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青春の岐路(全編)  作者: 松島 圭(本名・成尾五邦)
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第十四章 夜間定時制(続き)   第十五章 神風疾風《かみかぜはやて》

  青春の岐路(八)


  第十四章  夜間定時制(続き)


              5


 吉井は、ややあしを開いて立って、両手をだらりと下げて、不敵な面構つらがまえに薄笑いを浮かべて、高塚を見ていた。

 高塚の無茶苦茶な言い分を、途中から、聞いていたようだった。

 高塚が吉井にえた。

 「テメエ、こいつのダチかよ! おもしれえ。一緒に面倒見てやろうじゃねえか」

 「ありがてえな。面倒、見てもらおうか」

 「なんだと! テメエ、痛い目を見たいのか!」

 「どっちの言うセリフかよ」

 「なにっ! おんどりゃあ、なめてんのか!」

 高塚が、いきなり、吉井に殴りかかった。

 吉井は、ひょいと身体をかわして、

 「ま、そうあわてるな。おれたちにも相談はなしがある。おまえたちも打ち合わせをしておいた方がいいんじゃないのか」

 吉井に平然とそう言われて、気勢をそがれた高塚は、思わず、後に控えていた四人を振り向いた。

 四人は、それまで、馬鹿にしたような顔をして、自転車の荷台に腰を下ろしたり、腕を組んで立ったりして、高みの見物を決め込んでいたのだが、気色ばんで、高塚のそばに寄って来た。

 「高塚さん、その野郎、おれたちが始末するからよ。村山そいつを痛めつけてやれ」

 野間浩平が、村山の方にアゴをしゃくって、強がって見せた。

 高塚は、鷹揚おうように頷いて見せてから、向き直った。

 吉井と剛志を険悪な目で交互ににらみがら、恫喝どうかつするつもりか、両手を胸の前に持っていって、ぽきぽき指を鳴らした。

 吉井を警戒してか、すぐには手を出してこない。

 野間たちは、強がった割には動きが鈍く、高塚より前には出て来ない。

 吉井は、油断なく高塚たちに目を配りながら、剛志に言った。

 「剛志、こいつは、下手したでに出ていたら、どこまでもつけあがるぞ。このアホウは、おまえのクラスのやつか?」

 剛志は、高塚から目を離さずに、頷いた。

 右眼をつぶると、左眼だけでは、ぼんやりとしか見えない。

 高塚は、吉井の言葉を聞いて、逆上した。

 「アホウだと! おんどりゃ!」

 と叫んで、また、吉井に殴りかかった。

 吉井は、素早くからだを引いて、平然とかわした。

 「待て、と言ってるだろうが!」

 吉井の言い方には、高塚をたじろがせ、剛志も驚くような気迫とすごみがあった。

 高塚は、また、気勢をそがれてしまった。

 吉井の気迫に加えて、素速すばやい動きにも警戒を始めたのか、高塚は両手のこぶしを胸の前で固め、背中を丸め、腰をかがめて、吉井を睨みつけたまま、動きを止めた。

 「これでも高校生かよ。この様子じゃ、この馬鹿が弱い者いじめをしてないはずがない。現に、おまえをいたぶってるところだったんだからな。左眼が赤くなって、まわりがれ上がってるところを見ると、もうやられちまったんだな。こういうのを、現行犯、というんだ」

 吉井は、そう言いながら、高塚の横にしゃしゃり出てきた四人に目を向けた。

「こいつらも、それを手伝おうとしたやつらだ。共同正犯、ってやつだ。思い知らせておいた方が生徒みんなのためになる。こいつらはおれが片づけるから、剛志は、そいつとタイマンはれ。手加減はいらんぞ」

 剛志は、現行犯、ということばの意味はわかったが、共同正犯、ということばの意味はわからなかった。吉井は警察に補導されたことが何度もある。警察で聞かされた言葉を、そのまま、使ったのだろう。

 剛志の頭の中には、自分がいじめの対象になっている、という考えは全くなかった。

 吉井に言われて、そうか、と思った。

 おさえていた感情から解き放たれた。

 高塚は、吉井の好き勝手なことばに、さらに逆上しているようだった。

 眼をすさまじく怒らせて、すぐに飛びかかってきそうな気配を見せている。

 吉井は、そういう高塚を気迫で制し、その動きに警戒しながら、ゆっくり動いて、四人の前に立った。

 「やるんだったら、どこからでもかかって来い! 怪我しても知らんぞ!」

 と言うが早いか、先頭にいた野間の後首元うしろくびもとに、ヤーッ、という気合い声をあげて、得意の後ろ回し蹴りを見舞った。

 野間は、ひとたまりもなく、うつぶせに倒れた。

 吉井はと見ると、もう、次の攻撃の身構えができている。

 野間は、鼻柱はなばしらを地面にしたたか打ちつけて、そのまま起き上がれずに、痛え、痛え、と、幼児のような泣き声をあげた。高塚のを借りて、虚勢きょせいを張っていただけだったのだろう。

