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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第2章 双つの生命
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第46話 一触即発と、魔法結界

「一条歩? ……ああ、グレッグさんの所で最近働いてる人だったかしら?」


 普通ならば、少し慌てるところを落ち着いた様子で真春が受け答えをする。その態度が気に入らなかったのか、


「どちらの指示か知りませんが、その彼、昨日グラスフィア病院にいましたよ。しかも、何故か病院の地下に」


「あら、男の尻を追いかける趣味があったの? それに、まるで実際に見てきたかのような言い方ね」


 皮肉を交えながら、真意を確かめるように真春がソフィアの目をじっと見つめる。

 静かな炎が双方の胸に生まれていた。

 ソフィアが手に持っている新しいワイングラスに視線を落とす。赤い液体を一口含んだ後、真春の目を見つめ返した。


「名前こそグラスフィア病院ですが、あそこの病院の経営権はうちにあります。それに、病院のスタッフには、新しい人が来たら報告を貰う手筈になっているんですよ」


 ソフィアが手でグラスをゆっくりと回して言う。


「……それよりも、地下室の扉は毎日指紋を採取していると言った方が良いかしら」


「! へぇ、随分と厳重な警備体制ね。一体何を隠しているのかしら?」


「何って、見たんでしょう? あの子を」


 自ら核心を明かすソフィアに真春が訝しむ。

 当の本人は楽しげにワインを飲んでいた。その様子に、真春がある考えに辿り着く。


「……まさか、もう終わってるの?」


 ソフィアが行なっていることは現状妹を治療しているように見える。法律上、死んでいる妹を。

 確信がある訳ではなかった。現実世界のことも考えると、まだ謎も多い。

 だが、真春は嫌な匂いを感じていた。第六感とも言うべきか。


「ええ、ほぼ。だから、話しているんです。そうそう、病院ですが警備を強化しまして、魔法のトラップを仕掛けました。普通の人間なら命の危険があるほどのね」


 ソフィアの言葉に初めて真春の表情に変化が訪れる。


「そう、その顔が見たかったのよ。真春・イノーレンツ、あなたのね」


 その目に灯っていたのは、憎悪だった。


「歩に何かあったら、許さない」


 静かな、一歩間違えれば激情となりかねない怒りをソフィアに向ける。

 普通なら震え上がるほどの視線に、ソフィアは全く動じていない。


「ふふふ。その瞳、懐かしいわね。魔法大会を思い出すわ」


 ソフィアが綺麗な顔に似合わない下品な表情で笑う。

 一方の真春も、同じように笑った顔で、


「魔法大会、あったわね。あの時みたいに、軽く倒してあげようか?」


「……やってみなさいよ。あの時と同じだとは思わないことね」


 ほぼ同時に、両者が持ったグラスにひびが入ると、会場の空気が一気に張り詰めた。パーティーの参加者が、突然襲ってきた恐怖に身をすくませている。


「はいはい、お嬢さんたち、そこまで!」


 小気味良い音で2回手を叩き、その空気を破ったのは、いつの間にか会場に現れたフロットだった。


「フロット様!?」


「父さん!?」


 驚くソフィアと真春を尻目に、フロットが帽子を深く被り直しながら、嘆息して、


「全く、2人とも、仮にも名門の名を背負っているんだから、TPOをわきまえようね」


 フロットの言葉というよりも、その目力によって、2人の間に流れていた一触即発の空気が消える。


「お見苦しい所をお見せして、申し訳ございませんでした」


 恭しくソフィアが非礼を詫びた。


「では、まだ挨拶がありますので、これで」


 そのまま、パーティーの輪の中に戻ろうとする。


「ちょっと、待ち……」


 真春が止めようとするが、フロットが手でその動きを制する。


「ソフィアくん、支援してきた私が言うのもなんだが、全て覚悟の上なのかい?」


 その言葉にソフィアの動きが止まる。向けた後ろ姿から感じられたのは只1つの思いだった。


「ええ、もちろんです」



「父さん、説明してもらえる?」


 真春がフロットを睨みつける。パーティーの参加者に挨拶をしているソフィアを後にし、親子はホテルの外にいた。


