表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

⑬おまけ:10.5話 可愛がってあげてね

今回のあらすじ:クリストフ(14)はたまに夢に出て来る謎のお姉さんと遂に対峙する。


 クリストフが空を見上げた感じと陽の当たり具合からして、おそらくは午後の時間帯だろう。ここにはヴァンティーク侯爵領内の別邸があって、一家の休暇中の滞在や釣り好きの当主が同好の士を招き、楽しいひと時を過ごすのに使われる。夏の暑い日のためにか、東屋の屋根が小さな湖に張り出すようにして造られている。水の中の魚と知恵比べをするのに最適な場所に腰かけて、クリストフは静かな湖面を見つめていた。

 今は軍の学校の訓練施設のうち、海に近い場所に滞在しているので、揺れない水面というのは久しぶりに見たような気がした。毎朝、海が見える場所は最高ですね、と王宮でお世話になっていた人には手紙で羨ましがられる。別に毎日釣りをしているわけではありませんよ、と返事を書いておいた。


 ぼんやりしているとクリス、と愛称で呼ばれて顔を上げた。別荘の方向から見慣れた姿が、こちらへ歩いて来るところだった。


「クリス、自分から声を掛けた時くらい探しに来なさい」


 十四歳のクリストフは、王宮にいるしばらく会っていなかった兄を観察した。自分と兄のジルベールには、他の人間にはない奇妙な能力がある。本来は王都と海辺の訓練施設という全く違う場所で寝起きしているのだが、どういうわけか夢の中でなら直接顔を合わせてやり取りし、小さければ物の受け渡しもできた。


「また痩せたのではありませんか、兄上?」


 それは背が伸びたと言いなさい、と少しばかり得意げな口調で、兄のジルベールは隣に座り込んだ。成長に合わせて少しずつ変化する靴や服の大きさ、お互い趣味としている釣りの成績と他愛ない張り合いが好きなのは相変わらずであった。


「クリスは日に焼けたな。痛くはないのか?」

「見た目ほど気になりませんね」 


 王子様って感じではないな、とやや失礼な言い方である。容姿は似ていても日焼けはしていない兄がしげしげとこちらを眺めた。

 ジルベールの言う通り、一夏を海辺の宿舎に集中訓練期間として滞在した結果、容姿にあまり頓着のない自分でも、ふと鏡で気が付いて少し驚いた。続いて体つきも逞しくなったな、と褒められれば悪い気はしなかった。


 それで、と兄は持って来た小ぶりな木の箱をこちらへ手渡す。


「後で中身を確かめなさい。……元の持ち主に返す前に」 


 箱を開けると、中身は銀製の懐中時計である。文字盤が黒い洒落たデザインが特徴的だ。この国では子供の成長のお守りとして贈られるのは銀製の短剣か髪飾り、そして懐中時計と相場は決まっている。その中でも自分の子供のためだけに依頼して作らせたであろう、高価な一点物。そこまでは調べる事ができた。

 そうします、とクリストフは受け取った木箱をしまった。失くしても壊しても困る大切な借り物なので王宮にいる兄に預けてあったが、そろそろ手元に戻す必要がある。


 クリストフは人を探していた。そろそろ現れていい頃だ。最初が十年前、次が五年前。この銀時計は所在がわかっていれば良いのだと貸してくれたが、あげるとは言われていない。つまりこれがこちらにある限り、返却を名目にもう一度会う機会はあるはずだ。


「次こそはその女性が一体どこのお嬢さんなのか、ちゃんと回答を得られるといいな」


 兄はこちらの心のうちを見透かしたような事を言う。はい、と返事をした。彼女に初めて会ったのは十年前の王宮で、奇妙な事件が相次いでいた頃だ。下働きの者が不眠から始まる体調不良を訴えて、そこからまるで冬の流行病のようにあちこちに広がった。ついには繊細さとは無縁の子供だったクリストフまで寝込む事態となり、恐ろしいヘビのような怪物に追い回される夢を見るようになって眠れなくなってしまった。その時に助けてくれたのが、今の自分より少し年上の女性である。この銀時計を貸してくれた後、怖い夢を見る事はなくなった。


