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忠犬コウタロウ物語

作者: ケンイチ

 吾輩は犬である。いつもは『吾輩』など使わないが、ノリで言っているだけなので勘弁して欲しいのである。

 柴犬で御年六歳の男盛りである……モテないが……

 

 そんな俺は生まれて間もない頃、狭い部屋で数匹の兄弟にもみくちゃにされている最中、とある重要な事に気がついた。それは、吾輩に人間の記憶があるという事にだ!

 つまり吾輩……俺は、犬に生まれ変わった元人間なのだ! ちなみに名前はコウタロウ。漢字だと公太郎と書くが、決して『名前を縦にしたらハム太郎!』……などと言ってはいけない。

 そんな俺は記憶がよみがえった最初の日こそ混乱し、何故人間じゃなかったのかと嘆き悲しんだが、腹がすき過ぎて母のおっぱいに無意識のうちにむしゃぶりついているのに気がついた瞬間、犬として生きていく事を受け入れた。いつまでも嘆いていても人間になれるわけでもないからな。

 犬生(長くても大体)二十年、楽しく生きてみるか!……とか思っていたら、生後三ヶ月にして気がついてしまった。


「わんわん、おぅ?(ここ、劣悪環境すぎねぇ?)」


 なんと俺が生まれた場所は、よく問題にされていた過密飼育による繁殖場だったのだ。このままでは、二十年どころか、下手すれば共食いで死亡という事もありえる。なので、あの手この手を使って逃げ出した。

 生後三ヶ月にして、野生で生きていくには厳しいものがあったが、そこは前世の知識と犬の動物的勘で乗り越えてきた。野生も慣れればいいものだ。

 そんなこんなで生まれ変わって一年くらいが過ぎた頃、いつもの様に登山客から食べ物をいただこうと高校生(特に女子生徒は、少し媚を売れば簡単に食べ物をくれる)の集団に近づいたところ、突然足元に現れた光に包まれてしまった。光が収まると、俺は変な格好をした男たちに囲まれていた。

 男たちが発した第一声は、『失敗だ!勇者のつもりが、犬を呼んでもうた!』だった。つまり俺はあの高校生たちの誰かと間違えられて呼び出された事になる……っていうか、人間の時に読んだラノベ的展開だな。

 んでもって、間違えられて呼ばれた俺は、八つ当たり気味に男たちに殺されそうになったのだが、これまたラノベでよくある転移・転生時に与えられるチート能力により、逆に返り討ちにして逃げ出したのだ。

 そして異世界転移の数年後、俺はある貴族に飼われていた。もちろん無理やりではなく、望まれての結果だ。俺は最高の主に巡り会えた事を、神に感謝しているくらいだ。優しくて美少女(美幼女)なご主人様なんて、どう考えても最高だろう?

 そんな平和な日々が続く中、事件は起こった。


「大変で、ぐふぉ!」


「がるふっ!ぐわぁっ!(やかましい!ご主人様が驚いているじゃねぇか!)」


 この屋敷で働いている騎士の一人がドアを乱暴に開け放ったせいで、俺をなでていたご主人様が驚きのあまり半泣き状態になってしまったのだ……もし大泣きになっていたら、お前の命は無かったものと思え!半泣きで止めたご主人様に感謝しろ!その対価として、お前の人生の全てを捧げるのだ!

 倒れている騎士に対してご主人様の素晴らしさを叩き込んでいると、ご主人様の付属品(父親)に止められそうになったので、「がふ!がるっ!(触るんじゃねぇ!このセクハラ野郎!)」と吠えて威嚇して撃退しておいた。まあ、そのあとでご主人様のお母様に、ご主人様の所へと行くように言われたので大人しく従ったけどな。


 ご主人様に撫でられながら他の騎士(俺が倒した騎士は、気を失ったままどこかへ運ばれていった)の報告に聞き耳をたてていると、どうやら隣国が隣接する他の貴族の領地へと侵略を開始し、ご主人様の領地まで攻め入ってきそうとの事だった。

 こりゃいかんと思った俺は、急いでご主人様の部屋まで行き、部屋にあった魔法の鞄(容量極大)にご主人様の服や大切にしているものと俺の私物を詰め込み、ついでに食堂ヘ行って食料も確保した。


「う~、わん!(さて行くか!)」


 準備を終えた俺は、首に魔法の鞄をかけた状態でご主人様を背中に乗せて、さっさとこの場所から逃げ出そうとした。まあ、すぐにご主人様のお母様に止められてしまったので渋々伏せて待つ事にしたが、いつでもご主人様を連れて逃げ出せる様に(かたわ)らで待機している。