 「そんな声が出せるようだったら、たいしたことはない!」

 吉井は、呼吸も乱さずに、平然と言ってのける。

 「次は、どいつだ!」

 そうすごまれた残りの三人は、吉井のすさまじい早技はやわざを見ていたので、おびえた顔を隠そうともせず、後退あとずさりした。

 高塚も、一瞬、肝を潰したようだが、逃げ出すようなヤワではない。

 剛志は、吉井のおかげで、余裕が出てきた。

 「高塚さん、あんた、学校に出て来ると、脅したり、暴力がらみのいじめをしてませんか。あんたが出て来ると、怖がって、授業を受けずに、帰ってしまう生徒たちがいますよ」

 「そんなことおれが知るかよ、ぼけ! テメエ、急に威勢がよくなったな。その野郎にけてもらわなきゃ、べそかいて、クソたらして、土下座して謝るしかできねえんだろうがよ!」

 「高塚さん、もう、やめましょうよ。ケガするだけですよ」

 「なんだと! 意気地なしのクソったれのくせしやがって!」

 高塚が、いきなり、右拳こぶしを剛志の顔面に叩きつけてきた。

 剛志は、左眼の視力は回復していなかったが、素速すばやく顔面をらすと同時に、高塚の腹部に向かって、右足を思いっきり突き出した。

 足は高塚の腹部を強打した。

 高塚を、うっ、とうめき声をあげて、背中を丸めて、腹を押さえようとした。その両手の中に、剛志の右足が、すっぽり入る形になった。

 高塚は、腹の痛みも忘れて、剛志の右足を必死の形相で抱え込んだ。

 剛志は、高塚の両手を激しく蹴り離しはしたが、バランスを崩して、腰から落ちて、仰向あおむけに倒れた。

 高塚は、間髪を入れず、剛志の上におおかぶさってきた。

 剛志は、本能的に左眼をかばおうとして、咄嗟とっさに、下から左のこぶしを突き出した。

 高塚は、自分の方から、加速度をつけて、剛志が固めたこぶしに顔面を打ちつけるという不運に見舞われることになった。

 こぶしが高塚の鼻柱にまともに当たった。

 剛志の左拳は激しい衝撃を受けた。

 それは、肉がひしゃげるような感触を伴っていた。

 わけのわからない悲鳴が聞こえ、剛志の喉元のどもとのあたりに、高塚の顔面が落ちてきた。

剛志は、高塚の左肩のあたりを下からを突き飛ばすようにして、身体を横に持っていって、立ち上がった。

 高塚は、すぐ四つんばいの姿勢にはなったが、右手で鼻柱の周辺を覆って、うめいた。

 手のひらの隙間すきまから、血があふれ出た。

 剛志は、心配になって、かがみ込んで、高塚の顔をのぞき込もうとした。

 高塚が、鼻を押さえていた右手を、いきなり邪険に突き出してきた。

 剛志は、突き飛ばされる形になって、尻餅をついた。

 剛志のジャンパーの左胸のあたりにも血がべっとりついた。

 その様子を見ていた吉井が、怯えている三人に身構みがまえたまま、

 「剛志、心配するな。鼻血が出てるだけだ。鼻血の手当ぐらい仲間こいつらまかせればいい。息の根を止めるわけにもいかんから、今日は、これで、引き上げた方がいい。その野郎は、間違いなく、何か仕掛けてくるだろうが、その時は、その時だ」

 と、言った。

 高塚は 、ひざまずいたまま、右の手のひらの隙間からあふれて出てくる鼻血を地面にしたたらせながら、剛志と吉井に恐ろしく陰惨いんさんな目を向けて、毒づいた。

 「おんどりゃ、なめんじゃねえぞ! ぜったい、ぶっ殺すからな! 覚えてやがれ!」

 高塚の目が、五,六メートルほど離れた外灯の薄明かりを受けて、殺気を帯びて、狂暴な光りを放っているように見えた。

 剛志は、とんでもないやつと関わってしまった、と思った。

 この場で、ぐーのも出ないほど叩きのめすことはできるだろうが、吉井が言うように、息の根を止めることはできない。叩きのめせば叩きのめすほど、それだけ事態が大きくなり、収拾がつかなくなるだけだ、と思わざるを得なかった。

 気がつくと、自転車・単車置き場の周辺の暗がりの中に、二十人近くの生徒たちがいた。単車に乗って帰ろうと思ってやって来たのだが、思わぬ修羅場に出会って、遠巻きにして、息を呑んで見ていたのだろう。

 学校の職員が駆けつけて来る様子がなかったところから察すると、職員室にしらせに走る生徒がいなかったのだろうと思われた。

 遠巻きに見ていた生徒たちは、ことの成り行きに興味を持った上に、札付きの高塚ワルのグループの旗色が悪いのを見て、しらせに走らなかったのだろうと思われる。その中に、上原奈月もいたらしいのだが、それを剛志と吉井が知ったのは、後になってからだ。