 それなのに家名を聞きそびれたのは痛かった。黒髪に青い瞳という容姿とおおよその年齢、そしてキアラという名前。手がかりを元に探したけれど、彼女は見つからなかった。悪い夢にうなされた人間は大勢いたのに、彼女が夢の中に現れたのはどういうわけか、クリストフだけのようだった。

 それがすっかり諦めた頃になって、再び彼女が現れた。その時のクリストフは、彼女が釣りをした事がないと言うので得意になって、覚えたての知識を色々と披露するのに夢中になり、気がついたら朝になっていた。というわけで次こそは、と意気込んでいるのである。

 

 キアラという女性にはいくつも不思議な事があって、何より五年も間が空いたのに、見た目の変化が全くないのがどうにも引っ掛かっていた。もしかしたら生きている人間ではないのかもしれない、という可能性さえあった。どこを探しても誰に聞いても手がかりがないという事実にはかなり打ちのめされた。

 それからクリストフは曖昧な事が嫌いだった。王宮で王子をやっていると、白黒はっきりさせておかないと後から面倒な事態に発展する事案がたくさん転がっているためだ。そうでなくても、結局ちゃんとしたお礼も言えずじまい、というのも情けない。


 一応、黒髪に青い瞳でキアラという名前の相手を一人だけ見つけたのだが、しかし彼女はまだ四歳か五歳の、恥ずかしがり屋の女の子である。ヴァンティーク侯爵家の下の娘は休暇に領地を尋ねると、いつも消え入りそうな声で、ゆっくりして行って下さいね、と挨拶した後は屋敷に逃げ込んでしまう。ちゃんと顔を見る事もできない有様だった。そもそも年齢の時点で、探している相手ではないのだけれど。

  


「おいおい、クリスのくせに元気がないじゃないか。学校が楽しくないのか?」  

「……兄上みたいに、ちょっとした事で張り合ってくれる人がいないのでね」


 考え込んでいたクリストフは、よく似た顔立ちの相手がのんきに笑うのを眺めた。政治的な立場が良い形で固まりつつある影響か、子供の頃の記憶と比べると、随分明るくなったように感じる。ジルベールとは異母兄弟だが、仲は良かった。兄は弟に優しくて、クリストフは周囲の思惑を全く無視して兄に懐いた。

 

 兄とヴァンティークの当主は、何があったとしても自分の絶対的な味方になってくれた。それなのに軍の学校でも弟王子は、狡猾なヴァンティークに嵌められて王宮を追い出されたのだと腫れ物に触るような扱いである。自分としては兄の治世の邪魔にならないようにという判断なのだが、残念ながら傍目からすれば惨めな敗北以外の何ものでもないと捉えられているらしい。それでも自分が少しも惨めな気がしないのは、幼少期から仲の良い兄との関係が続いているからだった。

 不慮の事故や病気で早死にしたとか僻地に幽閉されたり投獄されたりして一生を終えた、という政争に敗れた者の悲惨な末路の詳細な記録を目にした後にのんきに船上実習をやっていられるのも、全ては兄のおかげだった。

 ジルベールと政治的に対立するのだけは避け、弟王子が次の王に相応しいなどと持ち上げられるのも避けるために気難しくてご機嫌取りなどもっての外、という態度を周囲に取り続けた。それが最適な対処だったと信じている。


「兄上は、あのキアラさんという女性がちゃんと実在したって、信じてくれますか?」


 彼女に会った証拠になりえるのは手の中にある銀時計だけだ。会ったのは夢の中だけなんて、都合の良い記憶と願望を切り貼りしたのだと一蹴されても仕方がない。けれど兄はもちろん、と頷いてくれた。


「クリスが『優しくて綺麗なお姉さんだった』なんて他に一度も聞いた事がないからな。もし会えたら、私にも是非紹介するように。兄として一度、挨拶しておかないと」

「『優しくて綺麗なお姉さんを紹介してくれ』って兄上が言っていたって、隣国の王女様に言いつけますよ」

 

 悪意のある台詞の切り取りをするんじゃない、と怒られながら、クリストフは久しぶりに心の底から笑ったような気がする。兄は不思議な夢の中で、気が済むまで遊びに付き合ってくれた。 










