思考速度違反
未来の高速道路で起きた、ちょっとした出来事の短編です。
派手さはありませんが、技術と人間の“ズレ”を静かに描いています。
気楽に読んでいただければ。
「はーい、前の車両。ゆっくり左に寄って停止してください」
赤色灯を点けた『覆面パト』から、前方を走る車両に声をかける。
こういう場合は、アナログの方がいい。
帝都環状高速道路、一般に『テトコー』と言われている。
違法改造した車が走り回っていたこともあったが、今は昔。
ここ十年ほどは静かなもんだ。
実は俺も走り回っていたことがあったりして。
まあそれも、昔のハナシだ。
今じゃこうして安全運転、させる側だがね。
道路にはセンサーが設置され、車両に搭載された制御器『アンダー』と連動することで、安全で効率的な運行が為された「高速」道路となっている。
この仕組みは、主要な幹線道路へも徐々に拡大されつつある。
車両への『アンダー』搭載は義務となっており、街角には『ユービス』が設置され未搭載車両をチェック、その撲滅に一役買っている。
違反した場合は最低でもイッパツ免停。
それはともかく、あの車両、なかなか寄らない。
自動ではなく、運転者によるマニュアル運転であることは確認済みだ。
だから『割込み』をかけて強制的に停止させた。
『割込み』は『アンダー』に対するコマンドの総称で、パトカーや白バイなどに搭載されている機能である。
悪用を避けるため、使用時にはランダムに変化するキーコードによる認証が行われる。
停止した車両の後方に停車する。
『覆面パト』のカメラが、停止した車両を映していることを確認して降車する。
「運転手さん、窓を開けてください。運転手さーん」
運転手がハンドルを握っていることを確認、同乗者なし、窓をコンコンする。
幹線道路や再開発地域では、大勢が自動運転に傾いているが、古い街並みの残る地域では道幅も狭く入り組んだままのため、マニュアル運転機能は未だ残している。
数秒して窓が開く。
「免許証を確認しますね」
運転手はずっと黙ったままだ。
最近は、免許証が車のキーも兼ねているのが流行りだ。
今回もその例に漏れず、ハンドル脇の小物入れに無造作にあった。
ほほう、免許取り立てで『GT-RR』ですか。そーですか。
先月、販売開始したばかりの新車。運転席もきれいなもんだ。
『アンダー』への改造は為されていないことは既にわかっているが、目視での確認は必要だ。
『アンダー』には改造できないよう、様々な技術が施されている。
が、もし改造をした場合は最悪、テロ行為として国家転覆罪の適用の可能性も示唆されている。ま、最悪のケースだが。
「じゃあ、これ咥えて。思いっきり息をふーって」
動作が鈍い。何とかやらせて検知器をチェックする。
はい、出ました。
相方に目くばせを送ると、『覆面パト』へ。増援要請のためだ。
「すみません。もうちょっと待っててくださいね」
運転手に言う。まあ、動けないだろう。そーゆーヤクだ。
そうして数分後に増援到着。
伝わっているとは思うが、増援の警官に改めて状況を説明する。
「まずは、思考速度違反。ええ、遅い方の。
で、『スポイラー』反応あり」
検知器を見せる。
互いにうなずき、後は流れる様に移送作業へ。
検出した反応は『スポイラー』。
ヒトの思考速度を低下させる違法薬物だ。
思考速度を低下させることによって、『アンダー』に制限された速度でも、超高速の感覚を「安全に」味わうことができる。
まあ、思考速度が低下するから、捕まっても動けない。
この運転手の様に、黙ったままだったり動作が鈍かったり。
副作用は無いというハナシだが、今時は、何を混ぜられてるかわかったもんじゃない。
運転者を増援のパトカーに連れていく。
もう、『スポイラー』の効果は薄れている様だ。
で、昔の走り屋としては、ちょっと訊いてみたいことがあった。
「サーキットだったら『アンダー』無効だから、思いっ切り走り放題だよね。
そっちのが楽しいんじゃないの?」
何の為の『GT-RR』だよ。
「だって、怖いじゃないですか。本当に速いのなんて」
なるほど、わからん。わかりたくもないな。
読んでくださり、ありがとうございました。




