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スキル:ゴミ屋敷

作者: かずっち

 齢70を迎えた。

 今年、晴れて成人になったワシは、観光がてら遠く離れた首都の神殿にスキルを授かりに行く。

 13歳、15歳と、成人と認められる年齢はその地方によってバラバラだ。

 ハーフエルフを祖に持つワシらの地方では、先祖の血が薄れ長寿がめっきり減ろうとも70歳までは半人前。遠慮なくお年玉が貰える。

 成人した頃にはすっかり枯れている者の多いワシらの地方にとっては各地に伝わる夜這いの習わしの方こそ理解しがたい。まあ風習とはそんなものだ。


 電車を乗り継ぎ、早速神殿に到着した。

 スキル授かり所への道順は案内札を見ればすぐに分かった。

 この神殿を担当する神々は情け深いと評判で個人の資質や雰囲気に似合いのスキルを授けてくれるらしい。


 スキルを授かるための長い行列の最後尾に並ぶ。十代、二十代の中、ワシだけが浮いていた。

 付近の若者達は怪訝な顔をするが、巫女服のスタッフがワシの村の名前、それに次いで祝いの言葉を述べると、皆が平静さを取り戻した。

 ワシの村の存在とその事情を知っていること、なにより厄介な老人扱いされなかったことにワシは巫女、神殿共々に好感をいだいた。


 一時間ほど待たされてやっとワシの番になった。

 神官が不正を監視する中でワシは抽選箱に手を突っ込み、祈りを込めつつ箱の中をかき混ぜる。後は神のお導きだ、ろくに迷わず適当な紙を掴み上げた。


 二つ折の紙を自分で開く。そこに書かれていたのは、”スキル:ゴミ屋敷 担当:拾う神”

 スキルを見た途端、報道で良く見るアポなしインタビューを受けるモザイク処理された人物と自分の姿が渾然一体化し始め、手は震え血圧が急激に高まった。

 ワシは周りに迷惑をかけるためにスキルを授かりに来た訳じゃない。

「いいいいらんわ! こんなモノ」

 それを捨てることはできない!

 怒りに任せ紙を床に叩きつけようとするも、紙が不思議な力で指にまとわりついてくる。何度手を激しく振ろうとも一向に離れる気配がない。

 このままではワシは磁石の如くゴミに好かれし男、ゴミニートと話題になってしまう。

「拾う神とは誰のことじゃ?」

 今週のゴミ当番なのか、恐れ多くもあやふやな神の真名が知りたくてワシは神官に詰め寄った。


「じじい、用が済んだら早くどけ!」

 そうこう揉めている内に、待機列の先頭から三人目の若造が怒鳴り声をあげた。

「もう一回言ってみろ。なんでだよ。なんでだよ。フフフ、悪いけどそういう人に譲りたくないわ、残念だったな!」

 ワシは早口で捲し立てた。若造から一発殴られたが言いたい事を全て言い切った満足感が痛みを和らげる。


 神官が若造をなだめている内にワシは神殿から逃げ出した。

 やれやれ荒れた成人式になった。

 ペナンス! 名も知らぬ爺さんよ、年をまたぐ前に仇は取ったぞ。

 神殿での狼藉だ、碌なスキルにありつけん筈。そうとでも思わねば殴られ損じゃ。


 汚い街だ。ゴミが語りかけてくる。壊れた傘を拾いますか?

 依然捨てられぬ紙の注意書きによればスキルを変えるか消すのには金が掛かるらしい。

 1000ゴールドもの大金だ、とんだマッチポンプではないか。

 いやしかし、当の神殿からスキルを授かり終えて出てくる人々は皆一様に満足げな表情をしている。

 ここは評判通りの神殿で、ワシにはゴミ屋敷がお似合いということか。


 ともあれ、さっきからゴミの輪唱じみた声がどうにもうるさくてかなわん。

 特に今の時期、年の瀬に大量廃棄される鶏の肋骨のアピールのしつこさは指に付いた油の如しだ。期待されてもワシに骨細工のスキルは無い。

 早くこの忌々しいスキルをなんとかせねばノイローゼになりそうだ。それを解決するのが金じゃ!

