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鬼は外、チョコは内  作者: チョコレート・オーガ~めいど いん なろう~
節分編
3/47

筋・肉ッ、ディテクティブ!! 第一話 - 春目前、筋肉騒動!@古月爪有

ジャンル:コメディー

「「おにはーそと!」」

 バラバラッ。

「グワーッ」

「「ふくはーうち!」」

 バラバラバラバラッ。

「ヌオワーッ……や、や~ら~れ……たぁ」

 バタリ。

 鬼が倒れた。

 今日は節分。豆まきの日だ。


「師匠、これも探偵業務の一つということですか?」

 『二湖竹山商店街』とでかでかと記された看板をくぐり抜けてアーケードの下を歩く鬼が二体。

 その内の一人――青鬼が、赤鬼に訊ねた。

「そういった解釈でも構わない。なにしろ探偵は足で稼ぐらしいからな」

「それ、本当に探偵ですか? こうやって鬼のアルバイトをすることが?」

 また、青鬼が問うた。

「私は探偵だが――今、この時! ……足で稼いでいる」

 赤鬼はここでポージングを決めた。筋肉を強調する赤鬼に、商店街の店先からバラバラと炒り豆が投げつけられる。

「あいたたた……」

 縮こまる赤鬼。

 豆は容赦なく投げつけられる。「「鬼は外! 鬼は外!」」

「ぐわーおっ!」

 赤鬼は急に立ち上がって、腕を振り上げた。

「わわっ」

 驚いた青鬼が尻餅をついた。

 豆は、一層強く飛来するようになった。「「鬼は外、鬼は外ッ!!」」

「うわーっ」

 赤鬼が走りだした。通りの真ん中を疾走する。噴水やベンチを器用に回避。襲い掛かる豆を弾き返すほどのスピードで、赤鬼は一気に商店街を抜けた。

「え、あ……痛っ。ちょっともう、待ってくださいよ!」

 遅れを取った青鬼も赤鬼を追いかけた。

「痛いですよぅ!」


 公園で、二体の鬼が、石造りのベンチに腰掛けている。

「ひぇー、大変ですね。鬼って」

 疲労困憊の様子で、青鬼が赤鬼に言った。

「そうだな……鬼というのは生半な覚悟ではなってはならないものだ。そして――探偵も」

 ハードボイルドに、赤鬼は言った。そしておもむろに立ち上がると、自動販売機の前に立つ。パンツの中をいくらか探ったあと、中からがま口の財布を取り出した。

 チャリン……ピッ、ゴト。

 スポーツドリンクを自動販売機で買ったようだ。

 カチッ。

 今のは、なんのボタンだ……?

 否、ペットボトルの蓋が開いた音だ。

 赤鬼は、自らの首元に手を伸ばした。ぐい、と喉元を引っ張る。すると……なんということだろう!

 赤鬼の顎が、口が、鼻が……顔が、剥がれていくではないか! あとには、肌色をした、角刈りの男の顔が現れた。

「でいっ」

 彼は、自らの顔を投げ捨て、スポーツドリンクをゴキュゴキュ飲んだ。

「ぷはっ、ムキッ」

 ポージング。赤く塗られた体が、力強さを際立たせる。

「四方山くん!」

 赤鬼だった男は、青鬼に呼びかけた。

「なんですかぁ」

 青鬼は、ぐったりと椅子に横たわり、石の冷たさを楽しんでいた。

「冬でも、このひんやりとしてごつごつとした石の感触は良いものですね~」

「全く……君は仕方のない弟子だ」

 赤鬼だった男は、青鬼にスポーツドリンクを差し出した。

「嫌ですよぅ、それは師匠が口をつけたやつでしょ?」

「君は、今どき間接キッスなどというものを気にするのか! 驚きだな!」

 ポージング。

 その拍子に、

 赤鬼のしましまパンツから、財布が転がり落ちた。

 しまうときにしっかりと口を締めていなかったのだろう、がま口から、小銭がじゃらじゃらっと躍り出た。

「あっ」

 赤鬼が慌ててしゃがみ、転がった硬貨を拾い集める。だが、勢い良く転がる一つの五百円玉があった。

「ちょ、待って!」

「カァー!」

 思わず伸ばした赤鬼の腕の先を、一羽の巨大な烏が掠め、転がり続けていた五百円玉を見事に足で掴んだ。烏はもう一声「カア!」と短く鳴くと、翼を大きく羽ばたかせて上昇した。

