第四章 疾走少女と魔王様の家族
アバドンは夢を見た。
真っ暗で何も見えない闇の中、自分がそこにある人と、二人でいる奇妙な夢だ。
ふわふわと、まるで宙に浮いているかのような、不思議な感覚の中、見たことのない剣を、腰に携えたその人が此方を見ているのだ。
首に変な珠(?)の様な物をかけ、真っ赤な、長い、腰当たりで髪を纏めていて、そしてゆったりとした、このあたりでは見ない服装を着ていた。
顔はぼやけているせいで、年齢や顔つきはわからないが、体つきから見て、多分女だろう。
その謎の女は、ただ此方を見ているだけ。
そして暫くすると、こう言った。
「…………そう……これが俺の生きざまさ!」
女がそう口にした時、彼女は泥濘から引き上げられた。
「………またあの夢…」
アバドンは呟いた。
この奇妙な夢は、これが彼女とって初めてではない。
彼女がここ最近、この国に来てからよく見る夢だ。
「一体あれはなんだろう……何を暗示しているの…」
彼女はまだ薄暗い空を見て、一人呟いた。
その日の昼は、この三日間の中で一番の曇り空となった。
鉛のような灰色の空は、今にも大粒の雨粒を降らせそうだった。
そんな悪天候の中、タケミはアバドンと自身の家で、ある話しをしていた。
「アバドン様~どうして駄目なんですか?」
「タケミ…あなた学生でしょ? 学生の本分は何?」
「学業です」
「ね? なら駄目だよ」
「えぇ~良いじゃないですか、夏休み中なんですし…」
彼女達が話し合っている内容は、タケミがアバドンの旅に、同行するかしないかだ。
アバドンは、彼女がついて来ることに反対している。
確かに、彼女が旅に着いてきてくれるなら、それはそれで嬉しい。
だか、アバドンの旅には『終わり』と言う概念は存在しないのだ。
彼女の旅の目的が『家族となれる人』を探す事なのだから。
そんな終わり無き旅に、学生であり、まだ、年端も行かないタケミを連れ出す事など、彼女には出来なかった。
「夏休みなら良い訳無いでしょう、私がやっているこの旅は、命懸けの旅なの!!死ぬかもしれないんだよ!!未成年者のあなたを連れ出す事なんて絶対しないからね!!」
タケミも負けじと反論する。
「確かに私は未成年ですけど、逃げ足と科学はピカイチです!!死なんて、アバドン様と共に過ごす為なら、ちっとも怖くなんかありません!!」
死なせたくないと、一緒にずっといたい。
似ているようで、全く似てい無い思想と主張をぶつける乙女達。
そして、そこでタケミが仕掛けた。
「ならアバドン様は、どんな敵が相手になっても一人で戦っても『百パーセント勝てる』って言い切れるんですか!?」
「え?そ、そりゃあそうさ!!そうじゃないと、ここまでこれなかったしね」
「呆れました、そんな考えでよく『家族をつくる』なんて見栄張りましたね!家族は、互いを支え会う物なんですよ!一人だけで突っ走って、『無双できる』って考えでは、家族を心配させるだけです!!」
タケミは強く、アバドンに伝える。
二人の間に、夏特有の生温い風が吹く。
睨み合いとでも呼べば良いのであろうか、そんな険悪な雰囲気は、突然表れた女将さんによってぶち壊われた。
「うるさぁい!!喧嘩するなら表でしなぁ!!」
その女将さんの凄まじい叫び声は、後に『アクレシヤの鬼の声』と呼ばれたらしい。
彼女タケミは、一人宿屋一階のバーでオレンジジュースを飲んでいた。
アバドンと口論をしたあと、彼女はここに来た、アバドンがどこへいったかは彼女は知らない。
時間は丁度、日が沈み始めたばかりだからか、人もあまりいない。
少しだけ香るヒノキの匂いの中、カウンターに項垂れ、コップをグイッと掲げ、中身を半分ほど飲み下す。
「アバドン様~なんで駄目なんですか…私はこんなにも貴女を愛しているのに……」
タケミは一人呟く。
本当なら飲酒でもすべきなのだが、生憎彼女は未成年者、飲むことなどは、出来なかった。
「アバドン様………」
タケミは、アバドンの気持ちがわからなくはない。
むしろ痛いほど解る、自分が経験したことでもあるからだ。
家族を失うその辛さを……
でも、だからこそ、彼女はアバドンの側に居たかったのだ。
彼女は、未だに諦めていない、アバドンへのこの気持ちを。
性別という、とてつもなく大きな壁があるが、彼女は諦める事など出来なかった。
