第33話 魔界と、城
この世界には色がなかった。
どこか遠い昔に忘れてきたのだろうか。そもそも、始めからなかったのか。
大地は土と岩ばかりで、山々には緑が全くない。空を見れば、雨こそ降ってはいなかったが、真黒な雲が覆っている。
この世の終わりともいえる景色が延々と続く中、短い断末魔が木霊した。
「これで何体目?」
真春がうんざりした様子で自分の黒髪を弄りながら問いかける。
「6体目の魔族でしたね」
退魔の姿を解いたエルが一息つきながら答えた。額には少し汗が浮かんでいる。
「今のところ、群れを成してないから良いけど、隠れる場所があまりないね」
歩が周りを見渡す。手ごろな遮蔽物となるものはなさそうだ。
当初の作戦では、出来る限り魔族に見つからないよう探索する予定であった。だが、3時間近く経った今でも、現実は想定以上に戦闘の回数が多くなっている。
「迅速に行動する以外ないわね。それより、方角は合ってるの?」
真春が歩の方へ向く。歩の手には、小型の機械があった。何かのセンサーのようで、真ん中にある方位磁石のようなものがある方向を示している。
「うん、問題ないよ。段々数値が大きくなっているから、間違いなくシアに近づいているはずだよ」
亜紗から受け取った魔力探知機を見ながら、歩が指で行くべき方向を指し示した。シアの魔力をインプットした探知機は先程から力強い反応を表している。
魔界に来ても魔法世界の魔力が使用可能なのかは、懸念事項の1つであった。幸い、持参した機械などは使えることを確認しており、真春とストイルの魔法も特に問題はなさそうである。
「予想はしてたけど、民家なんて全くないわね。魔族の集落もなさそうだし、あいつら本当に単独行動なのね」
進みながら、真春が誰にともなく言う。
「私が母から聞いた話によると、魔族は破壊衝動が強く、好き勝手に振る舞うため、とても集団で行動できる種族ではないそうです。ただ、魔族の中でも王と呼ばれる者がいるようで、王には誰も歯向かえないと聞いています」
答えたのは、潜入組の中でも一番詳しいと思われる退魔師のエルだった。
「といっても、私の家系も魔界に入った記憶はなくて、詳しいことは分からないんですが……」
様々話をしていくにつれ、探知機の反応が強く反応する。
「なにあれ」
誰もが目の前に見えてきた光景に絶句する。
その反応が示す先に見えてきたのは――この世界とは無縁であるはずの西洋の城だった。
「ゲームに出てくるラスボスの城みたいだ」
目の前にそびえたつ、ゲームから飛び出してきたような漆黒の城を見て、歩はボソッと呟く。不思議なことに、城の大きさは魔族が入るには明らかに小さく、人間サイズであった。
皆が唖然とする中、探知機の反応を確かめるように口にする。
「シアの反応はこの中だ」
「ここにシアちゃんがいるんですね。どうやって潜入しま……って真春さん!?」
慎重に身構え、これからどうしようかと思案顔になったエルの前に飛び込んできたのは、普通に城の正面の扉を開けている真春の姿であった。
エルが信じられない顔で見つめる。言葉を失っているようだ。だが、続けざまに城の中に入ろうとする歩を見て再び叫ぶ。
「ちょっと! 何して……待ってください!」
既に中へ入った2人を止められず、結局なし崩しのまま全員突入するのだった。
城の中は、想定外にまともであった。豪華なシャンデリアが玄関ホールを荘厳に照らしている。床には真っ赤な絨毯が敷かれ、壁には花や自然の風景が描かれた大きな絵が飾られていた。今すぐにでも執事か家政婦が出て来そうな雰囲気だが、人の気配は全くない。
「ここは何なのでしょう?」
あまりの異質さにエルが疑問の声をあげる。
「少なくとも、シアに関係のあることだけは確かじゃないかな」
歩が探知機を前に掲げる。広い玄関の先には2階への階段が見えていた。
階段を上った先には、広い廊下と幾つもの扉がある。機械が示したのは、そのうちの1つの部屋だった。
装飾が施された部屋の扉に歩が手をかける。扉は木製で出来ており、鍵はかかっていないようだ。ドアの開閉音が辺りに妙に響いた。
「これは……子供部屋?」
部屋はカラフルな色彩に溢れていた。大きな天蓋付きのベッドや家具も置かれていたが、淡いピンクを基調とした部屋のカラーリングと、そこかしこに置かれた様々大小のぬいぐるみが目に入る。掃除も行き届いており、直前まで部屋の主がいたのではないかと思えるくらいだった。
歩が部屋の中心部に近づき、探知機を見る。
「間違いない、ここにシアの魔力が……」
言葉を続けることは叶わなかった。
あと少し、もう少し手を伸ばせば取り戻せる。誰もが想像しかけた矢先、それは起きた。
安堵を恐怖に、希望を絶望へ変える桁違いの気配が城全体を包み込んでいる。
「なに……これ」
あの真春が目を見開いている。ストイルも伏せ気味であった顔を上げ、エルに至っては言葉も出せない状態だ。
今まで対峙してきた魔族のように死を連想させる恐怖だけではない。ただただ、圧倒的な存在という点では真春に近いが、次元が全く違っていた。
「……行くしかない」
歩が一言皆に告げると、エルが驚く。
「行くって、これの元凶にですか? 無理です、わざわざ死にに行くようなものです! 悔しいですが、ここは退くしかないですよ」
エルを援護したのは、意外にも今まで黙っていたストイルだった。
「ああ、これには勝てない」
歩は2人の意見は最もだと思った。だが、首を横にふる。
「理由は分からないけど、急に牙を剥き出しにしてきたんだ。逃がしてくれる可能性は低い……いや、ほぼないと思う。だったら、面と向かう方がまだ活路があるかもしれない」
「そんな! 相手は魔族ですよ、話が通じる訳がない!」
既に部屋を出て行こうとする歩に対し、エルが非難の声をあげた。なおも引き留めようとするエルの肩に手が置かれる。横を見ると、そこには真春がいた。優しく諫めるように、
「気持ちは分かるけど、ここはあいつに賭けてみましょう。向こうは、いつでも私たちを殺せるのにしてこない。そこに期待するしかないわ」
部屋を出て、一行は廊下の奥を進む。誰もかれも表情が重い。歩たちに向けられている何者かからのの重圧を考えれば当たり前であった。
2階の廊下の先には、1つの扉があった。2メートル近い高さのある扉を開けようと押してみる。予想外に、力を軽くいれただけで扉は開いていった。
その先には――
「ようこそ、異界からの来訪者たちよ」
赤い絨毯の敷かれた先に、背もたれの高い椅子が置かれていた。そこが一番偉いと言わんばかりに椅子は高い位置にある。
そこは、まぎれもなく玉座だった。声は、そこに座っている人間から発せられている。
「こういう時は、まず名を名乗るのだったな。俺は……魔界の王だ」
次も1週間後予定です