警備員や居残りの職員が校内巡回を始め、正門と裏門が閉じられ、校舎内のあかりが消される時間が迫っていた。



  第十五章 神風疾風かみかぜはやて


               1


 次の六畳間からはあかりがれていなかった。

 夜更かしの習慣のない新井は、床に就いて、寝ているようだった。

 剛志は、新井と顔を合わせずにすんで、ほっとした。

 早速問題を起こし、言い訳のしようがなかった。

 できるだけ音をさせないように気をつけながら、簡単に着替えをすませて、部屋を暗くしてから、ベッドに横になった。

 左眼の痛みは気にならなくなっていたが、なかなか、寝つけなかった。

 それでも、夜半過ぎに、前後不覚の熟睡に陥ったらしく、翌朝、目を覚ました時は、八時半を過ぎていた。

 新井は、もう、出かけていた。

 真っ先に頭に浮かんだのは、無論、高塚のことだ。

 昨日のことを思い出すと、やはり、不安になる。

 高塚は、これまでに出会ったことのない種類の人間だった。

 得体えたいが知れず、不気味ぶきみだった。

 非常識な手段を使って仕返しをしてくることは確実だと思われたが、気になるのは、その自暴自棄なところが見える性格だ。

 昨夜ゆうべのうちに、やはり、新井に話しておくべきだったと思った。

 大学図書館に行けば、『絆』のメンバーの誰かと会える。

 剛志は、そう考えて、洗面を簡単にすますと、すぐに着替えて、図書館に向かった。

 図書館は、広大なキャンパスのほぼ中央部にあって、五階建ての特別棟の中にあった。

 九時になるかならないくらいの時間だったが、既に開館していた。

 剛志が、二階に上がって、第一閲覧室のドアを開けると、司書の坂元が、目敏めざとく気づいて、

 「あら、おはよう。今日はえらく早いのね」

 と、笑顔で、声をかけてきた。

 剛志が、おはようございます、と照れ笑いを返しながら入って行くと、坂元は、剛志の顔に目を留めて、驚いたような顔をした。

 「・・・ん? 何かあったんじゃないの?」

 坂元真紀子は、ふちなしの眼鏡が似合う小柄な女性で、顔馴染かおなじみの司書の一人だった。『絆』の活動に関心を寄せていて、組織の意義や活動内容はもちろんのこと、剛志が夜間の定時制に通っていることも知っていた。

 開館直後という早い時間に図書館に入って来たことに驚いているのだろうと思ったので、剛志は、言い訳のつもりで、

 「『絆』の・・・竹岡、さんに相談したいことがあったものですから・・・」

 と、言った。

 咄嗟とっさに里沙の名前を口に出してしまって、剛志は赤くなった。

 坂元は、そんなことには気づかぬ風で、剛志の顔を覗き込むようにしている。

 「眼の下が青黒くれてるわ。それに、眼の中が真っ赤だわ。左の眼よ。どうしたのよ?」

 剛志は、左手を眼に持っていって、ちょっと押さえてみた。

 「・・・これ・・・どうってことないです。もう、痛くないし・・・」

 「だめよ、そんなこと言ってちゃ! 病院でてもらったの?」

 坂元は、剛志が首を振るのを見て、ほっといちゃだめじゃないの、と言ってから、剛志が言ったことを思い出したらしく、あわてた様子で、傍らの内線の送受器を取り上げた。

 「ちょっと待ってね。竹岡さんにすぐ来てもらうわね」

 坂元は、相馬研究室を呼び出して、電話口に出た相手に、すぐ竹岡さんに伝えてほしい、と言って、剛志の様子ことを少し大げさに伝えた。

 相馬研究室は二つ離れた棟の四階フロアの一隅いちぐうにあった。

 一〇分ほど経った頃、里沙が第一閲覧室に現れた。

 里沙に呼び出されたのか、新井も一緒だった。

 講義の予定がなかったのか、講義があっても、剛志の方を優先したのか。

 新井は、坂元の電話の内容を聞いているらしく、坂元に軽く会釈えしゃくしておいて、すぐに剛志の左眼を見て、言った。

 「何かあったようだな。なんで、昨夜ゆうべのうちに、おれに話してくれなかったんだよ」

 「すみません。迷惑をかけちゃいけないと思ってたもんで・・・でも、やっぱり、相談しておいた方がいいと思って・・・」

 「ほう、きみが相談したいなんて言ったのは、おれのところへ来てから初めてだな。様子も様子だし、なんだか、恐いな・・・あは、はは・・・」

 新井は、深刻になりそうな空気を笑いにまぎらそうとした。

 里沙は、剛志の様子を観察していたが、剛志には声をかけずに、坂元に、ご迷惑をおかけして申し訳ありません、いつも気をつかっていただいてありがとうございます、と感謝しておいて、新聞掛けの近くの片隅のテーブルを指さして、