 次々と寄せられる情報では、どうやらご主人様の領地は孤立している様だ。ご主人様の付属品(父親)は、不相応ながらこの王国ではかなり上位に位置する地位を持っているそうで、この地域のまとめ役をしているそうなのだが、まとめていたはずの周囲の貴族はすでに寝返っていたらしく、侵略してきた隣国の軍に合流したり、今いる都市を取り囲もうとしているそうだ。やっぱりこの付属品は使えない。まあ、俺の中では『ご主人様≧お母様>メイド長のアン(食事を持ってきたり寝床を整えてくれる)≧コック長のジョン(なかなか旨い料理を作る)≧執事長のセバス(旨いおやつをよくくれる)≧その他の執事・メイド、及び街に住んでいる配下たち(野良犬、飼い犬、野良猫、飼い猫など)>付属品、及び騎士たち』となっているので、もとより期待はしていなかったのだが、今回のこれはひど過ぎる。

 付属品は侵略してきた隣国の軍に降伏の使者を出したが、後日戻ってきたのは断りの口上と使者の首だった。

 しかも、断りの口上を述べた敵軍の使者は、こちらの使者の首の入った箱を、こともあろうにご主人様の目の前に転がしやがった!


「がぁああああ!(死んで償え!)」


 悲鳴を上げて気を失うご主人様を見て、俺は次の瞬間に敵軍の使者目掛けて突進し、数メートル吹き飛ばして壁に埋め込んだ。ただ、ご主人様が目覚めた時に血の臭いがしない様にと僅かに手加減したのが行けなかったのか、使者はかろうじて生きていた。しかも、止めを刺そうとしたらお母様に怒られてしまった。お母様の前に付属品が俺を止めようとしたが、「ぐるぁあああ!がるっ!がぁっ!(黙ってろ、この能無しやろう!元はといえば、お前が使えねぇのが原因だろうが!どうやったらお前のような奴から、ご主人様のような天使が生まれるんだ!)」と黙らせた。

 まあ、付属品との話は置いておくとして、中途半端なところで止められたせいで不完全燃焼だった俺は、仕方がないので使者を外に引きずり出して口を無理やり開かせ、その間ぬけづらめがけて小と大をお見舞いしてやった。その後使者は、小と大にまみれたままの状態で、うちの騎士たちによって外へと放り出された。

 するとどうでしょう。翌日、都市を囲む防壁の向こうに、十万を越える軍勢が現れました!しかも隣国に呼応した周辺の貴族も続々と集まり、侵略軍と共に都市を囲み始めました。逃げ道は見当たりません!

 

「がうがうが……がう(総勢十五万を越える軍勢か……めんどくさいから、やつを呼ぶか)」


 その日の夜、緊急に話し合う付属品たちを尻目に、俺は夜空に向かって遠吠えを開始した。ご主人様に敵対する愚か者どもに鉄槌を下すために……


「がう……(あのバカ、まだ来ないのか……)」

 

 なのに、翌日の昼を過ぎても、やつがまだ来ない。防壁の向こう側では、敵軍が攻撃を開始し、少なくない被害が敵味方に出始めている。まあ、このペースで行ったら付属品の兵が先に尽きるので、敵軍にしたら予定通りなのだろう。


「わうん……わう(仕方がない、めんどくさいけど行くか)」


 このままご主人様に尽くすべき兵を全滅させるわけにはいかないので、そろそろ戦いに参加するかと思った時、ようやく俺の呼んだやつがやってきた。


「わう……わんわんわ。わふぅ~(ふぅ……ようやくきたかあのバカ。さて、ご主人様のところに行くか)」


 俺が呼んだやつとは、巨大な空飛ぶトカゲ……通称、ドラゴンの事で、以前放浪している時に配下に加えたのだ。自称最強のドラゴンという割には大して強くはなく、襲いかかってきたので返り討ちにし、食料にしようとすると泣いて謝ってきたのだ。


 やつが来た以上、俺がする事はないので(仮にあったとしたら、その時はやつの尻尾を切り取り、ご主人様に献上する事になるだろう)、ご主人様の元へと戻る事にした。

 俺がご主人様の所に戻った時、ご主人様はこの城の一番高い場所で怯えながらお母様に抱きついていたのだが、俺に挨拶する為に現れた巨大な白いドラゴンを見て、声にならない悲鳴を上げていた。


「グル、グルァ!(ボス、ただ今到着しました!)」


「がふ、がふっ!わおーーん!わう、わふっ!(遅いし、ご主人様が驚いているだろうが!さっさと蹴散らして来い!あっ、正面に見える一番多い群れはひとり残らず殺して、他の場所にいる群れは半分くらいは生かしておけよ!)」 


「グルァ!(了解しました!)」


 巨大な白いドラゴンは自分より小さなドラゴンを千匹くらい引き連れていて、俺の命令を受けてすぐに分かれて敵軍に襲いかかった。

 それからは敵軍が逃げ出すのは早かった。なにせ、ドラゴンは小型のものでも、退治するのに百を越える兵が必要と言われているのだ。なのに襲いかかってくるドラゴン群れは、そのほとんどが中型のドラゴンで構成されており、たまにその中に小型と大型のドラゴンが混じっている感じなのだ。

