十六、相互監視
飯野正はその日、とても疲れていた。その日は日曜日で、充分な休憩でリラックスして仕事で溜まったストレスを解消できるはずだった。ところが、ある事件の所為で彼は精神的にとても疲れる事になってしまったのだ。
疲れた頭で、彼は『ご近所付き合い型コミュニティサイト“和やか”』が「人間関係によって生じる“煩わしさ”はできる限り抑えるようなシステムを目指している」と謳っている事を思い出していた。そしてそれから、その意味について彼は深く考えたのだった。
“確かに、このSNSは良い人間関係を築く為のシステムを持っているのかもしれない。だが、それは……”
その事件が起きたのは、日中の事だった。小学生の田宮学が、村井琴という老婆の家からお金を盗んだというのだ。もっとも村井琴自身は、「盗まれた」とは証言していない。単に「なくなった」と言っているだけで、それを「盗まれた」と解釈したのは、周囲の人間達だった。
田宮学は村井琴の家で、年下の立石正一と遊んでいた。村井琴の金が消えたのはその時の事だ。一緒に遊んでいた立石正一が疑われず、彼だけが疑われたのは立石正一がまだ幼いというだけでなく、彼の家が貧しいという事もその一因になっていた。田宮学は非常に確りしており、優しく、真面目で、とても盗みなどしそうには思えなかったが、それは彼の疑いを晴らしてはくれなかった。それどころか、その所為でその事件は注目を集めてしまい、彼を益々辛い立場に追い込んでいた。
飯野正がその事件を知ったのは山中理恵という女性から相談のメールを受け取ったからだった。彼女は「田宮君が盗みをするなど信じられない」と主張し、この地域の“顔”の一人で、良心的な性格の彼に助けを求めたのだ。だから彼がその事件を知った時は、既に田宮学は犯人扱いされていて、そうなるに至った具体的な経緯を彼は知らなかったのだが、山中理恵のメールを読む限りでは、どう考えても証拠不十分だとしか思えなかった。
飯野正が村井琴の家を訪ねると、たくさんの大人達に囲まれた田宮学は、酷く不安そうな顔でそこに固まっていた。彼は非常に大人びた子供で、平素は落ち着いており、そんな表情は滅多に見せない。精神的に相当に追い込まれているのは明らかだった。
「ああ、飯野さん」
古野という中年男性が、やって来た飯野正を見てそう言った。その言葉で、皆が飯野正に注目する。その中には山中理恵の姿もあり、彼に縋るような視線を送っていた。こんな大騒ぎになっているのに、田宮学の父親の姿は何処にもなかった。聞けば、休日出勤しているらしい。
もっとも、田宮学の父親はあまり近所付き合いをしていないから、ここに来てもあまり役には立たないかもしれないが。
飯野正はまず皆から具体的な話の内容を聞いてみた。山中理恵が田宮学の味方であるのは明らかで、彼女の説明だけでは客観性がないと判断したからだ。
村井琴はその日、田宮学と立石正一を家に呼んでいたらしい。お菓子を貰ったので、彼らに分けてあげていたのだ。彼らがお菓子を食べている間、彼女は少し席を外した。それから戻って来て、彼らに少ばかりしお小遣いを上げようと、お金を置いてあるタンスの引き出しを開けてみると、そこからお金が消えていたのだという。
村井琴の証言によると、そこには小銭だけでなく相当の額が入れてあったらしい。子供にとってはもちろん、大人にとっても大金だ。村井琴のその“タンス貯金の喪失”を他の大人達に報せたのは、他でもない田宮学本人だった。その事実からして、彼が盗んだ可能性は低いように思えるのだが、彼を犯人だと疑う大人達はそれすらも計算高い彼の策略だと思っているようだった。
確かに田宮学は頭の良い子共だが、流石にそれは考え過ぎだと飯野正は思った。ただ、彼にとって悪い条件もある。どうも田宮学はそこに村井琴のお金がある事を知っていたらしいのだ。村井琴は不幸な境遇にある田宮学に同情しているからなのか、頻繁に小遣いを与えており、彼はそこから彼女がお金を取り出すところを何度も見ているのだという。
因みに、一緒にいた立石正一は「何も見ていない」と言っているが、彼は一度トイレに行っているので、その間でなら金を盗む事は充分に可能だ。
「素直に言えば、今なら許してくれる。さぁ、正直に言ってお金を出すんだ」
男の一人が、田宮学に向かってそう言った。完全に犯人扱いだ。確かに最も怪しいのは彼のように思えるが、それだけで犯人だと決めつけるのはいくら何でも浅慮が過ぎる。少し考えると飯野正はこう言った。
「ちょっと待ってください。そもそも、この家に出入りしている人間は他にはいないのですか? それに村井さんが、最後にそのお金を見たのだがいつなのかも確かめないと」
すると別の一人がこう言う。
「それなら確かめてあります。昨日、村井さんの息子さんが来て、そのお金の話をしたそうで、その時にいくらあるか確認もしているらしいです。それと、この家に出入りしたのも、この子達以外では、その息子さんだけだったそうですよ」
それに続けるようにして村井琴が言う。
「確かに息子は来ていたけど、お金の話は、わたしゃ、よく覚えていないだけどねぇ。した気もするけども」
それを受けて、別の一人が補足する。
