6、ギルド登録はテンプレのフラグ
がやがやと騒がしい店内に足を踏み入れた。
西部劇の酒場に出てくるような扉を勝手にイメージしていたが、何故だかガラスの回転するドアだった。なんかオシャレで物凄く違和感があるのだが……間違ってないかコレ。
荒くれ共が集まるギルドでガラスの扉とか大丈夫なの?と一抹の不安を抱えつつ、しかし表情にはおくびにも出さずに、クールフェイスを装った。
最も、諸事情によりどんな表情をしていようが、意味はないが。
回転扉を通り抜けて室内に入ると、建物の外まで漏れていた声が、徐々に小さくなり、やがて完全に静まる一瞬が生まれる。
静寂の後にやって来たのは、囁き声の小さな波だった。
そして降り注ぐ視線の雨。
見てんじゃねぇよ、ロリコンか。と罵倒したい気持ちを押さえ込む。
ついでに、ドキバクする心臓も気力でもって押さえつけ、"大丈夫"と心の中で唱えた。
いける。やれる。私は強い子。
誰にもバレないように奥歯を噛み締めて、私は一歩を踏み出した。
目標は斜め右方向。
横長のテーブルに受付とかかれたプレートが置かれた窓口へ。
可愛いお姉さんか、マッチョなお兄さんか、平凡なお兄さんかを選べるらしいが、ここは可愛いお姉さんを選択しましょう。
ハジメテなので優しくして欲しいです。
因みに三つも窓口があるのに、一番列が出来ていたのは真ん中のマッチョなお兄さんのところで、その次が平凡さんでした。
理由を知りたいとは微塵も思いません。
一番奥の窓口に近づいて、お姉さんを見上げた。
お姉さんの可愛いほっぺたが引きつってましてプロとしてはどーなの?って思わないでもないが、気持ちは十二分に分かるので見なかったことにしてあげます。
「……登録をしたい」
「はっ……!し、失礼しました!当ギルドへようこそ!ご用件はなんでござりますですか!!」
うん。私の声が小さかったのだろう。
お姉さんの口調がおかしい件もスルーしてあげます。
私の格好が動揺の理由の一つになっているだろうから、多少の事には目を瞑るよ。
お姉さん可愛いし。
「ハンター登録をしたい」
「了解しました!それでは登録用紙に必要事項をご記入下さい!はじめてのご登録ですね?字は書けますか?字は読めますか?代筆、代読は登録時のみ無料サービスとなります!依頼受注時の代筆・代読料金はそれぞれ銅貨三枚となりますのでご注意下さい!ギルドカードを紛失した場合、銀貨一枚の発行手数料が発生します!えっと、それからっ、なんだっけ…………あぁ、一度受けた依頼を達成出来なかった場合、報酬に対し約一割の違約金が発生いたします!ハンター同士のいざこざにギルドが介入することはほぼ御座いません!自信がないなら登録しないで下さい!そもそもハンターを狙うならハンターにならないで下さい!ギルドの職員、特に受付嬢を口説かないで下さい!えっと、えっと、他に何か質問はありますか?」
後半大いに私情が入ってましたよね。
なんか、私もいまからマッチョさんか、平凡さんのところに並び直していいっすか?
取り合えず、落ち着けと言ってやりたい。
まぁ、おかげで私の緊張がぶっ飛んだけどな。
「あの」
「は、はい!いかがなさいましたですか?」
「取り合えず、登録用紙を下さい」
「了解しました!こちらが登録用紙になります!必要事項をご記入下さい!はじめてのご登録ですね?字は書けますか?字は読めますか?代筆、代読は登録時のみ無料サービスとなります!依頼受注時の代筆・代読料金は」
「どうもありがとう」
壊れたボイレコみたくなった受付嬢から用紙を引ったくった。
本気で並び直したいと思った私は、気が短いのでしょうか?
