第37話 病院での、騒動
そのちょっとした事件が起きた時、ヒアックは街の病院でナンパに勤しんでいた。
「全く、俺が留守にしている間に、こんなにも麗しきレディたちが増えているとは! 声をかけなくてどうするのか!」
元々、商店街にあるお茶屋の名物お婆ちゃんが腰を痛めたため、その見舞いに何人かで来ていた。だが、ヒアックは挨拶もそこそこに早々に病室を後にして、ロビーにいる婦女子に甘い声をかけている。初めから目当てはそれだったらしい。
彼を知らない者は、その端正な顔立ちとブロンドヘアに心奪われる。白人特有の白い肌にピンクの差した頬、180センチはある高身長の持ち主から声がかかれば、大抵の女性はときめくものであろう。
一方、彼を知る者は、
「あら、ヒアくん、帰って来てたの。お土産は?」
「相変わらずね~」
「本命の彼女は作ったの?」
慣れたように、親しみを込めて大人の対応をするのだった。軽くあしらわれているのは、気のせいではない。
ヒアックは、意気消沈するどころか、益々ナンパに力を入れようとした。
その時だった。女性の叫び声が聞こえたのは。
その事件が起きた時、真春は病院で天敵と出会っていた。
見舞いが一段落着いたので、缶ジュースを買った後、電話を掛けるため外へ行こうとする途中だった。
どこかの女優と間違えるほどの美貌を持ち、腰まで伸びた綺麗な黒髪と、切れ長の目が特徴的な女性だ。動きやすさを重視していて、白いワイシャツにジーパン、スニーカーとラフな格好をしている。すれ違う人のほとんどが真春を振り返り見るほどだった。
この病院は街の中でも一番大きい。中に入ると、左右に総合受付と売店があり、奥にはエレベーターがある。1階の真ん中には、傾斜の浅い長めのエスカレーターが2階へと続いているのが見えた。真横には階段が設置してあり、2階は広い休憩室兼待合所、3階以降は病室となっている。
真春が1階へ降りようとエレベーターを待つ。しばらくすると、エレベーターが到着したことを知らせる明かりが灯った。エレベーターのドアが開き、真春が乗り込む。
エレベーターには1人の女が先に乗っていた。この時、ちゃんと相手の顔を確認すれば良かったと真春はすぐに後悔することになる。
エレベーターの扉が閉まった直後だった。
「あら、誰かと思ったらゴリラ女じゃない」
真春は振り返ることなく、瞬時に相手が誰だか理解をする。自分のことをゴリラ女と呼ぶ女はただ1人しかいない。
「あら、誰かと思えば、病院に解剖されにでも来たの? ヘビ女さん」
ゆっくり振り返った先には、桃色の派手なワイシャツを着た麗人がいた。
大きな瞳を強調する化粧、長いまつげに薄く引かれた赤いルージュ、肩まで伸びるウェーブのかかった茶髪、綺麗に塗られたネイルをしている。服装も相まって、非常に目立つ容姿をしていた。
だが、普段なら異性を魅了する瞳も、今は不機嫌さが如実に表れている。これが良いという男性も世の中にはいるのかもしれないが……。
「アンタこそ何しに来たのよ。ああ、ゴリラでも風邪を引くのね」
ヘビ女と言われた女が即座に反撃する。笑顔を見せていたが、目は全く笑っていなかった。
その言葉を聞いて、真春の眉間に皺が寄る。
「いい年して、そんな恰好をしている人に言われたくないわね。なに、若作りのつもり? 痴女と間違えてるんじゃないの」
真春が女の様子を顎で指して言う。
ヘビ女と言われた女は、真春に劣らない魅惑的なスタイルの持ち主だった。胸元の大きく開いたシャツから見える谷間が、腕組みをする事で、よりその大きさを強調している。
丈の短いスカートから伸びるスラリとした脚は、ヒールを履くことで美しさが増していた。
痴女と言われ、こめかみに青筋を立てつつも、笑みを崩さないで真春に言い返す。
「私と年が変わらないくせに何言ってんだか。どこ行ってたのか知らないけど、相変わらずデカい顔して街を歩いてるそうじゃない。あ、デカいと言えば、また豊胸した? 少し大きくなったんじゃないの?」
「はぁ? 100パーセント天然です。あんたの方こそ、相変わらず良くできたシリコンを詰めてるじゃない。店のお客さんに良くばれないわね?」
2人が距離を詰め言い合いをする。4つの柔らかく大きな脂肪が互いを押しつぶし形を変える様は、この場に男がいたら釘付けになっていたに違いない。もっとも、剣呑な空気でそんな気持ちは湧き起らないだろうが。
エレベーターが2階に辿り着く。扉が開き看護師が乗ろうとしたが、2人の発する空気に気圧され、息を飲むのが聞こえた。
「ゴリラさん、降りたいからどいて下さる?」
「ヘビらしく、地面を這っていけばいいじゃない。ついでに冬眠でもして、歩へのストーカーじみた行為をやめてくれない?」
その時、双方の堪忍袋の緒が同時に切れた。
「あ?」
「あ?」
この階の役目を終えたエレベーターが扉を閉めようとする。だが、それを許さないと言わんばかりに、異なる2本の腕が扉をこじ開けた。
「表に出なさいよ」
「あんたこそ、そろそろ決着つけてあげるわ」
エレベーターを降り、臨戦態勢になる2人。不運にも周りにいた病院のスタッフや入院している患者、見舞客が巻き込まれないように慌てて距離を開ける。
病院から出るはずのない異様なオーラを両者が放った時だった。
辺りに女性の叫び声が聞こえたのは。
その事件が起きた時、歩と凛はロビーの受付で所定の手続きを終えたところだった。入院しているお婆ちゃんは身寄りがいないため、商店街の方で面倒を見ている。今回の入院手続きなども同様だった。
ロビーには、病院のスタッフや患者がおり、見舞いに来た者の中にはスーツケースを持った人もいる。ナンパをしている見知った顔もいたが、2人とも見事にスルーしていた。
「よし、これで手続きは終わったね。戻ろうか、凛」
歩が書類を確認しながら、凛に向かって言った。
一条歩は、取り立てて特徴のない地味で優しそうな青年だった。中肉中背、日本人で黒髪、容姿も普通な一般人そのものだ。
「え、ええ。そうね」
一方、凛と呼ばれた少女は慌てた様子で頷いた。
勝気そうな可愛い高校生である。トレードマークでもある金髪のツインテールが凛の動きに合わせて左右に揺れた。
「どうしたの?」
歩が不思議そうな声を出す。
「そ、その、この間海外留学でホームステイしてたじゃない?」
凛が意を決したように声をあげるが、緊張で声が少し裏返っていた。普段から怒っていると誤解されているつり目も下がり、頬も心なしか紅潮している。上目遣いで歩の顔色を伺う様子は、ある種の破壊力があった。
「うん」
歩の反応は淡白だった。凛が何かを言うのをじっと待っている。
「そ、その時のお土産が」
海外留学から帰って来て大分時が経っていたが、渡すタイミングを計りかねていたらしい。2人きりの機会がなかなか訪れず、周りに人はいたが、今しかないと踏んだ勇気の決断だった。少女にとっては、1つ1つが大切な思い出なのである。
凛が持っていたカバンに手を入れ、何かを渡そうとした時だった。
上から女性の悲鳴が聞こえたのは。
体調崩して投稿遅れました、、、。
今回から書籍で言うと、2巻目に突入します。




