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2 奇異なシチュエーションが意図する内容




 リゼのいる柱から三メートルほど離れた位置に、一本の野太い剣が地面に突き刺さっている。そして(今になって気がついたのだが)ぼくから見える他の柱の二人の近くにも同様に剣が用意されていた。

 まるで、これで鎖を切って逃げろと言わんばかりである。

 なぜそれをしないのか。


「抜けないのか?」

「というか、届かないのよ」

「届かない?」

「ええ」

「……ほんとに?」


 リゼは見せた方がはやいと判断したらしい。実際に剣に向かって手を伸ばしてみせる。


「んっ……!」


 そんなツラそうな息を漏らして、事実、彼女の手はその剣寸前のところで空を切った。リゼに続いて、先ほどの獣人も同様にしてみる――が、全く同様の結果だった。

 やはり、届かない位置に、その剣は刺されているらしい。


「剣に手が届かないことの、なにがそんなに不思議なの?」


 疑いを挟むぼくにリゼは首を傾げる。


「届かないことじゃなくて、届かない位置に剣が刺さっていることに疑問を持っているんだよ」

「……そうか、たしかにそう言われてみると……、変かもね」

「なにがなノ?」


 獣人が、僅かに辿々しい発音で問う。


「つまり、まるで意味がないということよ」

「……うん? その説明じゃあアタシにも意味がわかんないナ」

「この剣は明らかに人為的な準備物だ。偶然そこに刺さっていたのではなく、誰かがそこに刺したものだ。しかも六人それぞれに(ぼくから見えるのは三人だけだけど)ぎりぎり届かない絶妙な位置調整までされている」

「ウンウン、なるほどそうだよネ! で、それでそれで?」

「……だから、なぜそんな無意味なものをわざわざその者は手間暇かけて用意したのか? ってことだよ。おかしいだろ?」


 加えて、やはりこの状況をもたらした何ものかが存在するということにもなる。


「あー、なるほどネ。でもそれはアタシにはわっかんないナ」


 獣人はマイペースにそう笑顔で頷く。

 なんていうかこの獣人は不思議っ子属性なのかもしれない。でも猫人はとってもかわいい。癒やしだ。こんな状況だけど。癒やしだ。


「でもどのみちキミの剣では、鎖は切れそうにないからネ。どっちでもいいネ」


 ぼくの近くにも柱の皆と同様に、剣が設置されている。しかしその剣の形状は、柱の者たちとは大きく異なっている。

 細い。

 刀身が異様にか細く、やや短い。

 さながら針に持ち手を付けたかのような、むしろレイピアに近い代物だった。

 たしかにこの貧弱な代物は鎖を切ることには使えそうにない。


 それに――

 届かない。

 ぼくのそれは試す必要もなく、見るからに届かない。他の者とは異なり、絶妙どころか絶望しかない位置に、大雑把に投げ捨ててあった。


(なぜぼくだけ……)


 謎に不遇なのか。いちいち皆より落ちこぼれ感をかもしてきやがっている。


「アー、もうほんと、なんなんだロ? なんデこんなことになってんだろ? もーほんとヤー。たすけてほシー誰かなんとかしてほシー」


 猫の獣人がそう言い落とす。


(全く以て、仰るとおりだよな。目を覚ましたら猛獣の牙に拘束されているとか……ホラーかよ)


 身じろぎをする。それは意図したものではなかった。習慣からくる無意識的なもの。おそらくは気まずい思念に反射としてでてしまった行動だった。


「動くな」


 しかし次の瞬間、恐ろしく鋭い、まるで鋭利な刃物のような、そんな殺意すらも感じられる声音で、ぼくは叱責された。

 それまでは黙っていた――というよりも見るからに話しかけんなオーラを放っていた、リゼの左隣の男だ。燃えるような赤い髪のエルフである。

 その者が、先ほどの言葉同様に、まるでぼくを殺したいと願っているかのような、凶悪な形相でこちらを睨んでいた。


「動くな」


 男は言葉を重ねる。


「ジッとしてろ。いいか、これからもう一ミリたりとも動くんじゃねえ。揺らすな、触れるな、身じろぎするな。喋るな、息するな、音立てんな、なにもすんな。お前はそこで、人形みてえにただ無意味に転がってろ」


 どうやらぼくが感じた殺意のようなものは、紛う事なき殺意そのもので正解だったらしい。というか、ポックリと音も立てずに自然死してくれたら嬉しいなって、そんな感じ。

 とにかくぼくの存在が邪魔でしかないといった様子だった。


「ゲイズ、そのいい方はあんまりだわ」


 リゼがその燃えるようなエルフ――ゲイズに苦言を呈する。


「うるせえ。いいか、その名無しがなにも覚えていないと判明した今、そいつはもはや俺達にとって地雷でしかなくなったわけだ。いつその竜を起こしちまうかわかったもんじゃねえ。余計なことは考えず、これまでどおり黙って寝てろ。ていうかそのまま永眠しやがれ」