それは兎も角として、ここで問題が浮上した。
「やばい、カウンターに背が届かない」
誰にも聞こえない程の小声で呟いた。
気を利かせるべき受付嬢は、延々と私情混じりの説明を垂れ流している。使えねぇ。
回りを見渡せば、丸テーブルと椅子は、イカツイおっさん共に占拠されていた。
仕方ない。床で書くか。
羽ペンを片手に床に蹲ると、背後からプッ!と吹き出す音が聞こえた。
部屋の至るところから聞こえてくる、嘲るような笑い声。
なんか文句あるのか、と思いはしたが、無礼なヒトたちにいちいち関わる気は微塵も……。
「おぃおぃ。いつからここは託児所になったんだ?」
テンプレ来たコレー。
ハンターギルドにはじめて登録するラノベ主人公は、十中八九、三下バカに絡まれる運命なんですよー。
勿論、とっても都合が良いので、私もそのテンプレ展開を利用してやるつもりです。
いたいけな少女に絡んでくるおっさんなど、ひと欠片の慈悲すら与えるに足りないですよね。ぎるてぃ。
ちらりと後方を振り返り、ぷいっと視線を戻して完全シカト。
床に置いた登録用紙を黙読する。
コレで引くなら見逃してあげるよ、おぢさん。
弱いものイジメが好きな糞ハンターは何処にでもいるだろーから、別にコイツじゃなくてもいーし。
誰が見ても完全に此方が被害者とわかる場合まで、事は起こさないであげる。
もっとも、そんな優しさに、気づける程の器なら、最初から幼い少女に絡んで来たりしないよね。
「おいおい。聞いてるのか?お前のことだよおじょーちゃん?」
ぐしゃりっと、登録用紙が靴の底で音をたてる。
わざわざ後ろから前に回ってきて用紙を踏みつけるとか、ご苦労様です。
でも、まだだ。
まだ、手を出すほどの理由にはならない。
「邪魔」
「あ?」
くいっと顔を上げると、男に向かって感情が滲まない声音でいい放つ。
主人公固有スキル、ポーカーフェイスさま大活躍です。
「そこ邪魔だからさっさと退いて」
「おぃおい。口のきき方がなってねぇなぁ。コレだから最近のガキはよぉ。目上の者は敬えってママに教わらなかったのか?」
ぐーりぐーりと用紙を踏みにじりながら、にやにや笑いの男が言う。
周囲の反応はというと、面白がって笑いながら見ている者が七割。我関せずと傍観する者が二割。
残りは、おどおどして狼狽える者や、興味が無さすぎるのか鈍いのかで絡まれイベント事態に気づいていない者、そして自分が信じる正義の為に、幼い少女を助けようとする者などに別れた。
誰が何をしようがどうでもいいが、最後の正義の使者ぶったお節介バカどもに介入されるわけにはいかない。
幼い少女に絡んだ罪の深さ。
この男には己の過ちを後悔させてやらなきゃならないし、コイツを使ってひとつの嘘を真実にしなければならない。
(第一印象は大事ですね。やっぱここでぶちかますか)
少し名前が売れた後でも良かったが、ハンター登録後は全力である程度のランクまで駆け登るつもりだ。
実力が知られていない今だからこそこんな阿呆も絡んでくるのだろう。
チャンスは掴めるときに掴んでおこう。
よし、いくぞ。
「弱者を足蹴にして喜んでいるクズに払う礼儀なんて持っていない」
はい。
ゴングを打ち鳴らしましたー!
身体はチョーハイスペックでも中身は至って平凡な女なんです!
ガクブルしないのは便利スキルのお陰なのです!
内心ビビりまくりですが、愛するローザとキースの為に頑張れ私。
「大体お前の"おいおい"から始まる台詞はなんだ?何処かで聞いたことがあるような何の面白味もない言葉ばかり並び立てて格好をつけているが、恥ずかしいと思わないのか?語彙が少ないにもほどがあるし、オリジナリティにも欠けている。使い古された『他人』の言葉を羅列するしか能がないようだな。こんなところで幼い子どもに絡む暇があるなら、もう一度母親の腹の中から人生をやり直してはどうだ?」
ローザ姉さぁぁぁん!素敵ですっ!
いつもはほんの一言、二言しか喋らないローザさんがメチャクチャ喋ってるよ!
しかもあどけない子どもの声だよ!
ちょっぴりスキルを使用して、中性的な声をつくってはおりますが、小鳥さんのような可愛いらしい声音ですね!
そして、内容がえげつないです。
ハイ!私の所為です。
こんな汚い台詞を純真無垢なローザちゃんに言わせるとかぁぁ!だが、それもまたよし。
さて、投げました。
目に見えない白手袋を投げてやったぜ。ガクブルなんてしてないぜ。
ホントだぜ。
勿論白手袋うんぬんは私の勝手な想像で、実際には手出しは一切していません。
口出しはしたけれどね。
正当防衛が確立するまで、此方からはなにも致しませんよ?
私の言葉にまわりも男も言葉を失う。
そして、じわじわと目の前の男の顔が朱色に染まる。
やーだーなー。
そんなに興奮するなし。
いくらローザ姉さんが可愛いからって8歳児相手に本気になるなよ。
ま。諸事情により、いまは顔が見えない仕様となっております、残念でした。
ローザ姉さんの御尊顔を拝したくば、祈りの日に教会へ赴くのだな。
さぁ、仕上げの一言だ。
「今なら見逃してやるから無様に逃げろ、三下」
ふぅ。遣りきった。
頑張った。
テンプレ男が茹であがったタコのようになっているので、こうかは ばつぐんだ!