「二年も腹の探り合いって……」

「仕方がないではありませんか。向こうは王族なのですよ」


 結局、待ち人が現れたのは半年ほど経った頃になった。相変わらず何の前触れもありはしない。訓練を終え寮に戻って提出期限が近い課題に手をつけ、何の変哲もない一日を終えて、クリストフは習慣になって久しい、不思議な夢の中へと入り込んだ。

 起きている時は冷たく差すような冬の灰色の海なのだが、夢の中では夏の暑いきらきらした波打ち際にした。クリストフは拾った長い流木で砂浜にあの女性が今日来る、来ないと書いては消していた。


 そこへやって来たのは結い上げた黒髪と、少し灰色の交じった青い瞳。いかにも名家の令嬢然としている女性はこちらを認めて、笑みを浮かべた。ずっと待っていたのだと悟られるのはなんだか癪だったので、なるべく無表情を装った。今日はあまり喜んでくれないのかと、彼女は不思議そうに空を見上げ波間を見つめている。見た目はやっぱり出会った当初と同じ十六、七のままだった。

 貴女は一体何者なのだ、とクリストフは十年分の疑問を一番最初に投げかけた。これだけでもちゃんとした回答を得なければ、また年単位で待ちぼうけである。


「……こ、婚約者?」


 はい、とキアラ・ヴァンティークはあっさりと本名と正体を明かした。日傘の中からの目線はこちらの反応を窺っているらしい。この十年間は一体何だったのかと言うほどに淡々としている。

 詳しく尋ねたところ、夢の中で十年ほど時間がずれているらしく、彼女の知っているクリストフは既に兄の臣下として公爵になっていて、軍での地位を得た二十代半ばの青年だそうだ。二年程前に婚約者になったのだと言う。


 銀時計に月の光を当てて枕の下へ。すると自分の望みのままに夢を見る事ができる。クリストフに会いに来たのは、少なくとも数年前からある可愛らしい少女達の恋占いの一種を試した結果だと述べた。自分の婚約者の事を知りたい、と願った夜にヘビに追いかけ回された子供を助け、次の日は十歳くらいの少年と釣りをして、そして今日にいたる、とこちらの記憶と一致した。


「ここへ辿り着く前に何か、嫌な夢を見ませんでしたか。怖いものに追いかけられたり、やりたくない事を強要されたりとか」


 貴方に会っただけです、とキアラ嬢は不思議そうに返事をした。しかし夢の中を自由にできる、というのは誰にでもできるのではない。どうやら子供の頃にあの悪夢を、どういう形であれ打ち勝ったおかげで会得したのではないか、とは以前に兄がした考察である。


「悪夢とは、子供を寝かしつける方便なのではありませんか?」


 それは違う、とクリストフは明確に否定したが、嫌な予感がした。幼い頃の自分と兄とが大変難儀した事を説明したが、彼女は本気に捉えている雰囲気ではない。これはあまりに無防備ではないだろうか。この口ぶりでは、クリストフの方が余程この現象についての知識が深そうな気配である。

 

「それなら、貴方はそんなにヘビが怖いの」

「……小さい頃に王宮の庭に迷い込んで来たのに気が付かずに、思い切り噛まれて」


 当たり前だが護衛が飛んで来て、剣を抜いた。やめて殺さないで、と幼いクリストフは泣き付いた。慌てて医務室に担ぎ込まれ、毒があるような種類ではなかったので大事には至らなかった。けれどあのヘビはきっと、と考えると可哀想で仕方がなかった。


 なるほど、とキアラ嬢は何か言いたげな眼差しをこちらへ向けた。そのまま自分ではなく、彼女が知っている方の二十代のクリストフが、彼女が王宮に呼び出された時にわざわざ用事を切り上げて助けに来てくれたという話をしてくれた。そんな気障な真似を自分がするかどうかはさておき、言いたい事は察した。


「……わかりましたよ、助けに行きます」


 クリストフが投げやりなのとは対照的に、彼女はとても満足そうに、そして嬉しそうに頷いた。

 

