第12話 誰だ、君は
扉を開けると、眩い光に視界が覆われる。
目を見開いた先は別世界だった。
「これは……」
歩が立っていたのは、地下室全体を見渡せる高所であった。
眼下に見える景色に思わす声を出す。
薄暗い地下道とは違い、明るいライトが全体を照らしている。
何か鉄の塊を次々と吐き出しているベルコトンベア、鳴り響くせわしなく動く機械の工作音、息をすると流れ込む機械油の匂い。
扉の先は、大きな地下工場であった。
「一条さん、進む前に扉の横にある機械に手を触れて貰えませんか? 登録をしないと、対侵入者の魔法トラップが発動して大変なことになります」
沙良の柔らかな声色が聞きながら、言われた通りの方を見ると、今で言うタッチパネルに似た機械があった。
言われるままに手の平を機械に置く。
すると、数秒の後、機械から無機質な合成音が発せられる。
「もう手を放して頂いて大丈夫ですよ」
沙良の言葉に歩が手を離す。手の平を不思議そうに確認するが、特段何かをされた様子はなさそうだった。
歩が手の平をしきりに気にしている間、沙良が周りに指示を出す。
「皆さんは持ち場に戻って、作業を続けて下さい」
その言葉を合図に、ローブの一団が沙良に頭を下げた後、各々工場内に散っていく。
2人きりになったところで、沙良が歩の方に向かって微笑んだ。
「では、行きましょうか」
「行くってどこにです?」
「私たちのボスのところへ」
地下工場内を進む途中、手近にあるベルトコンベヤーから出てきたモノの形を見て歩が一つの確信を持つ。
(拳銃か? それだけじゃない。大量の火薬の匂い。何をする気だ? 何にせよ、ここまで見せられた以上……)
1つの考えに至ったが、沙良の言葉に思考が遮られる。
「一条さん、着きましたよ」
彼女が止まった先には一枚の扉があった。入口にあった分厚い扉とは対照的なごく一般的なドアである。
「この部屋の向こうにあなたを呼んだ人がいます。中にどうぞ」
扉を開けるように促した沙良であったが、歩が酷く緊張している様子に気付く。
顔が青白く、嫌な汗が額に流れているのが傍目からも見て取れた。
尋常ではない。
その様子を見て、沙良は初め目を見開いたが、次の瞬間には思わず小さな笑みを浮かべていた。
一方の歩は、逡巡した後ドアノブに手を掛け、大きく深呼吸をしながら、ゆっくりノブを回す。
思いの外大きく鳴ったラッチと共にドアが開け放たれた。
そこは6畳ほどの簡素な事務室だった。
節約なのか、明かりが少し弱い。
中に入って正面に来客用のソファと机があり、奥にこの部屋の主の物と思われる簡素な事務机がある。
部屋の主人は視界にはいないようだった。
部屋の左右には、天井まで備え付けられた書棚があり、大小様々な種類の本がぎっしりと詰まっているのが見て取れる。
「ほぅ、もう来たのか」
本棚の端から声が発せられる。
目を向けると、部屋の隅にこの部屋の後ろ姿が見て取れた。
「もう、本を読むなら明るくして下さいと、いつも言っているではありませんか」
背後から怒った声がするのと同時に、沙良が歩を押しのけるように部屋へ入る。
手を扉の横にある小さな端末状の機械にかざす。
入口にあった機械のコンパクト版といったところか。
一拍の後、機械が沙良の手に反応し淡く光る。
すると、まるで神経が通っているかのように、部屋全体に淡い光が伸びていき、弱かった照明が眩いまでの明るさを取り戻すのであった。
「どうやら俺たちは当たりを引いたらしいな」
「ええ、わたしも初めて見た時は心臓が止まりましたよ」
歩はその声にどこか違和感を覚えていた。
――なぜ
部屋の主が歩の正面を向き、その姿を現す。
――ありえない
男の顔を見た瞬間――
呼吸が、
心臓の鼓動が、
思考が停止する。
世界が静止しているのではないかとさえ思える静寂。
「君は誰だ?」
歩が思わず目の前の男に問い掛ける。
「誰? お前が一番分かっているだろう?」
スーツ姿の男がニヤリと笑う。
男は歩と瓜二つの容姿――いや、一条歩そのものであった。
違いといえば、片方が眼鏡を掛けていることくらいだろうか。
眼鏡を掛けた男の眼光が鋭く光る。
その眼差しには、過去に壮絶な経験をしたとしか思えないような鋭さがあった。
静止した時間の中で、歩と寸分違わない声が部屋に響く。
「ようこそ、この世界へ。もう1人の一条歩」




