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地下迷宮の探索者(仮)  作者: 宮坂貴文
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第二話:儀式

 大通りを真っ直ぐに歩いて行くと前方に運動公園のような施設が見えてきた。入口付近に大勢の人間が集まっており何名かのスタッフらしい人間がその人だかりを整理している。


「精霊とすでに契約されている方は儀式の必要はありませんので、右手奥にある建物で各種説明会の受付を行って下さい。そうでない方は左手にある体育館で儀式を行いますので体育館前の受付で説明を受けて下さい」


 スタッフの人間がスピーカーでそう叫んでいる。

 

 俺は左の体育館か……。


 ドン!

 

 視線を左へ向けると俺はそのまま前に進もうとしてうっかり誰かとぶつかってしまう。


「す、済まない。つい体育館の方に目が行って周囲を見るのを忘れてしまって……」


 俺はお腹にぶつかって尻もちをついている小さな女の子に右手を差し出す。

 

「問題無いわ。私も同じだから……」


 差し出した俺の右手を素直に握って立ち上がる女の子もそう言って謝ってきた。どうやらお互いが同じように体育館を眺めてしまってぶつかったようだ。

 俺は立ち上がって埃を払っている女の子を自然と眺める。

 長い銀髪で透けるように白く綺麗な肌をした十五、六歳ぐらいの子だろうか?

 紺色のブレザーに茶色いチェックのスカートと高校の制服のような物を着ている。

 確か冒険者試験は十六歳から受ける事が可能だったはずだから本物の高校生なのかも知れないな。

 外国、北欧系の血が混じっているハーフあたりだろうか? 俺の知る日本人とはまったく違うある種妖精のような姿をした可愛らしい女の子だ。


「200番」


 女の子が俺に番号を言ってくる。


「200番?」


「貴方の番号は199番。私は200番」


 女の子が俺に受験票を差し出して言って来る。よく見るとその受験票は俺の受験票だった。どうやらぶつかった時に胸ポケットから落ちたのだろう。


「有難う。そっか。君は俺の次の番号なんだ? 面白い偶然だね。よかったら一緒に会場まで行かないか?」


 俺の提案に女の子はコクリと頷いてくる。

 何と言うか、言葉は少なめだし表情も無表情系な子だから見た目と相まって本当にお人形か妖精のような感じがするな……。

 そう思いながら俺は彼女と並んで体育館へと歩いて向かった。


「そう言えば自己紹介がまだだったね。俺の名前は小野寺高志、十八歳。神戸の山奥から来たんだ」


「朝霧雪菜」


 少女はそっけなく答えてくる。別段嫌われている訳では無く、恐らくこの子はこんな感じの子なのだろうな……。

 自己紹介以降はお互い特に話す事は無く、黙々と体育館まで歩いて行く。


『なんじゃ? 情けない。ナンパしておいて無言とか問題じゃぞ?』


「うるせぇ。別にナンパじゃねぇし。俺には早霧姉さんと言う心に決めた女性がいるんだからな」


『あれはもう人妻じゃろうが……』


「違う! まだだ。まだ籍は入ってない。まだ勝負はついてねぇ!」


 黙々と歩きながら俺は心の中でシェルファニールと会話をする。

 そうこうしている間に体育館に到着し、俺と朝霧は受付で手続きを済ませると体育館の中の待合室へと向かう。待合室には30人ぐらいの同じような受験生が椅子に座って儀式の順番待ちをしていた。

 俺達は奥に2つ空いていた椅子に座って呼ばれるまで待つ事にする。

 

 何時までも無言なのもどうかと思い話しかけようとした所、151番から200番までの受験生を呼ぶアナウンスが聞こえたので俺達は椅子から立ち上がり指定された部屋へと向かった。

 

 部屋に入ると俺達を含めて五十人の受験生が部屋の右隅の区画に並んで座らされた。部屋の中央部には魔法陣のような文様が掛かれた床があり、俺達と魔法陣の間に紺色のスーツ姿の女性が立っている。恐らく彼女が儀式の進行役なのだろう。

 

「それではこれより儀式を行います。151番の受験生から一人づつ魔法陣の中央に入って下さい。その後五分間その場に留まって頂きます。立っていても座っていても構いません。その五分の間に精霊と契約が出来れば合格です。向かって右の扉から説明会の受付に向かって下さい。契約出来なかった方は不合格ですので左の扉からお帰り下さい」