「うっわあ……」

 傍観していた青鬼がつぶやいた。


「なんということだ! 虎の子の五百円玉が!」

 赤鬼は地団駄を踏んだ。

「あれは……あれはっ! とっておきの五百円なんだぞ!」

「まあ、ちょっと落ち着いて。スポーツドリンクでも飲むといいですよ」

「こんな時に飲んでなどいられるかっ!」

 青鬼の窘めも逆ギレには通用しなかった。

「ようし……決めたぞ」

 赤鬼は、涙をこらえて、寒空を見上げた。

「あの烏……必ずとっちめてやる!」

「それにしても……大きすぎるほど大きい烏でしたねー」


 ▼ ▼ ▼


 ドッドッドッドッ……

 ドッドッドッ……

 ドン!

 ジャジャ~♪

 デデデ~♪

「キン!」「ニク!」

「キン!」「ニク!」

「俺は筋肉ディテクティブ~ゥ」

「ハッ!」

 決めポーズ!


「決まったな……」

 ふぅ、と大きく息を吐く筋肉塊。

 パチパチ、と申し訳程度に、見守っていた女性が手を叩いた。

「よし、筋肉ディテクティブ、出・動!」

 ダッ、と事務所の窓を開けて飛び降りる筋肉塊。ドン、と重たい音がする。

「四方山君、早く来たまえ!」

「あー、はいはい……これ、やらないと駄目なんですかねぇ……?」

 窓の外から聞こえてくる筋肉塊の声に生返事を返して、女性は戸締まりを始めた。


 一体全体なんなのだ?


 その疑問に答えるためには、少し時計の針を巻き戻す必要がある……。


 場所は商店街を抜けた公園、時は烏が五百円玉を拾った直後。

 そこには、烏をとっちめる発言をした赤鬼を、なんとか思いとどまらせようと尽力する青鬼の姿があった。

「ね、烏は光るものに目がないんですから。運が悪かったんですよ……ねぇ」

「いーや、あの烏はおかしかった。この筋肉ディテクティブが、全ての陰謀を殴り飛ばして見せる!」

「ですから……」

「しつこいな君も! 師匠の筋肉を信じなさい!」

「確かに筋肉は凄いですけど……」

 赤鬼を眺める青鬼。鍛えぬかれた赤鬼のボディは、ムキムキと力強さをアピールしている。

 青鬼の視線に気を良くしたのか、赤鬼は次々とポージングを繰り出した。

「はあ……判りましたよ、好きにしてください」

 青鬼は肩を落とした。


「それで、何から始めるんですか? 烏はもうどこかに行っちゃいましたよ」

「うむ……そうだ。だが、全ての探偵活動の前に、やることがあるだろう?」

「なんですか?」

「決まっているじゃないか、オープニングテーマだよ!」

「はぁ!?」


 そして時は加速し……筋肉事務所内で、筋肉ディテクティブのオープニングテーマ『出・動! 筋肉ディテクティブ!!』が繰り広げられたのだった。


 青鬼であった女性――四方山さんは、しっかりと扉に鍵がかかっていることを確認してから、鉄階段を降りて、筋肉ディテクティブに追いついた。

「遅い! ……が、ひよっ子の身であるのだから仕方ないか」

「はいはい」

 四方山さんは白い歯を見せつける筋肉を軽く受け流した。この筋肉とももう一年近い付き合いになる。始めはいちいち恐縮していた私が居たな……と四方山さんは昔を懐かしんだ。あの頃はまだ、この筋肉がどれほど質の悪い探偵(、、)であるかなんて、知らなかったのだ。

