第18話 交わる、戦火
「あれは、金色の魔女!」
誰かが悲痛な叫びをあげる。
その名を聞いた途端に戦意を喪失する者、彼女の放つ殺気に体が動かなくなる者など、混乱が広がっていた。
「全く、この程度の連中に私を駆り出すんじゃないわよ」
マハルは苛立ちを露わにしながら、隣にいる軍服姿の偉そうな中年男を睨む。
「君がいるお蔭で迅速に事が運べるのだよ。そう思うだろう、六道の娘?」
丹念に蓄えられピンと張った口髭を指でいじりながら、男が隣りにいる六道亜紗に確認を求める。
「……魔法省長官のおっしゃる通りではないですか」
亜紗が淡々と答える。
その返答が気に入らなかったのか、魔法省長官は鼻を鳴らす。
苛立ちをぶつけるかのように、国家の重要施設に入った不法侵入者たちに言い放つのだった。
「ともかく、貴様らはこの立入禁止区域に入った時点で、国家反逆のテロリスト同罪なのだ! 魔法省長官であるヒディンズの名において命ずる! 全員引っ捕らえよ!」
その言葉を合図に、奥から軍の特殊部隊が出てくる。
その数、零の部隊の倍。
皆一様に頭部と全身を特殊なスーツで覆っていた。その機敏かつ統制のとれた動きは、相当の練度と修羅場を経験してきたことが伺える。
「あれは?」
「この国の中でも対魔法使に特化した軍の鎮圧部隊です」
歩の疑問に沙良が静かに答える。
鎮圧部隊が展開を終えようとする前に零の部隊が動いた。
零の合図と共に、初めから示し合わせたように、何十発もの拳銃の音が博物館内に響き渡る。
間断なく、零の部隊のうち魔法が使える者が攻撃魔法を加える。
連携の取れた連撃に、さしもの軍も苦戦していた。
「ええい、何をしている! 貴様らそれでも我が国の精鋭部隊か!」
長官が苛立ちを露わにして叫ぶ。
「お言葉ですが、拳銃の発射スピードは一般的な魔法の発動時間よりも短いですからね。それに、敵の部隊の練度と連携も素晴らしい。……と言っても、この状況は長くは続きませんよ」
時折、流れ弾のように来る魔法を軽く防ぎながら、亜紗が冷静に分析する。
「冷静に分析してないで、君も加勢したまえ!」
長官の厳しい叱責にも亜紗は涼しい顔をしている。
ちょうどその時、零の部隊の2人が亜紗と長官のいる場所へ肉薄してきた。
「な……」
「やれやれ」
怯える長官とは対照的に、亜紗は表情を崩さない。
敵の銃口は既に長官をロックオンしている。
空間を引き裂く銃声――だが、それが標的を撃ち抜くことはなかった。
不可視の障壁に阻まれて、銃弾が止められている。
その先にいる長官の顔は真っ青だったが。
「対処法を考える時間は十分もらったよ」
亜紗が手を前にかざす。
「飲み込め」
亜紗の短い言葉と共に、巨大な黒い球体が敵の1人を飲み込んでいく。
残された1人は何が起こったか分からず呆然としている。その背後には黒い球体が不気味に迫っていた。
一方、歩たちにも戦火は飛び火していた。
魔法と拳銃が入り乱れる中、歩の近くにいた零の部下の1人が短い呻き声をあげ倒れる。
まだ息はあり、立ち上がろうとするが、軍が止めをさそうと魔法を発動させた。
眩い白光の矢がその体を貫かんとする――
「くっ」
歩が咄嗟に体当たりした衝撃で相手を魔法の射線上から押し出したものの、自身の体が白光の餌食になろうとしていた。
体を捻り躱そうとするが、魔法の攻撃範囲をあまり理解していない歩は魔法の矢に一瞬触れてしまう。
「っ!」
歩の体に痛みが走る。体の内部をえぐられるような感覚に歩は思わず顔をしかめた。
だが、すぐに体の違和感に気付く。
貫かれたはずの箇所に目をやると、外傷が全くなかった。
(これは……やっぱり)
軍が舌打ちをし、歩の方を先に始末しようとする。
「させません」
魔法を唱えようとする前に、沙良が放った魔法の矢が敵を貫く。
「……お兄様」
沙良が兄の表情を伺う。
歩が魔法の攻撃を受けている間に、戦況が変化していた。
亜紗の予想通り、零の部隊は始めこそ軍と互角に戦えていたが、同じ手が何度と通じる相手ではない。数で上回る敵と練度の差に少しずつ押され始めていた。
歩を助けた沙良は、零を敵の魔法攻撃から守るだけでなく、仲間のサポートもしていた。派手ではないが、彼女の働きがなければ部隊はもっと早くに瓦解していただろう。
「沙良」
「分かりました。みんな、お兄様のことを頼みましたよ」
零の身を護っていた沙良が、周りに数名の護衛を残し前線に出る。
目標に向けて歩きながら、通り道にいる軍の特殊部隊を魔法で次々と倒していく。その鮮やかな手際は、彼女が魔法使として一際優秀であることを物語っていた。
「大人しく投降した方が身のためだよ」
また1人、亜紗が零の部隊を漆黒の魔法で追い詰める。
降伏勧告をするも、最後まで抵抗の意思を示す敵に、
「残念だ」
小さく呟くと、黒い魔法の球体が相手を躊躇いなく飲み込んでいく。
亜紗の表情は、自身の不気味な魔法と同じく、感情がまるで読み取れない。
不気味な音を出しながら、黒い球体が敵を完全に飲み込もうとする間際――光輝く矢が亜紗の魔法を貫いた。
「!」
闇を光で打ち消したかのように、黒い球体が霧散する。
魔法が悲鳴をあげて消えたようにも見えた。
「属性魔法を扱えるのは、あなただけではないんですよ」
亜紗の前に現れたのは沙良だった。
普段穏やかだが、芯の通った瞳の奥には激情が燃えている。
つば広の帽子を被り、黒いローブを身に纏いながら、魔法杖を振るう様子は童話に出てくる魔女の姿そのものであった。
「……一条沙良か」
亜紗の瞳が初めて警戒の色を出した。




