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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第2章 双つの生命
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第34話 王と、戯れ

「で、お前たちの名は?」


 予想していなかった相手の姿に戸惑う中、自らを王と名乗った男が問いかける。

 黒い艶やかな長髪に均整の取れた彫の深い顔、しなやかな若々しい体躯からは、どう考えても20代後半にしか見えない。

 赤い瞳が侵入者たちを値踏みするように見ていた。


「……王様、失礼しました。私の名は、一条歩。こちらから順にマハル・イノーレンツ、エルスティア・ユヌ・フルール、ストイルにございます」


 重圧が体にまとわりつく中、歩が間を置かずに恭しく答える。固唾を飲んで、やり取りを皆が見守っていた。


「で、何をしに我が城へ来た?」


「女の子を探しに来ました」


「ほう、それはこのくらいの背丈で髪の長い褐色の女子か?」


 魔王が手で探し人の背格好を示す。シアの身長とほぼ同じ高さであった。

 それを見た途端、誰かが息を飲むのがハッキリと分かる。

 確かめずにはいられなかった。この城に探知機が反応した時から薄々感じていたことを。そうでなけれな良いと思ったことを。

 慎重に、かつ、明確になるように皆を代表するように歩が王に聞いた。


「お子さんがいるんですね? しかも、現在行方不明の」


「やはり知っているか。で、どこまでだ?」


 歩の質問に魔王の眼光が一段と鋭くなる。それだけで、城全体の空気が底冷えするのが感じられた。体だけでなく、心までも凍りそうになるのを何とか堪える。立っているのが奇跡的。洗いざらい話す以外の選択肢はないに等しかった。


「わかりました。我々が知っている情報をお教えします」


 歩が観念したかのように言葉を絞り出す。ここで大人しく情報を渡さなければ全員の命はなかっただろう。


 歩の隣では、エルが安堵の表情を浮かべていた。魔族の親玉を目の前にして、彼女がどうなるかと思っていたが、あまりの力の差を前にして怒りは霧散していた。かえって、落ち着いているくらいだ。

 どうしようもないことが世の中にはあり、今回はその1つなのだと自分に言い聞かせている。一旦退却する以外道はないと。

 そうエルは思っていたというのに、隣の男が口にしたのは、


「……ただ、私たちも必死な思いで娘さんを探しにこの世界にまで来ました。彼女にもう1度会いたいのです。情報交換という形には出来ませんか?」


 とびきりの爽やかな笑顔が弾けたが、辺りに広がったのは時が止まったかのような静けさだった。

 驚きに目を見張る者、表情を変えない者、片手を額に当て頭を抱える者、味方の反応は様々である。


「ふふふ、はーっはっはっは!」


 静寂を良い意味でも悪い意味でも破ったのは、玉座から聞こえる高笑いだった。


「くっくっく、久しぶりに腹を抱えて笑ったぞ。その台詞、自分の立場を分かっていない馬鹿者か、それ以上の大馬鹿者だな。だが……」


 魔王が見ていたのは歩の瞳だった。そこに何を見てどういった判断をしたのかは分からない。ただ、次に魔王が放った言葉は、意外なものだった。


「王に対するその意気やよし! では、1つ条件を与えよう。それをクリアすれば情報交換に応じてやろう」


「ありがとうございます! どのような条件でしょう?」


「なに、ただの余興だ。条件は、今から俺とお前たちが戦い、一発でも俺に当てることだ」


 理不尽、かつ、不可能に近い提案にざわつく。戯れか、本当か。だが、それも魔王が玉座から立ち上がったことで終わりを告げる。

 180センチはある背丈に、絶対的な自信を持った瞳がこちらを見下ろしている。黒い厳かな服を着て、背中には赤地に金糸の刺繍が施されたマントを羽織る姿は、まさしく王者の風格であった。


「装填」


 皆を守るように前に出たのは、髪を金色に変えた真春だった。


「……真春さん?」


 エルが信じられないと言わんばかりの顔を真春に向ける。


「そう不安な顔をしないの。単純にこのメンツだったら、私が適任というだけよ」


「無茶です! こんなのただの――」


 止めるよう懇願しようとしたエルの叫びは遮られた。

 ただの一言によって。


「そろそろ行くぞ。俺も暇ではないからな」


 目で追えたものがいただろうか。

 魔王はいつの間にか真春に肉薄していた。

 声が出ない。

 いや、気付くことすら出来なかった。

 ただ一発の掌底が叩き込まれるのを。

 体が弾丸のような速さで後方へ吹き飛び、壁に激しく激突する。


「うそ……」


 体に感じるほどの風を受け、初めて何が起こったのかをエルが知る。


「ふむ、人間にしては中々の魔力量であったが、こんなものか」


 興が覚めたのか、魔王はつまらなそうな顔になる。落胆していると言ってもいい。期待をしていない様子で残った者の顔を見渡す。


「そこの男は今吹き飛ばした女と同じくらいか。女……お前とは戦えんな」


 魔王がストイルとエルを一瞥して判断する。


「仕方ない……。人間界には、鬼ごっこという遊びがあるのだろう? それをするぞ」


 呆気に取られている侵入者たちを見渡し、魔王が懐から砂時計を取り出した。時計は地面に置かれ、カウントダウンを始める。


「鬼は俺だ。この砂が下に落ちきったら捕まえに行く。捕まえた者は殺すかな。……さぁ、逃げろ」


 魔王は言いたいことを言い終えたのか、玉座に座り直し頬杖をつき始める。

 一方の歩たちは、しばらく動けずにいた。どうすれば良いのか思案している。1つ確実なのは、目の前にいる魔王が本気だということだった。


「……ストイルさん、エル、姉ちゃんを連れて逃げて。僕が時間を稼ぐから」


 歩が意を決して言ったのは、2人にとって予想外の提案だった。


「何を言っているんですか!? そんなの無理です! 時間を稼ぐなら私の方が適任です! それに、逃げるなら皆で行った方が!」


「いや、あの状態の姉ちゃんを抱えてたら逃げきれない。そもそも、僕の体では姉ちゃんを担げないし、道中魔族が出たら一番対処可能なのはエルしかいない。だから、消去法でここに残るのは僕だ」


 歩がエルの提案を冷静に1つ1つ否定していく。返せる言葉がないのか、エルが唇をかみしめていた。反論がないことを確かめた歩が沈黙を保っているストイルに聞く。


「ストイルさん、真春のことを頼みます。万が一、僕に何かあっても麗羽さんがいるので、扉は開くはずです」


「ああ、分かった」


 短い返事と共に、ストイルが気絶している真春を軽々と担ぎ上げる。いつの間にか、ストイルの体が淡く発光していた。


「歩さんも後から来ますよね?」


 部屋の出口に向かいながら、限りなく低い可能性にエルが藁をもすがる思いで歩に尋ねる。肯定してほしい、彼女が安心したいがための発言に聞こえた。


「ああ、戻るよ。必ず」


 魔王と相対している歩が背中越しに答える。エルは複雑な表情をしたが、そのままストイルと一緒に出て行った。足音が聞こえなくなるのを確認し、魔王を見据える。


「さぁ、王様。僕がしばらく遊びの相手をしましょう」

また1週間後を目安に投稿予定です

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