タケミが心のそこから、初めてときめいた人、それがアバドンなのだ。
一目惚れだとか、馬鹿な女とか言われても良い。
それでも彼女のその気持ちに、偽りなぞなかった。
「…………くよくよしてても、何も始まらないか…よし!!」
ネガティブな考えを振り払い、少し憤りなどで、モヤモヤした頭を冷やすべく、彼女はカウンターから立つと、ゆっくりと宿屋から出ていくのであった。
曇天…それが似合いそうな、鉛色の空。
そんな天気の中、タケミは宿屋を飛び出したアバドンを説得するのには、どうすれば良いかを考えていた。
「アバドン様は、なんでかはわからないけど……家族が傷つくのが嫌みたいね……分からなくは無いけど、なんでそこまで嫌がるのかな…?」
そう、彼女が頭を回転させた結果、アバドンは家族の負傷を拒絶していた。
確かに、家族を失っているタケミだからこそ解る。
家族を傷つけられるのは、誰だって嫌だ。
しかし、アバドンの嫌がり方は、少し異常なのだ。
まるで、欲しい玩具を貰えない子供のように、家族が傷つくのを嫌う。
それには必ず訳がある筈だ、タケミの脳細胞が彼女にそう伝える。
「……少し失礼かもしれないけど………過去に何かあったか、聞いてみようかな?」
しかし、即座に『何を考えているんだ』と心の中で自身にツッこむタケミ。
そんな個人の過去なんて、自分のちょっとした疑問で、聴いて良いものではない。
下手をしたら、それで嫌われてしまうやもしれない。
「そういえば…『こう言ったプライバシー関連の事は、本人が自分の口から言うまでは、聞かないのが筋なんだよ!!』ってお父さんも、昔言ってたな~」
悪天候のせいか、誰一人いない道路で独り言を呟くタケミ。
曇天が、彼女の複雑な思いに呼応するように、少しゴロゴロと唸った。
気圧も少し下がったようだし、雨が降りそうだ。
「うぇ、このタイミングで………どこかに雨宿りしないと…………」
彼女は周囲を見渡す、すると丁度良いところに、屋根の先が出た、雨宿り出来そうな建物があるではないか。
「ちょっと失礼しますか…」
少し駆け足で屋根の元に駆ける。
彼女が屋根の下に着くと、まるでタイミングでも見張らかったように、大粒の雨がふりだした。
ドザァードザァーと降り注ぐ雨で、道路に溜まっていた汚れが、洗い流されていく。
まるで、過去の後悔を拭き取るように……
「はぁ………どうしよう…これじゃあ宿屋どころか、家にも帰れないよ……」
タケミは、自分の嘆きなど知らんぷりで降る雨に向かって呟いた。
そんな時である、彼女が表れたのは。
「ん?…………タケミ!?」
「うにゃ!ア、アバドン様!?どうして此所に?」
アバドンだ、タケミは運悪く彼女に出会ってしまった。
「タ、タケミこそ……どうして此所に?」
「わ、私は少し訳ありで……アバドン様は?」
「えっと……この国の歴史を調べるために、図書館へかな?」
「そ、そうなんですか………ハッハッハ……………(不味いどうしよう、次なんて言おう!謝る?…いやこのタイミングで!?ないない!!え、どうする、どうする私!?)」
内心かなりパニックとなるタケミ。
アバドンの方も、タケミ程ではないが、若干出会うタイミングが悪かったのか、少し混乱している。
そんな状況が数秒続き、最初に口を開いたのはアバドンだった。
「ね、ねぇ…………さっきはごめんね…ちょっと言い過ぎたかも……」
「うにゃ!?へ、えぇと、大丈夫です、そんなに気にしていません」
「そ、そう?」
「こちらこそ、すみません……アバドン様の気持ちも考えず」
「うぅん、私も悪いよ、タケミに言われた後、少し頭を冷やしたんだ。
で、よく考えてみたんだけれど……タケミの言う通りだったね、家族の為でも、一人で突っ走って無茶しても、家族に心配させるだけだね……」
アバドンは、降り注ぐ雨を見つつ呟いた。
「タケミのお陰で気が付いたよ……ありがとう」
「い、いえそんな……」
「私は、まだ貴女みたいに、自分の過去を明かす勇気は無いけれど、いつか、貴女に話してあげるよ…それでいい?」
「えっ……と、結局のところ、私を旅に連れてってくれるの?」
「……貴女には完敗したよ…良いよ、その代わり学校は辞めて貰うけどね」
その一言は、タケミを決心させるには十分だった。
気が付くと、空は二人の今の心の様に、真っ青に晴れ渡っていた。