第40話 そっくりとの、邂逅
――魔法世界にて
「ここか」
歩が目の前にある建物を見上げた。5階ほどの高さがあり、一見すると、高級マンションにしか見えないが、入口の脇にあるプレートには、『グラスフィア病院 C棟』と書かれている。
患者が入院する専用の建物であり、入るには相応のお金が必要な施設だ。
この施設があるのは、市場の先の先にある裕福な家庭(主に魔法使)が多く住む地域にあった。
馬車で来る道中も物珍しさでキョロキョロしていた歩は、馬車から降りてもしばらく辺りの様子を観察している。
その施設を前に、歩は手にバスケットを持っていたが、その存在を忘れそうになっていた。
「おっと、配達場所は……6階か」
グレッグの店は、お得意様に限りランチの配達を行っている。手の離せないグレッグの代わりに歩がここまで来たのだ。
「さてと、そろそろ行きますか」
歩が入口の扉を開ける。施設の中は、ホテルのような豪華な内装だった。落ち着いた色合いの照明が優しくロビーを照らす中、入ってすぐ目の前に見えるのは、黒い高級感のあるカウンターだ。受付の人が看護服を着ていなければ、場所を間違えたと思うだろう。
受付で名前と行き先を記入して、案内されたエレベーターに乗り込んだ。案内を見ると、ここは1階が受付、2階から5階までが病室となっている。
エレベーターの扉は、蛇腹と引き戸の二重構造になっているモダンな構造をしていた。最上階のボタンを押し、扉が閉まると、ゆっくりと上昇していく。こちらの世界では、このタイプのエレベーターが最新なのだろうと歩は思った。
魔法世界の文明は、歩のいる世界とはかなり違っていた。街中は中世を思わせる外観をしていたが、科学や文明水準を見ると、19世紀末のイギリスのような様相、文明の転換期を迎えようとしているのを感じる。
魔法という不思議な代物が科学と結びつき、独自の進化を遂げていた。
例えば、今、歩が乗っているエレベーターだ。外観こそ古きエレベーターで構造も一昔前の技術だが、モーター音がとても静かだ。魔法を応用している技術、と真春が言っていたのを歩は思い出した。
といっても、ここ30年ほどで急速に魔法と科学が混ざり合い発達したらしい。どうやら、ある企業が多大な貢献をしたようだ。歩が真春に尋ねたところ、何故か渋い顔で今度教えるとお茶を濁されてしまったが。
(そういや、姉ちゃん病院に行ってから機嫌が悪いんだよな。結局、昨日のことを相談できなかった)
考え事をしている間に、小気味良い音が鳴って、エレベーターが止まる。表示は6階を指しており、目的地に到着したことを示していた。
エレベーターを降りると、広々とした廊下が現れる。下を見ると、高価そうな絨毯が敷いてあった。ナースステーションがなければ、ホテルそのものである。興味深そうにしばらく進むと、目的地である部屋が見えた。
「ありがとうございました!」
無事に配達を済ませた歩は、一礼して病室を後にする。そのまま、帰りもエレベーターで帰ろうと思ったが、せっかく珍しい場所に来ているのだから、階段でゆっくりと帰ろうと思い立った。
そして、階段を降り1階へ差し掛かろうとした時だった。
ロビーからこちらに来る人影に気付き、その人物の顔を見た瞬間、歩は思わず息をひそめ、相手に見つからないように身体を隠す。
その人物は、イリーナそっくりだった。ただし、イリーナは優しいおっとりとした雰囲気を持ち、目元も穏やかであったが、現れた人物は真逆の空気を放っている。
黒いインナーにベージュのスプリントコートを羽織り、デニムを着ていた。その様子は、彼女の容姿と相まって、まるでモデルのようであった。
(彼女じゃない!)
歩は階段に近づくイリーナそっくりの女を見ながら心の中で叫んだ。
女は、花が生けられた花瓶を手に持っていた。そのまま、階段を上がってくるかと身構えたが、彼女は関係者以外立入禁止と書かれた、下へと続く階段を下っていく。
(地下? 看護師には見えないな……)
歩は気になってしまった。イリーナそっくりの外見をした女、地下に何があるのか、何より女の表情。覚悟、悲しみ、焦りが折り重なった顔――放ってはおけなかった。
女の後を気付かれないよう、忍び足で歩が付いていく。階段を下りた先には、1つの扉があった。女が鍵を取り出し、中へと入る。扉が閉まり、人1人分が通れるかどうかのタイミングで、歩が内側へスルリと滑り込んだ。
扉の先には、廊下が続いており、所々に扉があった。白い光で照らされた廊下全体が全て白で統一されていて眩しい。絨毯は敷かれておらず、女の進むパンプスの足音が辺りに響くだけだった。
やがて、女がある扉の前で立ち止まる。懐から鍵らしきものを取り出し、部屋の中へと入っていった。歩は、廊下の先にある曲がり角に身を潜める。
30分ほど経った頃、扉が開き女が出て行った。元来た道を戻り、完全に地下を後にするのを確認した後、歩が扉の前に立つ。扉は白い引き戸の形をしていて、鍵はかかっていなかった。扉の周りに、入院している患者名を掲げるプレートらしきものがあるが、何も書かれてはいない。
(戻ってくるのか。あまり時間はかけられないな)
静かな音を立てる戸を引いて、歩が中に入る。その先にいたのは――大きなカプセルに入った裸の女だった。
更新遅れました!自分が情けない、、、




