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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第2章 双つの生命
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第55話 双子の結末と、新たな始まり

「……完敗か」


 空には晴れ間が広がっている。倒れて仰向けになった後、しばらく無言だったソフィアが口を開いた。その顔はどこか清々しく、憑き物が落ちたかのような表情だ。隣に立っている真春に向かって、


「好きにしなさいよ」


「ええ、そうさせてもらうわ」


 そう言うと、黒髪に戻っている真春がおもむろにソフィアの首根っこを掴む。そして、そのまま引きずり始めた。


「ちょっと! なに!?」


 ソフィアが振りほどこうとするが、力を使い果たした彼女に止める術はない。しばらくした後に視界に入ったのは、


「馬車?」


 車両の窓から呑気に手を振る人物は真春の父親であった。

 ソフィアは連れられた車内でフロットに色々尋ねたが、のらりくらりと躱されるだけだった。そうこうしているうちに、目的地に辿り着いたのか小気味良い馬の足音が止む。馬車を降りた先には、


「ここはイリーナの……」



「最後にあの子に会わせてくれるなんて殊勝な心がけじゃない」


 相変わらず病院内は一角獣との戦闘で酷い有様であり、人もいなかった。だが、イリーナのいる地下に来た時、ソフィアは目を疑う。


「なに、これ?」


 地下には忙しそうに動いている人が何人もいた。皆、作業着や白衣を着ている。

 自然と早くなる足がイリーナのいる病室に向かった。


(嘘よ、あり得ない)


 言葉とは裏腹にソフィアの鼓動が高まる中、勢いよく扉を開け放つと、


「お姉ちゃん」


 優しくベッドの上で微笑む妹がいた。



 病室には何人かの医者と看護師がいた。ソフィアが入って来たことに一瞬手が止まるが、すぐに自分たちの仕事を再開する。医者たちはイリーナに繋がれた医療機器の状態を観察したり、新たな機材の準備に忙しそうにしていた。


「な……んで」


 ソフィアの言葉にならない声が周りの音にかき消される。少しずつイリーナに向かって足を進める様は、どこか朧気だった。

 時間にして1分ほどだろうか。ゆっくりとだが、着実にソフィアがイリーナの元へと辿り着く。イリーナは入院服を着てベッドに横たわっていた。その体には人工呼吸器を始め、いくつかの機器がつけられており、肌の色は酷く白く見える。だが、その瞳には生気があった。


「お姉ちゃん……」


 起き上がろうとするも、体に力が入らないのか寝た姿勢のままになる。それでも起きようとする妹に対し、姉が無言で強く抱き締めた。


「お姉ちゃん、苦しいよ。……それに、泣いてるの?」


 イリーナが弱々しく姉を抱きしめ返す――その顔に微笑みを浮かべながら。病室には、医者たちが作業する音を除けば、ソフィアのすすり泣く声しか聞こえなかった。

 広くはない地下の廊下には真春と亜紗、フロット、エンドレフがいた。


「長年生きていますが、奇跡を見過ぎている気がします」


 ポツリとエンドレフが口にする。


「そうだね。イリーナくんの脳移植から始まり、意識と記憶の回復、人体と変わらない体と成長、それに今回の件だ。我々はとんでもない時にいるのだと思うよ。……何にせよ、結果として誰も命を落とすことにならなかった。喜ぶとしようじゃないか!」


 フロットがホッと安堵の言葉を述べる。誰に向けてかは分からないが、何故か最後に軽くウインクを飛ばした。それを見た真春が眉をひそめる。


「そうですね。医者としても、科学者としても到底信じ難いことばかりです。そう言えば、派手に暴れましたが、後処理は大丈夫なんでしょうか?」


 壁に背をつけ、変わらない表情で言ったのは亜紗だ。


「御三家の2つが協力すれば何とかなるさ」


 フロットがエンドレフに目配せする。頷いている様子を見ると、既に手は打っているようだった。

 しばらく話をしていると、ソフィアが病室から出てくる。目元が赤く腫れていたが、誰も指摘する者はいなかった。そして、そのまま皆の方を向くと、


「ありがとうございました」


 深々とお辞儀をするのであった。


「感謝するなら、後ろの奴にも言った方がいいわよ」


 真春の言葉にソフィアが振り向くと、そこには点滴をうっている歩がいた。隣にはシアが心配そうに見上げている。


「みんな元気そうだね」


 一番疲労困憊な歩が呑気な笑顔を見せる。


(これで、こっちの世界は一旦落ち着くかな。あとは……)


