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その1

「はぁーるとっ」

「なっ、いきなり何すんだよっ!」

 甘い声とともに俺の右腕を豊満な乳房が押し上げていた。

 世の男子であればこの状況、リア充爆発しろ! と炎上必須なこの状況もその時、俺は甘美な感触を愉しむ余裕もなく思わず拒絶反応をしかなかった。

 名前を「よみ」という俺の右隣にいる女、そいつがケモミミ女でなければ……



***



 まず、ことのあらましから説明することにしよう。

 俺は伊縫治人いぬいはると。どこにでも居そうなごく普通の男子高校生――

ってケモミミ女と街歩いているこんな状況じゃ普通を自称したところで説得力ゼロだよな……

 ことの始まり先々週、母親の実家に遊びに行った時のことだった。

 その母親の実家というのが、そこは四方を山という山に囲まれた絵に描いたような山奥のド田舎。

 子どもの頃は毎年その行くことが楽しみで楽しみで仕方なかったが、いつの頃からか足が遠のいてしまった。

 理由は? と尋ねられたら、まぁなんといか、こうハッキリとした理由がぼんやりとしているんだけど、あの場所に行くことに抵抗感を感じてしまい足が遠のいてしまった。

 そんな俺が方針転換に踏み切ったのは理由は親に買ってもらったスマフォで写真を撮ることにハマっていたからだ。

 その日に食ったメシや飲み物の写真に始まり、空を流れる雲や道端のちょっとした草木などなど。その写真を短文投稿サイトで、それなりにレスが付くのが嬉しかった。それに大自然は格好の〈つぶやくネタ〉にはもってこいと思ったからだ。

 それにクラスのリア友「せっかくの夏休みなのに何処にも行かなかったのかよ?」なんて囃し立てられるのもシャクに触るハナシだ。




 母親の実家滞在三日目。

 早朝、俺は格好の「つぶやくネタ」を散策と称して寝泊まりしている母親の実家を出た。いつも自分が起きる時間からしたら、はるかに早起きな時間帯だ。

 俺は集落から山間部に歩を進めた。子どもの頃、よく地元のいとこ達とに駆け回った場所だし、気の向くまま踏み込んでいく。

 勝手知ったる俺の山――




「ここどこだよ、おい……」

 そう思い込んでいた俺は浅はかだった。迷った。

 俺は数年前だというのに自分自身の記憶力の無さを呪った。よくよく考えてみれば、親戚のおじさんや地元のいとこ達と来てたんだっけ? ともかく土地勘のない俺がノコノコと来るべきところじゃなかった!

「こんなところで遭難なんてシャレにならねぇぞ……」

 頼りのスマフォも「圏外」という無情なステータス表示。地図検索どころか通話で助けを呼ぶことすら出来ない。どんなに優秀な文明の利器も大自然を目の前にしてはあまりにも無力だった。

 何処をどう彷徨ったか覚えてはいないが、俺は薄暗い森林を直感だけを頼りに歩を進めた。そうしているうちにやがておれはどこか懐かしく聴こえる癒しの音が耳を撫でる感触を感じた。

「川だ!」

 思わず声を出した。下流に辿って行けば人里に辿り着く。そう考えた俺は、せせらぎが聴こえる方に足を進めた。後々考えてみれば下流に辿るといってもそこから何キロもあるかわからないワケなのだが、あの時は冷静に判断出来ない位に動転していたのかもしれない。焦りと陽が高くなるに連れて暑くなる気温喉が渇いていたし、喉を潤したかった。

