第42話 病院、再訪
同時刻、ある場所にて――
「もう少し、もう少しであの娘が……」
イリーナそっくりのソフィアが暗闇の中で呟く。
「装填、術式起動」
ソフィアの短い言葉と共に、彼女自身が淡い輝きを放った。そして、地面に黄色い光が文字のように浮かんでいく。魔法陣だ。その中心にいたのは、同じく淡い輝きを放つイリーナが入ったカプセルだった。
ソフィアがカプセルに優しく触れる。その瞳に宿すのは、ただ一つの決意だった。
次の日、歩の元いた世界――
「さて、イリーナさんに会いに行かないと」
歩が目の前の病院を見上げる。
「連絡先を聞いてた凛に感謝ね」
隣にいる真春が口を開く。
先日、凛がイリーナの連絡先を聞いていたので、今日ここにいることを教えて貰っていた。
歩は軽く頷き、入口の自動ドアをくぐる。ロビーを通り、エレベーターに乗ったが、特段変わったことはなさそうだった。
目的の階に着き、イリーナがいると思われる病室の前に立つ。
ここまで歩と真春は無言だった。
緊張しながら、扉をノックする。
「はい?」
昨日聞いた優しげな声がした。少し安心した歩が扉を開ける。
そこには、昨日出会ったイリーナとベッドの上で眠り続ける彼女の姉がいた。
「すみません、わざわざ手伝って貰って」
イリーナが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいのよ、折角来たんだから、手伝いくらい。特に花瓶なんて重いんだから、男手が必要でしょ」
軽い荷物しか持っていない真春が微笑んで答える。
一方の歩は、高価そうな花瓶を両手に持っていた。
「そうそう、例えエレベーターがあるとしても、女の子1人じゃ危ないからね」
チラッと歩がエレベーターの表記を見ると、あと数秒で2階に着きそうであった。
目的階に到着する音と同時に、エレベーターの扉が開く。
2階の広い待合室は所々で患者同士や見舞いに来た人、看護士が穏やかに話す憩いの場になっていた。この間の騒ぎなど無かったかのようだ。
それは、和やかに談笑しながら将棋をしている患者同士の隣を通り過ぎようとした時だった。
「てめぇ、今イカサマしたろ!」
怒鳴り声と共に、将棋盤を思いっきり叩く音がする。
「はぁ!? しとらんわ! お前こそ、負けてるからいちゃもんつけてるんだろ!」
怒号に怒号で返す老人が2人いた。先程までの談笑が嘘のようだ。周りも静まり返っている。
剣呑な空気に歩が思わず駆け寄った。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。皆さんが見てますよ」
だが、歩の制止も虚しく、喧嘩を始めた2人はヒートアップしていく。
警察を呼ぼうとした矢先、突如怒りの形相が消えた。
「え?」
歩が思わず声を出す。
「あら、何で怒ってたかな?」
「そうだな、とりあえず将棋の続きするか」
老人たちが何事もなかったかのように将棋を再開し始めた。その様子に皆が唖然として、病院が別の意味で静まり返る。だが、それも長続きしなかった。
「わぁぁぁぁん! この人が私はもう死ぬって!」
今度は病院中に木霊する絶叫に似た茶色い叫び。見ると、入院患者と思われる服を着た初老の婦人が泣きわめいていた。婦人が指差す先には、眼鏡を掛け白衣を身に着けた医者がいる。
「認識が違うな。アンタがこのまま今も毎日食べている甘味を止めなければ、死ぬとそう言ったんだ。耳が遠くなったか?」
医師が患者に対する言い方とは思えない言葉使いでぶっきらぼうに言い放つ。それを聞いて、ますます婦人の泣き声が強くなった。
周りにいた人たちも驚いた様子だったが、あまりにも大きい泣き声に皆が耳をふさいでいく。耳栓をした後に、ひそひそと聞こえたのは、
「嘘でしょ、あの仏の大山先生が……」
何とか病院のスタッフが医師と患者をなだめること数分。急に泣き声が止んだ。
婦人が周りを見渡した後、自分の喉に違和感を感じたのか、喉と口元を抑えながら、
「あら、どうしてこんなに喉が? げほっ、げほっ…」
その様子に心配そうな言葉を掛けたのは、先程まで毒々しい言葉を放っていた医師だった。
「大丈夫ですか? どれ、見せて下さい」
優しい蚊も殺せなさそうな声色を出して患者を診ている。本当に先程までの人物と同じなのか。疑いを持つが、その後は特に何も変わったことは起きない。誰かが怪我をした訳でもないので、皆いつの間にか日常に戻っていった――歩と真春を除いて。
「あ、そうでした。花瓶の水を早く取り替えましょう!」
思い出したかのようにイリーナが声を上げる。
「あ、ああ。そうだね」
「……そうね」
イリーナの催促に歩と真春が戸惑いながらも返事をした。
短くて申し訳ない。
あと、投稿まで間が空いてしまった、、、。




