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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第1章 2つの世界
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第1話 ここは、魔法世界

「助けて」


 今日も夢の中で声が聞こえる。

 歩が懸命に手を伸ばし、その声に応えようとした。方向も分からないのに、もがく様は傍から見れば滑稽かもしれない。だが、歩にとっては真剣そのものであった。


 何回見た夢だろうか。

 歩にとっては、夢だろうが何だろうが、ただ力になりたい一心であった。

 その時、奇跡が起きたのか、指先が何かに触れる。離すまいと掴んだのは、誰かの小さい手だった。


「今助け」


 言い終わらないうちに視界が暗転する。強制的に何かが体に起きていることを感じながら、歩の意識は途切れた。



(どうしてこうなった…)


 歩が森の中を走っている。小脇に少女を抱えながら。

 体力はあるのか、少女1人抱えて走っているにもかかわらず、息はあがっていなかった。

 走るのを止め、一息つくとともに腕に抱かれ眠る少女を見ながら、今しがた起こった事を思い返してみる。


 夢から覚めると、見知らぬ薄暗い森の中にいた。

 鬱蒼と茂る青々とした木々が、既に頭上高く照らしているはずの陽の光を大分遮っている。人が普段通らないであろう獣道が辛うじて見えるくらいだ。喧騒とは無縁の世界に1人取り残されていると、

 ふと、静寂を破るように、誰かが言い争う声が聞こえた。


(ここがどこなのか聞いてみるか)


 声のする方へ行ってみれば、小さな少女が黒いフードを被った複数の人間に襲われていた。


「何をしてる!」


 思わず声をかけた歩に、誘拐犯が振り返る。

 その顔には奇妙な仮面が張り付いていた。真っ白い下地に、口元の部分だけ黒い弧を描いた三日月のようなデザインが施されている。まるで、能面のように無表情な顔が笑っているように見える様子は、どこか不気味さが感じられる。


 振り向いた仮面の奥にある瞳は歩がいることに驚いているようだった。

 想定外の人物の出現に彼らの動きが止まる。

 歩に状況は分からない。

 分かったのは、フードの人物たちから感じ取れた明確な悪意だけ。

 相手が止まった僅かな時間に、歩は襲われていた少女を抱きかかえあげ、森の中を走って逃げてきたのだった。



(起きたら見知らぬ土地にいるこの状況。そして、映画のように女の子が襲われている現場に遭遇。この状況は……)


「夢だな…」


 手近にあった大木に身を寄せながら、歩は頭を振る。


(これからどうしようか。夢だとしても、この子をあの怪しい集団の元に戻せないよな)


 腕の中の少女は気絶しているのかスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。


(僕の気も知らずに呑気なもんだな。)


 少女の寝顔があまりにも安らかで、歩は自然と微笑んでしまう。


(癒しの時間は終了か……)


 複数の足音が草を踏み分けながら聞こえてくる。

 歩は相手に良く見えるように姿を見せる。


「やあ、こんにちは!」


 男の酷く場違いな明るい声に対し、仮面の襲撃者たちの動きが止まったように見えた。


「みなさん、この少女をお探しのようですが……」


 抱き抱えた少女を見せた刹那、仮面の襲撃者たちから一斉に敵意が向けられる。


「僕が聞きたいのはこの娘を何で連れ去ろうとするのか聞き……」


 敵意を意に介することなく、会話を続けようとした歩に対し、ナイフによる無言の投擲が返される。

 威嚇だったのか、ナイフは歩に当たらずに近くの木に突き刺さっていた。生い茂る木々の間から入る木漏れ日に反射して、ナイフが鈍色の光を反射している。

 沈黙を保ったまま、黒いフードを被った仮面の集団が歩に迫る。


「げ」


 思わず歩は声を出した。


(逃げよう)


 少女を脇に抱えながら再び森の中を走る。だが、少し走った所で歩が気付く。


「!」


 後方から予想以上に早く襲撃者たちが近づいてきていた。


(何だ? 追い付くのが早過ぎる)


 襲撃者たちは普通の人間以上に足が速かった。


「!」


 ふいに体が危険を感じ、歩は右前方に大きく跳躍した。刹那――熱風と炎の塊が先程まで歩が走っていた場所を通り過ぎる。


「なっ!?」


 歩の脇を通り過ぎたのは、アニメやお伽話に出てくるような火の玉であった。火球は触れた木々全てを炎で燃やし尽くしていく。一帯が火に包まれようとしていた。


(魔法!? 体感温度もまるで本物みたいだ。嘘だろ)


 炎の熱で辺りの気温が一気に高まっていく。

 先程の魔法攻撃に明確な殺意を感じ、歩が焦りの色を浮かべた。


(この子はもう用済みなのか? いや、待てよ。これは夢。夢なら僕にも……)


