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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第2章 双つの生命
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第41話 誰だ、この女は

「これは……」


 歩が呆気に取られる。

 室内は照明がついていなかった。地下なので当然窓もないが、別の光源が部屋を不気味に照らしている。それは、部屋の中心に置かれた透明な楕円形のカプセルから発せられている青白い光だった。


 カプセルからはいくつものコードが伸びていて、部屋の半分以上を占拠している機械に繋がっている。機械からは規則的な明滅音だけが妙に響いていた。機械の上や床の上には、書類や分厚い専門書が散乱している。アロマを焚いているのか、ほのかなハーブの香りがしていた。


 病室とは思えない部屋の異質さよりも、目の前のカプセルに入っている女に歩は釘付けになっている。それは、まぎれもなくイリーナだった。

 培養液に満たされたカプセルの中で、イリーナは眠るように浮かびながら目を閉じている。いつ目覚めてもおかしくないように見えるが、歩にはこのまま目を覚まさないのではないかと直感的に感じた。


(外傷がある訳でもない。この状態になっている理由は何だ?)


 部屋に何かないかと探すと、機械の上に書きかけのメモを見つける。そのメモは、最近書いたものなのか、書類の一番上に置かれていた。そこには、


“時間がない! このままだとあの子は……”


 殴り書きされた文字には、悲壮感が漂っているのが感じられる。


「他にはないのか?」


 散乱している書類や本を見た限り、魔法・医術に関するものが多い。古いものから最新の論文まで揃っており、中には錬金術や生物工学に関する資料もあった。

 初めは分からなかったが、目が慣れてくると、機械類の隣に本や書類で埋もれた簡素な椅子と机が見える。机の上には、飲みかけのコーヒーと封筒が置いてあった。

 封筒を手に取り中身を見ようとするが、あいにく封蝋がされている。封筒の宛名を確認すると、見知った名字が書いてあった。


「フロット・S・イノーレンツ?」


 どういうことか考えていた矢先、不意に歩が顔をあげる。


「! 戻ってくる!」


 書類を元も状態に戻し、歩が部屋を出ようとした。扉を閉める前に、イリーナの顔を見る。眠っている彼女の表情など分からないはずだが、歩には悲しそうにしているように見えた。


 先程と同じ廊下の曲がり角に潜み、イリーナそっくりの女が戻るのを確認してから、歩は地下を後にする。

 1階に戻ると、受付の横にある固定電話に駆け寄った。壁掛けの受話器と送話器が分かれているタイプで、歩のいる世界では当の昔に見かけない電話機である。

 操作方法に少し手間取りながらも、交換手に番号を告げる。しばらくすると、受話器から、


「もしもし」


 受話器からは慣れ親しんだ女の声がした。歩は、その声にどこか安心した様子で、


「エーアイです。今夜いつもの場所でお願いできませんか?」


「分かったわ。20時でよろしく」


 短いやり取りで通話は終わる。エーアイと名乗った歩に対し、相手の女は特に驚きもしなかった。歩も何事もなかったかのように施設を去る。


「さて、仕事もあるし後は夜か……」


 外はまだ陽が高い。空を見上げ、考えることは沢山あると思いながら、足早に店へと戻るのだった。



「フロットは私の父親ね」


 同日夜、貸し切りにしたグレッグの店で真春がサラリと言った。最近の出来事をかいつまんで話し終えた後である。


「父親……? ああ、父親ね」


 歩が不思議そうにした後、すぐに理解した様子に代わる。父親と言われ、歩は魔法世界での真春にとっての父親と、歩が知っている父親を混同させてしまった。

 この場にいるのは、歩と真春以外に亜紗とエル、呼んではいないが同席しているグレッグの5人である。シアは一足先に部屋で眠りについていた。5人はテーブルに座って、お茶を飲みながら話をしている。最もグレッグだけは、少し離れたレジ横にある椅子に座っていたが。


 真春以外の者が歩の反応に怪訝な反応を示したが、特にそれ以上の追及はなかった。この中で、歩と真春が2つの世界を行き来する者と知っているのは、亜紗だけである。ただし、歩が真春とは違った世界を行き来する者ということは誰にも話していない。魔王曰く、


「隠しておけ」

 の一言だった。


 ちなみに、魔界から帰ってきた後、歩は真春とエルから相当絞られた。報連相の大切さを滔々と2人から語られたことは、思い出したくもない。それ以来、何かあればグレッグの店で相談をすることになっていた。


 歩の緊急時の連絡方法は電話が主である。真春と亜紗の家が魔法界では有名なため、どこの馬の骨とも分からない歩が直接連絡するのは色々と問題があった。

 そのため、人脈の広いグレッグを介するか、電話で連絡する必要があったが、盗聴の危険を考え歩は偽名を使うことにしている。


「女の方は、容貌と歩くんの覚えていた封蝋の家紋から、ソフィア・ブラガロードとみて間違いないだろう」


 亜紗が机の上に置かれた家紋の書いてある紙を見て言った。


「イノーレンツ家とブラガロード家は共に名家ですし、手紙をやり取りするのは不思議ではないと思いますけど」


 エルが頬に指を当てながら答える。当事者の家の人間がいるので、言葉を選びながらの回答であった。それに対して、真春は気を遣わなくても良いと手を振りながら、


「うちの父親には、私からそれとなく聞いてみるわ。それよりも、問題はカプセルに入ったソフィアそっくりの女ね。彼女に姉妹がいたなんて聞いた事がないわ。知ってる?」


 真春が亜紗の方を見ると、首を振っている。その様子を見ると、次に皆が自然と見たのは、この中で一番裏事情に詳しそうなグレッグである。

 ところが、当のグレッグは黙り込んでいた。いつも歯切れの良さは失われ、逡巡しているように見える。皆が当惑する中、やがて口を開いて言ったのは、


「……娘は2人いた。ただし、1人は既に死んだよ」

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