第59話 王都の闇と、子供たち
女の視線は鋭かった。その眼力からは、幾多の修羅場を経験してきたことが分かる。
「……まぁ、今は怪我していますが、警護は私1人でも出来ると自負はしています」
微笑を見せると、張り詰めていた空気が幻のように消える。シャリアの言葉は嘘ではないと、この場にいる全員が確信した瞬間だった。
「今回の件、」
明日から来るように言われた歩たちは、帰路についていた。馬車に乗り高級地区を出たところで歩が口を開く。それまで、不思議と会話はなかった。エルに至っては沈痛した表情である。
「僕らの警備はあまり当てにしないみたいだね」
「そりゃそうでしょ。正直あの女がいれば追加の警護なんて普通は要らないわね。それでも、オーナーが依頼して来たということは相当ヤバいんでしよう。私は過去の暗殺について調べてみるわ」
真春が慣れない眼鏡を外して言った。その後は、互いに沈黙が続く。しばらくすると、馬車を返すため真春を残して、歩とエルは降りるのであった。
「じゃあ、明日からよろしくね! 何かあったら連絡して」
真春の言葉に歩が頷く。馬車が走り去った後、歩がエルに向かって言った。
「寄り道してもいい?」
「え? あ、はい」
まだ顔色があまり優れない様子だ。何も言わないで先に進む歩についてしばらく進むと、2階建ての長方形の形をした建物が見える。年季が入っている古そうな建物だが、手入れは行き届いているのが伺えた。広い庭が前面にあり、大きな木が中央にある。
建物に近づくにつれ、子供たちの元気そうな声が聞こえてくる。そこには、何人もの子供たちが庭で遊んでいる光景があった。
「……これは?」
エルが不思議そうに思っていると、横から声がかかる。
「あら、歩くんじゃない。 今日も来てくれたの?」
声のする方を向くと、そこにいたのは若い女だった。
「こんにちは、真緒さん」
目の前に現れたのは、元の世界の成長した真緒であった。
厳密に言えば別人であるが、その容姿の面影は真緒そっくりだ。快活そうな瞳は変わっていないが、茶髪は肩まで伸び、女性らしくより丸みを帯びた体のラインをしている。年齢は真春と同じくらいだろうか。
トートバッグを肩から下げており、中からネギや大根の頭が飛び出しているのが見える。
「お、何々? 今日は彼女連れ? 綺麗な娘じゃない」
歩の隣にいるエルを見て、真緒が興味津々に聞いてくる。エルの顔は赤くなっていた。
「違いますよ、こっちは友人のエル。こっちは、」
「真緒です! エルちゃんね、よろしく!」
真緒の元気の良い声が辺りに響いた。
「へえ、エルちゃんは花屋をしてるんだ。私も今度行くね!」
「あ、ありがとうございます!」
建物の敷地に入り、早くもエルと打ち解けた真緒が他愛もない雑談を始めようとした時だった。3人の姿を見た子供たちが一斉に集まり、口々にまくし立てる。
「お帰りなさい! 真緒先生!」
「お姉ちゃん、だあれ?」
「お、歩じゃん! 今日も来たのか」
一度にいくつもの言葉が飛び交う状況にエルが混乱している。一方、その中を真緒と歩は慣れたように1人1人に受け答えをしていた。
一通り言葉を交わし、エルを紹介すると、子供たちが質問を浴びせかけていく。一瞬面食らったエルだったが、子供たちと話すうちに笑顔になっていった
「はいはい、お姉ちゃんたちは用事があるから今日はこれで解散!」
真緒の合図で子供たちは各々遊びに戻っていく。嵐が去った後に、子供たちの方を少し見つめていたエルが歩と真緒に問いかけた。
「あの、ここは一体……」
歩が忘れてたような顔をして答える。
「ああ、ここは……」
歩が言いかけた時、またもや別の声がかかった。
「あら、お客さんですか?」
声のする方向を向くと、建物から女性が出てきた所であった。
「園長先生、こんにちは」
「あら、一条君。今日も来てくれたのね、ありがとう」
