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3、夢でなければ

 


 ローザ・フォン・フェルメールには未来がない。


 もっとも、私の愛が足りなくて救いあるエンディングに辿り着けないだけなのかも知れないが、21回にも及ぶクリア回数が示した道は『(キース)に殺される』か『(キース)を殺して世界と共に消滅する』のどちらかだった。


 私はローザをヒロインであると頑なに信じているが、ゲームのタイトルやストーリーから察するに、ローザはもうひとりの主人公という扱いになるのだろう。


『境界のBinary Star』の境界は世界が滅びるか否かの狭間のことで、Binary Starは双子とも記述されるキースとローザを示している。


 ゲームのシナリオは常に主人公(プレイヤー)であるキースの視点で展開されるが、その傍らには必ずローザの姿がある。

 どんなルートに進んでも、彼女の存在は外せないのだ。


 病的シスコン主人公のゲームを創った製作会社のトリッキー具合もさることながら、ガッツリ罠にかかってどっぷり()まっている私も大概なのである。




「待てよ。冷静になって考えると、これはラッキーなのでは?」


 失意のあまり泣きながら廊下を爆走した私は、階段を段飛ばしで降り、エントランスホールを突っ切って玄関から飛び出してそのまま市中へと走り去る……ことは無く、広い庭の奥へと逃げ込んだ。

 緑に囲まれた非常に居心地が良い場所で一頻り泣いた後、はたりと気づいて涙を止めた。


 ウサヒャン……これは、ウサギのぬいぐるみの名前だ。

 噛んだわけではない。


 幼い頃、サ行の発音がちょっぴり苦手だったローザがウサさんの「さ」を二回続けて言えなくて、ウサヒャンと……。

 そのままソレがぬいぐるみの名前になった。


 そのウサギのぬいぐるみのウサヒャンを目の前に翳すように両手で持ち、私は幼い頃ローザかそうしていたように、ぬいぐるみに語りかけた。


「もしやこれはチャンスなのか、ウサヒャン?」


 自分がローザになってしまった為、夢の中でさえローザを攻略出来ないことに嘆いた私だったが、よくよく考えるとこの状態、やりたい放題なのでは?


 うん、そうだよ。

 むしろローザで良かったんだよ!

 神様ありがとー!


 私=ローザ。

 つまりローザは私のもの。

 あんなことや、そんなことや、こーんなことまで自由に出来るのではないか!


「ふ、ふふ……うへへへへっ。なーんで気づかなかったかなぁ私のお馬鹿さんめ♪」

 

 左腕と右腕を交互に上下に動かしてウサヒャンに謎のダンスをさせながら、込み上げる衝動を堪えきれずに高笑い。

 端からみたら頭オカシイ子だが、誰もいないから大丈夫だろう。


「あーはははは!8歳のぴちぴち魅惑のローザ・フォン・フェルメールを私の意のままに動かせるだとー!なんて素敵な夢かしらー!」


 つまり、つまりですよ、全国の『境スタ』ファンのローザLOVEな皆々様!

 私は今、ちみっこなローザちゃんにフリフリレースのスカートを着せたり、メイド服を着せたり、うっかり猫耳を装着させたり、巫女なのにナースもありなんですよ!

 夢だからありですね!


「神よ、感謝します」


 敬虔な信者でもないのに、思わず神様に感謝を捧げるほど、私のテンションはマックスだ。


 ゲーム内でのローザ姉さんは常にパンツスタイルだった。 

 しかも、華やかな色は好まず、パンツもブーツもベルトも武器さえも黒。

 誕生日イベントで、他の女性キャラが華やかな服装をしているのに、主役のローザは黒のパンツスーツ。

 因みに今の私の格好は、シンプルな茶色のロングワンピースのようなT字型の服で、若干体型より大きめだ。

 ウエストの絞りは無く、ゆったりとはしているが、もっさりして見えるし地味だ。


 髪の毛は淡い桜色。

 目の色はヘーゼルグリーン。

 肌は透けるような白。

 将来はクールビューティが約束された少女なのに、なんて勿体ないのか……。


「まぁ、ローザの黒服は喪に服してるからだけど」


 ローザとキースに血の繋がりはない。

 幼い頃に家族を喪ったローザをキースの両親が引き取って、姉弟として分け隔てなく育てたが、ローザの心の片隅にはいつも罪悪感と後悔の念があって、それは埋めることが出来ない穴だった。

