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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第2章 双つの生命
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第35話 魔王と、歩

「ふははは、これは愉快だ! 一番弱い貴様が相手をすると言うのか?」


「ええ」


 大真面目な顔をしている歩を見て、魔王が不機嫌になるのが目に見えて分かった。ため息を大きく吐き出すと、


「勇気ある人間だと思っていたが、蛮勇の間違いだったようだな」


 玉座から降りて、魔王が歩を刺すように見つめる。機嫌の悪い気持ちを隠そうともせず、視線だけで相手を射殺せそうな眼光であった。

 歩の背中を自然と冷汗が伝わる。


「砂が落ちるまで時間はあるが、貴様を殺す」


 魔王が一歩踏み出す。

 次の瞬間には、歩の目の前に移動しており、拳を体に撃ちつけようとしていた。魔法で防御できない人間にとっては、体がバラバラになる必殺の一撃である。

 対抗する術などない。ただ躱す以外には。

 それができる人間などいるはずもなかった――今この時までは。

 あり得ないことに、拳は空を切っていた。魔王が僅かに眉をひそめる。

 だが、当たらなかったのはただの偶然と思い、二撃目を瞬時に繰り出した。人間の目で見切れるはずのない速さで。

 しかし、その拳も相手に届くことはなかった。

 ここに来て、初めて自分の攻撃が意図的に避けられていることを確信した魔王が歩との距離を取る。


「貴様、何をした?」


 魔王の目には、壊す対象がハッキリと捉えられており、攻撃の瞬間に相手が死ぬイメージも間違いなく想像できていた。

 問いかけられた歩は何も答えない。


「まぁ、いい。もう少し確かめてやる」


 再び、今度は先程よりも早く、そして強く歩に襲い掛かった。普通の人間ならば、何が起こったか分からずないまま命を落としている。

 だが、驚くことに、その攻撃すらも歩は紙一重で躱していた。

躱される度に、一撃の鋭さが増す。にもかかわらず当たらない。魔王を見ると、いつの間にか笑みを浮かべていた。

 ふと、嵐のような猛襲が止む。手を伸ばせば互いに届く距離を保ち魔王が言った。


「なるほど、貴様面白い体をしているな。それに、その目……実に興味深い」


 見据えた先にいる歩の瞳は――片目だけ異彩を放っていた。初めて零と会った時に見せた、強い意志が現れている。

 魔王が歩の目を興味深そうに見つめていた。

 その時、1秒にも満たない針の隙間ほどの空白が生まれる。

 歩が魔王の手首を軽く叩いたのは、まさしくその時だった。


「!」


「くっ!」


 手が痺れているのか、歩が手を摩っている。一方の魔王は驚いた表情をしていた。


「貴様、まさか……。いや、そういうことか」


 ブツブツと1人納得した声で呟く。歩は魔王の反応も気になったが、今は目の前の難題に注力することにした。


「王様、今ので課題はクリアですよね?」


「……なに?」


「初めの一発を当てる課題は、終わり宣言が出てない以上、継続してますよね?」


 歩の言葉に沈黙が訪れる。目を見開いたまま固まる魔王の姿は、貴重を通り越してこの先見れない珍事に等しかった。

 やがて、時が動き始めたかのように、魔王の高笑いが辺りに響く。


「くくく、はっはっは! そうだな、終わったとは言ってなかったな」


 笑いながら、魔王が玉座に戻り座る。凄まじいほどに感じられたプレッシャーはどこかに消えていた。


「よかろう、課題はクリアとする。よもや、お前のような人間がまだいるとはな。……久しぶりに力を出したわ」


「王様が本気じゃなくて助かりました」


「ふ、当然だ。本気を出せば、この世界が滅ぶからな。何にせよ、いい運動になった」


 よほど楽しかったのか、魔王が気持ちの良い笑い声をあげた後、歩を改めてまじまじと見つめた。


「歩といったか。お前……異界を渡る者だな」


「え?」


「まぁ、いい。今は娘のことだな。ついてくるが良い」


 勢いよく立ち上がり、絨毯の上を意気軒昂に歩いていく。聞きたいことがあったが、魔王があまりに軽やかに早く進んでいくので、歩は慌てて後を追った。


「着いたぞ」


 行き着いた先は、歩たちが入った子供部屋であった。魔王の顔を見ると、つい今しがたまで上機嫌だった様子は微塵も感じられない。真剣な表情そのものだった。


「入るぞ」

 誰に向けた言葉なのか、そう歩は思った。それに、あまりにも真剣な眼差しと慈愛のこもった声色に、隣にいるのは本当にあの魔族なのかと疑いを持つほどだった。

 開いた扉の先には、変わらず誰もいない。


「ここだ、ここに娘がいる」


 部屋の中心まで来た魔王が何もない空間を見つめながら言う。


「お前も感じているだろう?」


 この部屋に最初に入った時に感じた違和感。今はそれが鮮明になっていた。


(彼女がいる。父親が来たからか……?)


 部屋にシアがいた。いると言っても、姿がある訳ではない。ただ、シアの存在だけが確かに認識できた。


「紹介しよう。これがうちの娘、シード・アブリッジだ。まぁ、今は、意識だけの喋れずだがな」


 魔王の言葉は傍から見れば、冗談か頭のおかしい発言である。しかし、歩には間違いなくシアがこの場所にいることが感じられた。


「歩よ、1つ聞く。お前は、シアのために命を懸けられるか?」


「え? ……今なんて言いました?」


 唐突に魔王が投げかけた言葉に歩が思わず聞き返す。


「娘のために命を懸けられるか?と言ったが」


 歩が聞き返したかったのはそこではなかった。


「お子さんをシアと呼んでいるのですか?」


「? ああ、本人もそう呼ぶ方が好きみたいでな」


 魔王が不思議そうな表情で答える。

 不思議な巡り合わせに、歩の身体中が震えていた。


「で、答えは?」


「もちろん」


「そうか、なら行くぞ」


「え?」


 歩が戸惑う中、魔王は手をかざして魔力を溜める。目に見えない空気の渦が掌に収束していた。何だか嫌な予感をした歩が魔王に遠慮がちに聞く。


「あの、行くとはどこに?」


「ん? ああ、シアは今世界の狭間に意識が閉じ込められている状態だ。それを解放しに行く」


 魔王が答えていくうちにも、どんどん掌の空気の渦が圧縮されているのか、大きな音を立て始めていた。


「ちなみにどうやって……?」


「魔法で俺たちの意識を飛ばす。お前の体は魔力を吸収するようだが、それ以上の魔力を常に注ぎ込む。時間との勝負になるな」


「あの、僕の体は魔力に触れると激痛が走るんですが……」


「意識だけ飛ばすから向こうでの影響はない。ただ、体に魔力をあて続けるから、ここに戻った時痛みで体がどうなっているかは保証できないがな」


 命を懸けるといったよな?と確認するかのように、目線で魔王が訴えてくる。

 ただ頷く以外にリアクションのできない歩であった。



「行くぞ」


 魔王の言葉に歩が黙って頷く。

 肯定の返事を受け取った魔王が、掌に展開している魔法を歩の頭に放った。無色透明の塊をした膨大な力は消えることなく、歩の頭をゆっくりと貫通していく。歩が痛みを堪えている中、頭のちょうど真ん中に魔法が来た時、それは起こった。


「うっ!」


 頭の中がかき混ぜられる。

 何かを引きづり出されている感覚に吐き気を覚えた直後、歩の意識は途絶えた。

次も1週間後を目安に投稿します。

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