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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第1章 2つの世界
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第2話 目覚めた少女

 女性の案内で深い森をしばらく進むと、ようやく街道に出る。

 女性が街道脇にある、木造で出来た簡素な駐在所に入り、地元の警察官らしき人物と話していた。5分程した後、歩の方へ戻ってる。


「彼らのことは警察に任せました。あなたたちのことは伏せてます」


「……ありがとう」


 警察の細かい対応を聞きながら、駐在所の奥にある小道を進んでいくと、ロッジ風の山小屋らしき建物が見えてくる。


「ここが私の家です。さあ、中にどうぞ」


 家の中に入るとほのかな木々の香りに包まれる。玄関の先には2階へ上がる階段と居間へと続く廊下が見えた。邸内は年季が入っているが、綺麗に掃除されており、住む者の性格を表している。


「ここで少し待っていて下さいね」


 眠ったままの少女を寝室に寝かせてきた後、居間と思われる部屋に歩を通した女性がお茶を取りに行く。

 椅子に座った歩は手持ち無沙汰になり、何となく部屋を見渡した。落ち着いた内装や家具で統一されているが、その一角に写真立てと小さな花瓶が置かれているのが目に付く。

 写真には2人の大人と幼い子供が1人映っており、子供の方は歩を助けた女性に違いなかった。


「あ、それ私の小さい時の写真なんです」


 お茶を持ってきた女性が慌てて写真立てを伏せる。


「……両隣はご両親?」


「ええ。父は私の産まれる前に、母も私が小さい頃に亡くなりました」


 懐かしさと寂しさが同居した表情を見せる。


「辛い事を思い出させてしまいすいません」


「いえ、お気になさらずに」


 女性がお茶を置きながら話題を変える。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はエルスティア・ユヌ・フルールです。この森で自然保護官として働いています」


「僕は一条歩……え~、菓子職人です」


 歩は自分をどう紹介しようか逡巡したが、職業だけ本当のことを答えた。

 互いの自己紹介が済んだ所で、エルスティアが来る前の森の中での経緯を簡単に話す。


「では、一条さんは1人で旅行中に偶然巻き込まれたという事ですか?」


「ええ、荷物もその時になくしてしまって……。あの子が狙われていた理由もさっぱり」


 咄嗟に旅行中と嘘をついたが、大丈夫だろうかと歩は心の中で心配になる。

 これ以上嘘をつくのは良くないと思い始めたその時、廊下から誰かの足音がしてきた。まもまく、ドアから半身を出す少女の姿が見える。


 褐色の肌に地面まで届きそうな長い黒髪は、どこか海辺の異国を思わせる。真っ白いワンピースが幻想さに拍車をかけていた。普段は快活を思わせる大きな灰色の瞳はここが知らない場所なのか、不安そうにあちこち彷徨っている。

 しかし、歩の顔を見つけた途端に安堵の表情を浮かべた。

 