 女性は淡々と説明していく。


「精霊と契約ってどうやるんですか?」


 151番の受験生が手を上げて質問をする。俺も含めて皆が同様の質問をしたかったようで、全員の視線が女性に集中しその答えを待つ。


「何もする必要はありません。精霊に選ばれれば、自身の心の中に自然と精霊が現れます。力の使い方も全てその時に精霊が教えてくれます。逆に何も起こらない方は選ばれなかった方なので諦めて下さい。いうなればアピールタイムの五分で如何に精霊の興味を引くかがポイントですかねぇ? ちなみに参考までに。先ほどの受験生の中で五分間魔法陣の中央で漫談をした方は選ばれました、裸踊りをした方はダメでした。でもムキムキの筋肉アピールをした方は選ばれました。さて、今回の皆さんはどうやって私を……、いえ精霊を楽しませてくれるのでしょうか? とても楽しみです」


 女性は茶色の長い髪をかき上げながらニコニコと笑う。

 こいつ絶対自分が楽しんでやがる……。


 一人五分か……。え? ここに受験生は50人いる訳で、俺は最後から二番目な訳で……。何時間待ち?


「はい。番号が後ろの方の何人かは気が付いたかも知れませんが、すでに入室した時から儀式は始まっています。ですから皆さんは自分の儀式が終わるまではこの部屋から出る事は出来ません。そういうルールなので諦めて下さい。トイレはそちらの奥に。食べ物や飲み物もあちらの隅に用意していますので、特に不都合は無いはずです。長い待ち時間は寝るなり芸を磨くなり好きにして下さい」


 周りの人間からえぇ~という不平の声が上がるが女性は無視して儀式の準備を始める。大方毎回のやり取りで慣れているんだろうな。


 ふと見ると、朝霧が隅に置いてあったパンや飲み物を大量に抱えて儀式が一番見やすそうな場所に陣取ると黙々とパンを食べだしていた。

 成程。この子は観戦派か……。何と言うかマイペースな子だな。ある意味羨ましい性格だ。

 俺もこの子を見習うかな……。

 パンと飲み物をいくつか選ぶと朝霧の横に座って俺も観戦する事にした。


 儀式が始まり151番の受験生が魔法陣中央に入った。そいつはトップバッターという事もあり、何をしていいかも解らず、結局流行の歌を歌う事にしたようだが結果は不合格。肩を落としながら部屋を出て行った。以後順番に儀式は進んで行った。ある意味最初の方に儀式を受けれる受験生は幸せだろう。散々待たされた挙句の不合格はかなり悲惨な気がする……。

 

 一時間ほどが経過した。今は163番の受験生が儀式を行っている。こいつは漫談をチョイスしたようだ。結構上手い漫談で進行役の女性はさっきから大笑いをしている。

 

「なあ、シェルファニール。芸を披露して何か意味があるのか?」


『意味などある訳あるまい。あれはあの女の趣味じゃろ? 大方待ち時間が暇だからやらせておるんじゃろう』


 だろうな……。俺は溜息をつく。

 まあ、進行役が一番長い時間つき合わされるんだし……。

 そう考えれば気の毒な役回りなのかも知れないな。


 とそう考えていると、突然163番の受験生の男は漫談を中断する。心の中で゛何か゛と会話をしているかのように見える。

 

「来ました! 契約出来ました!」


 163番の男は大喜びで叫んでいる。


「おめでとう。それで契約精霊は何?」


「サラマンダーです!」


「そう。なら証明として向うの壁に向かって炎を投げつけて」


 進行役の女性が奥の壁に指を指してそう指示する。

 それを聞いた163番の男はそんな事をして大丈夫なのか? と不安そうな顔をした。


「心配いらないわ。この部屋はダンジョンから得られた特殊な素材をふんだんに使って強化されているから。上位のイフリートの力を持ってしても破壊も延焼もしないから。安心して力を振るいなさい」


 それを聞いた163番の男は安心したように笑うと、壁に向かって右手を突き出した。

 そして男が「炎よ!」と叫ぶと右手から赤い光が立ち上り、真っ赤な火の玉が壁に向かって飛んで行った。

 

 どぉぉぉぉん!


