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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第2章 双つの生命
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第30話 エルと、歩

「今日も変わらずか?」


 パンにハムエッグという簡単な朝食を食べながら、少し猫背気味の姿勢でグレッグが問いかける。その声色は、まるで毎日している挨拶を聞いているかのように平坦な声だった。


「うん、変わらず。夜の打合せで進展があると良いけど」


 向かい合って座る歩が答えながら、空席となっている隣を見る。

 グレッグも釣られて同じ視線を向けた後、ふと思い出したように話を変えた。


「そういや、もう1人のお前さんの処分が決まったぞ」


「え?」


 何の気なしに重要なことを言われ、歩は一瞬固まる。思わず、グレッグの方に視線を向けると、当の本人は顎に手をあてながら、ニヤニヤと歩を見ていた。


「聞きたいか?」


「もちろん」


 グレッグに言いたいことはあったが、歩は持っていたフォークを皿に置き、聞く体制に入る。


「結論から言うと、司法取引で大幅な減刑になりそうだ」


「司法取引?」


「ああ、情報の開示と日記の譲渡を条件にな。取引を持ちかけたのは政府側だ。ふん、手を回すのは骨が折れたわい」


 グレッグが顎に手をあてながら、厳しい言葉を述べる。だが、刺すような言葉尻とは裏腹に、グレッグが今楽しんでいることを歩は知っていた。ここ2週間ほど一緒に過ごす中で、顎に手を置く時はそうなのだと。


「で、そんな情報をくれる爺ちゃんは結局何者なの?」


 心の中で苦笑しながら、仕返しとばかりに歩が深く切り込む。


「儂か? ただの老いぼれよ。年を経れば、それなりに人脈は増えるんでな」


 まだ湯気の立つコーヒーを一口飲み、やんわりとはぐらかされる。歩が後から聞いた話だと、事後処理など多方面に渡って尽力してくれたらしいが、そこはまだ教える気がないらしい。

 手元にある新聞記事を見ると、『博物館爆発事故』の文字が小さくはあるが、まだ1面に踊っていた。


「事件の件も、良く爆発事故にできたよね?」


「ちょうど良い機会だから、真相を公にすれば良かったものを。政府のアホ共がビビりおって。展示物だった魔法具の爆発と発表しているが、現場への規制を解除したらばれるぞ」


 嫌な光景を思い出したのか、グレッグがしかめっ面になる。


「まぁいい。食べたら仕込を始めるぞ」



 昼過ぎ、歩が店の配達で外に出た帰り、ここ最近通っている場所へと立ち寄っていた。

 市場を抜けた先にある噴水広場にお目当ての顔を見かける。声を掛けようとするが、知らない人と話していたため、終わるまで数分待ち話し掛ける。


「こんにちは、エル!」


「あ、歩さん。こんにちは」


 いつもの仕事着ではなく、麦わら帽子にエプロン姿はいつ見ても新鮮だ。

 エルは広場のフリースペースに花を売っていた。色彩豊かな花々が広場を華やかにしているだけでなく、エル自身の晴れやかな笑顔が野に咲く一輪の花のようだ。


「さっきのはお客さん?」


「はい、これも歩さんのお蔭です」


 エルが地に頭をつける勢いの角度でお辞儀をし、歩が慌てる。


「いやいやいや、エルが頑張ったからだよ。僕は背中を押しただけ」


 頭をあげるように懇願してようやくエルが顔を見せた。その眼に涙が浮かびそうになっているのを見て、歩が沙良に慌てる。話題を変えようと、咄嗟に出た話は地雷そのものだった。


「そ、それより、僕らがここで会ってから、もう2週間くらいだね!」


 一瞬、きょとんとしたエルだが、懐かしむように自分の胸に手を当てながら思い出していた。


「そうですね、あれは確か……」



――魔族襲来から2日後

 事件のお蔭で、店の手伝いどころではなくなった歩は暇つぶしに噴水広場を散歩していた。そこは、小さな露店がいくつか出店していたが、活気の溢れる市場とは良い意味で違う穏やかな空気が流れている。憩いの空間とでも言うべきか。


「あれ?」


 歩がある露店の前を通り過ぎた時だった。知り合いがいて足を止める。

店頭にある、小さな可愛らしい鉢植えの花は見る者の心を掴む。様々な色で広場を彩る花々は、疲れた脳を癒す良い香りを放っていた。


 だが、店主であろう人物の風貌が癒しの空間を塗り替えている。深緑色のローブを頭から目深に被り、顔が全く見えない。それだけではなく、店主からは負のオーラとも言うべき、何か良くないものが出ていた。おまけに、何故か手にずっと持っている大きめの剪定ばさみが止めを刺している。地上に迷い出た冥界の死者がそこにいた。

 その姿を見て、歩は少したじろいだが、勇気を振り出して声を出す。


「フルールさん……?」


「え? 一条さん?」


 死者から出てきたのは、可愛らしい声だった。


「もしかして、お花がご入用ですか?」


 間髪入れずに、エルがパッと負のオーラが弾けたような笑顔をする。その変わりようは、マッチ売りの少女を彷彿とさせるくらい劇的であった。あまりの凄さに歩は思わず頷いてしまう。