 

 立ち話もなんだからと、クリストフは小舟を見つけて来て、彼女を乗せて波間へと浮かべた。キアラ嬢はクリストフの話を聞きたがった。貴族の女性は大人になるまでは屋敷で育てられるのが一般的なので、軍の学校の話をすると興味深そうに聞き入っている。 

 同級生は軍人の息子や裕福な商家、もしくは貴族の子弟という家柄が生徒の大半、そこに授業料免除枠を勝ち取った優秀な市井の子供が少しいる、という編成だ。それで仲良くできるのかと質問され、同じような階級の出身者でそれぞれ固まっているのだと答えた。


 ただし例外があって、どうやらヴァンティーク侯が知り合いに声を掛けて、おそらくは父兄が彼と繋がりを持つ同年代の子供達が何かあった時のため、と称して学校に在籍している。普段はあまり話もしないのだが釣りをする、という名目で招集すると応じてくれて、何とも気まずい空気の中で釣り糸を垂らすのであった。


 クリストフも十年先に暮らしている彼女から、兄の地位が隣国の王女殿下を妃として迎えて安定している事、王宮では相変わらずヴァンティークが活躍している事を聞き出して少し安堵した。おそらくこのまま順調に進めば、自分もその平和な時間へ辿り着けるはずである。


「貴方は、幼少期に遊び相手を王宮から追い出したそうですね」

「……事前の触れ込みや自分の要望を無視した商会とは取引しないでしょう? 要するにそういう事です」


 話題はさりげなく、クリストフ自身へと向けられた。正確には追い出したのは遊び相手だけではなかったが、そこは黙っておいた。

 一応、当時は王位を継ぐのではないかとまで言われていたクリストフには、遊び相手や教育係が次々と紹介された。しかしその役目を利用して、ある事無い事を吹き込んで操縦しようという意図が見え透いていたので、兄が自分の事を悪く言っているような情報の操作をやり出したところで、証拠と証言を押さえて実家に強制的に帰らせた。


「仕事すら務まらない者が、王城に留まっていい理由はない」


 きっぱり言い切ると、キアラ嬢はなるほど、とそれ以上は追求しなかった。おそらくは彼女自身が把握している情報と相違点がないかどうかを確認しているのだろう。


「……それから、ヴァンティークの屋敷にいらしていたんですってね。父の釣りの同好会の方に聞いてみると、気さくで良い方だと。兄君と釣果で楽しそうに張り合っていたとか」


 彼女の言う通り、ヴァンティーク領へ遊びに行く時はあくまで釣り同好会の一会員である。護衛達も会員に扮している上に兄弟王子は髪の色まで変える念の入れようである。他に来る者も、ヴァンティークの当主が選んだ相手なので気が楽だった。ただ、屋敷にいる人見知りの小さな女の子には申し訳なかった。



 話題は尽きなかったが、時間には限りがある。ちょうど一区切りついた時に、キアラ嬢は名残惜しいですけれど、とさり気なく切り出した。櫂を握っているのはクリストフで、波打ち際へ戻らなければいけないのに、あまり気が進まなかった。


「次に会えるのが、楽しみになりました」


 キアラ嬢はそう言って日傘の内側から笑いかけて来たけれど、何だか素直に自分も同じだと返事できなかった。


「……本当に、貴女に会えるのですか。今の話が全部本当なら、起きている時間にもう一度会えるのは十年も後になるのに」


 聞き分けのない子供のような言い分に相手が面食らっているのを見て、クリストフはますます面白くなかった。自分が会いたかったのは間違いなくこの女性なのに、このキアラ嬢にとってのクリストフ、は自分ではない。これから十年ばかり後、無事に即位した兄の臣下に下った公爵。

 もしここに引き止めたら一体どうなるだろう、と一つ疑問が頭に浮かんだ。腕力的に実行できない事はないはずだった。


「……そんなに引き止め下さるのなら、もう少し」


 しかし立ち上がりかけていたキアラ嬢はあっさり意見を翻して、その場に再び腰を下ろした。嬉しそうなのが、こちらの気勢を完全に削いだ。

 先ほどは腹の探り合いだの呼び名がどうとか自分の婚約者の文句を言っていたが、クリストフという存在が何歳であろうと危害を加えられるわけがない、という絶対の信頼があるらしい。