「あの時のお兄ちゃん?」


 不安げに少女が問いかけをする。自分を助けてくれた人の顔を見たすぐ後に気絶してしまったので、顔をおぼろげにしか覚えていないのだ。


「うん、元気そうで嬉しいよ」


 手を振りながら歩が答える。


「!」


 その声に聞き覚えがあった少女が、安心したのか歩の傍によってくる。小さな歩幅で、長い髪の毛を揺らしながら近づいてくる様子は、何か小動物を連想させた。


「助けてくれてありがとう!」


「体は大丈夫?」


「うん!」


 体全体を使い、元気いっぱいに少女が答える。


「そっか……良かった」


 歩が少女の頭を優しく撫でる。歩の気持ちが伝わったのか嬉しそうな表情をする少女。その光景を見ながら、エルスティアも優しい気持ちになるのだった。


「良かったわね」


 エルスティアが少女に話しかける。すると、先程の元気な返事とは裏腹に歩の背中に隠れてしまう。


「……こっちのお姉ちゃんはだぁれ?」


「何を隠そう、お姉ちゃんは君を助けてくれたスーパーヒーローなのだ!」


 まるで少女の元気さを吸い取ったかのように、仰々しく身振りを交えながら歩が笑顔で答える。


「ヒーローだなんて止めて下さいよ。こんにちは、エルスティア・ユヌ・フルールよ。エルって呼んでね」


 優しく微笑むエル。彼女の優しさに安心したのか、少女の不安な顔が笑顔に変わっていく。


「エルお姉ちゃんもありがとう! わたしはね~わたしの名前は、名前は……あれ?」


 少女は首をかしげる。当たり前のことが思い出せないことに。


「……何も、思い出せない」


 少女は記憶喪失になっていた。



 それから2人で少女にいくつか質問をしてみたが、すべて空振りに終わった。何故森にいたのかも分からないらしい。


「あまりの恐怖に記憶を閉ざしてしまったのかもしれませんね」


「そう……だね」


 考え込む歩に対して――


「ねぇ、わたし自分のこと思い出せないの?」


 少女が不安そうに歩の裾を引っ張る。


「大丈夫! お兄ちゃんとお姉ちゃんがついてるから、きっと思い出すよ!」


 少女に優しく微笑み返す。


「そうだ、思い出すまで名前を考えないか?」


 思いがけない提案だったのか、少女は一瞬目を丸くする。だが、すぐに頬を赤くして嬉しそうに答えた。


「うん、わたし名前ほしい!」


「う~ん……」


 そうは言ったものの、人の名前をすぐに思いつくはずもなく、歩はすぐに考え込んでしまう。

 何かないかと周囲に視線を巡らせると、写真立ての傍に活けてある菜の花が目に留まった。


「……“オルテンシア”はどうかな?」


「それがいい!」


 間髪入れずに答えた少女の顔は、興奮しているのか先程よりも赤く染まっていた。


「“アルテンシア”! わたしのことはシアって呼んでね!」


 どうやら少女には、正確に名前が伝わらなかったらしい。それどころか、エルの自己紹介の真似がしたかったのだろう。


(まぁ、本人が喜んでるならアルテンシアでもシアでも良いか)


 頭を掻きながら少し残念そうにする歩であった。その微妙な空気を察したのか、エルが気を遣いシアに話し掛ける。


「そっか、シアちゃんか。可愛い名前を貰って良かったね」


「うん!」


 嬉しさが止まらないのか、エルに向かってシアが元気一杯に答える。


「お兄ちゃん、お名前つけてくれてありがとう!」


 シアの感謝に対し、歩が親指を立てて返事をする。その指先を見てシアの表情が変わった。


「たいへん! お兄ちゃんの指が真っ赤!」


 どうやら森で指先を切っていたらしく、血が出ていた。深い傷でもなく、出血は既に止まっているが、渇いた血が指に張り付いている。


「ああ、大丈夫。大した事ないよ。放っておけば治る」


 何でもないように言う歩だが、エルが即座に否定した。


「きちんと消毒しないとダメですよ」


 穏やかな口調で優しく語り掛けてくるが、目の奥が全く笑っていない。そして、歩だけに聞こえるように近づいて囁く。


「シアちゃんが怪我をして、真似したらどうするんですか。それに、ばい菌が入っている可能性もあるんですから」


「すまない」


 その通りだと思い、エルの言葉に素直に言う事に従う。

 本当はエルの声色があまりにも怖かったからだとは、口が裂けても言えない歩であった。

 エルは消毒をした後、自分の白いハンカチを取り出し、歩の傷口へ巻きつける。


「ごめんなさい、今包帯を切らしてて」


「いや、ありがとう」


 礼を言う歩。

 その行為を見ていたシアは、何が気に入らなかったのか頬を膨らませていた。


「お姉ちゃんだけずるい。私もお兄ちゃんの手当てしたいよ」


「そうね、ならシアちゃんも、お兄ちゃんの傷が治るように一緒におまじないする?」


 シアのわがままにも、優しく微笑み、慈愛の対応を見せるエルだった。


「一条さん、指を出して下さい」


「? うん」


 おまじないとは何をするのだろうと、不思議に思いつつ、歩がハンカチで巻かれた指を前に突き出した。

 すると、エルはその指を優しく両手で包みながらシアに促す。


「シアちゃん、一緒にお兄ちゃんの傷が早く治るように祈りましょう」


「うん!」


 シアが歩の指を両手で包み、さらにシアの手をエルが覆うような形になる。2人が目を閉じて祈り始めた。

 女性2人に怪我をした指を包まれるなど、経験した事がない歩は内心照れていたが、2人の真剣な表情に何も言えなかった。


「よーし、これでバッチリだよ、お兄ちゃん!」


「ふふ、シアちゃんの思いできっと怪我なんてすぐに治っちゃうわね」


「2人ともありがとう」


 歩が照れを隠しながら礼を言う。


「そ、そういえば、ここは魔法が使えるのかい? 田舎から出てきたから、良く知らなくて。さっきフルールさんが使っていたよね」


 すっかり仲良くなった2人を尻目に歩が、先程から気になっていた事を聞く。


「? ええ、といっても私は魔法使ではないですよ。さっきの使ったのは、魔法石を使った魔法です。あれだけの力を持った魔法石を普通の人が使うのはダメなんですけど、緊急時だったので内緒にして下さいね」


 人差し指を可愛らしい唇に当てながら、エルが微笑む。


「それと、私のことはエルで良いですよ」


「さて、名前も決まったしこれからどうしよう?」


 ひと段落したところで、歩が問いかける。


「そうですね、私の知り合いに頼りになる人がいるので行きませんか? シアちゃんの記憶喪失の件もきっと力になってくれると思います」


 ここがどこなのかも分からない歩に、頼りにできる人などいるはずもなく、エルの提案を素直に受けるのだった。


「ちなみにどこに?」


「王都グラスフィアです」

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