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延長終了

 案の定、少年はその後も延長を繰り返した。

 短い命であることに同情はするが、同じやりとりを何度も何度も繰り返されるのはさすがに嫌気がさしてくる。上司も“またか”という顔を見せるようになってから、もう随分経っていた。

 “終わり”にしよう。

 私がそう決意し、少年にそのことを告げようとした日――


「あと二ヶ月、待ってくれないかな」

 思ってもみなかった言葉を少年が口にした。

「……理由は?」

 本当は、訊く必要などない。もう延長を繰り返すのは終わりだ。理由がなんであれ、それは変わらない。しかし、いきなり延びた期間の理由が気になった。

「ずっとやってたゲームが終わっちゃうんだ」

 寂しげな少年の言葉に合点する。二ヶ月もかけたイベントがあるのかと思ったのだが、違ったらしい。

「だからお願い。あと二ヶ月、生きさせてください。最後までやりたいんだ」

 手を合わせ、少年は初めて必死な顔で懇願してきた。

 きっとその二ヶ月が過ぎたら、少年は延長をすることなく死を受け入れるのだろう。それは容易に想像できた。

 しかし――


「――もう、遅いですよ」

 少年の顔が愕然とする。そして、泣きそうな顔で無理矢理に笑った。

「そうだよね……、ずっと延ばしてもらってたもんね。ごめんね、無理言って」

 えへへ、と笑った顔は、今まで見てきた笑顔とは根本的に違っていた。

 いつ死んでもいいようなことを言いながら、何度も何度も延長を頼んできた少年。

 本当は、死にたくないんでしょう。そんなこと、わかってたよ。

 ゲームが口実なのか、本当にゲームがやりたかっただけなのか、それは知らないが、少年は“死にたい”なんて思ってなかった。生前の私より、ずっと前向きに生きていた。

 だからずっと、延長を断れなかった。

 でも、それももう終わり。終わることを告げに来た日にこんなことになるなんて、思ってもみなかったけど。

(あーぁ)

 小さく溜め息を落とし、口を開く。

 仕方ない。少年がなにを言おうと、もう変えることはできないのだ。


「……なにか勘違いしているようですが、私が今日ここに来たのは、あなたの魂を刈るためではありません」

 私の言葉に少年が目をしばたたかせる。その反応を無視して、話を続けてやった。

「あなたの寿命を三年延ばしました。今日来たのは、その報告をするためです」

「…………え?」

「正確には、来世の寿命を三年分、移動させてもらいました。本当はいけないことなのですが」

 十三歳という若さのため、特例として認められた。

「来世の運命によっては、生まれてすぐ――いえ、もしかしたら生まれる前に死ぬ可能性もあります。嫌だと言われても、もう戻すことはできません」

 少年の大きく見開いた目が三度、瞬きをした。

「あの……“もう遅い”って……そういう意味?」

「そうですよ」

 先週までに「あと二ヶ月」と言われていたら、そこまでの処置はしなかった。どうせこの先も何度も延長するのだろうと思って処置したら、これだ。

 失敗したなぁ、と思いながら鎌を肩に担ぐ。


「三年後、また迎えに来ます。もう延長することはできませんので、それまでに心残りがないようにしてください」

「え? あ、え? ちょ、ちょっと待って!」

「……なんですか」

 勝手に処置したことを怒られる前に帰ろうと思ったのに、呼び止められてしまった。

「僕は……あと三年、生きられるの?」

「はい。三年後の今日、同じくらいの時間に迎えに来ます。くどいようですが、延長はできません」

「三年後まで、死なないの?」

「ご自身で命を絶たない限りは」

「生きて、いられるの?」

「はい」

 少年の顔に、じわじわと喜びが広がった。

「――ありがとう。ありがとう!」

 心の底から言っているかのような礼に戸惑う。

 三年後でも、彼は十六歳だ。早すぎる死と悼まれて当然の年だ。決して長生きができるわけではない。

 しかも来世の寿命は三年短くなっている。もし来世が蝉だったら、土の中で一生を終える。私がしたのは、そういう処置だ。間違っても、礼を言われるようなことではない。

 それなのに、この少年は泣き出しそうな顔で喜んでいる。


「……そんなにゲームがしたかったのですか?」

 他に理由が思い当たらなくて、そう訊いた。

 少年は、目を涙で滲ませながら「違うよ」と言った。

「最後までゲームができるのも嬉しいけど、そうじゃなくて……あと三年、生きられるってわかったのが嬉しいんだ」

 よくわからない。三年しか生きられないことのどこが嬉しいんだろう。

 本来ならもう死んでいるはずだったのが、三年延びたから嬉しいのか? 

(でもなぁ……)

 やはり、延びたところで十六歳というのが引っ掛かる。首を傾げる私に、少年が笑った。


「ずっと、“いつ死ぬかわからない”って言われてたから、夢とか目標とか持てなかったんだ。頑張ったって、明日死ぬかもしれないんだもん。死神さんは一週間ずつ延ばしてくれたけど、一週間でできるようなことも見つけられなかったし。

 でも――三年あったら、なにかできると思う。なにをするかは、まだわからないけど」

 そう話す少年の瞳は、涙のせいだけでなくきらきらと輝いていた。

 三年――たかが三年だ。たかだか十六歳で死を迎えるというのに、この少年の心は希望で満ち溢れている。

 眩しすぎて目を逸らした。数年前に犯した自分の過ちを突きつけられているような気がした。


「……三年後、お迎えに参ります。それまで、精一杯生きてください」

 逃げるようにその場を離れようとして口にした言葉に自嘲する。

 何十年もあった寿命を投げ捨てた奴がなにを言ってるんだか。この少年は、ずっと前から私よりはるかに前向きに生きているというのに。

「うん、ありがとう! またね!」

 おそらくは素晴らしい笑顔で告げられた言葉には、なんの反応も返せなかった。

 後ろでぶんぶんと手を振っている気配を感じたが、振り返りもしなかった。


 きちんと挨拶をしておけばよかったな、と悔やんだのは後になってから。

 そして、その後悔は三年間ずっと、私の胸の中に留まり続けた。

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