 しかも逃げ出そうとした方向に、まず小型のドラゴンが先回りして逃げ道を塞ぎ、中型と大型が襲い掛かるという戦術をとっているのだ。全て合わせても十五万人程度しかいない人間では、戦いにすらならない。仮に一千万人いても互角に戦えるかどうか、と言った感じだろう。


「わう!(よくやった!)」

「グルゥ(お褒めに預かり、光栄です)」


 俺が巨大な白いドラゴンにねぎらいの言葉をかけていると、見知らぬ黒い大型ドラゴンが近寄ってきた。


「グルァ!グラァ!(なんで犬っころなんかに頭を下げてんですか、リーダー!)」


 あとで知った話では、この黒いドラゴンは巨大なドラゴンが率いる群れのNo.2で、プライドが高くて扱いに困っているやつなのだそうだ。


「グルグル、グラァ!(大体、犬に頭を下げるのも気に食わないし、人間を助けるのも気に食わんですぜ!)」

 

 他のドラゴンは黙っていたが、どうやら思いは黒いドラゴンと同じ様だ。確かにドラゴンが犬に使われるのはおかしい事だろうが、このドラゴンは忘れているのだろう。歴史上、ドラゴンを倒し従えた者が幾度となく現れたという事を……そしてその名を『勇者』という事も。


「わう、わぉん!(黙れ、小僧!)」


 舐めた口をきく黒いドラゴンの顎に頭突きを食らわせ、怯んだ隙に目にも止まらぬ速度で攻撃を繰り出し、ドラゴンが倒れ込みそうな瞬間に宙に浮かせ、そのまま空中コンボへと繋げた。空中コンボは足に魔力を込めて空気を圧縮し、無理やり足場を作る事で可能にしている。


「わふん!(己を知るがいい!)」 


 最後に地面に叩きつけてコンボは終了だ。千コンボくらいは食らわせたが、かなり手加減したので死ぬ事はないだろう。なにせ、白いドラゴンを返り討ちにした時は、総コンボ数は軽く千を超えて万に届く勢いだったのだ。

 ちなみに、『小僧』と言ったものの、年齢は確実にドラゴンたちの方が上だ。なにせ、俺は御年六歳だし、ドラゴンはこの世界で最長の寿命を誇る生き物と言われている。大きさや種類によって寿命の長さはマチマチではあるが、黒いドラゴンの大きさから見て千年近くは生きていると思われる。まあ、『小僧』云々は気持ちの問題だな。


「グルグルグルグル、グルァ……(申し訳ありませんでした。私が間違っておりました。もう逆らいませんので、お許し下さいボス)」


 意識を取り戻した黒いドラゴンは、自分が手加減された状態で犬に負けたのを理解し、即座に土下座で誤っていた。その後ろには、俺を侮っていた他のドラゴンも同じ格好で頭を下げている。


「わふ!わふん!(うむ、許そう!これからも、俺とご主人様に尽くせよ!)」


 こうして俺は新たに配下となったドラゴンたちを、ご主人様の領地を守るように四方八方に配置し、迫り来る外敵への備えとした。

 なおこの侵略から数年後、ご主人様に驚異を覚えた王国は、愚かにもご主人様に弓を引いた。ドラゴンたちが隣国の兵を蹴散らしたのは、ドラゴンが起こした気まぐれか何かと思っていたのか、何の対策もなしにご主人様の領地へと攻め入ってきた。まあ、領地に入って数時間で、王国が派遣した数十万の兵たちは壊滅する事になってしまったが。

 王国軍を壊滅させた俺は、白いドラゴンの背に乗って王国の首都に住まう王を襲撃した。その際に首都に住まう都民に対し、直接の被害は出さずに恐怖を与えながら城を破壊したので、数年後には王国は瓦解する事になった。

 そして、ご主人様を頂点とした新たな国が成立し、犬とドラゴンに守られた万年王国として大陸の覇者として君臨し続ける事になる。


「わう、わうん……わう!(この世界に呼び出されて十五年か……犬にしてはよく生きた方だし、いつ死んでもおかしくはないな。もし俺が死んだとしたら、ご主人様の血筋が途絶えるまでこの国を見守ってくれ)」


「グル、グルァ……(了解しましたボス……)」




「グルッ!(とか昔言ってた記憶があるんですけど、ボス!)」


 今日は俺の百歳(・・)の誕生日である。俺の頭には紙で出来た王冠が乗せられ、隣にはご主人様によく似た女の子が楽しそうに俺の体を撫でていた。


「わふ~……わふ、わふん(いや~確かにそう言ったけど、あのあとでこの世界の神を名乗るじじいが俺の夢に現れてな。なんでも、「お前、すでに神の領域に足を突っ込んでいるから、あと数千年は軽く生きるぞ」とか言われちゃって)」


 とまあ、人間どころか犬すら辞めてしまったのだ。

 こうして俺は、白いドラゴンやその配下のドラゴンたちを従えて、長きに渡りご主人様の作った国を見守り続けたのだった。

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