 それに食料とおぼしきものを一切持たない身としては、水だけあればなんとかなる! と思っていた。

そして俺は開けていた川のほとりまでたどり着いた。そこは森深いゆえに日中だというのに薄暗く、足元は大小ゴツゴツした岩場でいかにも足を滑らしそうな苔まで生えていた。

俺はそのおぼつかない足場を踏みしめつつ川辺に寄った。

 そして目の前に流れる清らかな清流をひとすくいして口に含んだ。

そしてあたりを散策する。その時だった。

「人? 誰かがいるのか?」

 その時俺は川辺に人影をみた。天の助け! とばかりに声をかけようとしたが、その第一声を俺は強引に飲み込むことになった。



「裸!」



 川のほとりで深緑の薄暗い森林に浮かび上がる色白の美しい肢体と腰までかかりそうなきらめく金色の髪が映った。

 俺は自分で自分の目を疑った。いくら誰も見ていないだろうとはいえ、素っ裸の女が水浴び? そう俺の頭が理解した途端、心臓がドクンと突かれる衝撃に我に返りが、思わず大きい岩の裏に思わず身を隠した。

 いくらエロ(そっち)方面に“若干”の興味はある俺だが、女の裸を覗き見るような悪趣味ない! だが、結果的にそういう状況なってしまっている。そもそも向こうが勝手に素っ裸になっているんじゃないか!俺は悪くない。俺は悪くない。

 俺は自分自身を心落ち着かせつつ、その身を隠した岩場で目に飛び込んできた衝撃的事象をもう一度脳内で再生し、今置かれている状況を整理する。



 “俺は森で道に迷った俺は川で偶然、素っ裸で水浴びをする女に出会った。”



 なんじゃそりゃ! 今自分が置かれた状況をたった一文に要約しても不可解極まりなく、全く整理もへったくれもなかった。やたらデカイ乳に腰のくびれ、それに大きな耳と尻尾耳と尻尾……

「尻尾!」

 まて? 俺はくだんの女の裸にばっかり気を取られていたが、俺はそもそもヒトならぬものを見ていたんじゃないか? 幽霊? 妖怪? いろいろ思案し、ふと思い出したのは最近の萌え要素でいうところの『ケモミミっ娘』という言葉。

 この状況で俺は何を考えているんだっ!

 何はともあれ、もう一度この目でしかと確認する必要がある。何かの見間違えかもしれない。そう強く意を決して身を隠していた岩場からそっと頭をだす。

 もう一度確かめる。確かに、『ケモミミっ娘』、もとい『ケモミミ女』がそこに居た。

 「怖いもの見たさ」なのか目が離せなかった。その姿に見とれていた。



 <だーいすきなー♪  あのーひーととー♪  いーつーまーでもー♪ ハイッ! ハイッ!>



 静寂と緊張を打ち破るかのように脳天気な電波ソングが聞こえ出す。ポケットに突っ込でいたスマフォがバイブレーションとともに鳴り響く。朝の目覚まし代わりにセットしておいたアラームだ。

「うわっ、こんなの時に!」

 スマフォのモニタ画面にはいつもなら学校にいくために起床する時刻を刻んでいた。

 夏休みだからといって不規則な生活リムズを崩したくなかった俺はわざとアラームはオフにせずにしておくことで、生活リズムを心がけていた。さすがに母親の実家に行くまでには電波ソング(アレ)な歌のアラームを切っておこうかと思っていたがすっかり忘れていた。

 俺は手の震えを抑えつつなんとか暗証番号を入力して脳天気な電波ソングの発生源を断ち切った。

 そして俺はあらためて岩場の影から改めてそっと顔を出してくだんのケモミミ女を探す。

「居ない?」

 さっきまで「ケモミミっ娘」ことケモミミ女が居た清流には誰もおらず、ただ透明な水面が揺らぎきらめいているだけだった。俺はその光景に呆気に取られていると――



「貴様、見ているな?」



 俺ではないその声に振り向いた。その振り向いた先にさっきまで見ていたケモミミ女の顔が俺の顔の僅か数十センチ目前が迫っていた。

「うぁあああっ!」

 音もなく、気配もなく、そのケモミミ女は俺にどうやって近づいたのか? もはや女の裸なんて眼中にない。

 俺の命が取って食われるかもしれない恐怖感で頭がいっぱいだった。

 恐怖で硬直する全身をなんとか動かして後ずさりするが、足の悪い岩場ゆえ思うように地に足つく感覚が確認できない。

「痛ッ!」

 後ずさりしていた体は足を取られて川の浅瀬に尻餅を着いた。

 だがその時の俺は流暢にこの身体に浸かる清流の冷たさや小石の痛さを感じている余裕はなかった。

 そうこうしているうちにも、そのケモミミ女は俺に近づき俺の身体に覆い被さっていく。このまま俺は首を噛み切られるのか?

