第二章
私は小学生になる時、父の仕事の都合で、東北のとある港町に引っ越した。私は留美やその他の友人たちと別れ、新しい環境で周囲の小学生と人間関係を育まねばならなかった。この地で私を悩ませたのは、この地域の方言であった。私の一家は転勤族で、私は幼い頃から日本中を転々としていたため、却ってどの地方の方言にも染まらず、総じて標準語で通していた。しかしこの港町には独特の村社会とでも言うべき共同体意識があり、方言を使えない者が疎んじられる傾向にあった。私はその方言を少しずつ覚えていったが、それでも一つ下の弟の様にはすんなりと周囲の人間関係に馴染む事が出来なかった。というのも、私は方言を使えるようになるに従って上手く意思表示することが出来なくなっていったのである。私の不自然な方言は、自分で聞いていてまるで自分の発する言葉の様には思えなかった。
そんな私は友人が少なく、とりわけ孤独な学校生活を送っていたのだが、唯一親しい友人というのが同じくその町に引っ越してきたばかりの悠一郎であった。彼は京都の出身であったから、京都弁が既に身に付いており、それを臆することなく使っていた。それは共同体の中で疎んじられるどころか、むしろ珍しがられて歓迎された。標準語という無色透明の存在は除け者であったが、京都弁という異文化はむしろ一つのキャラクターとして受け入れられるらしかった。こうしてみると私が周囲に馴染めなかったのは単に方言のせいとばかりも言えないかもしれない。そんなわけで私にとって悠一郎は唯一の友人であったが、対して悠一郎にとって私は大勢の友人の中の一人であり、それは対等な友人関係とは言えなかった。
悠一郎は活発な少年で、私はそんな悠一郎と学校帰りに近くの公園に寄って遊んでいくのが日課になっていた。しかしそれは私にとっては苦痛以外の何物でもない習慣であった。なぜならその公園へは私と悠一郎だけでなく、悠一郎の他の友人も何名か連れ立って行ったからである。その友人というのが、大抵は同じクラスの女児であった。私は悠一郎の友人である女の子達と話をする事が出来なかった。既にその頃、私の中では女性が崇高な存在として君臨しており、私はその畏れ多さと不可解さから、その末端にさえ触れる事が出来なかったのである。その崇高さは、例えば学校の便所の色によって証明されていた。その頃私は学校の便所が男性用は青、女性用は赤を基調にして彩られている事の意味を考えていた。青は明らかに人工の色である。対して赤は肉や血液、つまり自然を象徴した色である。自然と人工を比較してどちらが神に近いかは言うまでもないであろう。こんな些細な違いからも私は女性に畏れを抱いていたのである。
そんな訳で、悠一郎が絶えず数人の女児達と談笑するのを、私は遥か遠くでぼんやりと見守っているしかなかった。私はその時、考えなければならなかった。何故彼女達は崇高な、神聖な存在でありながら、悠一郎に群がっているのかを。悠一郎に何か特別な価値があるのだろうか?しかし私の知る限りではそうとも思えなかった。私の目から見れば、悠一郎は他の男児と何ら変わらない、凡百の徒と言うべき「男」という存在に過ぎなかった。崇高な存在はそんな「男」に一体何を求めているのか?この世の想像主が神であれば、神は自らの創りしその世界を、何を思って見つめているであろう?その眼差しの先に求めるものは何であろう?私は考え倦ねると、決まって心の中に姉の姿を見出すのであった。太陽を背に真上から手を振る姉の姿は私に何を訴えているのか?遥か下方に蠢く衆生界で彼女を崇めるこの私に。
(それは犠牲ではないだろうか?)
と、私は思い当たった。神は自らの存在を崇高ならしめる為に、犠牲たる世界を創らねばならなかった。思えば犠牲があればこその崇高さであり、崇高な存在あっての世界であった。従ってそういう相互性がなければ、世界は存在しないはずであった。してみると、私は神の、彼女の犠牲にすらなれない存在であった。
ふと見ると、公園のベンチに一人の白髪の老人が腰掛けていた。北風に吹かれてほつれ毛を揺らし、何やら遠くを見つめている。老人とは私にとって既に男女の区別を免れた、言わば第三の性であった。それは神と世界の相互性の中の役割を終えて赤子の如く自己本来の姿に還った存在であった。老人の視線の先はただ虚空を彷徨い、そこには何らの崇拝も、犠牲も必要としない公正な微笑が含まれていた。私は老人になりたいと思った。老人には隷属の苦しみがないように思われたのである。然るに、私はまだその時十歳になるかならぬかであった。陰鬱な空の下で、木々のざわめきを聞きながら、私は人生の長さを呪った。
そうしているうち、悠一郎が女児の群れから抜け出し、私の方へ歩いて来た。
「おい、何やってんねん。智久も混ざれや」
私は憂鬱を振り切って悠一郎に笑いかけた。それは犠牲になれなかった者の卑屈な笑いであった。
「僕は…いいさ」
「何がいいねん。お前はもっと人生を楽しめや」
悠一郎は言葉の端々まで堕落していた。それは犠牲になった者の堕落であった。堕落が男の快楽であれば、確かに悠一郎は人生を楽しんでいたに違いない。ただ私には堕落が快楽とは思えなかった。私はこの期に及んでまだ崇高な存在を指向していた。そうなれない事を知悉していたにも拘らず!つまりその時、深海の暗闇から必死で水面の光を目指して浮き上がろうとする私の足首を、悠一郎は海底に住む化け物の如く掴んで引きずり込もうとしていたのである。
「悠ちゃん、こっちさ来らい!」
一人の女児が、悠一郎を手招きして呼びかけた。
「呼んでいるよ。さあ、行ってきな。僕はここで待ってるから」
私はそう言って悠一郎を促した。悠一郎は渋々集団の中に引き戻された。
私がここまでして悠一郎の日課に付き合わなければならなかったのは、悠一郎との友情を失いたくないという理由の他に、更に重要な理由があった。当時私が帰宅すると、決まって母は私を殴打した。私はそれが恐ろしく、家に帰りたくなかったのである。殴られた理由はよく覚えていないが、大方些細な事であったろう。思えば、母はその街の暮らしに疲れきっていた。慣れない田舎町での暮らし、そこでの人間関係によほど耐えかねるものがあったに違いない。母はそれを私や、私の弟にぶつけていた様に思える。ただ家族という血縁集団の中でのみ、私は犠牲としての役割を全うしていたとも言える。しかし私はその事に満足してはいなかった。なぜならその頃の私はまだ犠牲を欲していなかったし、第一、母は心の底では私を愛していた。すなわちそれは真の犠牲とは思われなかったのである。
私は公園からの帰り道、悠一郎やその友人達と別れると、一人海沿いをゆっくりと歩いた。潮の匂いや遠くに浮かぶ汽船の遠吠えなどが、私の気分を幾分落ち着かせた。私は海が好きであった。この海に溶け込んで、地上の摂理を免れる事を、私は夢見た。万物の母なる海には、地上の異物をも飲み込んでくれる寛容さがある様に思われた。つまり私は私の中で地上の異物であり、海は私の姉を象徴するものであった。しかしながら私は海に身を投げる様な事はできなかった。それは私が死を恐れたからである。その行為によって、自分が自分の犠牲になることを恐れたのである。すなわちその行為が落伍者である自分を真に落伍者足らしめてしまう事を、私は知っていた。私は生きなければならなかった。姉のいないこの世界で。黒く淀んだ海、白く泡立つ縞模様、外洋に轟く潮騒の中で、私はそんな事を考えていた。