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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第1章 2つの世界
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第3話 ありえない、出会い

 ――王都グラスフィア

 エルの家を出て大きな街道を道なりに進むと、巨大な石造りの城壁が見えてくる。高さはゆうに10メートルはあり、外から来た者を圧倒する。


「凄いなぁ」


「ふわぁ~、おっきい」


 門番である衛兵の冷ややかな視線を浴びながら、歩とシアが感嘆の声をあげる。

 それもそのはず。入口の門も巨大だった。口を開けた堅牢な門を通して、多くの人が行き来している。


「ふふ、私はもう慣れましたが、初めて来た時は同じような気持ちになりましたよ」


 門をくぐると、活気溢れる巨大市場が広がっていた。

 そこかしこから香る屋台や露店の香ばしい匂いが、食欲を刺激する。人々の喧騒も、この場では心地よい。独特の熱気に訪れた者が魅了される。

 歩とシアの二人もその例外ではなく、キラキラと顔を輝かせて、早速近くの屋台を覗きに行ってしまう。


「市場は用事が終わってからいくらでも回れますから後にしましょう。……あれ、いない?一条さーん! シアちゃーん!」


 目的地にたどり着くまでエルは、何回もこの言葉を口にしなければならないのであった。



 市場を抜けると、住宅街が目の前に広がる。先程までの喧騒も大分静かになった。更に奥には、高い建物が連なっているのが見える。


 ――食事処 煉瓦亭

 エルの目的地にはこの看板が掲げてあった。店名の通り、レンガ造りで趣のある外観をしており、1階がカフェで2階が住居になっている。

 扉を開けると、来訪者を知らせる鐘が鳴り響いた。

 内装は外観のレンガ造りに合わせて、西洋を基調とした落ち着いたデザインをしている。

 カウンター席にテーブル席が3卓あり、決して広くはないものの、来た者がゆったりと食事が出来るように設計されていた。


 ドアの開閉と共に、来訪者を知らせる鐘が鳴り響く。今は営業していないのか、店内は薄暗い。


「グレッグさーーん!」


「……何じゃ?」


 そう遠くない場所から、渋い老人の声が聞こえる。


「グレッグさん? どこですか?」


「……少し待っとれ」


 すぐ傍のカウンターの奥から音がする。どうやら、奥は簡単な厨房になっているらしい。しばらくして音が止むと、ひょっこり目当ての人物が現れる。


「今日は閉店じゃぞ」


 少し眠た気な声を出したのは、初老の男だった。髪を白髪で覆った、小柄で中肉中背の体型をしている。顔に深く刻まれた皺には、単に人生経験の長さだけでなく、多くの困難を乗り越えたであろう様子が見て取れた。


 青い瞳が気だるそうに、こちらを見る。

 相手が顔見知りだと認識したのか、右手を軽くあげ、


「エルか。すまんな、一杯引っ掛けておったわ」


 真昼間から酒を飲んでいる男――この人物こそがエルの頼りにしている、グレッグ・アンダーソンであった。


「もう、また昼間から飲んでるの? 人を連れてくると伝えたでしょう」


「ヒッヒッヒッ、こいつは水代わりなんでな」


 呆れるエルに対して、ピンと張った口髭を撫でながら、グレッグが薄気味悪い笑い声をあげた。

 エルが呆れながら、店内の明かりをつけると、グレッグがカウンターから出て来る。その歩みは思いの外しっかりとしており、身につけたシェフコートの下には、年齢に不釣り合いな、しなやかな筋肉があるのが見て取れた。


「変わった2人組を拾ったと言っておったな」


 店内の椅子に座り、歩とシアを見るグレッグ。


「ええ、そうなの。こちらはこの店の主、グレッグさんよ」


「はじめまして、一条歩です」


「はじめまして、おじいちゃん! シアだよ! 」


 互いに簡単な挨拶をし、テーブルに座った所でエルが話を切り出す。


「状況は前もって伝えた通りなの。特にシアちゃんの方は心配なのよ」


 エルが神妙な面持ちで話す。


「そうじゃな、まずは……」


「ねぇ! 凄く良い匂いがするよ!」


 シアが大きな声で話の腰を折る。シアの言う通り、仕込みでもしていたのか店内は食欲を誘う香ばしい香りで満ちていた。


「なんじゃ、お前ら腹が減っているのか。簡単なもので良ければ作るぞ」


「食べる、食べるー!」


「お願いします!」


 歩とシアのお腹を空かしたコンビの元気な意見を受け、グレッグが厨房で調理を始める。その手付きは慣れたもので、料理が出て来るのにそう時間は掛からない事が見て取れた。

 ふと隣のシアを見ると、待ちきれないのか料理が出来る様を穴が開くほど見続けている。その様子は犬が尻尾を振って飼い主の帰りを待っているかのようだ。


「よだれが垂れてる、よだれが」


 シアの口元を歩が手で拭う。


「歩さん、これで拭いて下さい」


 エルから差し出されたハンカチをありがたく受け取る。


「助かったよ、ありがとう」

 そのハンカチには模様が刻まれていた。色は普通の白だが、端の方に2つの丸い円を少し重ねた図形の模様が描かれている。線の色は赤い。何かのブランドだろうか。


「おーい、飯が出来たぞー」


 エルに聞こうと思ったが、出てきた料理の匂いと見た目の美味しさにハンカチの事が頭の片隅に追いやられるのだった。


 出てきた料理はどれも短時間で作ったとは思えない出来であった。

 シャキシャキレタスに特製ソースがかかった大ぶりの鶏肉を挟んだサンドウィッチ、野菜の旨味が濃縮された温かいスープ、瑞々しい新鮮な野菜の味とそれを引き立たせているドレッシングが和えられたサラダ。