「く、来るなぁあ……」

 俺は恐怖で噛み合わないくちびるの震えを必死に堪え絞り声を挙げた。

「久しぶりだな…… 治人……」

 なぜ、ケモミミコイツは俺の名前を知っているんだ? 呆然とする俺の顔を見つめるケモミミ女。

「俺を知っているのか?」

「忘れた。とは言わせないぞ。治人……」

「待っていた。ずっと……」

 緋色の瞳でじっと俺を凝視する。なんだか懐かしく、そしてその瞳に吸い込まれる感じを覚えるがして意識が遠のきそうになる。

 ハッと我に返った俺は反射的に目を逸らす。

「……やはり、通じぬか。」

 ケモミミ女はそうひと言呟くと

「ならばこうするまで。」



ペロッ



 ケモミミ女がその自身の舌で俺の頬を嘗めた。

「ひっ!」

 ハッとして我に帰り、しゃっくりにも似た間抜けな声をだした。ケモミミ女はその赤い瞳を緩ませて少し微笑んだような顔を見せた気がした。

「今度は読めたぞ、治人。今度は逃さない。この”よみ”が化かす……」

一体何が行われたのか頭の中が理解できないままやがて視界が白くなっていく。そして眠りに落ちたかのように俺の意識は暗転した。




 それから、どうしたかというと、実のところその後の記憶というのが曖昧なもので、気が付くと俺は森の入り口に突っ立っていた。そこに朝から居なくなって心配して探しに来てくれた地元の親戚やその近所の住人に保護され母親の実家に戻った。

「ちょっと森の奥まで入って川で転んだだけだよ」

 母親の実家に戻ったときに親にそう説明したが俺は「遭難した」ことは伏せて多少強がってしまった。

 もちろん叱られもしたが、その日の夜には綺麗さっぱり何事もなかったように接してくれた。結局、「遭難した」とは言い出せなかったが、それ以上に「森で裸のケモミミ女に出会った」なんて口が裂けても言えるはずもなかった。

 

 




 

 その翌日の晩。親戚近所を集めて宴会が開かれた。俺は昨日「遭難騒動」のこともあってか、アウェー感を感じながら出されたごちそうにほどほどに箸をつけてやり過ごしていた。