歩と話す女性は50代くらいだろうか。眼鏡をかけ、知的で物腰柔らかい人物に見えた。
エルのことを紹介すると、包み込むように暖かく迎え入れてくれる。話し始めるうちに、いつの間にか、エルの胸の内にある何かが解け始めていた。
「歩さんはいつから来ているんですか?」
施設から帰る道すがら、エルが尋ねる。時刻はもう夕方から夜に近づいていた。
「こっちに来て、1週間くらいの時かな」
歩が思い出すように空を見上げて答える。歩の少し物思いにふける横顔を眺めながら、
「私知らなかったです。孤児院があったなんて」
同じように空を見上げてエルが言った。
「あそこ、昔からあるらしいけど、3年前の戦争で身寄りが亡くなった子が多いそうだよ」
「……そうだったんですね」
思うところがあったのか、予想していたのか分からないが、それだけ言うとエルは無言になる。歩もそれ以上言葉を発しないまま、それぞれの分かれ道に差し掛かった。
すると、横にいたエルが歩の目の前に来る。突然のことに歩が疑問を浮かべてると、
「あの、今日はありがとうございました!」
深々とお辞儀をするエルに歩が言った。
「いやいや、こっちこそ付き合ってくれてありがとう!」
歩も慌てて感謝のお辞儀をする。顔を上げると、エルが待ち構えていたかのように歩の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「本当にありがとうございます!」
再び感謝を述べたエルの顔は、とても晴れやかだった。歩はただ見つめ返してエルに応える。満足そうに頷いたエルが、帰ろうとして立ち止まった。
「あ、そうだ、帰り際に園長先生に頼まれたこと私も行かせて下さい!」
振り返ったエルの瞳はすっかり元に戻っていた。
「お使いの件だよね。……分かった、一緒に行こうか」
歩は孤児院を立ち去る時に、園長先生から頼まれごとをされていた。内容自体は大したことはなく、ある家に食べ物を届けに行って欲しいというものである。
「本当は孤児院に入れたいけど、事情がある家でしたよね……」
目的地に向かいながら、エルが園長先生の言葉を思い出す。孤児院自体が王都の端の方にあるが、今向かっている所は更に外壁に近い所にあった。
王都は高い外壁に囲まれており、中心に王様のいる城と行政機関等の主要な施設がある。城を中心として、いくつもの円を描くように区画が出来ていた。貴族や魔法使は中心部に、魔法を使えない一般の人々は中心から離れている場所に住んでいる。城の外壁に近くなるにつれ、貧しい者が多くなり、治安も悪くなっていた。
歩とエルが来たのは、その治安が悪いとされる外壁に近い場所である。辺りは掃除する者がいないのか、道は汚れ、衛生状態は良くない。家々は崩れていたり、窓が割れていたりと人が普通に住めるとは思えなかった。暗い細い路地を見ると、色の変色した毛布に身を包み身動きしない老婆がいる。とにかく、陰気であった。この区画に入った者は、ここが本当に王都なのかと疑問が浮かぶだろう。
「王都にこんな場所があったなんて……」
歩にフードを被るよう言われたエルが小声で話し掛ける。
「スラム街だね。あ、ここかな」
歩が足を止めたのは、1軒の古びた住宅だった。住宅と言うより、長屋に近い。屋根の一部にはビニールシートがかけられ、窓ガラスは段ボールやテープで応急処置されていた。もう明かりを灯す時間だが、窓から見えるの景色は暗い色だ。
扉をノックするが、返事はない。鍵は当然かかっていた。
ふと、誰かに見られている気配がするので、窓を見ると、薄暗い部屋の中から2つの目がこちらを覗っている。歩たちと目が合ったことに気付くと、慌てたように部屋の中へ引っ込んでいった。
「どうしましょう?」
エルが途方に暮れた声を出し歩の方を見ると、歩は先程誰かがいた窓に近づいていた。その窓は穴が空いていて、新聞紙で塞いであるのが見て取れる。驚くことに歩は躊躇いもせずに、新聞紙に指で穴を空ける。