 ここはひとつ、生まれて初めてのギャンブルでビギナーズラックと洒落込もう。


 丁度、近くのコロシアムで剣奴の賭け試合があるらしい。

 オッズは1.5対120.0。年末最後のジャンボマッチとの触れ込みで、税金対策なのかは知らんが主催者側の赤字覚悟の大甘オッズだ。

 当然ワシは大穴狙い。10ゴールド賭ければ多少のオッズ変動があろうとも当たれば目標1000ゴールドは固い。


 せっかくの初体験だ。手頃なランクの入場券をBETとは別途購入し、コロシアム内で試合を観戦しよう。

 胸当てと兜のみ防具として身に着けた二人の男が、抜き身の西洋刀で戦い合う。戦いは片方が戦闘不能になるか負けを認めるまで続く。

 ワシの賭けた男は一見善戦している様でいて、守りに隙が多い。

 埋められぬ実力差、相手が本気を出せば見る間に劣勢に立たされる。

 いつのまにか剣は手元を遠く離れ、留め具の壊れた胸当ては用をなさず、見事な袈裟斬りには鮮やかな血しぶきで応え、男は地に伏した。

 所詮は大穴じゃ。いい夢を見させてもらった。

 

 コロシアムのあちこちで宙を舞う大穴狙いの投票券。

 その紙吹雪全てが異口同音にワシに問いかける。投票券を拾いますか?

「いるかー!」

 兜を外し端正な顔立ちを得意げに晒し、両手を掲げ闘技場内を練り歩きながら観客の声援に応えていた男は、ワシの絶叫に呼応するかのように足を止めた。

 男がワシを睨みつける。

 止まぬ歓声、万を超える観客、ワシの声など耳に届くはずはない。達人はワシのスキルに不穏な何かを感じ取ったとでも言うのか。


 倒れていた男がワシに気を取られた男を背後から襲う。隠し持っていた短剣による容赦ない一突き。

 二人の立ち位置、その距離が足を止めた男の生死を分けた。傷が浅い、傷口を押さえた男が反撃する。

 圧倒的な実力差。不意打ちが決まらなければ卑怯な男に勝機は無い。

 勝てばワシに大金をもたらしたであろう男は兜がへこむ程の一撃を食らい無様に尻餅をつき、鋭い剣先を突き付けられ、血の付いた短剣を放り投げて降参の意を示した。

 救護班が勝者に駆け寄る。


 コロシアムが揺れる。興奮でリングに駆け寄る者や、脱ぎ出す者が続出する。言い合いからの殴り合いがあちこちで始まる。

 不意打ちはルール上、問題は無い。

 もしもワシのスキルが無ければ勝利の女神は男、はたまた男、どちらに微笑んだのであろうか。

 ワシは賭けの女神の髪をつかみ損ねただけでなく、勝負に水を差し、大勢の博徒に損させてしまったのだろうか。はたしてそれに気づいた者、ワシに恨みをいだいた者はいるか?

 ワシの行動は早い。恐怖心にとり付かれたワシは座布団で頭をかばいながららそそくさと出口へと続く階段を駆け上がる。


 2,3分でコロシアムから無事に逃げおおせた。エルフ族の末裔として気配を消す術に長けていたのも奏功した。

 夜の街を歩きながら先程の一件を思い出だす。

 ワシを含め会場の誰もが勝負ありと錯覚したあの時、宙を舞った大穴券、大抵のものは破られていたが中には周りにつられてそのままに打ち上げられたものも数多く見受けられた。

 あれを素直にくすねておけば、番狂わせからの一攫千金もありえたのだ。なんとも惜しいことをした。


 その時の情景がトラウマとなって何度も脳裏を駆け巡る。それはまるで洗脳にも似て、時が経つにつれゴミは後々何かの役に、鶏肋が象牙に思えてきた。

 壊れた傘が現代アートに、片足だけの放置サンダルが縁結びに、汚い街が宝石箱に見えてくる。これがスキル:ゴミ屋敷の真骨頂か。

 ゴミが段々恋しくなる。医療ゴミの解禁、ゴミによる村起こしを一人画策する。


 夜風に晒され馬鹿げた妄想から一周まわって冷静になる。ゴミそのものには幻覚を見せる程の常習性がないのも幸いした。

 捨てられぬハズレ券を見ても賭けで取り戻そうなどという考えは起きない。

 しかしまだまだ使えそうなゴミを見るにつけ、いずれワシは誘惑に負け収集癖に歯止めが掛けられなくなる。そんな日が来るのだという確信めいた不安に駆られるのだった。

 あゝ家に帰るのが怖い。家をゴミ屋敷にしたくはない……。


 あれからワシは旅を続けている、年の瀬の大掃除の喧騒から逃れるように。

 道中やむにやまれずに拾った、捨て猫、ミドリガメ、クリスマス前に捨てられた恋人たちを友に迎えてワシらは天竺を目指す。断捨離の極意を会得する為に。

 この齢での艱難辛苦は御免じゃが、四苦八苦の長い道のりになったとしてもしょうがない。

 なぜならワシの煩悩を清め給う除夜の鐘はもう無いのだ。

 近所迷惑との苦情を受け、この世から消えて久しい。


  (完)

実在する個人・団体等とは一切関係ありません。

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