 贅沢な食事や、華やかで美しい衣服や、高価な装飾品や、誰かのあたたかな手や優しい眼差しも、自分には過ぎたるものであると彼女は思っていた。

 多くを望まず、常にどこか孤独な目をしていた。

 

 キースはそんなローザを労って彼女の傷に寄り添おうとしたのだけど、結果は21回のエンディングが語っている。

  

 ローザ・フォン・フェルメールには未来がない。


「ま…………これ、夢だし」


 ゲームのローザが信念を曲げて、華やかで贅沢な生活を選ぶとは思えないが、これは私が見ている一回限りの夢だ。

 何度も同じ夢を繰り返し見た経験はないし、恐らく「境スタ」の夢をまた見るなんてこともないだろう。

 毎晩眠る度に境スタの世界を体験(?)できるなら最高ですが、わかってる、奇跡なんざ滅多に起きないからこそ奇跡なんですよ。


 兎に角だ。もう二度と見えないかもしれない「境スタ」の、しかもしかもこんなにリアルな明晰夢を楽しまないでどーするよ?

 

「だよねー。楽しまなきゃ損だよね、ウサヒャン」


 もふもふとウサヒャンの頭をなで、目線の高さまで持ち上げて『うん、そのとうりだよローザ』と一人芝居。


 ふわふわのウサヒャンは手触りサイコー。妙にリアルですが、もしやリアルファー?リアルにウサギさんの毛を使ってます?あ、リアルと言えば、明晰夢ってこんなにもリアルなんですかねー?全く夢っぽくなくてめちゃリアルでさっきからリアル、リアル言い過ぎて、リアルがゲシュタルト崩壊なう。


「夢……だよね、ウサヒャン」


 異世界転生とか転移なんて言葉がちらっと頭の片隅を掠めて行ったけど、まさかそんなラノベじゃあるまいし。


「……あ、あははは。そうよね!まさかそんなハズないわ。そりゃぁ異世界転生&転移モノの小説とかアホなぐらい読みまくったけど、フィクションと現実をミックスしちゃうほど中二病を拗らせてはいないからね!」


 そりゃぁ妄想くらいするよ。

 空が飛べたらなぁとか皮膚の回りに薄いバリアを張って傘がなくても雨に濡れないように出来たらいいなぁとか、その程度のことを妄想したことはありますよ。

 でもまさか、異世界に行って冒険したい!なんて微塵も考えたことないからね?


「だいじょうぶ、だいじょうぶよローザ、これは夢だ。あり得ないもん。ゲームの世界に入っちゃうとか、私がローザになるとか、あり得ないもん。ちょっと鮮明過ぎる夢なんだよ。ほら明晰夢ってはじめて見るからさ。頭が混乱してるのかな。うん、そーだよね。目が覚めたら『異世界に転送されたと夢の中でさえ考えた、色々と終わっている自分にガチ凹む』ってなるのよ、やだなぁ私ったらあはははは」


 はははは、と乾いた笑い声をあげながら、背中にじっとりと汗が浮かんできたことに気づいて、ぽむっとウサヒャンのお腹に顔を埋めた。


 耳の中でドクドクと血流の音が響く。

 背中も足も両手の指先も痛いくらいに脈打っている。


 髪の毛を揺らす風も、深く吸い込む木々の匂いも、木漏れ日のあたたかさも、あまりに鮮やか過ぎて、不安はどんどん大きくなって『夢だもん』と否定する声が、少しだけ震えていた。


 呪文のようにひたすら、夢だと繰り返す。


「だいじょうぶ。だってほら事故にあった記憶とかないし、神様的な存在に出会った覚えもないし?目が覚めたらいつものベッドでいつも通りの朝が来て……ちゃんといつもの日常が訪れるんだよ。心配いらないからね、ローザ」


 うん、そうだよね。きっと昨日と代わり映えがしない、退屈な今日がやってきて、もうちょっと夢を見ていたかったよぉって残念がるんだ。

 そう、昨日とおんなじ……昨日と。


「昨日、って……私なにしてたっけ。ってゆーか私……」


 私の"名前"ってなんだっけ?

 

「ローザ!」


 誰かがローザを呼んで、その声にびくりっと体を震わせた。その弾みで思わずウサヒャンから手を離してしまう。


「……ウサヒャン!」


 私はぬいぐるみを掴もうと、咄嗟に腕を伸ばした。

 そこ(・・)が、木の上であったことも忘れて。


 私は木の枝から滑り落ち、地面へと向かって落ちていった。


「ローザァ!」


 悲鳴のような、キースの呼び声があたりに響いた。




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