 大きな音が聞こえる。火の玉が壁に激突した音だ。だが、音と煙が少し立ち上っただけで、壁には傷一つ無く、周囲に延焼した痕跡もない。

 すごい強度だな……。


「はい。良いわよ。合格です。右の扉を進んで説明会の受付をして下さい」


 その言葉に163番はペコリとお辞儀をすると軽い足取りで右の扉をくぐって行った。

 その後は5-6人に1人ぐらいのペースで合格者が現れ、あれよあれよと言う間に気がつけば俺の順番が回ってきた。 

 

「残りは2人かぁ。合格者が出たのはいいけど、どの子も四精霊かぁ……。レアとは言わないけど、せめて上位精霊の契約者ぐらいは出て欲しかったなぁ……」


 進行役の女性が小さくぼやいたのが聞こえた。

 四精霊は言ってしまえば下のクラスの契約精霊なのだ。比較的契約しやすい精霊なので契約者は多いが、力は弱く正直な所時間をかけてレベルアップしても上位精霊やレア精霊の足元にも及ばないのだ。いうなれば精霊使いの雑兵という所だろう。

 だがそれでもいい。自由に力が振るえるのなら贅沢は言わない。

 俺はそう強く願いながら魔法陣の中央へと移動する。


 別に芸を披露する気が無い俺は中央で胡坐をかいて座り込むと目を閉じて精霊が来るのをジッと待つ。


1分経過……。


2分経過……。


3分経過……。


 ……あれ? 何も来ないの? 


 おかしい。絶対に俺は何かと契約出来ると自信を持っていたのに……。

 そもそも俺はシェルファニールという精霊と契約している事実がある。その時点で精霊に選ばれる適正は圧倒的に高いのだ。そして、精霊使いは年数が経つと複数契約も可能となる事が多い。5年を過ぎたら30%。10年を過ぎれば90%の確立で二重契約が可能と言われているはずなのだ。

 

「おかしい……。何で精霊が来ないんだ……」


 だんだんと焦りが生まれてくる。

 予定では何らかの精霊と契約して、この役立たずをおっ放り出して冒険者になるつもりだったのだ。なのに何故……。


『くっくっく。可笑しいのぉ。何でかのぉ。何も来ないのぉ』


 ニヤニヤ笑いの声を出すシェルファニール。俺はその声で気づく。


「お前、まさか邪魔してるのか?」


『別に我は何もしておらんぞ? まあ、我が契約している主様と契約を交わそう等と考えるガッツを持った格下精霊なぞそうそうおらんだろうがのぉ』


 くっ。こいつの存在自体が邪魔だという事か。

 不味い。これは想定外だ。このままでは時間切れで不合格になってしまう。

 それはダメだ。

 俺は地下ダンジョンに何としても行かなければならないんだ。


「……シェルファニール。力を貸せ」


 俺は悩んだ末、仕方なく最後の手段を取る事にする。


『対価は何をくれるのかのぉ?』


「血液500cc」


 俺はいつもと同じ渡しても対して被害のない対価を言う。それぐらいなら献血するような物だし、時間と共に回復出来る。


『またか。また血液か。そんな対価では大した力は貸せんぞ。どうせなら右目とか左腕とか気前よく寄越さぬか』


「嫌だね。大体この試験では何らかの精霊と契約して少しでも力を証明したら合格なんだから。大した力は要らねぇよ。ちょろっと壁に光線でも出してくれたらいいんだよ」


 シェルファニールの不満を俺は一蹴する。大体血液500ccでも結構な被害があるのだ。貧血は起こるし体は怠くなるしで大変なのだ。


『うー。まあ仕方ないのぉ。今回もそれで手を打ってやるわい……』


 若干不満そうなシェルファニールだがやると言ったのならこいつは約束を破らない。俺は進行役の女性に手を上げて精霊と契約が出来たと報告する。


「おめでとう。それで契約精霊は?」


 女性の質問に俺は答えを躊躇する。そう言えばこいつの事をどう言えばいいのだろう……。

 クラス的にはレアになるんだろうが、正直あまりこいつの事を知られたくはない。何せ現行の精霊と比べてあまりにも違う点が多すぎるのだ。変にバレたら色々煩わしい事が多く起こる気がする……。

 

