第45話 相まみえる、社交界
「火事!?」
「うそ、どこよ!?」
「あ! あっちから煙が上がっている!」
人気はないと言っても、零ではなかったのだ。歩の大声で外に出てきた住民が騒ぎ始める。実際に煙が出ていることがポイントとなり、一気に騒ぎが大きくなっていった。
「やってくれたね」
フロットが魔力を解除し、ゴーレムを消し去る。後には、燃え尽きつつある植物と燻ぶった煙だけが残った。
負け惜しみのような言葉とは裏腹に、楽しげな様子を見せたフロットは、
「娘が気に入るわけだ。初めから狙っていたのかい?」
「狙っているも何も、初めから話し合いをしたいと言っていたじゃないですか」
歩が全身についた汚れをはたいて落としながら、いつの間にか陽が落ちようとしているのに気付く。
「あ、今何時かわかります? 次の予定が……」
「ふむ、お詫びに送っていくよ。ついでに、馬車の中で色々と話し合いをしようか」
フロットの提案に、歩は頷く。
「……そうですね。ここを早いとこ逃げないと大変なことになりそうですし」
歩の視線の先には、予想以上に火事に慌て集まる人々が見え、遠くからはサイレンの音も聞こえていた。
同日夜――社交界会場にて
社交界とは、上流階級の名家などの人々が集い、交流する場のことであるならば、間違いなくこの場はその名に違わないだろう。
高級ホテルの最上階を貸切にしたホールは、天井が高く開放的で、豪華なシャンデリアが部屋全体を煌びやかに照らしている。柔らかな色調をした大理石で造られた床や柱は、シャンデリアの光を優しく受け止め、暖かい質感をより形作っていた。
ホールの壁の半分はガラス張りで、25階からの眺めが一望できる。
そこにいる人々のうち、男は高価なスーツを、女は華やかなドレスを身に纏っていた。グラスに入ったお酒を飲みながら、また、一体いくらするのか分からない食事を食べながら歓談している。
その中でも、目立っている者が2人いた。
1人はソフィアだ。彼女の美貌、流れるようなブロンドの髪と、背中の大きく空いた青いドレス姿は否が応でも目立っていた。
「ええ、お陰様で――ありがとうございます」
グラスを持ちながら、初老の男性と話す様子は一朝一夕ではなく、幼い頃からの賜物を思わせる。
話が終わったのを見計らい、そこに近づいたのは、
「随分目立ってるじゃない?」
紫色のドレスに身を包んだ真春であった。艶やかな長い黒髪がドレス姿に良く映えている。大胆に胸元を空け、体のラインがハッキリと分かる姿は官能的で、この場では浮いた存在になるはず。それにも関わらず、不思議と下品な感じはせず、むしろギリシア時代の芸術を見ているかのような美しさがあった。
「あら、誰かと思えばイノーレンツ家の真春さんではありませんか。お元気になったと聞きましたが、本当だったのですね」
ソフィアが懐かしそうに手を合わせながら、真春に微笑む。その仕草はまさしく淑女そのものであった。
「ええ、お陰様で。あなたも、お元気そうね」
真春が答えた後、間髪入れずにソフィアが疑問を口にする。
「それで、何のご用でしょう? 真春さんから話し掛けて来るのは初めてなので、少し驚きました。しかも、2人きりで」
「……初めてだったかしら?」
既に怪しまれていることに、真春が冷汗をかく。
ソフィアとは、幼少の頃からお互いに社交界で見かける間柄であったが、2人で話すことはほとんどなかった。
必死に記憶を辿りながら、真春が、
「いやいや、初めてではないはずよ。思い出した。ほら、小さい頃に魔法大会で話した!」
パキン。
その時、ガラスの割れる音がした。真春が見ると、ソフィアの持っていたワイングラスの根本が折れている。
「あら、危ない。ヒビでも入っていたのかしら?」
ソフィアが手に怪我がないか確認している。近くにいたホテルの従業員を呼び止め、新しいグラスに交換して貰っていた。
(何か忘れているような。何だろう?)
ソフィアの様子を見ながら、真春は何か嫌な予感を感じていた。
その予感は次にソフィアが発した一言で現実のものとなる。
「ところで、真春さん。……一条歩さんという方を知っていますか?」
短くてすまない。
連休は遊んでしまった……