「まぁ、少し待ってくれ」


 外に待たせていた馬車にフロットが乗り込む。手招きに応じて、真春も続いた。すると、行き先も告げていないのに馬車が出発する。


「で、ちゃんと話してくれるんでしょうね?」


 馬車の中で若干ふてくされ気味な視線を真春が向ける。


「ああ、ここまできてしまったら話すさ。それにしても、我が娘ながらさっきの剣呑な空気には参ったね。結婚の貰い手がいるのか心配してしまったよ」


 予期していなかった父親の発言に真春が一段と凄い顔をする。これ以上何か言ったら不味いと判断したフロットが話し出した。


「さて、どこから話そうか」


 フロットが思案顔になる。だが、すぐに閃いたように話し始めた。


「そうだ、本題に入る前に1つ。さっきマハルとソフィア君の騒ぎを会場で止めた理由を話そう。知っての通り、あのパーティーは政財界や貴族の重鎮が来ているだろう? あの場での騒ぎは思った以上に影響を及ぼしかねない」


 真春が父親の言葉に反論する。


「それは知ってる。私も本気でするつもりはなかったわ。情報を少しでも引き出せればと思って」


 腕を組んで非難の目を向ける。

 フロットは複雑な表情を浮かべていた。真春の言葉というよりも、その鋭い目つきに。


「全く、そんな顔をするんじゃない。マハルが本気じゃなくても、ソフィア君の方が本気で騒ぎを起こす可能性があったから止めたんだ」


「? そんなことをしたら、ソフィアだけじゃなくて彼女の家が……」


 この世界における政財界、特に貴族は家柄や血統を未だに重視している者が多い。

 家の者1人が相応しくない騒ぎや犯罪を犯せば、家そのものが取り潰しになることもあった。まして、ソフィアの家は名家の中の名家である。

 真春の見解に、フロットがとんでもないことを口にした。


「ソフィア君が家を抜けるという噂が出ている」


「……は?」



一方――


「止まってくれ」


 亜紗が隣にいる歩に向かって言った。

 目の前に見えるのは、昨日訪ねたグラスフィア病院。夜の月明かりに照らされた建物には、全く明かりが灯っていなかった。


「どうかしましたか?」


 歩が立ち止り、亜紗の方を向く。

 歩の質問に答えることなく、亜紗が辺りを念入りに調べていた。地面に伏せ何かを念入りに調べている行動もとっていたので、いつも着ている白衣から白さが失われていく。ただ、本人は全く気にしていないようだった。

 一通りの調査が終わったのか、亜紗が歩の元へやってくる。


「病院一帯に魔法結界が張られている」


「まほうけっかい?」


 聞きなれない言葉に歩が疑問をオウム返しに言った。その後すぐに、魔法で出来た結界のことだと思い当たり訂正しようとする。だが、間髪入れずに亜紗が答えたため、歩の言葉は遮られた。


「魔法結界とは、魔法で作られた結界を指す。今回は、魔法石に魔力を溜めて尽きるまで効力が持続するタイプだ。しかも、魔力量が多くて強力な結界だ。普通なら、解除には明日の朝までかかるだろう」


「ということは、亜紗さんなら大丈夫ですね」


 亜紗の説明に、歩が素っ気なく答える。亜紗が一瞬目を丸くしてから、


「ふっ、君は面白いな。30分貰おうか」



「一時移転のお知らせ?」


 結界を解き、病院に入ろうとした扉に手を掛けた歩が見たのは、1枚の張り紙だった。


「失礼しまーす」


 中は外から見た時と同じ、明かりがついておらず、ただ病院のそこかしこにある窓から入る月明りだけが頼りだった。当然人気もない。

 静まり返った受付を抜け、地下室へと続く階段に行こうと進む。受付の先は広々とした吹き抜けの待合室である。誰も座っていないソファが月明りに淡く照らされていた。


「誰もいない病院は、少しドキドキしま」


 歩が亜紗に話し掛けた時だった。

 バチン!

 何か電気系統がショートしたような音が聞こえる。一緒に何かが光った。歩と亜紗が音のした方向、上を向く。

 バチン、バチン、バチン!

 連続的に音が鳴っている。見上げた空間には何もないと思われた。だが、音が鳴るたびに光が明滅する。加速度的に音と光が刻まれ、何かが形作られていった。そして、一際大きい音と光が起きる。


「っ!」


 眩しさから閉じた目を開けると、目の前に姿を現したのは、


「……ユニコーン?」


 雷の体を持った一角獣だった。

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