 「あの周辺あたりで、ちょっと話を聞こうと思うんですけど・・・」  と、言った。

 坂元は、里沙が指さす方に目を向けたが、ちょっと考えてから、

 「・・・この奥に司書室があるから、そこを使いません? 簡単な話じゃなさそうな気がするの」

 と、言った。

 広い閲覧室の中には、すでに、数十人の学生たちがいて、思い思いの座席に座って、筆記用具を忙しく動かしたり、部厚い専門書を広げて、読みふけっていたりした。

 司書室を使わせてもらえば、周囲をはばからずに話ができそうだったが、里沙は遠慮した。

 「ありがとうございます・・・でも、他の司書の方もいらっしゃるでしょうし、ご迷惑をおかけすることになりそうだわ・・・そうですね・・・外のロビーにしようかな。司書室には、ご報告がてら、また、コーヒーをいただきにまいりますわ。坂元先生の入れてくださるコーヒーって、とってもおいしいんですもの」

 「おほ、ほほ。ほめていただいて、うれしいわ。・・・そうね、外のロビーの方が気を遣わずに話ができそうね・・・村山君、いろいろ辛いこともあると思うけど、くじけずに、がんばってね。私たちも応援してるわ」

 坂元は、剛志の背中を軽くたたいて、励ましてくれた。

 閲覧室の外のロビーも広々とした空間で、ソファーが適当な間隔を置いて、五,六つ並んでいる。総ガラス張りなので、樹木が間近まぢかに迫って見える。

 ソファーに腰を下ろすと、眼下に広い中庭を見下ろすことができた。

 枯れかかった芝生に挟まれたアンツーカー色の歩道を、向かい側の講義棟に向かって、三々五々、歩いている学生たちの後ろ姿が見えた。

 ソファーは四、五人掛けくらいの大きさだ。

 剛志を真ん中にして、右に新井、左に里沙が座った。

 里沙は、首回りがゆったりと二重に折り曲げられた純毛純白のタートルネック、紫紺の細身のズボン、それがファッション雑誌から抜け出してきたように、似合っていた。

 新井は、いつものように、ダークブルーのシャツの上に黒いコートを無造作に羽織っていて、洗いざらしの青いジーパンに、履き古したスニーカーだ。スキンヘッドは、今では、新井のトレードマークになっている。

 里沙が、早速、剛志の顔を覗き込むようにして、言った。

 「何かあったみたいね」

 「・・・・・」

 剛志は、どこから話を始めたらよいのかわからない。

 それに、里沙の前で緊張する習慣はそのままだった。

 気まずい沈黙が続いた。

 新井が、相談があるんじゃなかったのか、と催促した。

 剛志が、同じクラスの高塚という生徒と、と言いかけて、先を続けられずにいると、新井が、殴り合いの喧嘩をしたってわけだな、と続けた。

 喧嘩と聞いて、里沙が、

 「ほんとなの? もう、そんなことはしないはずじゃなかったかしら?」

 剛志は返す言葉がない。

 自分が悪いわけじゃないと言いたいのだが、わかってもらえそうもない。

 沈黙を続けているわけにもいかなかった。

 剛志が、頭の中の整理がつかないまま、

 「・・・ぼくが、高塚、という生徒に・・・そいつには仲間が四人いて・・・ぼくがひどい目にいそうになって・・・そこへ、和己・・・吉井が来て・・・」

 と、脈絡みゃくらくのないことを言い始めて、口籠くちごもっていると、里沙が、

 「よくわからないわ・・・そもそも、あなたがひどい目に遭いそうになったっていうのがわからないのよ。その高塚って生徒、いったい、何者なの?」

 「同じクラスの生徒ですが、昨日きのう、初めて見たんです。四、五日したら、期末試験が始まるんで、それで出てきたらしいんです」

 「初めて会ったばかりのやつと、なんで、いざこざを起こすんだよ」

 新井が、あきれたように、言った。

 その新井の言葉が思わぬ助けになって、高塚と出会ってからの経緯ことを筋立てて話すことができるようになった。

 二人は剛志の話を真剣に聞いていた。

 納得のいかないところや理屈に合わないところがあると、すかさず、質問してきた。

 剛志は、高塚と出会ってから単車置き場の場面までの出来事を、高塚が夜間定時制に既に、五、六年、在籍していることを含めて、ほぼ、伝えることができたと思った。

 単車置き場を離れた時の様子は、こんな言い方になった。

 「高塚は、四つんばいになって、鼻のあたりから血を流していました。鼻を右手で押さえたんですが、すぐに手が真っ赤になって、指の間から血がポタポタ落ちています。ぼくはどうしていいのかわからず、心配になったんですが、吉井が、鼻血だから、気にするな、鼻血の手当てぐらい仲間に任せればいい、って・・・」