「え! あ、うん。お願いします」


「ありがとうございます! 3日ぶりのお客さんです!」


 適当に花を見繕ってもらい、手際よく花を包みながらエルが嬉しそうに声を弾ませる。


「え? 3日ぶり?」


「はい!」


 絶句する歩に気付かずに、エルが鼻歌でも歌いそうな気配で答える。


「えっと、毎日お店出してるの?」


「週5日、午前中の間ですね」


「1日どの位売れるの?」


「この間、2日連続で花が売れたんですよ!……でも基本的には、全然売れなくて。こんなに綺麗な花なのに何でなんでしょうね?」


 エルが自慢気に胸を張った矢先に、肩を落とす。見ていて気持ちの良い急上昇と急降下であった。その姿を見て、歩のトーンが低くなっていく。


「いつもその恰好なの?」


「はい」


「そのハサミも?」


「いつも持ってた方がすぐにお客さんの欲しい花が切れますから。ただ、時々来るお客さんが何故か逃げるように去ってしまうことがありまして……」


 歩が頭を抱える。


「一条さん?」


 心配した様子でエルが歩を見つめる。その視線を受け流し、


「で、フルールさんはこの花を売る気あるの?」


 目深に被ったフードの隙間からでもハッキリと分かるくらい、エルが目を丸くする。そして、間を置かずに、


「はい、私の自慢の花ですから。ただ、あまり人付き合いが得意ではないので、人にものを売るのが苦手で……」


 身を縮こませてごにょごにょと尻すぼみになっていく。


「あれ? でも僕とシアの時は?」


「あ、あの時は緊急事態だったので、その流れで、平気だったというか……」


 どうやら普段のエルの姿はこちららしい。魔族相手に一歩も引かなかった人物はどこに行ったのだろうか。


「とにかく、この花を売りたいで良いんだよね?」


「はい。花の素晴らしさを皆さんに伝えたいです」


 小さめの声ではあったが、今までと違い確かな意思を歩は感じ取る。


「じゃあ、まずは……」


 辺りを見回し、1件の露店の雑貨屋に目が留まる。そこで、買い物を済ませると、エルに向かって買ったものを差し出した。


「緑のフードを取って、代わりにこれを。あと、これを付けてみて貰える?」


「は、はい」


 ごそごそと人に見られないように軽い着替えをする音がする。なんとなく、直視してはいけない気がして歩は目を伏せた。数分もしないうちに、衣擦れの音がやむ。


「き、着替えました」


 少し自信の無い声と共に、歩が目を開く。

 そこには、フードの代わりに麦わら帽子を被り、エプロンを付けた女の子がいた。死者は綺麗さっぱり消え失せている。


「すごい似合ってる!」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 鏡がなく自分の姿を確認できないからか、不安気味にしていたエルが安堵の声を出す。


「よし、次はあのご婦人に花を売りに行こう!」


 歩が指差した先には、ベンチに腰掛けた1人の婦人がいた。


「え? 売りに行くんですか?」


「うん、僕も一緒に行くから大丈夫」


 驚くエルとは対照的に、言い終わるや否や歩が小さな鉢植えを持って、婦人の方へ進んでいく。訳も分からぬまま、心の整理もつかないまま、エルは歩に付いていった。


「ま、待ってください」



「花かい? うーん、そうだね。綺麗だけど、今はいらないかな」


 時間を作ってくれたことに謝罪と感謝を述べながら、歩がお辞儀をして、次の近くを通りかかった婦人へ話し掛ける。


「あら、今手持ちがないのよ。ごめんなさいね」


「今忙しいのよ」


 続けざまに断られたことに、エルが辟易とし始める。5人目に断られたところで、歩に告げようとした。もう良いと。やはり、自分に客商売は向いてない。花の魅力は伝えたかったが、仕方がない。終わりにしよう。


「一条さ……」


 その時、ふとエルの頭の中で疑問がわいた。


(なぜ、この人はこんなにも必死なんだろう?)


 所詮は他人事である。1人断られた時点でもう良いではないか。断れれることは自分が傷つく。なのに、何故立て続けに声を掛けるのか。

 再び考えを巡らそうとしたが、声を掛けられ思考は中断した。


「フルールさん、このご婦人が買ってくれるって!」


「え?」


 初め、何か聞き間違いをしたのかと思ったが、歩とこちらを見る婦人の顔を見て嘘ではないことに気付く。


「は、はい!」


 慌てて2人に合流する。ご婦人は、優しそうで小柄な人であった。


「お代はこちらで良い?」


「はい。あ、お釣りが。少しお待ちくださいね」


 エルを置いて歩がお釣りを取りに戻る。婦人と2人きりになった事実に気が付いたエルが緊張し始めた。


「このお花、綺麗ねぇ」


 不意に婦人が声を出す。自分に掛けられた言葉だと分かったエルが、声を絞り出す、


「あ、ありがとうございます」


「ふふ、さっきのお兄さんが熱心に薦めてくれてね。根負けしちゃった」


 冗談交じりに微笑む。その表情は決して押し売りをされたものではなかった。


「それに、私この場所を毎日散歩しているのよ。あなたのお店の花が前から綺麗で気になってたの。でも、少し近寄りづらくて……今のあなたとは真逆ね」


「!」


「あのお兄さんが話してくれたのよ。あの花に込められた思いを。それを聞いたら買いたくなったの」


 我が子を慈しむように花に触れる婦人は、穏やかで嬉しそうな笑みをしていた。つられてエルも表情が柔らかくなり、胸の中が温かくなる。

 同時に、歩が教えたかったことが分かり、エルの体の奥が熱くなっていった。


「すいません、お待たせしました」


 歩が戻り婦人が去った後、エルは自然に感謝の言葉を述べていた。


「ありがとうございます!」


 その顔には、陰鬱の欠片もなかった。

次も1週間ほどで投稿します

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