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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第2章 双つの生命
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第32話 いざ、異界へ

 柔らかな風が吹く。

 暖かな陽光が刺す中、歩は町の外れにある師の墓の前にいた。墓地の一番奥にある墓には、少し枯れた花と真新しい花が2つ供えられている。花の横には、日本酒の小瓶も置いてあった。


「全く、古い花があったら持って帰るようにあれほど……」


 枯れた花を片付けながら文句を呟く歩であったが、その顔は笑みが浮かんでいた。

 片付けが終わると、墓の前で手を合わせて目を閉じる。聞こえるのは、鳥のさえずりと時々近くを通る車のエンジン音だけ。誰にも見せない厳粛な時間が過ぎていく。

 2、3分経った頃に歩が顔を上げた。


「明日、いや今日か。行ってきますね、魔界に。そうしないと……」


 不意に後ろを振り返り、墓地全体を見渡す。


「安心して眠れないですよね」


 空の色が変わる。晴れやかな青空とは対照的な暗い暗い色。分厚い雲に覆われた空が墓地全体だけに広がっていた。この世のものとは思えない異質な空気が辺りを包んでいる。


「やっぱり広がってる」


 歩の視線の先には、墓地に広がった異世界が少しずつ広がっているのが見て取れた。静かに、だが確かに何かがこの町を呑み込もうとしている。


 しばらく前から起きているこの現象に対し、町の人々は何の反応も見せない。ニュースやネットの噂にもなっていなかった。真春や麗羽に聞いても不思議な顔をされたことから、この異常を感じているのが歩1人だけというのが分かる。

 肌に不気味さを感じながらも、今度は耳を澄ませた。すると、弱々しいがか細い声が微かに聞こえる。


 ――助けてと。


 歩が以前夢で見た声がする。だが、声は聞こえども、姿は全く確認できない。手が届く距離にいるはずなのに、薄紙1枚隔てられている感覚。

 歩が何もない空間に手を伸ばす。何もつかめない掌を見返しながら、誰かに聞こえるように言った。


「何度でもいくよ」


 助けを呼ぶ声はいつの間にか聞こえなくなっていた。



 ――同日、魔法世界にて


「さて、では現地に行く前にもう1度確認しよう」


 白衣姿の亜紗が社内に向けて言った。

 社内と言っても普通の車ではない。中は比較的広く、運転手と助手席の後ろには、向かい合わせに全部で6人ほどが座れるようになっている。


 最大の特徴は、馬車なのに馬がいないことだ。4輪になった馬車の後ろ部分だけが自動で走っている。馬車というよりは車に近い。だが、車のようなエンジン音はせず、静かな駆動音がするだけだ。歩が聞いた話によると、動力源は魔法石を応用した開発中の代物らしい。


「歩、聞いてる? あとエルも」


 窓から入る朝日を通して思いをはせていた歩に対し、隣に座っていた真春が声を掛ける。エルも物珍しいのか、緊張しているのか心ここにあらずであった。


「あ、はい! すみません」


 エルが咄嗟に謝罪の言葉を口にした。一方の歩は両手を目の前で合わせ、謝罪の態度を示す。亜紗が何か話している途中であった。


「まぁまぁ、緊張するのも無理ないですからね。亜紗はん、もう1度手短に話してくれます?」


 たおやかに笑みを浮かべながら、麗羽が亜紗に目を向ける。当の亜紗は、話を聞かれなかったことへの怒りなど微塵も感じさせない口調で再度話し始めた。


「まず、シアちゃんの魔力漏れに関する結果が分かった。魔力が24時間ずっと漏れていること。しかも、日増しに量が増えている。更に、通常は考えにくいことだが、漏れ出た魔力の行き先がある方向に伸びていた。それは、我々が向かっている先――旧王立博物館跡だ」


 亜紗が一呼吸置いて今度は周りを見る。皆、自分の話を聞いているのを確認すると、再び口を開いた。


「詳しく調べた結果、漏れ出た魔力は、まるで意志を持ったように博物館につながっていた。異界に通じる扉があったであろう部屋の中心でぴったりと魔力が途切れている。周辺の魔力を検査した結果、彼女の魔力はどこか別の空間に送られているという推論に至った」


「推論ですか?」


「そうとしか言えないな。何にせよ、症例がほぼないケースだからね。大切なのは、私の考えが正しい場合、異界への扉はまだ閉じていないことになる」


 重苦しい空気が辺りをたちまちに包む。皆、事態の深刻さに改めて考えているようだった。


「それで、今からの流れは?」


 場の空気などどこ吹く風とばかりに、歩が手を挙げる。一瞬、変な雰囲気になったが、


「それについては、私から説明しましょう」


 麗羽が亜紗とバトンタッチするように説明を続ける。


「政府に丁寧にことの大切さを説明したところ、今回の件は1つ間違えれば国が滅びる重大事項であるとの特命がありました。ここに勅命書がありますが、簡単に言うと、資材とお金、人員は出すから早急に解決してこいということですね」