 探偵。

 賢明なる読者の諸君ならばもちろんお分かりのことかと思うが、筋肉塊は実は……探偵である。

 四方山さんは、その弟子だ。

 そろそろ一年が経つ昔――四月。咲き誇る桜に祝福されて、四方山さんは晴れて大学生となった。某有名国立大学の現役女子大生、四方山さんの誕生だ。

 素晴らしいではないか。

 だがしかし、どこで道を誤ったのだろう。ここで語ることはしないが、紆余曲折を経て、四方山さんは筋肉ディテクティブの弟子となっていた。

 筋肉ディテクティブ。

 筋肉探偵。

 筋肉に生きる探偵の事を、その界隈ではこう呼ぶらしい。一体どこの界隈なのか、四方山さんには常に疑問なのだが、師匠がそういうのだからそうなのだ。

「おい、四方山君」

「はい、なんでしょうか師匠」

「会話が足りないな」

「は?」

 てめえは自分の筋肉と談話してればいいじゃねーか、という言葉はぐっと飲み込んだ四方山さんだ。彼女はこの一年で随分と忍耐強くなった。

「だからぁ」

 判ってないな、と筋肉は四方山さんに説教を始める。四方山さんは筋肉ディテクティブの大きな歩幅に必死についていく。

「……つまり、探偵は探偵だってことを知られちゃいけない」

 長々と筋肉にまつわるご高説を垂れて、筋肉ディテクティブはそう締めくくった。しかし、四方山さんにはそれは大いに不服だった。

「その割には、事務所なんて出してますけど」

「事務所を出さなくちゃ依頼人が来ないじゃないか」

「……」

 大いに矛盾する筋肉ディテクティブに、四方山さんは何も言えなかった。そもそも、ここ二湖竹山商店街では筋肉ディテクティブの存在は十二分と言ってよいほど知れ渡っており、すれ違う人の大半は、「また筋肉が……」とつぶやいているのだ。

 そんなことは気にも留めず、筋肉ディテクティブはずんずんと歩く。四方山さんはあとをちょこちょこと小走りについていく。

「ほらあ、会話しないと!」

「はい! えっと、あのオープニングって何ですか?」

 はっきり言って、時間の無駄です。とまでは流石に言わなかった四方山さん。しかしあのオープニングも毎回なのだ。慣れもしたが飽きてくるし、くだらないと思ってしまう。

「ああ、だって……必要だろ、変身シーンとか」

「どんな場面ですか」

 変身が必要になるのは、一体どんな時か、例えば悪の怪人と戦うとき? 宇宙怪獣を撃退するとき? ――このディテクティブは、そんなシチュエーションを考慮しているのだろうか? それにしたって、本当に変身しているわけでもなし、本当に無駄な行為だといえる。

「どんな場面って、そりゃアニメ化とかされたらさぁ」

「アニメ化!?」

「そう。この私の活躍をアニメーションにしたいと言ってくるプロダクションがあるかもしれないじゃないか!」

 ないです。


「うわっきゃ」

 不可思議な悲鳴を上げて、四方山さんがよろめいた。

「どうかしたかね?」

「いや、あの……豆を踏んづけちゃって」

 四方山さんの足下には、砕けた炒り豆のかけらが散らばっていた。これまで通ってきた道にも、豆は点在していた。まいた豆は歳の数だけ食べることになっているが、あんまり沢山投げ過ぎて食べきれなかったり、転がっていって見つからずに隠れたりする豆が落ちているのだ。

「う~ん……四方山君はおっちょこちょいだからなあ……」

 困ったものだと、筋肉ディテクティブは肩を竦めた。大げさな動作で、筋肉の隆起が強調される。

「おや? この豆……」

 気障ったらしい仕草から一転、真面目な顔になって筋肉ディテクティブは砕けた豆を凝視した。

「どうしたんですか。その豆に何か……」

 四方山さんは筋肉ディテクティブの意図がわからず、不思議そうにその動作を眺めている。

 筋肉ディテクティブはかけらを一つ、拾い上げた。手袋やハンカチはなく、素手だ。彼の大きな指に、その欠片はあまりに小さく映った。

「見たまえ、四方山君」

「はい? ……豆ですね。豆のかけらです。既に炒られているようですが、食べるのはやめたほうが良いでしょうね」

 豆のかけらを押し付けられた四方山さんは、かけらについての見解を述べた。これは筋肉ディテクティブが四方山さんに課している仕事で、こうして捜査に関連する品を観察することで、探偵力を磨くのだ。