 大人たちはビールや焼酎が振る舞われ、俺の気分そっちのけで盛り上がっていた。まぁ酒が飲める口実ができたって感じなんだろう。

 頼みの綱のいとこのつかさはその席に居なかった。今は村から離れた街の学校に寮生活をしながら通っているらしく。

 さらに所属している部活の合宿と重なったせいで来ることができないのだという。

「治人くん、大きくなったなー。なんだか今日はエライ目にあったようだけど、ヨカッタヨカッタ。」

昔、司と一緒に地元に親戚のおじさんが俺の横から話しかけてきた。案の定酒臭い。

「ええ、まぁ今日はご迷惑をお掛けして、すいませんでした。」

 俺はぎこちなく謝った。あの時も真っ先に駆けつけてくれた親戚のおじさんには申し訳ないと思っていたからだ。

「無事でなによりならば、おじさんそれでいいんだぁ。」

 酒の勢いもあるのだろうけど、許してはもらえているようだ。

「でもまぁ~、山の化けキツネにとって食われなく良かったなあ。」

 キツネ! その語句に思わず顔が引き引きつる。

「ここらの言い伝えで、化けたキツネが山に入った若い男をたぶらかしてとって食うっちゅう言い伝えががあってな。」

「あ、はい……」

 俺は緊張で生返事しかできない。

「山に入った年頃の男惑わしてぇ、食っちまうだぁ。」

「その、”食われた”男の人は死んでしまうんですか?」

 俺は恐る恐る尋ねた。

「いいや。」

 おじさんは否定したのち言葉を続けた。

「代わり、男の大事な”アレ”が、立たなくなるっちゅう話だ。」

 ニヤニヤした顔が何時に無く気色悪い。

「ってー、こんな話、今どきの若い人にゃ、言ってもわからんだべなぁ。」

 グラスに注がれたたビールをひと飲みした。

「ま、無事で何より 何より!」

 バンバンと背中を数回、励ますように優しく叩いてグラス片手に俺の席から離れていった。

 俺が森で出会ったケモミミ女、やつがその化け狐だというのか? あの時の恐怖がただの猥談になってなんだか脱力させられ、なんとも気分は複雑だ……



***



「うふふっ、ふふっ、キャッ、キャッ。」

 で、今俺の腕に絡みついているケモミミ女こそが、あの森で出会ったあの例の「化け狐」というわけなのだが、なぜ今俺はこのような状況になっているのか? この話にはまだ続きがある――



***



 今日は夏休み中に数度あるダルい登校日。

 俺は暑苦しい体育館で輪をかけてダルい校長の話を聞き流し、そして俺たちクラスの連中は教室に戻ってきた。

 俺は同じクラスメートであり、親友の慎二しんじと俺の机を囲み夏休みのことを談笑していた。ともに小中時代からの親友でつるむ腐れ縁ともいうべき親友。

 そして俺の机の上には慎二が持ち込んだ「戦利品」こと同人誌が並べられていた。話によると年2回、夏と冬に開催されるという巨大な同人誌即売会で買ってきたらしい。

 それにしても肌や下着があらわになった女の子が描かれた同人誌を惜しげもなく披露するその肝の座り方は見習いものだ。

 ちなみに、その戦利品の中には「ケモミミ女」同様に耳と尻尾を付けた女ん子の同人誌も多数含まれていた。

 慎二は『けもみみっ娘』が大好きらしい。だが俺にとってはトラウマを喚起させる記号でしか無い。親友の趣味嗜好を否定はしたくなかったが苦々しく思えてしまう。

「色々言ってきたみたいだね。治人も夏休み中は充実してていいじゃない。」

 慎二が切り返す。

「まぁね。リアルで充実できない分、こういうところで発散しないとね。」

そう慎二が自慢気に語りながらかけていた眼鏡のフレームに手を当てる。

「ところで治人も行ってきたみたいじゃない。つぶやきみたよー。」

「お、おう……」

 慎二は撮ってきたアップした写真のことを話題に出してきた。だが、例の事件のこともあってか詳細を語るには急に自分の口が重くなる。

 一体どうはぐらかそうか……  そう思庵していると――

「あー、お前らー、席に着けー。」

 教室の引き戸をぶっきらぼうに開ける音とともに、ふてぶてしく入ってくる中年男。担任教師の本郷先生が入ってきた。

「やばっ!」

 慎二は俺の机に並べてあった戦利品を電光石火の早業で鞄に詰め込むと大急ぎで自分の席にすっ飛んでいった。

 起立、気を付け、礼。

 通り一遍の挨拶を行いホームルームが始まった。

 本郷先生はいつもの気だるい表情で――

「えー、伊縫の隣に空いた席があるので見ての通りだけどー、うちのクラスに新しい仲間が増えーます。ちなみにー、先生、十年以上も先生やっているが、全校登校日に転校してくる生徒は初めてだ。」

 そう本郷先生に言われてふと俺の右隣を見ると誰も座って居ない椅子と机が用意されていることに気付く。

「ちょ、それなんてギャルゲ?」

 俺の前の席に座る慎二が反応した。

「よけい」

 それにしても俺は耳を疑った。登校日だというのに転校生だという。

 仮に転校してくるのであればキリのいい二学期から登校してくるのが普通だろう。しかしその転校生、わざわざ登校日に転校してくるらしい。

 本郷先生はざわつくクラスメイトを諌めるように軽く咳払いをした。

「じゃ、入ってもらうおうか? いいぞ、入ってきてー。」

 くだんの”転校生”の登場を促す。

 金髪をなびかせて美少女が教壇の脇に立つ。

 その容姿の美しさにクラスの男子のみならず、女子までも虜になっているようだった。 だが、俺だけは旋律で顔が引き攣る。



ガタッ!  



