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となりの世界は魔法世界  作者: きの
暗殺者が守るもの
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第58話 護衛対象と、予告状

「ひどい」


 殺し合いの光景を見て、エルがロに手を当て沈痛な声を上げた。隣の真春が表情を変えずに小さく頷くが、周りの観客の熱気にかき消される。

 歩はただじっと仮面の人物を見つめていた。

 騒がしい観客の声に紛れて、実況らしき興奮した女性の音声が聞こえる。


「圧倒的な強さ! 驚異の30連勝! 仮面A1負け知らず!」


 仮面越しに複雑な顔をしているエルに真春が声をかける。


「L様。思うところがあるのは分かりますが、行きますよ」


 その所作と言葉遣いは、どこかで習ったのか本当に秘書と見間違える動きだった。


「あ、はい」


 少し呆気にとられたエルが正気に戻る。


「そうでした、今は私が主人でしたね」


 エルが周りを見渡す。観客はエルのように顔の一部を隠す仮面をした人と、顔を出している人に分かれていた。皆正装をしている者が大半であり、仮面をつけた人がそうでない人に指示を出しているのが分かる。

 サングラスをした黒服の人物がそこかしこに立っているのは、おそらく警備員と思われた。

 そんな中、歩が真春に近づき小声で聞く。


「姉ちゃん、顔ばれは大丈夫なの? こっちの世界で有名みたいだし」


「大丈夫よ。普段私、人前に出る時は金髪だから。眼鏡と髪型も変えると意外と分からないものよ」


 真春の言う通り、皆試合に夢中で他人のことなど気にしていないようだった。話し声を拾うと、どうやら賭け事も行われているようだ。喜ぶ者、頭を抱える者、死んだ相手に対し罵声を浴びせる者と様々だった。

 まだ狂騒が冷めやらぬ中、歩たちは一番近くにいる黒服に声をかける。

 聞いた通り、グレッグの親書を見せただけでは黒服が動くことはなかった。しかし、エルを紹介すると、その態度は一変する。無線でしばらくやり取りをした後、オーナーへの面会が許可されたのだ。


 黒服の後について、関係者以外立入禁止と書かれた鉄製の扉の中へ入ると、そこにはもう1つの扉と下に続く階段があった。

 黒服は階段を下りていくので、歩たちも従う。降りた先は上と同じ構造であった。片方の扉は、各階層の観客席へ降りるためのものらしい。

 2階層ほど降りた先で、黒服が観客席へと続く出口とは逆の扉に手を掛ける。こちらの扉も鉄製で出来ていたが、セキュリティで守られており、真横にある小さな端末に黒服がセキュリティカードをかざしているのが見えた。

 扉の奥は緩いカーブのついた通路になっていて、所々に扉がある。


(アリの巣みたいだ……)


 無言で進みながらも、ふと歩が心の中で思った。おそらく、この通路は闘技場を丸々一周出来るように設計されているのだろう。

 しばらく進むと、幅が少し広い通路に出た。そこには、厳重そうな扉があり、屈強なボディーガードらしき男が2人立っている。話が通っているのか、歩たちが来ても止められることはなかった。扉自体にカードの端末機能があるらしく、黒服が別の色をしたセキュリティカードをかざしている。


「オーナー、入りますよ」


 ノックをして、黒服が扉を開ける。 そこは、ホテルの一室と見間違う場所であった。

 前面は一部ガラスで構成されていて、3階に位置する部屋からは闘技場が良く見える。黒張りのソファに高級な調度品の数々、赤いじゅうたん、淡い色合いの輝きを放つ照明を形容するには、VIPルームと呼ぶ他ないだろう。

 その部屋に立っていたのは、1人のまん丸とした体の大きい初老の男性だった。頭部は既に禿げあがっており、肥えたお腹が膨れている。本来は豪胆な性格だと思われるが、今は反対に酷く怯えた様子だった。眼光があったであろう目も今は光が乏しい。


「こちらが先程話した客人です」


 そう言うと、黒服は一礼をして部屋から去った。

 全くこちらを見ようともしない男と数秒互いに沈黙が続く。


「あの、グレッグさんから依頼を受けた件ですが……」


 歩が堪らず口火を切ると、オーナーが反応した。


「ひっ! 分かっておるわ、大きな声を立てるんじゃない」


 かなり過剰に反応して、2メートルはある大きな体をびくびくと震わせていた。その反応に歩たちの方も驚く。まともに話が出来る状態じゃないかもしれない。そんな空気が流れた時、歩がエルを紹介した。


「オーナー様、今回ご興味を持たれた赤髪の女性になります」


「!」


 オーナーの表情が一変する。エルがおずおずと外套を脱ぎ去ると、


「おおおおおおっ!」


 エルの髪を見るや否や、今までの怯えが消え去り、代わりに興奮の2文字が前面に押し出されたのがハッキリと分かった。

 四方八方からエルの髪を興味深そうに見つめる。その眼には、穴があくのではないかと思うくらいの熱量と真剣さがあった。ただ見るだけではなく、エルにいくつかの簡単な質問もしながらである。その回答を受けながら、更に興奮のボルテージをあげていた。