 夢ならば魔法を使う事が出来てもおかしくはない。

 夢ならば当然と考えた歩が掌を前にかざし叫ぶ。


「ならこっちも! ファイヤーボール!」


 渾身の声で襲撃者たちに狙いを定める。歩の気迫に思わず襲撃者たちが身構える。

 先程とは比べものにならない位、鮮やかで巨大な火球が歩の手から湧き起こ……りはしなかった。


「……あれ?」


 歩の頭の中では掌から出た火球が襲撃者たちを攻撃しているはずだった。……はずだったのだ。

 イメージは完璧だったのだが、その手からは何も起きなかった。起きる気配すらない。

 聞こえるのは、襲撃者たちが放った本物の魔法によって、木々が燃え上がる音だけだった。


「いや~、出来ないもんだねぇ……」


 歩の呑気な顔を見て襲撃者たちは安堵したのか、再び魔法を使おうとする。

 1人の襲撃者が狙いを歩に狙いを定め魔法を放たんとした。


「!」


 歩が躱そうと身をそらすのと同時に魔法の炎が襲う。


「放て! スプラッシュ!」


 この場に似つかわしくない綺麗な声とともに、激流のような水流が歩に向かっていた炎を掻き消した。水流は勢いそのままに、襲撃者の一人を飲み込む。

 声の方向を向くと、そこにいたのは深緑色のローブを身に纏った1人の人物だった。

 顔はフードを目深に被っているせいか良く見えない。分かることは、先程の声とシルエットから若い女性であることだけ。いずれにせよ、歩にとって救世主に違いないのは確かだった。


 突然現れた新しい第3者に襲撃者たちが、どちらを先に始末しようか一瞬逡巡する。その迷いが勝負の分かれ目になった。

 1人倒した時には既に走り出していた女性が、瞬く間に襲撃者の懐に入り込む。

 目の前に現れた敵に慌てる襲撃者の目に映ったのは、脳天へ振り下ろされた鉄板入りのブーツだった。

 襲撃者を倒した女性に向かって、間髪入れずに、白銀の魔法の矢が放たれる。

 身体を捻り攻撃を躱しながら、女性が手に持っていた小石を投げた。


「ストリーム・ウォーター!」


 その言葉と共に強烈な水流が襲撃者2人をたちまちに飲み込んだ。

 残った最後の襲撃者が肉薄する。

 鋭いナイフの一撃が女性のフードを掠めた。フードが裂け、その素顔が晒される。


 歩の思った通り、若い女性であった。

 歳の頃は16、17歳ほどだろうか。遠目に見ても、可愛らしい容貌をしている。

 肩まで伸ばした燃えるように鮮やかな赤髪が印象的だ。

 一見年頃の可憐な女の子に思えるが、彼女の瞳は反対に力強い意思を秘めていた。


 冷静にナイフによる一撃を避け、互いが交錯する間際、鋭い蹴りを真っ直ぐに放つ――その股間へ向けて。あまりにも美しいフォームに少し見惚れるくらいだ。

 寸分違わずに当たった急所を抑えながら、悶絶し、やがて最後の1人が動かなくなる。

 この間わずか1分ほどだった。


 戦闘終了後、女性は襲われていた人物たちの無事を確認するよりも、まず燃え広がる火の処理を優先する。

 先程の戦闘でわざと使用した水の魔法により、ある程度鎮火はしていたが、山火事になれば一大事である。

 周りの火の手を消し、女性がふと気付いた。


(変ね、思ったより火の手が少ない)


 訝しむ女性の後方から声が聞こえる。


「終わったの? こっちも何とか消せたよ~」


 振り返ると、歩が上着を脱いだ状態で手を振っていた。


「え……」


 消化が必要だと思った場所に火は既になかった。

 歩が手に持っているのは黒い大きな布。それは襲撃者たちが着ていたローブに他ならなかった。

 比較的厚手の生地は、グッショリと濡れている。歩の近くには、丸裸にされた全身ずぶ濡れの男が転がっていた。女性が放った魔法で倒れた襲撃者の服を利用したのだろう。


「……あ、ありがとうございます」


 歩が何をしたのかを理解し、お礼の言葉を述べる。

 女性が初めて歩をしげしげと不思議そうに見つめた。

 視線に耐え切れず、気恥ずかしくなった歩が、話題を変えようとする。


「そ、それにしても綺麗な髪の毛ですね」


 何の気なしに言った一言が、彼女の表情を一変させる。

 フードが機能していないことに今気付いたようだ。

 慌ててフードだった切れ端で髪を隠そうとする。

 何度も何度も繰り返す様子に、胸の中が痛ましい気持ちで一杯になった。

 自分のしている行動がようやく無駄だと悟ったのか、女性が頬を赤らめて歩の方を上目遣いで見る。


「綺麗……ですか?」


「え? ……ええ、とても」


 歩の回答を受けた女性の頬に朱が増す。

 髪の毛のことを家族以外で褒めてくれた人は今までいなかったからだ。

 むしろ、その逆ばかりだったので、女性は恥ずかしさで無言になってしまう。


「と、ところで、この人たちはどうするの?」


 気まずい空気に耐えかねて、歩が倒れている襲撃者たちを指さす。


「え? そ、そうですね……。 警察に引き渡します」


 少し思案した後、女性が答えた。

 恥ずかしさよりも、今しなければならないことを優先したらしい。

 謎の少女に青年。丸腰の相手に刃物で襲うばかりか、あまつさえ殺意のある魔法を行った奇妙な仮面の集団。

 二人が襲われた理由も謎だった。

 色々と問いたいことはあった。

 だが、今は襲撃者たちが目を覚ます前に行動を起こす必要があったし、この騒ぎの中で目を覚まさない少女の件もあったので、警察へ引き渡す以外に方法はなかった。


「まずは私の家に行きましょう」

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