「えーっと……。そのぉ。何か頭が悪い精霊なのか全然会話が出来なくて……」


「そ、そうなの……。で、力の使い方も解らないの? それだと不合格になるんだけど……」


「いえ。それは大丈夫です。どうもこいつ物を壊す事しか出来ないバカ精霊みたいです。コミュニケーションは取れないんですが、何となく力の使い方は解ります」


『…………』


 俺の物言いにシェルファニールは不満そうだが、こう言っておけば後々上手く力を使えない理由づけにもなるだろう。

 シェルファニールの不満は無視する事にする。そもそもこいつのせいで苦労しているのだから……。


「破壊系かぁ……。じゃあサラマンダーかな? 同じ精霊でもそれぞれ個性があるから、コミュニケーションが取りにくいのは気の毒だけど、まあ力の使い方が解るのなら問題ないわよね。取り敢えずあの壁を攻撃して証明してくれる?」


 女性の言葉を聞いて俺は壁に向かって右手を突き出す。


「シェルファニール。頼む」

 

 俺がそう心で念じると、突き出していた右手が徐々に光り輝いて行く。その光はドンドンと大きく眩くなり気が付けばかなりの大きさになっていた。


 ……おい。これ大丈夫か?


 見ている朝霧や進行役の女性の顔が徐々に驚きに変わって行く。

 それだけ危険なレベルで俺の右手の光は大きくなっているのだ。


「や、止めろ! シェルファニール。すとっ……」


 俺の制止の声が出る前に俺の右手から一直線に光が壁に向かって放たれる。


どごぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!


 轟音が響き渡り部屋が埃と煙で包まれる。


「ごほっ、ごほっ……」


 俺達は大量の煙で苦しそうに咳をしながら口元を押さえて煙が収まるのを待つ。

 暫くして周囲の視界が戻って来ると最初に目に飛び込んできたのは大きく破壊された壁とそこから見えるグラウンドの景色だった。

 パラパラと小さい壁の欠片が床に落ちてより破壊の凄まじさを強調している。


「おい……。大した力は貸せないんじゃなかったのか?」


『なに。今日は年に一度の大廉売の日でな。運が良いのぉ、主様よ。出血大サービスじゃ。対価が血液だけにのぉ。かっかっか!』


「かっかっか! じゃねぇ。てめぇワザとだな。俺を困らせる為にワザとこんな真似をしたんだろう」


 俺はシェルファニールに悪態をつきながら、事態に思考が追い付いていない女性2人に目をやる。

 すると進行役の女性が突如俺の方に駆けてくると両肩をバンバンと叩いて喜びの声を上げてきた。

 

「すごい。君凄いよ。これ完全にレア精霊を引いてるよ。今までこの壁にひびを入れた人間は居たけど、ここまで完全に破壊した人間は一人もいないわ。今年の精霊使いの中で……。いえ、もしかしたら歴代の中でも一番の力かも……。合格。文句なく合格よ。右の扉から説明会の受付に言っていいわよ。あと多分その力についての調査の為に別途呼び出しがあると思うから、それまでに頑張ってその精霊の情報を集めておいてね」


 俺はバンバンと肩を叩いてくる女性の言葉に仕方なく頷くと、離れた所で未だ驚いた(といってもあまり表情はないのだが)様子の朝霧に声を掛ける。

 

「あー、そのぉ……。済まない。なんか色々迷惑かけちゃって……」


 俺が部屋を破壊したせいで朝霧は別の部屋で改めて儀式をやり直す事になってしまったのだ。


「気にしないで。それより凄いわね。貴方の契約した精霊。私もそんな精霊と契約したいわ……」


「はははっ。有難う」


 朝霧の賞賛に素直に礼を言う。というか朝霧は見かけによらず破壊系の精霊と契約したいのか……。正直あまり似合わないような気がするが……。


「頑張ってな。朝霧。無事合格出来る事を祈ってるよ。」


 俺はそう言うとクルリと踵を返して右手扉に向かって歩いて行く。


『おめでとう、主様よ。一躍有名人じゃのぉ。力を持つ者はそれだけ責務を負わされるものじゃ。はてさて、主様は何処まで対価を使う事になるじゃろうなぁ……』


 シェルファニールの嬉しそうな声を聞きながら俺は今後の対策を考える事にする。

 どうやらシェルファニールは最初からこれを狙っていたのかもしれない。目立てば目立つほど力を必要とする場面が多くなる可能性が高くなる。そうなれば俺は嫌でもシェルファニールに頼らざるを得ないだろう。

 俺の理想は自身は力を使わずに仲間を頼って地下探索に向かう事だ。当初は目立たず、仲間の雑用係り的なポジションに付くつもりだったのだが……。


「何とか方向修正しないとな……」


 俺はそう考えながら説明会の受付に向かって歩いて行った。


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