってしまったらもう目覚めることはないのだろうなと、不思議と確信があった。
「くく、そうじゃな、年甲斐もなく、気まぐれを起こしてみるのも、よいのかもしれん」
いたずらな笑みを浮かべ、立ち上がった美少女が、自身の右目の眼球をえぐり取っていた。
そしてもう片方の手で、ぼくの右眼球をえぐり取った。
もう、不思議と痛みはなかった。
彼女はそのままぼくの空になっている方の眼窩に、自身からえぐり取った眼球を植え付ける。
視界に血が滲み、不思議と、今度ははっきりとした激痛がぼくを襲った。
「それはの、 じゃ。わらわからおんしへの餞別じゃ。まあもし、そのまま死ぬにしても、冥土の土産くらいにはなるであろ。どの道……、わらわにはもう必要のないものじゃ」
彼女はぼくに背中を向け、もう一度、先ほどの獣の方へと歩いて行く。よく見れば、足を引きずっている。ふらふらと、おぼつかない足下をしている。
彼女は辿り着けるのだろうか?
今度は、ぼくはそれを見届ける事無く、瞳を閉じた。