「そんなことしか出てこないのか……」

 やれやれ、と筋肉ディテクティブは大仰に首を振った。

「よく見て、考えろ。直感に従っても構わない。何が違う?」

 もう一つ、今度は割れていない豆を何処かから拾ってきて、四方山さんの前に並べた。四方山さんは筋肉ディテクティブの言葉に従って、じっくりと二つの豆を眺めた。

「うーん……」

 片方は割れているが、もう一方は割れていない。そのくらいの違いしか、四方山さんには見つけられなかった。

「あ」

 四方山さんは気がついた。

「この豆、おっきいんですね」

 そう言って、豆のかけらを指さす。そのかけらは、砕けたかけらであるにも関わらず、筋肉ディテクティブが拾ってきたもう一方の割れていない豆と変わらない大きさだった。

「ようやく気がついたようだね。その通り、この豆はちょっと異常なほど大きい」

「なるほど……」

 四方山さんは顎に手を当てた。

「何か、気がついたのか?」

 筋肉ディテクティブが問う。

「はい。いくら私でも、豆で転けそうになるなんておかしいと思ったんですよ。大きな豆だからぐらっとなっちゃったんですね!」

 四方山さんは、嬉しそうに言った。

「その可能性は否定しないが……やはり、筋肉不足が一番の原因だと思うぞ、四方山君。しっかりとトレーニングをしなければ、探偵として一人前になれない」

「そんなことないと思うんですけどね……あ!」

 四方山さんは、また何かに気がついた。筋肉ディテクティブを放り出して、通りの端に駆け寄る。

「ほら、これ! おっきい豆です!」

 四方山さんが拾い上げた豆は、確かに大きかった。そら豆ほどの大きさだが、やはり大豆であることは間違いなさそうだ。単純に大きく育ちすぎた福豆、ということなのだろうか?

「おお、よく見つけたな! お手柄だ!」

「あ、あっちにも!」

 一度見つけてしまえば、次々に見つかっていく。あちらにも、こちらにも、大きな豆が転がっていた。それらを次々に四方山さんは拾い上げる。そしてポケットの中に突っ込んでいった。

「おい、あれを見ろ」

 嬉々として豆を拾う四方山さんに、筋肉ディテクティブが声を潜めつつ、何かを指さした。

 もこもこのフードの人物が、豆をばらまいていた。「鬼はーそと!」「福はーうち!」升から掛け声とともに豆をまくその人物は、なんだかちょっぴり不気味だと四方山さんは思った。

 バラバラ。

 鬼に向けてではなく、道端に豆をまいているようなその豆まき人間は、少しずつ、ケチるように豆を一つずつ投げては「鬼はーそと!」と言った。

「不気味な人ですね……」

「それに、あれ」

 物陰に隠れてその人物の動向を見ている四方山さんと筋肉ディテクティブ。筋肉ディテクティブは豆まきの人がまいた福豆の一つを指さした。

「あ、大きい!」

「声が大きい! ……怪しいと、思わないか?」

「怪しいですね!」

「尾行するぞ」

「はい!」


 豆まきの人物を尾行していく、筋肉ディテクティブと四方山さん。筋肉ディテクティブは、その大きな体、鍛えぬかれた太い筋肉でどうやってと思うほど、気配を消して動き回る。隣に居たはずの筋肉ディテクティブがいなくなってびっくりする四方山さんは、既に四回。その四方山さんは、ちょこちょこと足音を立てないように気をつけて尾けているのだが、バランスを崩したり、不自然に音を立てて見つかりそうになることも多かった。

 豆まきの人は、相変わらず豆を一つ一つ放り投げながらゆっくりと歩いていた。その豆の一つ一つを、筋肉ディテクティブがネコのようにしなやかに拾い集める。持っている升の中には一体いくつの豆が入っているのか、豆まきをやめる様子はなかった。