「え!」
エルが目を見開いている間に、歩が空けた穴に向かって声をかける。
「すいません、太陽院のマーシー園長から届け物です」
反応はない。が、しばらすると、ドアの開く音がする。扉から覗くのは、小さな子供であった。5歳くらいだろうか、男の子だ。
いつの間にか、子供の目の前に来ていた歩がバスケットを掲げながら優しく話し掛ける。
「入って良いかい?」
エルは歩の行動に目を見開いていたが、子供の方はすんなりと歩の提案を受け入れていた。
家の中に入ると、そこはキッチン兼ダイニングである。子供が蝋燭に火を灯すと、部屋が少し明るくなった。調理場は使用されなくなって久しいのか、洗い場以外は埃を被っている。奥と右手にドアがあるのが見えた。
(衛生状態が悪いな……)
歩が辺りを観察していると、右手の扉から元気な子供の声が聞こえて来る。姿を現したのは、2人の孚供だった。年齢は先程玄関を開けた子供と大差ないように見える。
「お腹すいた~」
「あれ、お兄ちやんたち誰?」
バスケットを届けに来たことを伝えると、子供たちは大層喜ぶ。その間に、互いの自己紹介や質問をしていると、自然と声が大きくなっていく。すると、不意にキッチンの奥にある扉から女性の声が聞こえる。
「誰かお客さんが来ているの?」
「あ、ナタリーお姉ちゃん! そう、お客さん! 園長先生の配達してくれたの!」
すかさず、1人の子供が扉に向かって答えた。女性の声には初め少し警戒色があったが、子供の返答に声色が和らぐ。
「あら、そうなの。お礼を言いたいので、こちらに連れて来て貰えないかしら?」
「うん、分かった!」
子供たちが先導して、奥のドアを開ける。そこは4畳程の狭い部屋だった。薄暗い中、目を凝らすと部屋にはベッドがあり、誰かが横になっているのが分かる。
「あら、ごめんなさい。今明かりを点けますね」
声と共に、蝋燭の火が辺りを赤々と照らす。
声の主は、若い女であった。ソフィアと同じ位の年齢に見える。目鼻立ちが整った容姿をしていたが、その体や顔は大分痩せていた。病的な体とは正反対に、瞳は生気を失わず前を向いている。
「初めまして。私、ナターリエと申します。今日は届け物、ありがとうございます」
丁寧な挨拶に対して、歩とエルも自己紹介をすると、ナターリエが謝る。
「本当はおもてなしをしたいのですが、生来体が弱いもので、ベッドからの挨拶ですみません」
ベッドから身を起こして、上半身を深々と下げた。日々手入れしていると思われる、肩まで伸びた茶色の髪が彼女の動きに合わせて揺れる。その様子に慌てたのは歩たちであった。
本当に申し訳なさそうにすると、ナターリエが再び話し掛ける。
「お2人とも、太陽院のスタッフですか?」
「いえ、時々手伝っているだけです。今日は園長先生に用事があるので、代わりに来ました」
歩の答えにナターリエが感心する。
「立派な行いです。私は昔から園長先生にお世話になっていまして、時々子供たちのために差し入れを頂くんですよ」
そう言えば静かだなと思い、キッチンを見ると、子供たちはバスケットの中身を美味しそうに食べていた。
少し話をしたが、ナターリエの体調が悪そうなので、そろそろお暇しようとした時、玄関のドアが開かれる。
「ただいま! おっ、誰か来てるのか?」
新しい来訪者は、若い女の声だった。
「お帰りー!」
子供たちの親しげな声が聞こえ、来訪者が奥の部屋を覗きに来る。
少しぶっきら棒な言い方だが、不思議と嫌悪感はない。ナターリアよりも若く見える。少女と言ってもいい。
歩が挨拶しようとした時、エルの驚いた声が先に漏れた。
「え」
エルの視線は女の腰辺りで止まっている。そこには、あまりこの世界で見慣れない物があった。歩もそれに気付き、思わず口に出す。
「白い……剣?」
その女は白い鞘に入った剣を腰に差していた。
隔週の投稿が守れず申し訳ない、、、