 ぼくは腹が立ってきた。

 が、自身の命が惜しいに違いない彼の気持ちも理解できたので、ここは大目にみてあげることにする。


 代わりに――


「バッ――!? てっめえなにやって――ッ! まぁじぶっころ――ッ!」


 ぼくは上半身を起こすことにした。

 ゲイズの罵声も聞こえたが、無視をする。どうせ、彼にはなにも出来ない。せいぜい、聞こえそうで聞こえない程度の声量で、虚勢じみた怒声をあげるくらいが関の山だ。


「しー……」


 ぼくは起こした半身を彼に向けると、指を口に当て、黙るように要求した。


「なーにがしー……――っまあーっじッ! てめえぶっころ――ッ!」


 全然黙らなかったけれど。

 でも、顔はすごい剣幕なのに声は獣を起こしてしまわないようなこの上なく穏やかな感じで、なんだか少し面白い光景だった。


「大丈夫。慎重にやる」


 これは打って変わって恐怖に怯えている隣の女子二人――リゼと獣人に向けた言葉だった。


「うん――……わかった」


 彼女たちはこちらの意を酌み、静かに、頷く。

 ぼくもそれに応えるように、やはり頷き返した。


「お願い……」

「……まかせろ」


 ――そう、やるしかないのだ。

 それも、ぼくが、やるしかない。

 ぼくは視線を自身の鎖の先――獣の牙に向ける。その牙は、口から下に向かって生えて、はみ出ている。

 つまり天井高く伸びている柱に結ばれている他の者とは違い、ぼくは、少しばかり下にずらすことで解くことが出来る。しかも僅かに鎖が緩んでいて、尚且つ、圧倒的に巻き付けられている回数が少ない。

 他の者の鎖は伸びる柱のうち、視界に映る部分を漏れなく巻き付けられた鎖で埋め尽くすほどに執拗にグルグル巻きにされているが、ぼくの鎖は違う。

 ほんの二巻き。しかも前述の通りに弛んでいる。


 やれるはずだ。

 否、やらねばらない。


 仮に日和ってこの鎖の弛みを放置したとしても、この弛み方では、いずれはきっと、自ずと外れてしまう可能性が高い。すると鎖が地面に落ちる音で獣は目覚めるだろう。そうでなくても、眠ってから六時間経っているこの獣は、近いうちに自ずと目覚めるてしまうかもしれない。


 このままではじり貧。待つのは死のみ。


 故に勇気を振り絞らなくてはならない。恐いが、行動するべきだ。

 この状況を打開できるのは、ぼくしかいないのだ。リスクはあるが、これは立ち向かうべきリスクなのだ。

 この鎖から解き放たれれば、刺さっているあの野太い剣を抜き、他の皆の鎖を断ち切ってやることも可能だ。きっとできる。希望が生まれる。だから、動く。


「や、やめろ……。殺す……殺すぞ……、やめろ……死ね、死ね……」


 呪詛に変わっているゲイズの言葉をシャットアウトし、心を研ぎ澄ます。目の前の作業に集中する。


 今しか顧みない保留という選択肢――その向かう先に待つのはただの無意味な死(餌)だ。

 それがいやなら動け、そして立ち向かえ。

 慎重に。少しずつ。しかし着実に。

 両脚を起こし、腰を上げ、立ち上がる。

 ぼくの右腕から垂れる鎖から振動が伝わらぬように、やはり慎重に、余分な鎖を手繰り、巻き取りながら一歩ずつ進んでいく。

 一歩、また一歩と近づき、獣の顔の前に辿り着く。

 ぼくの全身がすっぽりと入りそうな強大な鼻孔から、寝息が吹き出し、ぼくの身体を通り過ぎていく。


 頭上の牙に、手を延ばす。ゆっくりと、鎖に、手を掛ける。


 ――と、次の瞬間。


 ピタリと、寝息が止まる。


「ググググググ――」


 そして、目の前の巨大な顎門から、そんなうなり声が鳴り響き始める。


「てめえ、マジかよ……」


 閉め出していたはずのゲイズの怨嗟が再び耳に入ってきた。


 彼の方をみる。


 彼はぼくの方を見てはいなかった。


 他の二人も、ぼくとは別の一点を見つめて、固唾を呑んでいた。


 一点――


 ぼくの背後――その、はるか遠方の、壁の向こう。


 そちらから、


 ドスン、ドスン――と、なにか強大な足音が近づいてきているのがぼくにもわかった。

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