 歩が思いを馳せたのはもちろん。



――元の世界


 朝起きた歩たちは、こちらの世界でイリーナが入院している病院へと急ぐ。病室へ向かおうとロビーを通り過ぎた所だった。


「あ、一条さんに真春さん!」


 驚き振り向くと、そこにいたのは車椅子に乗り手を振るイリーナと彼女に付き添っているソフィアであった。


「あちらでは大変にご迷惑をおかけしました。それと、命を救って頂いてありがとうございます。特に一条さんには感謝してもしきれないです」


 車椅子に乗りながら、イリーナが深く体を折り曲げて頭を下げる。寝たきりだったため、痩せていたが、それ以外は問題ない様子だった。


「姉妹ともにアウェイカーだったのね」


 場所を2階の広場に移した後、真春が言った。


「そうね。初めてよ、妹以外で同じ人に出会ったのは」


 ソフィアが缶に入った紅茶を飲みながら答える。その様はただ缶紅茶を飲んでいるだけにもかかわらず、気品に溢れていた。

 イリーナのことを聞くと、意識が戻ったのは今朝で体力が落ちていること以外は問題ないらしい。念のため検査を何日間か受けるとのことだった。


「え? この街に住んでいるんですか?」


 この病院を利用している以上、考えられることではあったが歩たちが驚く。しかも、近くにある大学に通う女子大生であった。


「ええ、父の仕事やイリーナのことを考えて引っ越してきたのよ」


 ソフィアが妹を見ながら答える。その眼差しは暖かい。イリーナは少し申し訳なさそうな顔をしていた。


「本当にすみません。色々と……」


 ことある毎に謝ろうとするイリーナをソフィアが優しく宥める。そんな中、歩がにこやかな笑顔で言ったのは、


「イリーナさん、可愛いんだから笑った方が良いですよ」


「「え?」」


 何気なく歩が言った言葉に姉妹が同時に反応する。ソフィアが真春の方を見ると、


「ああ、天然だから気にしないで」


 イリーナは赤面して俯いていた。1人歩だけが疑問符を浮かべる。

 何とも言えない空気をどうにかしようとした時だった――全てを台無しにする者が現れたのは。


「レディ、お話の途中にすみません。あまりにも美しかったので、話し掛けてしまいました」


 ごく自然にソフィアとイリーナの手を取ったのは、ヒアックだった。片膝をついて、中世の騎士のように恭しく頭を垂れる。そして、顔を上げると柔和な笑みを浮かべた。顔が二枚目で突飛もないファーストコンタクトをするため、意外に話を聞いてくれる女性が多いのだが、相手が悪かった。


「な・ぜ、うちの妹に許可なく触ってるのかしら?」


 ソフィアから怒りが涌き出でる。嫌な予感がすると歩は思った。

 空気の変化を察したヒアックが手をすぐさまどけ、謝罪する。


「ご無礼を謝ります。私、そこにいる一条歩の知り合いでヒアックと申します」


 スッと歩の傍に寄る。


(こいつ!)


 歩が巻き込むなと目で訴えかけるが、ヒアックは別の方を見ていた。イリーナである。イリーナは恥ずかしそうな表情のまま、上目遣いで歩を見ていた。何かを察したヒアックが取った行動はただ1つ。


「我々は女性がいれば必ず声を掛けてしまうんです。何故なら……それが男の嗜みですから! 貴方たちのような美人な姉妹なら尚更! どうでしょう? 非礼のお詫びも兼ねて我々と一緒にお茶でもしませんか?」


 がっしりと歩の肩を抱き、白い歯を見れて笑顔で言う。歯磨き粉のCMに出てきそうな爽やかさであった。


「違うんで、この男の言うことは7割流してください」


 歩が組まれた腕をどけようとするが、ヒアックが離そうとしない。


「うるさい! お前、また純情そうな女の子をたぶらかしやがって!」


「は? そんなことより、手を離せ!」


 男2人が騒いでいると、一際大きくなった憤怒の鬼がいつの間にか傍に現れていた。


「「!」」


 時が止まる。


「いや、これは……」


 歩が説明しようとする間もなく、ソフィアの怒りが爆発する。


「目の前から消えなさい!」


 渾身の一蹴りが男2人を完全に捉える。その威力は恐るべきことに真春と同程度と思わせるくらいであり、歩とヒアックは易々と壁を貫き彼方へと飛んでいくのだった。

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