 と、豆をまいていた豆まきの人が急に振り返った。男だった。四方山さんが固まる。

 豆まきをやめた豆まきの人は、四方山さんを凝視して、だっとかけ出した。

「あっ、待って!」

 思わず、四方山さんが追いかける。彼女は探偵は逃げる犯人を捕まえる必要がある場面に出くわすに違いないと考えていたため、走力のトレーニングは十分に行っていた。

 しかしやはり女性の身。豆まき男の逃げ足にだんだんと離されていく。

「四方山君」

 四方山さんが隣を見ると、いつの間にか筋肉ディテクティブが並走していた。汗が飛ぶ様子が健康的だ。

「君はこのまま、あの男を追いたまえ。僕は少しばかり思いついたことがある、後から行く」

「はい!」

 四方山さんは逃げる男を追いかけ続けた。


 少しずつ引き離されながらも、決して見失うこと無く、四方山さんは男が逃げ込んだ建物を見上げた。

「ここに、逃げたよね……?」

 ホラーものの舞台になりそうな廃工場だった。四方山さんは、事務所だったらしい建物の扉に手をかけた。男はここに入っていった。

「失礼しまぁす」

 小さく断りを入れて、四方山さんは建物に入った。埃が舞い、四方山さんは咳をした。「くちゅっ」くしゃみも出た。

 男の姿はなかった。狭い上に、大した物は置いていない部屋だ。見落としているということは無さそうだった。他の部屋に通じる扉も無く、窓も閉まっている。四方山さんのものではない足あともあったから、男がついさっきまでここにいたことは確実だ。ならば、男はどこに消えた?

「こういう時は……っと」

 四方山さんは、部屋の中にあるものを手当たり次第に動かした。本棚は重くて動かせなかったが、これを一瞬で動かして戻した……なんてことはあの男にも出来そうにない。

「お!」

 部屋のサイズに不似合いなほど大きな仏壇を動かしたとき四方山さんは手応えを感じた。軽かった。仏壇は持ちあげられなかったが、スライドできるようだった。

 仏壇を手前にスライドすると、奥に、地下に続く階段が見つかった。

「おお!」

 まさしく潜入捜査といったシチュエーションに、興奮を隠し切れない四方山さん。あとから来るであろう筋肉ディテクティブのことなど忘れて、四方山さんは階段を降りた。


 地下道は、暗くて湿っていて、いつもの四方山さんならば間違いなく入ることを躊躇していただろう。だが今の四方山さんは、探偵である自分に酔っていた。地下道の探検は四方山さんにアドレナリンを大量分泌させたようだ。

 少ししか歩かない内に、地下道の探検は終わった。明るい光が差し込んでいた。

「おおーっ……」

 感嘆の声を漏らして、四方山さんは外に出た。


「待っていたよ。ふっふっふ……」

 四方山さんが出た場所は、工場を作っていた様子の空き地だった。そこには、二人の男が四方山さんを待ち受けていた。

「あ、豆まき男」

 二人のうちの一人は、豆まきの男だった。手に空っぽの升を持っている。

「ここなら君を消しても、誰にも気が付かれないだろうなあ!」

 もう一人、マスクにサングラス、ニット帽を被った男が、豆まき男の後ろから高らかに笑った。豆まき男も合わせて笑った。

「……しかし、驚いたよ。まさか従姉妹を相手にすることになるとはね」

「いと、こ?」

 豆まき男の発言に四方山さんは首をかしげた。ニット帽の男もわからないといった顔をしている。

「あれ? わからないかあ……僕の名前は、四万十丈二というんだけれど」

 しまんとじょうじ……? 聞き覚えのある響きのような気がして、四方山さんは頭を捻らせる。

「あ……えぇーっ!? ジョージ兄ちゃん!?」

「そういうこと」

「そりゃあびっくりだ……なんで悪の組織なんかやってるのさ」

 四方山さんの頭のなかでは、地下道を抜けて出たこの場所は秘密基地、彼らは豆の肥大化を企む悪の組織という設定になっていた。初めての探検や捜査……そういった興奮材料が、四方山さんにそう認識させたのだ。

「ふふ……は、はははっ」

「わはははははっ!」

 四方山さんの言葉を聞いて、二人は大笑いをした。腹を抱えて、苦しそうにしている。

「な……何がおかしいんですかっ!?」

 四方山さんよ、あなたの発言がおかしいのだ。


「いやあ本当に……恐ろしいね探偵志望って」

 ひとしきり笑って、涙を拭った後、豆まきの四万十が言った。

「ああもう……本当に。流石にシマントの従姉妹だけある。まさか――」

「まさか、我々の正体をこんなにも容易く見破るとは、ね」

 ああ、なんということだろうか、読者諸賢! 彼らは本当に、悪の組織だというのか! 我らは四方山さんに丁重なる謝罪をしなければならないようだ。

「――さて。正体を知られてしまっては、ますます帰すわけには行かないな。このニホンで我々が秘密裡に活動していることは、誰にも知られたくないのでね……」

「どうする……つもりですか?」

「こうするのさ」

 ぴー。

 ニット帽の男は、鋭く指笛を吹いた。

 カァー!