 剛志が、その場面を思い出していると、新井が言った。

 「・・・それで、結局、どうなったんだ?」

 「吉井が・・・高塚こいつは、間違いなく、何か仕掛けてくると思うが、その時は、その時だ、これ以上痛めつけて、息の根を止めるわけにはいかんから、今日はこの程度で引き上げた方がいい、って言ったので、そこを離れようとしたんです。すると、右手と口の周りを血だらけにした高塚が、ぞっとするような眼を向けて、テメエら、ゼッタイ、ぶっ殺してやっからな! 覚えてやがれ、って・・・」

 里沙と新井が、驚いた様子で、顔を見合わせた。

 剛志は、そんな二人に挟まれて、うなだれていたが、思わず、もう、あんな学校、行きたくないな、とつぶやいてしまった。

 里沙は目を見開いて、新井は唖然あぜんとした様子で、剛志に顔を向けた。二人とも剛志が本気で言ったと思ったようだ。

 里沙が、真剣な顔をして、説得にかかった。

 「ちょっと待って。それって、本気で言ったんじゃないでしょう? まだ、一月ひとつきも経ってないのよ。本気だったら、悲しいわ。今度のことで、そう思ったのなら、心配しなくていいのよ。『絆』がどんな組織かわかってるでしょう? しっかり手を打つわ・・・大変なこともあると思うけど、やっぱり、続けてほしいな・・・通うのはあなたで、私じゃないし、それに、私のような立場で、こんなこと言う資格はないかもしれないけど、できれば、卒業するまで、がんばってほしいと思ってるの・・・こくかしら、こんなこと言って・・・」

 里沙の声に、いつもの張りがなかったので、里沙の横顔を盗み見た。

 睫毛まつげが濡れていた。

 剛志は胸がつまった。

 泪目なみだめになった顔を隠すようにして、言った。

 「・・・すみません・・・そんなに深い考えがあって言ったわけじゃないんです。退めたりなんかしません。今日も、学校に行きます」

 「よーし、そうこなくっちゃな。屋宮を呼び出して、あいつの車で、ついて行ってやるよ」

 新井が、元気づけるように、明るい声で言った。

 里沙は、ちょっと考えていたが、

 「・・・そうね、その生徒、何してくるかわからないから、しっかり手を打っておかないといけないわね・・・それと、その高塚って生徒、立ち直らせてあげられないかしら。もう六年も夜間定時制を退めずに続けているなんて、えらいと思うわ」


            2


 吉井は、いつもより少し早めに、剛志を迎えに来た。

 屋宮は、っくに来ていて、新井の部屋に入って、新井と話し込んでいた。

 剛志は、いつものように、吉井の単車の後部座席に乗せてもらって、少し早めの午後四時過ぎに、学校に向かった。

 屋宮が、白い軽自動車で、単車の後をついてきてくれた。

 無論、助手席には新井が乗っている。

 いつもと変わらず、市街地の中心部を通り抜けたが、途中、何事もなく、学校に着いた。

 新井は、早速、主事室にあいさつに行った。

 主事の上之園は、『絆』のことを知っていたので、非常に好意的だった。

 上之園は、昨夜の出来事を聞かされて、ひどく驚いた。確かに仲直りをさせたと思っていたのですがね、と言って、実に申し訳なさそうな顔をした。

 上之園は、高塚を改めて厳しく指導する、今後のことは学校が全責任を負う、と請け合った。

 新井は、そうしていただきたいし、それで大丈夫だとは思うが、念のために、車を校内にめさせてもらって、放課後まで待機させていただきたい、と申し入れた。

 上之園としては、昨夜のこともあるので、無下むげには断れない。

 結局、何かあった場合は、直ちに学校側にしらせる、翌日以降のことを相談しておきたいので、放課後になったら、主事室に立ち寄る、という条件をつけて、容認してくれた。

 新井と屋宮は、本館近くの、剛志の教室が見えるあたりに車を駐めて、待機することになった。剛志と吉井が授業を受けている時間帯は、行動は自由で、校外に出ることもできるので、それほど退屈することもなさそうだった。

