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4 竜が目覚める頃には




「うそ……」


 リゼの声だった。まるで地獄の底に垂らされる蜘蛛の糸を、信じられないと見つめるかのような声。


 炸裂音と倒壊音が立て続けに二度続いた。


 ぼくは構えた剣の重さに堪えられず、後ろによろけ、そのまま倒れ込む。


 タタタタ、という足音と共に、三名が視界を横切った。

 人間である。ヒト族の男女と、獣人の女。

 それらが、走って、鎖の残滓を振り払いながら、残りの三名のもとにやって来ていた。


 どうやら、そしてどうゆうわけか、鎖を断ち切り、助けに来てくれたようだった。


「逃げるぞ」


 身の丈ほどの槍を手に持っているヒト族の男が、そう言って、次々とリゼと猫人とゲイズの鎖を断ち切っていく。

 気付けば、ぼくを除く全てのものが、自由の身となっていた。


「どうして……?」


 リゼが問うと、男は槍を見せつつ淡白に答える。


「俺が目覚めたときにもっていたある程度の記憶の中にこの魔法があった。しかし発動をさせれば当然のこと大きな物音がたつ。だからタイミングを待っていたんだ。今、この竜はアレに意識がいっている。逃げるなら今だと判断した」


 男はそうして皆を誘導しようとする。


「グオォオオオオオオオオ」


 背後で、そのような唸り声が響いた。獣があくびを終え、立ち上がろうとしているようだった。

 何とか背中を向くと、獣がその黄金の瞳を輝かせ、悠然と四足で起き上がっている姿を見上げることが出来た。


 その時、獣が僅かにふらつき、右足を一歩前に出した。

 何気ない――少なくとも本人にとっては何の事はない些細な動作。しかしそれが、その一歩が、ちょうど近くを歩いていた女の上に落ちた。

 ぼくの見えない位置から今さっきやって来たばかりの、ヒト族の女だ。

 悲鳴がこだまする。皆が叫んでいた。一人、槍を持ったヒト族の男だけは冷静にそれを見つめいてた。

 獣が脚を上げ、体勢を戻す。すると、当然、拉げた死体がそこには残っていた。


 絶叫――


 皆が、死の恐怖に囚われる。


「行け! 急げ!」


 ヒト族の男が叫ぶ。そうして皆を巨大ロボットのいない壁の方へ誘導していく。今や、建物全体に軋みが入り、壁や天井は次々と崩れ落ちていっている。

 皆はその崩落によってできた新たな穴より、建物を次々と脱出していく。


 ぼくも続こうとする。しかしとっくにぼくの身体は限界に来ていた。一歩も進まないうちに崩れ落ちる。


「あっ――」


 最後の一人であるリゼがこちらを振り返る。その表情はこれ以上になく青ざめていた。理性と責任感のみでなんとか彼女を留めているのが見てとれる。


「大丈夫だ。俺が責任を持って逃がす。お前ははやく行け」


 男がそう言って、彼女を押す。


「……わかった」


 彼女は押し出されるようにして外へと出て行く。


 それから稍あって、彼はこちらを向いた。

 未だ獣の足下で崩れて動けないでいるぼくを見据え、彼は口を開く。


「すまない。俺には、その獣の意識をひかないまま、お前を救う手立てがない」


 まるで下校の時間に流れるアナウンスの如く、滔々と、しかしどこか晴れやかに、男は続けた。


「獣が俺たちに意識を向ければ、皆を逃がしたことも水泡と帰す」


 彼はこちらに背中を向ける。


「皆を確実に救うためには。……わかるだろう?」


 建物からでていく。彼は走り去った。


 ぼくを、置いて。


「はは……は」


 ちょっと面白かった。笑えた。

 合理的すぎて。そしてぼくが不遇すぎて。なのに全然後悔していなさすぎて。腕を差し出したあたりから、もう何があっても後悔はしないと心に決めていた。


 でも少しだけ、泣きそうになった。


 視界の端に先ほど潰された獣人の女の子の姿が見える。

 その少し離れた位置でぼくは仰向けに倒れている。

 ぼくと彼女との間に、いったいどれほどの差があるというのか。


 どうすれば助かる――?