 巨大な烏が、ニット帽の男の元に集結した。

「でかい! おっきい! 巨大烏だぁ!」

 四方山さんは、大はしゃぎだ。

「ふふ……笑っていられるのも、今のうちさ! ――行け!」

 カアー! カアー!

 ビシィ! ニット帽の男は勢い良く四方山さんを指さした。

 カアァ――――!

 烏が、巨大な巨大な烏が、一直線に四方山さんに向かって飛んでくる。

 鋭いくちばしは更に鋭利になって、つぶらな瞳は更に光を湛えて。

「かわわわいいいいっ! ――でもっ、怖い――――ッ!」

 四方山さんは、喜びと恐怖の入り混じった悲鳴を上げながら、諸手を上げて逃げ惑う。

 カアー!

 烏が追う。

「キアアッ!」

 ステーン。

 蹴躓くような小石も何も無いところで、四方山さんは盛大にコケた。

「痛ぁい」

 半べその四方山さんである。見れば、四方山さんの足下には、豆まき男四万十のまいていた大きな福豆が砕けて転がっていた。これに足を滑らせたのだ。

 カアァ――ッ!

 烏が一斉に襲いかかってきた。

「きゃあーっ」

 四方山さんの、女性ならではの耳をつんざくような悲鳴も、ものともしない。

 巨大カラスたちのくちばしが、四方山さんに! 絶体絶命!

 そのときだ。

 ゴッ!

 鈍い音がして、烏が飛んだ。そしてアスファルトにバウンド。

 ゴッ!

 烏が飛んだ。更に他の烏にぶつかって、一石二鳥! いや、一殴二烏か。

 ゴッ!

 更に烏が飛んで行く。四方山さんの視界に、筋肉が映る。

「まさか! この筋肉は!」

「はあーっはっはっは! 筋肉の輝き! 筋肉ディテクティブ――参・上ッ!」

 ポージング! 汗が四方に飛び散って輝く。その後ろで、筋肉ディテクティブと似たような筋肉が、これは四方山さんの方向にではなく、四万十やニット帽の男に向けてポージングを行っていた。先ほどの『まさか! この筋肉は!』はこの筋肉の発言だ。

「なんだ……貴様らはっ!」

「ふふ……わからないか? この筋肉を見ても!」

 筋肉ディテクティブではない筋肉が、むきっと力こぶを作る。

「な……何だとッ! 貴様、筋肉ジャスティスだな! どうしてここがっ!?」

「ふっ……先ほど、筋肉ディテクティブと偶然にも顔を合わせてな……」

「~~ッ! 筋肉ディテクティブ、だとッ!?」

 焦るニット帽の男。筋肉ディテクティブは自分の話題が出たことを感じて、ニット帽の男に向き直る。

「な……に? お前、筋肉ブラザーかっ!?」

「ああ……そうさ……」

「ブラザー、どうしてお前がっ……」

「仕方ないだろう? 誰も……俺の……この、引き締まった体を……」

 突然始まる茶番劇。

「ちょ、ちょっと、何が起こっているんですか!」

 四方山さんが、茶番劇にストップをかけた。


 その後、しばしの話し合いが行われた。ニット帽の男改め、筋肉ブラザーと謎の筋肉ジャスティス、筋肉ディテクティブはポージングをしながらだが。

 そして、以下の様なことが確認された。


 ・筋肉ブラザーと、四万十は悪の組織『ドーピング』であること。

 ・四方山さんと四万十は、いとこ同士であること。

 ・筋肉ジャスティスは『ドーピング』を追っていた正義の筋肉であること。

 ・筋肉ブラザーと筋肉ディテクティブは、なんと兄弟であったこと!