 どれも熟練の技であり、作った人物の暖かさも垣間見れた。


「これすっごく美味しいー!」


「ふふっ、この蒸し鶏のサンドウィッチはお店の看板メニューなのよ」


 料理にむしゃぶりつくシアに対し、一口ずつその小さな口で食べるエル。

 看板――言われて店に貼られたメニューを見る歩。確かにメニューの中に今食べている料理名はあった。だが、メニューを見た途端、彼の頭は別の事で支配された。


(800リギットとはいくらだろう)


 今食べている料理は有料なのではないかと不安になった。先程ポケットを漁ってみたが財布の影はなく、仮にあったとしてもリギットというお金は持っていない。

 エルに立替えてもらうのも考えたが、まだ数時間しか過ごしていない少女にそれを頼むのは気が引けた。


(夢の中とはいえ社会人として無銭飲食はまずい。エルに借りても返す当てがないし、どうすれば……)


 頭を抱える歩。あれほど美味しい食事も最早味などしないのだった。



「――さん、一条さん!」


「え?」


 考え事をしていて気付かなかったが、エルに呼ばれていたらしい。


「一条さん? ぼーっとしてましたが、大丈夫ですか?」


「あ、ああ。どうしたの?」


「シアちゃんの事はさっきの方向で良いですか?」


 ……さっきの方向とは何だろう。どうやらいつの間にかシアの処遇について結論が出たようだが、全然聞いていなかったので焦る歩であった。


「ごめん、結論だけもう一回お願い」


「シアちゃんの記憶は簡単に戻らないから、しばらくグレッグさんと一緒に住むという話ですよ。襲われた理由が分からないと警察は動いてくれませんし」


 話を聞いていなかった歩に怒る事もせず、答えるエル。それに対してグレッグは、


「小僧、メニューを見てから固まっておるが、まさか文なしか? 顔に出とるぞ」


「……な」


 再度固まる歩。何て爺さんだろう、そんなに顔に出ていたのかと顔を触るが自分では分からない。

 さらに、やはり有料だった事に対して無銭飲食をした罪悪感が芽生えてくる。


「図星か」

 

 まるで犯罪者を見るかのように目を細めるグレッグ。だが、観念しようと思った矢先に、


「待ってください! 一条さんはシアちゃんを助ける途中で荷物を失くしてしまったんです。ですから、お会計は3人分私が払います」


 出会って数時間の見ず知らずの男を庇ってくれるとは、エルは何て良い娘なのだろうか。

 歩は正直感動したかった。

 だが、そもそも旅人という設定自体が嘘であり、荷物など鼻から無かったので更なる罪悪感にさいなまれるのであった。


「そうか、お前さんがそういうなら今回は」


 グレッグが了承しようとした時だった。


「いや、エルの申し出はありがたいけど、お金がないのは事実。ここでエルに払ってもらっても、すぐにお金の問題になる。……ですからグレッグさん、ここでしばらく働かせて貰えませんか?」


 そう言いながら店のある方向を指さす歩の先には――住み込みのアルバイト募集中の張り紙があった。



「えへへ~、私まだお兄ちゃんと一緒にいられるんだね。凄い嬉しい」


 歩の住み込みが認められた事がよほど嬉しかったのか、シアが歩の足に抱きつく。本来なら抱き上げて遊んであげたいが、今は住み込みの部屋の掃除中だ。


「それにしても、シアちゃんは一条さんに懐いてますね」


 部屋の片づけを手伝いながら、エルが不思議そうに尋ねる。


「お兄ちゃんは私と約束してくれたんだよ!」


小さな体を精一杯そらしながら答えるシア。


「約束?」


「うん、私怖い人に追いかけられて震えてたの。もう一歩も動けなくて。そんな時に声がしたんだよ、何してるのって。私びっくりしたけど、この人は怖い人じゃないって思ったの。だから、怖いことを伝えたらお兄ちゃんが助けてくれたんだよ」


「いや、最終的にはエルスティアさんが助けたんだけどね」


 歩が少し赤くなった頬をかきながら言う。


「良かったね、シアちゃん」


 エルは、シアが歩を信頼する理由を知り微笑む。

 その表情は、この人ならシアを任せて大丈夫だろうという証に見えた。



 片付けが終わり店に戻ると、時刻は夕方から夜になろうとしている所だった。店の外では仕事帰りの人々が目に付く。この辺りは酒場もあるせいか、昼とは違った喧騒が聞こえる。


「さて、店を閉めるか」


 そう言いながら、グレッグが店じまいを始める。


「では、そろそろ私は帰りますね。また明日来ます」


 エルが帰り支度を始める。

 ふと、歩の方を見ると、驚いた表情で店の外へ視線を向けている。

 そして、誰にも聞こえないような声で呟くのだった。


「なんで……」


 エルが不思議に思いながら、店の外へ目を向けると――それは突然襲いかかってきた。

 身動きができない程のプレッシャー。

 本能的に抗ってはならないとエルの脳が警告を発する。

 例えるなら、死の恐怖。

 死神ともいえる何かが店へ近づいている。

 いつの間にか周りの喧騒も止んでいた。

 永遠とも感じる数秒の静寂の後、姿を現したのは1人の美女だった。

 

 異性だけでなく、同性も魅了する魅惑的な肢体が白いワイシャツと黒のパンツの上からでもハッキリと分かる。ワイシャツの胸元を大きく開けていなければ、仕事のできる女を彷彿とさせただろう。

 だが、今そう思う者は誰もいない。

 恐怖で心臓が押しつぶされそうになっている。

 そんな中、歩だけは全く異なる反応を示し、目を疑うのであった。


「姉ちゃん……?」


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