「父が王宮、政治の場においてはかなりのやり手だと言うのも、正直あまり信じていなかったのです。家族と領民に慕われて、優しくて釣りが好きで友人がたくさんいる姿しか見せてくれないから。そして私の知っている公爵閣下、国王陛下の弟君は、王族に相応しい威厳があり、義務を果たし尊敬を集めています。けれど一方でクリストフ様は、私の父のせいで結局は、王城を去らざるを得なかったという話もあって」


 だから知りたくなったのだ、とキアラ嬢はこちらを見つめた。まさか叶うとは思わなかった、とも付け加える。


「まさか本当に魔法があって、こういう形になるとは思っていなかったけれど、今夜はもう三回目なので本当に、貴方に会うために来たのです。……話す事ができて、本当に嬉しかった。目が覚めたらきちんと、大きく立派に成長した貴方に向き合う勇気をもらいました」


 必ずまた会いましょう、とキアラ嬢は静かに、けれどはっきりとした未来を提示した。それでクリストフもようやく、頷く事ができたのだった。







 秋の終わり頃、父は王都で忙しくしていた仕事を終えて領地へ帰って来る。それは大変に嬉しいのだが、一つ問題があった。父の帰還の数日後、客人が大勢尋ねて来るのである。しかも数日は屋敷に滞在して、いつものように釣りである。キアラはいつものように祖母にピアノを習って過ごしているが、そんなに父親達は魚が好きなのか、と五歳のキアラは不思議で仕方がなかった。


 父の釣り仲間達は滞在を大いに楽しんだ後、帰途に着いたので屋敷内もようやく落ち着いた。キアラもほっと一息ついたのだけれど、父が呼んでいると聞いて身体を強張らせた。


 屋敷の女主人というのは、来客の対応も立派な仕事の一つである。屋敷の顔でもあるのだ。世の中の貴族の女性達はそのように立派な務めを果たす事を求められる。頭ではわかっているのだが、キアラはどうしても知らない人達の目が怖くて、いつも簡単な挨拶だけで逃げ出してしまうのだった。


 重い足取りで父の部屋向かうと、途中で白い飼い猫が付いて来てくれた。毛並みを撫でさせてくれる事はない素っ気ない性格だけれど、こういう時は何となく近くにいてくれるのである。


「やあやあ、お昼寝の時間だったかな?」


 いえ、とソファに座っていた父に返事をしながら、どうやら怒っているわけではなさそうな様子にほっとした。おいで、と呼ばれた幼いキアラは衣装の裾に気を付けながら、父の膝の上にいそいそと乗り上げた。


 父は隣に置いてあった、大きくて長い袋を手に取った。これはどうやら外装のようで、中には綺麗な水色の袋が、リボンで綺麗に飾られて入っている。キアラ宛の贈り物だと説明されて驚いた。

 

「どの御方でしょうか?」

「いやそれがね、秘密にして欲しいそうだ」


 余計な事を口走ってしまう、恥ずかしいからと言い残して預けて行ったらしい。お礼も言えないとは、とキアラは顔も知らない誰かの事を思った。

 細長い袋を開けて中を覗くと、猫の頭が入っていてびっくりしたが、正体は大きな猫のぬいぐるみで、なんと屋敷の飼い猫と同じ耳だけが茶色い特注品らしい。一緒に部屋に入ってきた飼い猫も自らにそっくりなぬいぐるみの匂いを不思議そうに嗅いでいる。

 可愛がってあげて下さい、と首元に結ばれているリボンに手紙がくっついていた。


「お兄さん思いの、優しい方だよ。いつか仲良くなれるといいね」


 どんな方が、と父に尋ねてみると、ヴァンティークの当主は穏やかに返事をくれた。それじゃあ私と同じですね、と姉の事が大好きで、恥ずかしくていつも緊張してしまうキアラはその誰かに親しみを感じた。

 

 ふわふわの柔らかい贈り物のおかげか、お昼寝の時は良い夢を見たような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