 ・筋肉ブラザーと四万十は、大学の先輩後輩であったこと。


「私は、筋肉ジャスティスだから……『ドーピング』のような組織は、どうあっても見逃すわけには……行かないのだ。『ドーピング』は何を行おうとしていた?」

「ふふっ、聞いて驚くなよ……『烏筋肉化計画』だっ!」

「からす、きんにくか、けいかく?」

「その通り!」

 四方山さんのつぶやきに、筋肉ブラザーが答えた。

「この『ドーピング福豆』を節分でばらまき、それを食べた烏は……筋肉むきむきの、巨大キンニクロウになる! そして世界を征服するのだああっ!」

 筋肉ブラザーの大きすぎる野望に、だれも反応できなかった。それよりも、

「筋肉とクロウで、キンニクロウ……」

 ネーミングセンスなさすぎ、とは流石に誰も言わなかった。あまりのセンスに、哀れみの視線が筋肉ブラザーに集まった。

「ちくしょーっ! 行けええっ!」

 哀れみの視線に耐え切れなくなった筋肉ブラザーは、指笛を吹いた。

 ぴゅい~いっ。

 烏が、烏が、烏が集まってくる。続々と。

 筋肉ブラザーの周囲は黒でうめつくされた。三十をくだらない数の巨大烏――キンニクロウが、集結していた。

「これが、俺の全戦力! 行けっ!」

 カアアアアアア――――――――!

 烏が襲ってくる。

 烏が襲ってくる。

 烏が襲ってくる。

 なんという烏の――キンニクロウの数だろう! 数と筋肉の暴力!

 四方山さんは、あまりの急展開に腰を抜かしてしまった。襲い来るキンニクロウ!

 ザキィ!

 四方山さんの前に体を投げ出した、筋肉ディテクティブに、キンニクロウのくちばしが突き刺さった!

「ふん!」

 いや、違う! 筋肉ディテクティブの恐るべき筋肉の鎧は、キンニクロウの大きく鋭いくちばしにも負けることはなかったのだ!

「うおおおっ!」

「でいやああっ!」

 此方では、筋肉ブラザーと筋肉ジャスティスとが、互いの筋肉をぶつけあっていた。

「ははっ、楽しみにしていたんだ、この時を! 筋肉と筋肉! 筋肉×筋肉ぅ!」

 おお! どうか女性の皆様よ! 筋肉と筋肉はかけないでやってください! 見苦しいです!

 ダンディな筋肉ではなく、ただ筋肉としてだけある。人間として存在しているのではなく、筋肉であるために人間である。そんな二人が、まっこうからぶつかり合う。その時に発される筋肉エネルギーは並のものではなかった。

「う、わっ!?」

 四万十が驚きの声を上げる。なんと四万十の服が膨張しているのだ。

 びりぃ。

 服が破けた。膨らんでいたのは、服ではない、四万十の筋肉だったのだ!

「これは……」

 異常に膨張した上半身をさらけ出した四万十が、自らの腕を見つめる。

「筋肉と筋肉のぶつかり合いによって、筋肉エネルギの波が生じる。筋肉エネルギーとは筋肉に働きかけ、その活動を活発化させる働きを持ち、あまりに膨大になると、こうして他人の筋肉でも増強できてしまうのさ!」

 筋肉ブラザーと筋肉ジャスティスがぶつかり合う度、四万十の筋肉は大きくなる。

「これなら……行ける! おおっ!」

 四万十が走る。その先には筋肉ディテクティブ! 秒速十メートル!

 四万十は右腕を振りかぶった! キンニクロウとの対戦に忙しい筋肉ディテクティブの隙をつき、殴りかかろうというのだ!

 だが、見よ!

「んぬぅ!」

 筋肉ディテクティブが身をかがめたかと思うと……一気にアッパーが放たれた。その拳は的確に四万十のみぞおちを突いている!