「ケモミミ女!」

 俺は思わず席を立ち前のめりになってそう、反射的に叫んでしまった。

 なぜなら、そのケモミミ女には”文字通り”ケモミミと尻尾をなびかせていたのだ。

「おい! 伊縫。新しい一発逆ギャグのつもりかー? 目立とうとする気持ちわわかるがちょっと落ち着けー。」

 みかねた本郷先生が諌める。

 クラスからメイト達からクスクス笑いがこみ上げる。

 「うっそまじで! けもみみっ娘、どこどこどこー?」

 慎二が辺りを見廻す。

 だが、俺はクラスメイトの失笑を恥ずかしがる余裕はなかった。あの森で恐怖のそこに追い詰めたあの「ケモミミ女」がうちの学校の制服を着込んで目の前に居る。

 それに俺には見えているあのケモミミ女の尻尾に気づかないのか? それともこれは俺以外には見えていないのか?

 ケモミミ女が教室に入ってきた時、確かにクラスのみんなはざわついていた。だがそれは例のケモミミ女の容姿に対してであって、

 ケモミミと尻尾によるものではなかった。

「皆さん初めまして。『伊縫よみ』と申します。どうぞよろしくお願いします。」

 何故に俺の名字を騙る!

「ちなみに、伊縫君のところでお世話になってます。」

おい、でまかせ言うなよっ!

 俺は心のなかで異議を唱えた。

 名字が『伊縫』だけでは「たまたま転校生が俺と同じ同性だった。」と主張もできるが、何故に。

「ある日突然現れた、美少女転校生は伊縫の許嫁だった……」

「おいおい勝ってに話を作るってば。」

 俺の席の前に座る慎二が振り向きざまにつぶやいたストーリにツッコミを入れる。

ちなみに俺に『ケモミミっ娘』の知識を植え付けた張本人でもある。

 なぁ慎二、今オレが見えている光景、お前にも見せてやりたいよ……。

「みなさんよろしくおねがいします。」

 ケモミミ女こと『よみ』と自称する女は明るくハキハキとした声で挨拶をすると深々と一例した。

 金色の髪が揺れて顔を上げると、俺以外のクラスメイト達は拍手でそれを迎え受け入れた。俺以外は……

「あー、んじゃ伊縫っていうさっき”おかしな”ことを言った奴の隣で申し訳ないが、とりあえず今日はそこに座って。」

「はい、よみは大丈夫です。」

 クラスメイトの拍手が収まるのを終わるのを本郷先生に席に着くことを即す。

 いまさらながら、俺の右隣を見ると、椅子と机がいつの間にと開いていることに気づいた。

 よみは当然、俺の座る席に近づき、右隣の空いていた椅子に着席した。

 俺は目を合わせず、そして俯き加減に気配を感じながら存在に最大限の警戒を怠らなかった。

 金色の髪から漂わせる甘い匂いと自分以外には見えていないであろう耳と尻尾を揺らせて俺の脇を何事も無く通りぬけ、そして着席。

 席に座ったのを気配で感じ、ふと、よみの座る席のほうを見た。

「うふっ」

 擬態語ではない。実際にそう言った。そう言って小首わざとらしくを傾けた。

 その時、よみの緋色の瞳と目が合ってしまい、俺は逸らすしかなかった。




「いやん、壁ドン。」

 体育館の壁を背にして、どこぞの乙女ゲーよろしく俺はよみを問い詰めていた。別に狙ってやっているわけじゃないが流れ的にそうなっていた。

 あれから俺は慎二をはじめクラスの男子連中に問い詰められ、

”俺の母親の”超”遠い親戚で、今までずっと遠い国で暮らしていたがこちらの学校に通うことが”急に”決まったらしく、それを俺も今朝それを聞かされて――”

