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3 巨神雷光




 ズン――

 ズン――


 近づいてきていた重く巨大な足音がこの建物の前で完全に止まった。

 代わりに、硬い物になにかを強く押しつけているような、軋むような物音が壁から漏れ始める。


「お、おい……まさか……、違うよな? やめろよ……? 違うんだよな?」


 ゲイズが不安に駆り立てられるように、壁と眠る獣との間で視線を行ったり来たりさせながら、そんな声を漏らす。


 実際、いやな予感がした。

 それはおそらくこの場の全員が感じていることだろう。

 この場所にこれ以上留まっていては危険だ――ぼくの中の危機意識が一心にそう叫んでいた。


(まずい――)


 一刻の猶予もない。なくなった。

 ぼくは振り返り、再度、牙に結ばれた鎖の解除に取りかかる。


「急いで!」


 リゼもそう叫び声を殺す。


「ググググググ」


 先ほどから漏れ出ているこの獣の警戒音は、今も鳴り止んではいない。それどころか、むしろ大きくなってきている。

 まだ目覚めてはいない。その獣の目蓋はまだその瞳を覆ったまま動いてはいない。

 だが、それももはや時間の問題だ。

 だから、


「はやく!」


 押し殺されたリゼの恐怖の叫びに駆り立てられるようにして、ぼくは速度を限界まで上げる。

 静粛を保てるギリギリのラインの速さで鎖を掴む――


 が、


 ドォオオオオオッ!


 そこまでだった。

 鎖を解くぼくの手が間に合うことはなかった。


 背後の壁が、おそらくはかけ続けられていた負荷に負けて、崩落した。地響きすらも感じさせる、爆発音のごとき爆音を伴い、崩れ落ちていく。


「…………おいおいおい、なんだよ、あれは」


 ゲイズが息を呑む。

 視界を覆い尽くすほどの砂煙が舞っているなか、壁に開けられた大きな穴のところには、恐ろしく巨大な――何かのシルエットが浮かび上がっていた。


 ズン――


 そのシルエットは、歩き出し、室内に進入する。それと同時、あたりを覆っていた砂煙が風に流され、壁穴に吸い込まれるようにして消えた。


 斯くして、その巨大な影は、その姿を顕わにする。

 全長は、五十メートルほどだろうか? 圧倒的すぎて、声が出ない。

 まるで、巨大な甲冑だ。

 あるいは、ロボット。

 人型の。巨大な機械。

 そんなものが、さながら人間のように二足で動いている。


 ロボットという名称の物をいったいどこで目にし、記憶したのかは定かではないが、まず間違いなくそれはロボットに酷似しているとぼくの脳細胞は結論を下していた。

 全体的に線が細く、まるで巨大な縫い針をつなぎ合わせて造ったかのようなフォルムをしている。


 しかし、そうは言っても、見るからに頑強で、ぼくたち生身の人間が、かなう相手でないことは明白であった。

 それだけに、その巨大な物体を見つめる誰もが、絶句し、絶望の念を抱いていた。


「ウゥゥ……」


 背後でうなり声が上がる。


 直感で察する。

 間違いなく、いよいよ目覚めてしまったことを。


 ――おわった。


 絶望と共に振り返ると、重く分厚い目蓋がまさしく開いていくところだった。黄金の瞳が、その向こうで輝きを放っている。それと時を同じくして眼前の巨大な顎門も僅かに開かれ、そのままブルブルと小刻みに痙攣するようにして開閉を繰り返している。


 目覚めのあくびのようなものをしているのかもしれない。多量の息がその口に吸い込まれているのがわかる。


「マジかよ」


 ゲイズが絶望の淵から声をひねり出す。


「逃げなきャ……逃げたいのニ……」


 あの猫の獣人すらも、悲壮感に染まった震えた声を漏らしていた。

 その後に続く言葉を、その場にいた誰もが共に共有し、そしてやはり同様に押し殺している。


 ――逃げられない。


 思わず言ってしまいそうに――叫び出しそうになる衝動に駆られながらも、そうすれば最後、やっぱり現実になってしまうのではという一種の現実逃避のような心境で、最後のその一句を懸命にのみ込んでいる。


 ――殺される。


「いや――」


 ぼくは恐怖をすんでのところで払い、我に返り、未だあくびをし歯を打ち鳴らしている獣に正対する。

 鎖の巻き付けられた牙は、今やその上下運動によりとてもではないが手が付けられない状況となっている。そして内心であわよくばと期待していた獣の顎の痙攣による鎖の切断だが、どうやらそれもムリそうだった。

 もしかするときちんと噛んでくれれば切断できるのかもしれないが、このあくびによる二次作用では不可能であるようだ。


 でもまだ方法は、ある。


 とうとう、絶望と死の恐怖により、背中の向こうで誰かの叫び声が上がった。パニック状態になりかけているのである。


 いよいよもって、ぼくは意を決する。


 皆を助けられる方法。いや、そんなきれい事を言うのはよそう。

 ぼくが助かるための、方法だ。


 ゆっくりと、右腕を、獣の口の方へとのばしていく。


 そう――


 鎖が切れないのなら、それが繋がれている右腕を断ち切れば良いのだ。


 鎖はダメでも、ぼくの脆い腕ごときなら、この痙攣でたやすくかみ切れてしまうだろう。


 震える。怖い。でもやろう。保留は無意味だ。だから進もう。


 後悔はしない。


「――――ッぐ!」


 それは唐突で、そして音もなく、あっさりと、成し遂げられた。

 気付いたときには、腕は鎖ごと消えていた。

 血しぶきが天を舞い、二の腕の断面からは解放されたバルブのごとき水量の血が内部から押し出されていく。


「キャァアアアア!」


 ぼくの行為に気がついたらしいリゼが悲鳴をあげるのがわかった。

 しかしそんなことを気にしている余裕も、はたまた猶予すらも、ぼくには残されていなかった。ほとばしる量の血が今も腕から流出している。意識がもうろうとし始めていた。


 しかし進め――


 巨大な筆でする書き初めのように、ぼくの歩いた後に緋色の線が書きこまれていく。

 足下が既におぼつかなくなっている。

 それでもなんとか、辿り着いた。


 柱の者の、野太い剣。

 それを掴み、引き抜こうとする。

 かたい。

 もういちど――


「――っ」


 力を入れると、腕からの流出が勢いを増し、足下が崩れ落ちるような感覚に陥る。まるでぼくの人間としての根幹がぐらついているかのようだ。


「おまえ……」


 音のかすんでいる耳で、呆然としたゲイズの声が聞こえる。

 形のぼやけている眼で、唖然としたゲイズの姿が見えた。


 どうやらぼくは、朦朧とするあまり、ゲイズの柱の方へと来てしまっていたらしい。いや、別にどこの柱にしようと決めていたわけではないのだけれど、それでもどうせなら、ぼくの死を願っていない人のところにすれば良かったかもしれない。


 剣が抜けた。血もまた流れた。意識が一段と遠くに行った。


 しかしその剣をぼくは構える。あとは鎖を切っていくだけ――の、はず、だっ――


「ねじり斬れ――《蛇槍マゴラカオ》」


 唐突に、まるで魔法の詠唱のような、そんな声が反対側の位置で鳴った。

 獣を挟んで、反対側の位置。ぼくからは見えなかった、反対側の三本の柱のうちの一本の位置からだ。


 ほどなくして、鋭い炸裂音のようなものと共に、ガキンというまるで鎖の切れたような金属音が鳴り響き、次いで柱が根本から崩れ落ちるような音が連続してがなり立てた。

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