「村井さんは忘れてしまっているようですが、久慈さんが村井さんの息子さんと世間話をしていて、その話を覚えていたんです」
それを聞いて、飯野正は違和感を覚えた。
「なんか変ですよ。村井さんが忘れているのなら、その話の根拠は久慈さんからのまた聞きだけって事になりますよね?」
そして口を開くと、その違和感があるからなのか自然とそんな言葉が出て来た。
「じゃ、まず、その息子さんに話を聞いてみるのが一番じゃないですかね? その時にお金を確かに見たのかどうか」
すると、集まっていた大人達は顔を見合わせた。言葉にせずとも、彼らの表情は「そこまでする必要があるのか?」と主張していた。飯野はため息を漏らす。もしも、これが冤罪だったなら、まだ小さい田宮学の心をどれだけ傷つける事になるのか、まるで分かっていないのだ。
怒りを覚えた飯野正は、彼らの返事を待たずに村井琴にこう言った。
「息子さんと話をさせてもらえますか? 僕が確かめてみます」
村井琴はそれに素直に応じる。携帯電話を取り出すと、ボタンを押し息子にかけて、軽く説明してから飯野に渡した。飯野はその息子に事情を一から説明する。彼が説明をし終えると、村井琴の息子は大きな声でこう言った。
「そんな事が起きていたんですか? それはうちの母の勘違いですよ。いや、忘れちゃっているんだ」
「え?」
「うちの母のタンス貯金は、今は全て銀行に預けてあります。僕が昨日、大金をこんな場所に置いておくのは危なすぎるって言って貯金したんです」
その話を聞きながら、飯野は違和感の正体に思い当たった。例え気を許している相手だからと言って、大金を無防備な家の中に置いている事を、村井琴の息子が平気で他人に話すとは思えない。その時は既に銀行に移してあったか、それから移すところだったと考えるのが妥当だ。
「その話は本当ですか?」
再度、飯野はそう確かめる。村井琴の息子は淀みなく応えた。
「本当ですよ。ここ最近、母はちょっと忘れっぽくなってしまったんで、不安になったもんだから説得したんです。まさか、その事まで忘れるとは思いませんでしたが」
それを聞き終えると、飯野正は明るい表情で皆に向かってこう言った。
「皆さん。真相が分かりましたよ。田宮学君は無罪です」
突然のその言葉に、一同は非常に驚いた表情を見せた。
田宮学の無罪が分かると、直ぐに場は和やかな雰囲気になった。田宮学が犯人であるかのように言っていた大人達は、それをすっかり忘れてしまったかのように「いやぁ、良かった良かった」などと口々に言っていた。自分達の事は棚に上げて「村井さんも人騒がせなんだから」と言っている人もいた。
飯野正本人は解決したのは偶然で、自分はほとんど何にもしていないと思っていたのだが、山中理恵からは「流石です。飯野さん」と褒められた。田宮学は普段通りの大人びた子供に戻っており、彼に対して「ありがとうございました」と言って礼をした。
家に帰ってから、彼は今回の件について考えた。
父親に問題があり貧乏な田宮学は、同情を受ける一方で、多少は偏見の目で見らていたのだろう。その“醜い部分”は普段は世間の裏に隠れているが、このような偶然の切っ掛けで、簡単に表出してしまうのだ。
考えながら、彼は『ご近所付き合い型コミュニティサイト“和やか”』を軽く閲覧してみた。田宮学が無実の罪だった事がニュースとして、既に広まっていた。もちろんそれは良い事なのだろう。だが、同時に彼は底知れない恐怖のようなものも感じていた。
「監視されているみたいなもんだな、こりゃ」
SNS“和やか”では、普通のネットと違って本名も現住所も明らかになっている。いや、どれどころか、その気になれば、直ぐにでもネットで交流している相手に会いに行けるのだ。だから、匿名性の高い普通のネットのような気楽さがない。しかも、何かをすればあっという間にそれが広まってしまう。更に人間関係に問題が生じれば“評価システム”によって、直ぐに数値としてそれが分かってしまう。だからこそ、個人個人が、常にそれに注意しなくてはならない。
SNS“和やか”のスローガンは、『相互補助』と『相互許容』であるらしい。お互いに協力し合い、お互いに許容し合うというのがその理念だ。だが、或いはそこにはもう一つ付け加えるべきなのかもしれない。そんな事を飯野正は考えた。
『相互監視』
それが、SNS“和やか”の隠れたスローガンなのだ。それによって、地域社会は良好に保たれている。
それから彼は嘆息すると、「まぁ、メリットもあればデメリットもあるのが普通だよな。やっぱり」とそう独り言を言った。
もちろん、人と人が分断されている社会というのは明らかに問題だ。不効率で、生活は苦しくなっていく上に治安だって悪化するだろう。しかしそれでも飯野正は、このSNSが普及する前の、孤独だが気楽さがあった地域社会を懐かしく思っていた。いったい、どちらの方が自分にとって住み心地のいい社会と言えるのか、それは永遠に答えの出ない問い掛けなのだろう。
人間は協力し合っているのと同時に、競争し合っている。だから恐らくは、人間関係を良好に保つというのは難しいのだ。そんな煩わしいものに関わるくらいだったなら、深い付き合いなどなくていい。
つい、そう思ってしまうのは、やはり人間の性を考えるのなら、仕方ない事なのかもしれない。