 荒い息と尋常ではない様子に、エルが完全に引いている。


「オーナー、本題に入りたいのですが」


 寒冷えのする空気を発した方を見ると、それは真春だった。顔は笑っているが、その下は明らかに怒りのモードになっている。


「そ、そうじゃな。本題な」


 急速に熱が冷めたのか、オーナーが我に返る。興奮により出た汗は、冷たいものに変わっていた。


「良いものを見せてもらった。……ではなく、グレッグに依頼したことだな」


 真春が再度笑顔の一睨みを向けると、オーナーが一瞬怯える。だが、取り繕うように咳払いをして言った。


「脅迫なぞいつものことなんだが、今回は心配でな。だから、グレッグに相談したんだ」


 高級そうなソファに腰かけながら、心配そうな表情をする。

 不意に歩が疑問を投げかけた。


「いくつか疑問なんですが」


「なんだ? 言ってみよ」


「ここの警備は厳重そうなので、暗殺はなかなか難しい気がします。それと、普通暗殺は予告がないと思うのですが、何かあったのですか?」


 オーナーが質問を受けて、歩をジロジロと見る。どうやら、初めて存在を認識したようだった。

 咳払いをして、


「もちろん、警備は万全かつ慎重だ。……それでも心配だがな。それと、予告ならあった」


 デスクの引き出しから取り出したのは、1枚の模様が書かれた紙切れだった。A4サイズの紙には大きく×しるしが書かれている。


「これが予告ですか?」


 真春が不思議そうに紙を見ながら聞く。


「今まで殺された奴の所、全てにその紙があったそうだ。全く、ただでさえ最近調子が悪いというのに ……」


 不安そうに文句を言うと、オーナーはデスクから葉巻を取り出して吸い始める。金色のオイルライターから出る炎の揺らめきは、本人の気持ちを代弁している気がした。

 その時、部屋をノックする音が聞こえ、同時に女の声がする。


「オーナー、失礼します」


 入って来たのは、妖艶な美女であった。くっきりとした目鼻立ちと艶やかな白銀の髪、肉付きの良い長身の肢体に目が行く。

 フレームレスの眼鏡をかけ、ズボンの真春と違い、膝まで丈のあるスカートタイプの黒いスーツを着ていた。だが、そうした彼女の魅力はある一点で痛々しいものに変わる。それは、ギプスをした右足と松葉杖だった。


「おお、シェリアか」


 オーナーが親しみを含んだ声を出すと、女を歩たちに紹介する。


「秘書をしているシェリアだ。美人だろう! こう見えて昔は闘技場に出ていたんだぞ!」


 自慢げに話すオーナーとは対照的にシェリアと呼ばれた秘書は少し不機嫌そうだった。

 歩たちに視線を向けお辞儀をした後、オーナーの方を向いて、


「お客を入れる時は私を通すように言っているではありませんか」


 真春と同じくらいの年齢なのに、諭すようにオーナーへ話す様子からは2人の関係性が伺えた。オーナーがたじろぎながらも、


「分かってる、分かってる。今回は、グレッグの所の人たちだから大丈夫だと思って通したんだ」


 シェリアは明らかに分かるため息をつきながら、


「今後はお願いしますね!」


 強く念押しをするのだった。歩たちが唖然としている様子に気が付いたのか、オーナーは軽く咳払いすると、心配そうに言う。


「まあ、君たちにも警備に協力して欲しい。ちなみに、俺は予告があってからこの部屋を1歩たりとも出ていないので、まず大丈夫だとは思うが……」


 話が一通り終わると、実際の警備についてはシェリアと話して欲しいということで、場所を移動する。

 オーナーの部屋を出ると、警備についている男たちがシェリアに向かって、


「姐さん、今日もお疲れ様です!」


 と口々に連呼していた。

 シェリアは、それらの声を受け流すようにひらひらと手を振って返す。

 松葉杖をつきながら進むシェリアは慣れたものなのか、足の速さは普通の速度とあまり変わらなかった。着いた先は、オーナーの部屋から近い秘書室である。応接用のソファに腰かけ、詳細を話した。

 交代制で警備の一員になって欲しいこと、深夜は闘技場を完全閉鎖しているため必要ないこと、連絡手段などの説明がされる。

 一通り話を聞いた後に、真春がとんでもないことを言った。


「グレッグの許可は取ってあるので、基本は彼が警備につきます」


「え?」


 歩は聞いていない顔をするが、時すでに遅かった。


「失礼ですが、魔法や警護、武道などのご経験は?」


 シェリアの問いに無いと答えると、上から下まで視線を向けられた後、


「こちらも無理を言ってお願いしていますので、問題ありません。何かあれば私か周りの警備の者に一報ください」


 と、にこやかに言って一言付け加えた。


「それに、いざとなれば来て頂けるのでしょう?  紅目の魔女さん」


シェリアが真春に向けた瞳には、確信と興味、闘争心が垣間見えた。


「あら、バレてしまいましたか」


 指摘された真春は慌てることなく、反対にシェリアに質問する。


「シェリアさんもかなり修練されているとお見受けしますが、相当ここで名を馳せていたのではないですか? ……例えば、チャンピオンとか」


 急速に空気が緊張を帯びるのが分かった。

 おもむろに、シェリルが眼鏡を外す。


「流石ですね。おっしゃる通り、私は1年前まで地下闘技場のチャンピオンでした」

仕事が忙しい、、、

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