 と、強引すぎる嘘を出ってあげてなんとかごまかし切り抜けた。もう直接問いただすしかなかった。さすがに何十行分も問いただす語彙は持ち合わせていないが。

 ホームルームが終わると俺はよみを連れだした。あの森の川辺で出会った強烈な印象とは打って変わって大人しいと察すると俺はいつの間にか、わきあいあいとクラスの女子としてたよみを少々強引に教室から連れ出した。

「それでは皆さん御機嫌よう。」

 どこぞの清廉な女学園よろしく、必死な俺を尻目によみは手を小さく振りながらクラスメイトに手を降って俺に引きずられていった。

 この一連の騒動の張本人、ケモミミ女のよみを連れ出す。

 だが、連れだしたのは良いもののどこに向かえばいいのかすぐに思いつかず、とりあえず「人目につかないところ」と思案して体育館の裏になった。

 慎二のいうところの「ギャルゲ」状態にますますなってくる。

「ここでよみにヒドイことするんでしょう、薄い本みたいに!」

 いや、むしろあの森で俺は薄い本どころかホラー小説バリの酷いことをされそうになったんだが……

「お前の目的は何だ! なぜ俺にまとわりつくんだ!」

 気を取り直してよみに問い詰める。俺を食ってアレを立たせなくさせるつもりなのか。

「だって治人は普通に化かせなかったから、もっと直接的な方法で化かしてみようってわけで…… テヘペロ。」

 よみが片目をつぶり舌を出す。

 ところどころ入る小ネタにこっちのペースを崩されるが、”化かす”ことができる俺以外の人間にはこいつの獣耳と尻尾が見えず、俺だけは普通には化かせない俺にだけは見えるわけには合点がいった。

「よみは治人を化かすと言ったでしょ? だからよみは治人好みになるんだから。」

「もう治人のことは、ぜーぶん頭に入ったんだからね。」

よみがべぇと舌を出す。あの時に文字どおりの意味で「嘗められた」あの日。

 まさかあの時!

 ぞくりと背筋が凍る。いや、それ以上に俺の…… 嗜好が――  色んな意味でトンでもないことになってきた……

 俺は思わず顔を背けて思案を巡らせていた。

「ねぇ、治人ぉ……」

 そう言われて我に返った。

 午後にさしかかり体育館を使う部活動の連中もそろそろ活動を初めて来る頃だろう。

 とりあえず場所を移したい。そう考えていると――

「治人、お家に帰りましょ。」

「しれっと言うんじゃねぇ!」

 場所を移したい、そう思っていた俺の心中を見透かされているような気がして気味が悪い。

 思わず声を荒らげてしまった。

「ひっ、ごめんなさい。」

 なんだか悪いことをしてしまった気がしてきた。なんだかバツが悪い。

「場所を変えよう。」

 俺はそう言い放ってコイツと共に学校を後にする。曇り空だったよみの表情がニコッと晴れた顔になって俺の後に続く。


***


「ところで治人、治人は『はるぴょん』『はるっち』どちらで呼ばれたい? それとも『はるはるー』がいいかな?」

一番目がまともなような気がしてくるが、何れも御免被りたい。

「あと、よみのことも名前で呼んでよぉ。」

「ああ、もう離せ!」

 俺に絡みついたよみの腕を振りほどく。

 学校から今まで歩いてきた道すがら通り掛かる人たちが見てきた。

 だが、それはよみが耳と尻尾を付けたケモミミっ娘だからではない。夏の暑さに輪をかけて暑苦しい俺といちゃいちゃしているからだ。

 俺とよみの足が自然と自宅に向かっていた。どこに行くにしてもさりとて他に行く宛もない。

 こんな馬鹿げたことがいつまで続くのだろうかと不安を抱えていた。よみからすれば少なくとも俺が化かされるまでは続くだろう。






(その1・完)

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