 剛志が、吉井と別れて、教室に入ると、まだ、数名の生徒たちしか来ていなかった。

 SHRの時間になると、期末試験が近いことを意識してか、二十名以上になったが、高塚は現れなかった。

 吉井に痛めつけられた野間も姿を見せなかった。

 第一校時が始まっても、高塚も、野間も、現れない。

 剛志と吉井は、授業の途中で、上之園と神薗に呼び出されて、昨夜のことについて、詳しく状況を訊かれた。

 事情聴取の途中で、神薗が高塚の連絡先に何度も電話を入れたが、連絡が取れなかった。

 結局、最後の授業が終わるまで、高塚は現れなかった。

 放課後になって、剛志と吉井は、新井と屋宮が待機している車のところへ行った。

 屋宮が運転席から髭面ひげづらを出したので、高塚が来なかったことを報告した。

 屋宮が、そうか、しかし、まだ、油断はできんぞ、と、言った。

 新井が、助手席の方から降りてきて、剛志に言った。

 「村山、きみは、おれたちの車に乗ったらどうだ」

 「いえ、慣れてるし、和己と話もあるから・・・」

 「大丈夫かよ?」

 新井が心配そうに言ったので、吉井が機嫌を悪くした。

 「あんな野郎、怖くもなんともないです」

 「きみがそんな風だから、心配なんだ」

 そう言われて、吉井は、ちょっとふくれっつらをしたが、新井に悪いと思ったのか、

 「・・・じゃあ、何かあったら、新井さんのケータイに連絡を入れますよ」

 と、言った。取って付けたような言い方に聞こえた。

 新井は、それを感じ取ったはずだが、吉井の気性きしょうを知っているので、拘泥こだわらなかった。

 「そうしてくれ。きみたちの後を追っかけるが、道路の混み具合や信号の変わり具合じゃ、はぐれてしまうかをもしれんからな・・・ところで、おれたちの番号は登録してあったよな」

 吉井は、今度は素直に、コートのポケットからケータイを取り出して、画面を操作して、新井に見せた。

「・・・お、あるな・・・思ってた通り、やっぱり、おれたち番号より竹岡さんのが先かよ。あは、はは・・・とにかく、竹岡さんのが一番最初ってのは気に入ったけどな」

 新井は、そんな冗談を言って、上機嫌に笑った。

 新井は、吉井のケータイの確認だけで十分だと思ったのか、剛志のケータイまで覗き込むようなことはしなかった。剛志は、ほっとした。剛志のケータイの登録画面で真っ先に目につくのは、竹岡里沙、上原なつき、折見綾、の女名前だったからだ。

 吉井と剛志は単車置き場に向かった。

 剛志は、昨夜のこともあるので、周囲の暗がりに気をつけた。

 吉井は、いつものように、剛志を後部座席に乗せて、正門に向かった。

 剛志は主事の上之園が新井と屋宮を校舎内に連れて入るのを見たが、吉井は、それを知ってか知らずか、校門を走り出た。

 走り出てしばらくして、吉井が、バックミラーをちらちら見ながら、おい、おかしいぞ、あいつら、なんだよ、と言った。

 剛志が驚いて振り返ると、十数台の単車の群れが、爆音をたてて、後を追っていた。

 車道は片側三車線で、街路灯や周辺のビルや商店からの灯りが途切とぎれることがないので、視界は昼間と変わらない。

 ヘルメットの下から茶髪や金髪がはみ出している者、ヘルメットもかぶらずにモヒカン刈りような頭をさらしている者、白い戦闘服などが見えた。

 中には、金属バットのような物を振り回している者もいる。

 半数以上が二人乗りだ。

 単車の数が徐々に増えているようだった。

 排気量の大きい改造車らしいのも見える。

 中央線寄りを走っている単車の上に、赤いチェック縞が見えた。

 吉井がスピードを上げると、後の単車や改造車もスピードを上げる。

 交差点の信号が赤になったので、他の多くの通行車両と共に、吉井が単車を止めた。

 赤いチェック縞が、吉井の単車に追いついて、横に並んだ。

 「おんどりゃ、ぶっ殺してやっからな!」

 高塚が、地面につけた剛志の太腿ふとももを蹴飛ばすようにして、毒づいた。フルフェイスの黒いヘルメットの中の目が狂暴に光っている。

 信号が緑に変わった。

 吉井は急発進したが、通行車両が多くて、思うように走れない。

 数台の単車に左右と後を囲まれる形になった。

 吉井は、車両の間を縫って、逃げようとするのだが、うまくいかない。

 周囲の一般車両には、吉井の単車も若者たちのバイク集団の中の一台としか見えていないだろう。関わり合いになるのを避けたいのか、彼らが近づくと、申し合わせたように、速力をゆるめたり、進路を譲ったりした。

 吉井が、前方を向いたまま、早口で叫んだ。

 「剛志、番号を言うから、おれの兄貴のケータイに電話を入れてくれ! 高塚やつのことは話してある。N町の公園にすぐ来てくれ、と言うんだ!」

 「新井さんじゃいけないのか!」

 「いいから、言った通りにしろ!」

 吉井が、いらついて、怒鳴った。

 吉井は、暴走族の集団から逃げようとして、交差点に入るたびに方向を変えていたので、いつも通っている道順から大きくはずれていた。屋宮の車が後を追っていたとしても、全く方向違いの道を走っているはずだ。吉井もそのことがわかっていて、兄の政博の方が早いと判断したのか、あるいは、政博の方が頼りになると思っているのか。