 わからない。どうしたらいい?

 どうしようもない。


 ――と、そうしていると、


「くくく……まったく、久しいのう、フリュングニル! ずいぶんと探したぞえ」


 喋った。なにかが。

 いや――、唐突すぎてわからなかったが、その言葉を放ったのは間違いなく、あの巨大ロボットであった。


 更に――


「ふん、誰かと思えば……貴様か、トール=ギュスタリアム」


 ぼくが先ほどまで繋がれていたこの三本角の獣も応えた。口をきいた。どうやらコイツら、こんななりで、普通に話すことが出来るらしい。


「『こんなところ』に、わざわざ何のようだ」

「決まっておるじゃろう? 『アレ』を取り返しに来たのじゃ」

「ふん……、そうか。しかし貴様にできるのか?」

「愚問じゃの」


 なにやら足下で転がっている死体同然のぼくのことなどてんで眼中に無いようで、そっちのけで話を進める両者。

 というか、此の分だと、雰囲気的にここは戦場になるのではないか?


 この見るも巨大な、生き物と呼んでいいのかすら判断に迷うほどの超自然生命体が二体、いまここで雌雄を決するのだとしたら、死体になりかけているぼくなんかいよいよもって死体そのものに決定づけられてしまうこと請け合いだろう。


「う、うぅぅうう……」


 懸命に、地面を這う。この二体からはなれようとする。

 進まないけど。ぜんぜん身体がもう言うことをきかないけど。

 それでも、がんばる。

 ぼくはまだ、生きることを諦めていなかった。

 そんな自分の意思に気がついて、自分で自分にビックリしたくらいだ。

 まだ、あがくのか……。

 呆れる。

 呆れながら、地を這う。

 もたもたと、ごそごそと、全く以てゾンビのようだった。


 そうしていると、なにかが背後で光った。


 そして次の瞬間には――


「がぁあッ――ッ!」


 ぼくの右肩になにか熱くて眩しいものが直撃した。とてつもない激痛が走り、そうしながらも直撃の反動で身体が空中に放り出される。

 放物線を描きつつ部屋の端のところまで飛んでいき、最後は壁にぶつかって地面にずり落ちた。

 地面を這うゾンビから、壁にもたれかかるゾンビにぼくはクラスチェンジをした。

 熱光線らしきものが直撃したはずの右腕は、残っていた二の腕が吹っ飛び、とうとう肩まで消失してしまっていたが、しかし断面が焼き焦げて血の流出は止まっていた。


 前を向くと、ロボットの方と目が合ったような気がした。光線を撃ったのはロボットの方なのかもしれない。


「まったく、物好きなばばあだ」


 獣がそう呟き、ぼくを見た。初めて、ぼくのことに意識を向けた。

 それまではとるにも足らぬ芥でしかなかったぼくを、その時にやっと認識したかたちだ。


「う……」


 その瞳は、巨大で、凶悪で、当人にとっては通常の眼差しであったとしても、ぼくにとっては殺意に満ちた恐怖の対象でしかなかった。


「ふん」


 獣はそんなぼくの様子を鼻で笑った。


「……おい、おんし、いい度胸じゃのう」


 ロボットは怒りわなないている。


「わらわをして婆と言うか? ほん? 今そう言ったのか! いったいわらわのどこが婆じゃというのか。言うてみい。ほれ、言うてみい。こんな可憐でか弱いわらわをおんしはどうすれば婆と呼べるのか? はあん? 不愉快じゃ! わらわはまだほんの四千歳ほどじゃというにッ!」


「清々しいほどにババアじゃねえか」


 ぼくもそう思った。

 でもぼくならば、そうなんですかお若いですねーって言っちゃうかな。


「ババアじゃねえか」


 しかし獣は二回も言った。なぜなのか。大事なことだったのか。


「きぃいぃいいいいいい!? フリュングニル、おんし今日という今日は許さん! 滅してやるぞ! それでダブルピースさせながら『トール=ギュスタリアム様は若くてかわいい超絶美少女です』ってあの世にもでてくるくらい何度もアヘアヘ言わせてやるからな!」


 かくして、神々の如き異次元の闘いははじまった。

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