 にこやかにゾッとする内容を言った麗羽に、歩は若干引いていた。歩の様子に気付いてもなお、麗羽が笑顔を崩さないどころか、一層爽やかな笑みを浮かべる。そして、そのまま歩に向かって不満をマシンガンのように言った。


「全く、苦労しましたよ。魔法省長官が爆発事故で片づけようとしましたから。あの時の爆発を魔法省で解析すれば一発で分かるのに、大統領にもそれで通そうとしましたからね。いち早く私たちが気付いたから、大統領含めて関係者を何とか抱き込めたものを。本当に誰なんでしょうねぇ、長官に入れ知恵を吹き込んだのは?」


「いや~、悪い奴もいるもんですね」


 麗羽から全く笑っていない目を向けられる。しかし、歩は完全にスルーした。しばらく沈黙の時間が続くが、ため息をついたのは麗羽だった。


「何にせよ、異界に行くという前代未聞のケースです。短期間ではありましたが、最高のメンバーが揃ったと思っています。今日の目的は異界に赴き、シアちゃんの魔力漏れの原因を探ることと、開いている可能性のある異界への扉を閉めること。歩はんが扉を開けた後に、真春はんたちが異界へ潜入します」


「あの、シアちゃんの容体は大丈夫なんでしょうか?」


 話が一区切りついたと思ったエルがおずおずと手を挙げた。亜紗が麗羽と互いに目配せした後に、


「それについては私から説明しよう。魔力の漏れ出ている量がここ最近異常値だ。このままいくと、数日中に命に関わる可能性がある」


「!」


 事の重大さを再認識したエルが沈痛な表情になる。


「まぁ、それを止めに来たんだから、張り切っていかないと! おっと、話をしている間に目的地に着いたみたいだよ」


 歩が言い終わると、車が減速し始めて止まる。今日のサポート要員として、後ろには同じ車が3台ついてきていた。

 皆が車を降り準備にいそしむ中、歩は瓦礫となった博物館の中央部に誘われるかのように近づく。異界への扉を開いた部屋があったであろう場所の手前で足を止めるのだった。

 歩に魔法のことは分からなかったが、ここに、この先にシアの存在があるように感じられた。

 その様子を見ていたエルが隣に来る。


「歩さんは怖くないのですか?」


「怖いよ。でも、シアが待ってるから。そういうエルは?」


「私は大丈夫です。シアちゃんを助けるのはもちろんですが、魔を倒すことが一族の使命ですから」


 エルが掌を強く握りしめているのを歩は見逃さなかった。強く前を見据える瞳には、確かな決意があったが、言いようのない呪いのような憎悪が見え隠れしている。


「2人とも、ちょっと手伝って」


 真春の掛け声でエルの危うい雰囲気が霧散する。思案顔になりながらも、歩はエルと共に大きな簡易テントの設置にはいるのであった。



 指令室であるテントの中に居並んだメンバーを見て、麗羽が最終確認をしていく。


「さて、準備は整いました。あとは、歩はんと私、真春はんの3人で扉を開くだけです。私と亜紗はんは此処で待機。潜入班は歩はん、真春はん、エルはんと……ストイル」


 麗羽の視線が端の方に向く。そこには、ハンチング帽を目深に被った1人の美男子がいた。顔は良く見えないが、20代後半とは思えない鋭い眼光を放っている。肉体も相当に鍛え上げられていることが服の上からでもハッキリと分かった。


「よろしく」


 ストイルと呼ばれた男が抑揚のない声で挨拶をする。


「ストイルは名家の1つで、魔法だけでなく武術の腕前も凄いんですよ。今回は真春はんと一緒にボディーガード役として選ばれました。……さぁ、では作戦を始めましょうか!」


 麗羽が勢いよく手を叩く。小気味良い音と共に、皆が持ち場に散った。

 残ったメンバーは、歩、真春、エル、亜紗、ストイル、麗羽。


「さて、扉を開きに行きましょう」



 歩が先程立ち止った異界への扉があるであろう場所に戻る。後ろには、潜入組がついてきていた。亜紗と麗羽は後方にある指令所のテントで事態を見守っている。


「行くよ」


 歩が足を踏み出す。ただそれだけだった。

 辺りに何も変化はない。だが、一歩進んだ歩の半身が消えていた。


「別の空間に繋がったんだ!」


 指令所にいる亜紗が興奮気味に声を出す。歩が完全に消えた後、残りのメンバーも同じように魔法世界から消えていく。

 シアを救う作戦が始まった。

すみません、少し遅れました。

また1週間後を目途に投稿します。

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