 剛志は、左手を吉井の腹にしっかり回し直して、ジャンパーの右ポケットから自分のケータイをつかみ出した。

 単車にゆられながらの右手だけの操作は難しい。

 吉井に番号を聞きながら、なんとか、発信ボタンを押すところまで操作ができた。

 苛々《いらいら》するほど長い呼び出し音があって、やっと、つながった気配がした。

 フルフェイスのヘルメットを頭につけているので、よく聞き取れない。

 「・・・和己が・・・暴走族に・・・すぐ、N町の公園に・・・」

 と、一方的に叫ぶのが精一杯だった。

 「この野郎!」

 と、わめく声がしたかと思うと、右腕のひじのあたりを、金属バットで横殴よこなぐりに叩かれた。

 ケータイを握っていた右手がケータイごとヘルメットに激しくぶつかって、その衝撃で単車から落ちそうになる。慌てて右手も吉井の腹に回したので、ケータイを取り落としてしまった。

 頭はパニック状態になっていたが、新井に連絡すべきだと思った。

 「和己、ケータイを落としてしまった! おまえのを借りるぞ!」

 と、叫んで、吉井のコートのポケットを探って、吉井のケータイをつかみ出した。

 登録画面を出したが、相手を選んでいる余裕はない。

 最初の登録番号のところで、発信ボタンを押してしまった。

 発信音が聞こえたが、何も言わないうちに、また、ケータイを叩き落とされてしまった。


                3


 N町の公園は剛志も知っている。

 パチンコ店に出入りしていた頃、早過ぎる時間にF市の中心街に着いてしまった時など、単車を公園の中に乗り入れて、時間を潰したことがあった。

 吉井は、何か考えがあって、N町の公園、と言ったのだろう。

 街路は片側三車線だが、依然として、通行車両が多い。

 高塚たちも、人目の多いところでは、手の出しようがないらしく、

 「おら! おら!」

 「おんどりゃ、ぶっ殺してやっからな!」

などと、吉井の単車にぶつけるようにしながら、罵声ばせいを浴びせかけてくるだけで、方法がないようだった。

 夜も遅い時間なので、通行車両の車間が開くことがある。

 吉井は、急にスピードを上げて、後続の単車を引き離しておいて、歩道に寄せるようにして、車道の左端を走り始めた。

 ガードレールがあるので、逃げられないと見てか、後続の単車の集団は吉井の左端その走行を阻止しなかった。

 左前方に樹木の目立つ場所が迫ってきていた。

 N町の公園だ。

 防災用を兼ねていると思われるこの公園は、何か大きな行事イベントが開催されると、向こうの繁華街側に急ごしらえの露天の店が並ぶ。

 そういう時は臨時の駐車場として開放されるが、平常は、入り口に太くて頑丈な鉄の棒が間隔を置いて三本立ててあって、車の乗り入れはできないようになっていた。

 両脇の二つのコンクリート製の門柱と鉄の棒の間は、それぞれ、七,八十センチほどの間隔があって、人の出入りはできる。

 吉井は、この公園で時間を潰す時は、その隙間すきまたくみに通り抜けて、単車を中に乗り入れていた。

 公園の反対側にも同じような出入り口があるので、吉井は、公園の中を走り抜ければ、大半の単車と改造車を振り切ることができると計算していたのだろう。

 公園の入り口の近くでガードレールが途切れると、吉井は、ハンドルを左に切って、歩道に乗り入れ、三本目の鉄の棒と右端の門柱の狭い空間を走り抜けようとした。

 スピードをあまり落とさずに乗り入れたので、前輪が左側の鉄の棒に激しくぶつかって、単車が右に倒れかかった。

 吉井も剛志も、その衝撃に耐えて、右脚を踏ん張ろうとしたが、支えきれずに、飛び降りた。

 単車は、後輪を回転させたまま、激しい音をきしませて、横倒しになった。

 吉井が咄嗟に切ったのか、倒れた衝撃のためか、エンジンが止まった。

 吉井は、剛志、こっちだ! と叫んで、公園の中に駆け込んだ。

 ヤロウ! などと叫びながら、茶髪や金髪やモヒカン刈りが、公園の入り口の周辺に、次々に単車を停めた。

 後から走ってきた改造車は、さらに二、三十メートルほど走ってから、車道の左端に車を寄せて、停まった。

 吉井は、公園を斜めに走り抜けて、公園の向こう側の繁華街に逃げ込もうと考えていたのだろう。

 公園内には、適度な間隔を置いて、水銀灯の細い鉄柱が立っていて、隅の方まであかりが届いている。

 夜も遅い時刻なので、人影は見えない。

 剛志が吉井の後を追いかけていると、村山君! 村山君! と、叫んでいる若い女の声が聞こえた。

 剛志は、走りながら、振り向いた。

 すぐに、その声が誰のものであるかわかった。

 上原奈月が、公園の中に駆け込んで、剛志の名を呼んでいるのだった。

 あいつが、なんでこんなところに、と思ったが、なぜか涙が溢れ出てきた。

 金髪や茶髪が勢いよく追いかけてきていたが、剛志は、そんな連中を恐れる気はなくなった。

 吉井も、奈月に気づいて、走るのを止めていた。

 剛志は、真っ先に飛びかかってきた先頭のモヒカン刈りに、猛烈な頭突きを見舞った。

 吉井も、走り寄ってきた茶髪の横っ腹を蹴りつけ、蹴り倒し、さらに体を反転させて、二人目の若者を右のこぶしのパンチで牽制けんせいしておいてから、得意の回し蹴りを見舞う体勢を取って、三,四人の若者と、二,三メートルの間隔を置いて、睨み合う形になった。