「ぐはっ!」

 四万十は腹部を抱えて突っ伏した。筋肉ディテクティブが見下ろす。

「この程度の筋肉エネルギーに干渉されるような筋肉では、私には敵わない!」

 フンハー! と、筋肉ディテクティブはポージング、キンニクロウのくちばしが突き刺さっても、関係ない。

 勝負は、筋肉ディテクティブ側が優勢のようにも見えた。

 しかし、

「ぐあああっ」

 筋肉ジャスティスの体が吹き飛んで、四万十に重なる。「ぐぇっ」四万十は蛙のように潰れた。

「ふっははは! まだまだ甘いな、ジャスティスよ……」

「な……ジャスティス……!」

「すまねえ、ディテクティブ……まだ、経験が、足りてなかった……」

「おのれ、ブラザー!」

「さあ、かかってこい」

 筋肉ブラザーが筋肉ディテクティブを挑発する。筋肉ディテクティブは簡単にその挑発に乗った。

「らあああっ!」

「ふぬっ」

 ガシィ! 筋肉ディテクティブと筋肉ブラザーとが額と額を突き合わせる。更に強い筋肉エネルギーの波が発生し、四万十の体が更に膨張する! 破裂寸前であり、実際危険!

 二人はそのまま拮抗する力比べに入った。筋肉ブラザーがにやりと笑う。なにか企んでいる!

「やれぇっ!」

 筋肉ブラザーが命令した。すると、筋肉ディテクティブに殴られていたキンニクロウたちが起き上がり、筋肉ディテクティブに向かっていくではないか! 挟み撃ちだ!

「ぐあぁっ」

 筋肉ディテクティブが悲鳴を漏らした。血が滲んでいる。

「ふほおおおっ!」

 筋肉ブラザーは筋肉ディテクティブを持ち上げ……投げ飛ばした!

「ぐわーっ!」

 受け身を取ることも叶わず、硬い地面に打ち付けられる筋肉ディテクティブ。 絶体絶命だ!

「ふふ……トドメだ!」

 筋肉ブラザーが跳躍!

「待ったー!」

 筋肉ブラザーは突然の声に、急停止した。

 声を上げたのは……四方山さんだ!

「ふ……お前に、何が出来る? 筋肉エネルギーの干渉を受けてさえ、その程度の筋肉のお前が!」

 筋肉ブラザーの言葉の通り、筋肉エネルギーを受けてなお、四方山さんの体に変化はなかった。筋肉エネルギーとの相性が悪いのだ。

「そう、私には何も出来ない! だから戦うのは師匠よ!」

 そう言って、四方山さんは何かを投げた。小さな粒のようだ。それらは、筋肉ディテクティブの口内に吸い込まれるように収まった。

 筋肉ディテクティブの体がびくんと跳ねた。そして……隆起する筋肉!

「な、何を投げた!」

 狼狽する筋肉ブラザー。対して、四方山さんは自身に満ち溢れている。

「ちょっと……鬼師匠に、福豆をね!」

「な……まさか!」

 そう、そのまさかだ。四方山さんは拾い集めていた福豆――カラスを巨大化させ、キンニクロウと成した、『ドーピング福豆』を一気に筋肉ディテクティブに投与したのだ。

「そ……そんなことをすれば、ディテクティブも無事では済まないかもしれないぞ!」

「もう、やっちゃったし。師匠は死なないだろうし、死んでくれても嬉しいしぃ!」

「は……はは……なんてものを作ったんだ、ブラザー。この『ドーピング福豆』は……」

 筋肉ディテクティブが立ち上がる。筋肉はなおも隆起を続けている。

「イヤアアッ!」

 筋肉ブラザーが不意に攻撃! 素早い動きに、筋肉ディテクティブはついていけない。

 ドムンッ。

 貫手が、筋肉ディテクティブの腹部に刺さった。

「ぐああっ」

 筋肉ブラザーが悲鳴を上げた。攻撃していた筋肉ブラザーが悲鳴を上げるとは如何に!?

 よく見れば、筋肉ブラザーの指先が非ぬ方向に曲がっていた。『ドーピング福豆』によって強化された筋肉の鎧は、筋肉ブラザーの貫手を逆に打ち破ったのだ!

「終わりだ! 成・敗ッ!」

 筋肉ディテクティブの、拳が唸る。

 ――こうして、悪の組織『ドーピング』は壊滅した。世界の平和は、守られたのだ。


 そして――


「おにーそと! ふくはーうち!」

「ぐわー!」

 園児たちに囲まれ、逃げ惑う赤鬼と青鬼。

 今日は、平和な、節分だ。

第二話は存在しませんので、その旨ご了承下さい

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