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となりの世界は魔法世界  作者: きの
第1章 2つの世界
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第16話 戦いの、前夜

 同時刻――ある屋敷の1室にて

 せわしなく部屋の中を歩き回っていたのは、グレッグであった。


「まさか、議会の半数が買収されていたとは……」


 襲撃の後、火急の要件である議員に呼び出されたグレッグを待っていたのは、軟禁であった。特に危害も加えられず、待遇もVIP並であったが、屋敷の外に出ることだけが出来ない。

 シアを連れて行ったのが不味かった。隙をつかれ、人質に取られたのだ。

 助けは呼んだが、少なくとも明日の朝までは何もできない状況であった。


「歩よ、早まるなよ」


 グレッグが心配していたのは、シアだけではなく歩もだった。

 彼の中で歩に何かを感じ取ったのだろう。

 綺麗な月夜を見ながら、祈ることしかできないのであった。



 歩が目を覚ますと、その先には見慣れた天井が見えた。もしやと思い、念のため、辺りを見回す。

 間違いなく元いた世界の自分の部屋だと確信した。


(戻ってきたのか……?)


 ふと枕元を見ると、見覚えのある女性もののハンカチが置いてある。


「!」


 急いで窓を大きく開け放つ。

 強い風が流れ込んでくる光景は、昨日みたものと全く同じだった。


(まだ夢の中にいるのかもしれない。でも、そんなことは今は……)


 歩は財布に入れていた名刺を取り出す。


「覇道麗羽か」


 歩は呟きながら電話をかける。

 頼るべきにしては、余りにも関係性が浅いが、今は他に適当な人物がいなかった。

 何回かコール音が鳴った後、


「はい、覇道麗羽ですよ~」


 少し間延びした京都弁が聞こえてくる。


「一条です。今日お会いできませんか?」



 結果的に麗羽と会う事は叶わなかった。


「堪忍なぁ。今日はこれから外せない用事がありまして」


「大丈夫です。お話ししたいことがありまして……」


 歩がシアの誘拐と零が行おうとしていることを端的に話す。


「なるほどなぁ。あの一条家がそんなことになってるとは」


「向こうの一条家のことを知ってるんですか?」


「ええ。ほんの十数年前まで名家の1つでしたから」


 自分と同じ名前が名家と聞いて、歩が少し複雑な顔をした。

 歩の顔を見れない麗羽は、歩の表情に気付くことなく話を続ける。


「ご両親が魔法省と大規模な不正取引をしているのがバレて、両親は捕まり、家も取り潰しになったんですよ」


「子供達は?」


「子供は親戚の所に預けられた筈です。ただ、折り合いが悪く、たらい回しにされた挙句、途中で家出しはり行方不明と聞いとりました。まさか、国家転覆を企てていたとは……」


 電話越しにブツブツと小さな声で麗羽が考えを巡らせている。

 やがて、思い出したかのように声をあげた。


「そういえば、一条零が最近田舎の村を買ったという情報がありましたなぁ。もちろん、本人名義ではないですが」


「村ですか?」


「大方第2のアジトにでもするつもりだったのでしょう」


 引っかかるものを感じながらも、歩はまず目の前の危機の回避へ動いた。


「今回の一条零の件、何とか止められませんか?」


「時間が無さすぎて軍や警察はあまり動かせへんと思いますが、代わりに世界最強の人を呼べるかもしれません」


「世界最強?」


 歩が眉を寄せる。

 その表情とは反対に心臓の鼓動は早まっていた。

 少し間を置いた後に麗羽が、その人物の名を告げる。


「マハル・イノーレンツ。こちらの世界での名は、一条真春。歩さんのお姉さんです」



 夜になり、ベッドの中で思索する歩の姿があった。

 その傍らには写真立てがあり、父母と姉、歩が写っていた。

 歩の視線は真春の胸元に注がれている。

 そこにあるのは、小さな古ぼけたネックレス。写真から見るに大分年月が経っているように見える。

 更に、真春の容姿や雰囲気とのギャップでネックレスが浮いて見えた。


(確かあれは、初めて給料を貰った日だったな)


――数年前

 歩が養父母の洋菓子店で働き始めてから、初めての給料日を明日に迎えようとしていた。

 その日の仕事が終わった歩は、いつもより高揚とした気持ちで洋菓子店の3階にある自分の部屋に向かっている途中、隣の姉の部屋の扉が半開きになっている事に気づく。

 なんの気なしに中を覗くと、あの天下無双の姉がいつも首から下げているロケットペンダントを見て、物思いにふけていた。


「姉ちゃん、何見てるの?」


「ん、ちょっとね」


 ふいに掛けられた歩の言葉に真春は驚くことなく、答えた。

 そして、直前まで見ていた古ぼけたペンダントをしまう。


(そうだ、せっかくだし……)


 歩はあることを思い付くのであった。



 翌日、姉の部屋をノックする歩がいた。


「良いわよ」


 許可を取り部屋へ入る。

 6畳ほどの大きさの部屋は、相変わらず飾り気がまるでなかった。

 大きな窓の傍にベッドがあり、机と本棚がある位だ。

 成人しているとはいえ、女性らしい小物や、可愛らしいぬいぐるみの類が一切ない。

 唯一ある化粧台がなければ、女性の部屋だとは思われないだろう。


「どうしたの?」


 問いかける真春の様子はいつもと変わらない。


「初給料が出たから、姉ちゃんにプレゼント」


「え……」


 真春は戸惑いながらも、差し出されたプレゼントを受け取る。


「開けて良い?」


「うん」


 包装紙を開け、中身を取り出す。

 出てきたのは、銀色のロケットペンダントだった。


「これは……」


 歩からのプレゼントを持ち上げる真春の手は震えていた。

 気に入らなかったのか。その事に怒り震えているのかと、歩は初め思った。

 だが、どうにも違うらしい。真春はそのままペンダントを胸に抱きしめ――その目には涙が滲んでいた。


「ね、姉ちゃん?」


 長年一緒に過ごしてきた姉の泣く姿など、滅多に見たことがない歩は狼狽していた。


「違うの。あんた、今日が何の日か知ってる?」


 一瞬、給料日と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


「……ごめん、分かんない」


「今日はね、……あんたの姉になった日なの」


「……そうだったんだ。ごめん、覚えてなかった」


「良いのよ」


 真春が涙を拭う。

 いつもと違う姉の様子を目の当たりにして、オロオロと慌てる歩に対し、真春はただ優しく歩を抱き締め、耳元で囁いた。


「ありがとう」



(あれが19の時か。それから、ちょうど2年後に姉ちゃんが突然いなくなったんだ……)


 ベッドで横になりながら昔を振り返るが、意識は魔法世界にも向けられていた。


(明日が勝負か。必ず姉ちゃんとシアを取り戻す)


 その時、携帯のメールを到着する着信音が鳴った。

 歩が差出人を見ると、亜紗からである。

 件名は『さっき連絡を受けた件』。メールの本文を見て、歩は自分の推測の方向性が間違っていないことを確かめた。

 来るべき戦いに備え、瞼を閉じる。

 大きな決意を胸に秘めながら……。

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