 剛志の目の前を、突然、何かが横切った。

 駆け寄っていた高塚が、自転車のものと思われる鉄製のチェーンを振り回しているのだった。目が凶暴に光っていて、すさまじい殺気が感じられた。

 チェーンが頭の上から襲ってきた。

 剛志は、咄嗟に頭を右に傾けて、頭部や顔面への打撃は避けることができたが、チェーンがしなって落ちてきて、左肩を強打して、さらに背中を激しく打った。

 気の遠くなるような激痛が走った。

 顔を蒼白にして、目を吊り上げた剛志は、チェーンを右手でつかむと、力任ちからまかせに引き寄せながら、体勢を崩しかけていた高塚の股間を、あしも折れよと、蹴り上げた。

 高塚は、チェーンを引き戻そうとして、たたらを踏むような恰好で右足を大きく踏み出していたので、まともに急所に決まることになったのだろう。ギャーッと怪鳥のような悲鳴を上げて、前傾姿勢で倒れて、失神したのか、そのまま動かなくなった。

 奈月は、無謀むぼうにも、乱闘現場へ駆け寄って来ようとしていた。


 奈月は、この日の放課後、仕事先の終夜営業の飲食店へ向かおうして、バイクで車道へ走り出た時、校門近くの道端に単車がずらっと並んでいるのを目にして、驚いた。

 様々《さまざま》な排気量の単車にまたがっているのは金髪や茶髪の若者たちだった。赤いチェック縞が見えた。街路灯や周辺のビルの灯りで、見紛みまがうことはなかった。

 奈月は、昨夜、少し離れた暗がりから、事の顛末てんまつを見ていた。

 仕事先に急ぐ必要があったのに、釘付くぎづけになっていた。

 結局、剛志らが不利な状況にないことを見届みとどけてから、その場をそっと離れたのだが、チェック縞が最後に言った言葉を聞いていた。

 従って、この単車の群れが何を意味しているかすぐにわかった。

 奈月は、街路樹の陰にバイクを停めて、様子をうかがっていた。

 吉井の単車が、剛志を後部座席に乗せて、校門を走り出て来た。

 それを待っていたように、単車の集団が一斉に動き始めた。

 奈月は、距離を置いて、後を追った。

 単車の群れの傍若無人ぼうじゃくぶじんな集団走行に邪魔されて、徐行している車が目立ち始めた。

 タクシーも、四、五台、徐行していた。

 奈月は、その中の歩道寄りを徐行し始めた一台に近づき、その左脇を並行して走り始めた。

 人の良さそうな中年の運転手は、夜更よふけに、バイクの女の子が併走しながら、泣きそうな顔をして、自分の方をチラチラ見るので、左側のパワーウインドウを全開にした。

 奈月は、併走しながら、暴走族の集団の方を目顔で示して、警察に通報しください! 警察に通報してください! と、二度、叫んだ。

 運転手は、くわしい事情はわからなかったはずだが、緊急性は伝わったようで、二,三度、うなずいてみせた。

 奈月は、運転手が無線交信機を取り上げて交信を始めたのを見て、タクシーから離れて、スピードを上げた。

 奈月は、暴走族集団のかなり後方を走っていたが、吉井の単車が公園の入り口で激しく横転するのを見た。その直後に、幸いに怪我がなかったらしい吉井と剛志が公園に駆け込むのを見て、急速にバイクのスピードを上げた。警官隊がすぐ来るはずだから、抵抗するな、これだけは伝えなければいけない、その一途いちずな思いからだった。茶髪や金髪の単車を何台も追い越すほどの勢いだった。

 奈月は、後先あとさきの考えもなく、バイクを歩道脇に放り出して、公園に駆け込んだ。

 タクシーの運転手は、自分を頼った女の子の身を案じて、後をついて来ていて、公園の中に駆け込むのを見ていた。

 後から公園の中へ入って来た連中は、村山君、村山君、と叫んでいる奈月が目に入った。自分たちを追い越し、公園の中に駆け込んだ一人が仲間でないことに気づいた。

「おい、女だ!」

「ほんとだ!」

「あいつらのスケじゃねえか!」

 奈月は、たちまち、四,五人の若者に囲まれ、金髪に背後から羽交い締めにされ、前から迫ってきた茶髪に抱きつかれた。

 奈月の濃紺のジャンパーの下の白いセーターが下着やブラジャーごと引きめくられ、白い腹部が、左の乳房のあたりまで、水銀灯の下にあらわになった。

「おっ、いいオッパイしてやがる!」

 水銀灯に照らされた夜の雰囲気が、若者たちを大胆にしているようだった。



                      

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