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 ハク様が止めていた動画を再生した。沓谷氏が演説を終えると、演台から去っていく彼が向かう先で、待っている女性が映った。ハク様がまた、動画を止めた。


「この人は教祖の奥さん。沓谷春代(はるよ)夫人だよ。教団の財務関係は、この人に一任されてる。信者から集めた献金がたんまり入った金庫を管理してるのも、この人なんだ」


 年齢は教祖と同じくらい、四、五十代ほど。オレンジの大きな花柄の、タイトなドレスに身を包み、ピンクの口紅を艶めかせていた。ハク様が動画をスロー再生する。


「金庫の暗証番号は教祖ももちろん知ってるけど、基本的に開け閉めしたり、中身を把握してるのは春代夫人。逆に言うと、金庫を開けられるのは教祖とこの人だけ」


 他の幹部クラスの信者でも、金庫を開ける権利はないのだ。


「教祖である旦那は朗らかで誰もが慕う人柄なんだけど、春代さんはちょっと怖くてさ。恐怖政治ってんじゃないけど、皆が顔色を窺ってる」


「ケバくて怖く見えるもん」


 俺も同調すると、ハク様は「ね」と相槌を打った。


「見た目の雰囲気もだけど、教団の財政を担ってる人だからというのも大きいかな。春代さんの気分ひとつで、先祖供養やら病気治癒やら災厄回避やらの理由をつけて、特別献金を回収することもある。信者は日頃の献金でさえ、生活を犠牲にして払ってる人も少なくないわけで……上辺は納得して納めてる顔してても、本音で言えば痛い出費じゃんな」


「そういう怖さもあるんだ。そういや信者からの献金って、額の規定とかあるのか?」


 教団が金を集めているらしいというのはなんとなく知っているが、どんな仕組みになっているのか全然知らない。俺の質問に、ハク様があっさり答えた。


「表向きは自由意思。あくまで信者のお気持ちによる寄付金という位置づけになってる。だから金額は定められてないんだけど、まあ、例のごとくだよ」


「たくさん納めるほど、信仰心がある……みたいな?」


 これまでの信者同士の競り合いから察するに、お金という分かりやすい数字で示せるものは、まさに信仰の強さを誇示するポイントだろう。ハク様はこっくり頷いた。


「そう。自由という言葉は建前になってしまった。信者同士で、献金額が少ないと相対的に不幸になるかのように不安を煽り合って、お互いに額を吊り上げてしまう。自由意志なんて事実上抑圧されてるんだ」


「嫌な世界だな」


「納金の方法も自由だったはずが、『流動性が高い現金こそ、自由!』って声が高まって、今や現金で納めない信者はモグリかのような空気だし」


「自由を求めてるはずなのに、なんで自ら面倒くさいルールにするんだろうな。しかもそういう、表向きは自由と謳っておいて暗黙の了解で決まってるみたいな……いっそルールとして明文化されていたほうがまだ楽だよな」


 教団の面倒くさい文化に呆れてしまう。ハク様は眉を寄せて唸った。


「人間ってきっと、自由にされると、どうしたらいいか分からなくなっちゃうんだろうね。だから集団の中では常識という名の基準、そこに近いほうが正解、自分は間違ってないって思える道しるべが欲しくなるんだろうね」


 そう言われて、俺は会社員時代の自分を振り返った。顔も体型も営業トークも、特徴のない、所謂普通の人。間違えたくないから、奇を衒ったことはしない。俺も、道しるべにしたがっていたひとりだ。

 そんな俺が、神様を誘拐するという奇想天外で常識外れな事件の主犯役になってしまったわけだが。


 動画の画面の端に、神経質そうな痩せた中年が映った。ハク様がぴたりと停止ボタンを押した。


「これが教団の幹部のひとり、安東(あんどう)敏夫(としお)。正式な肩書きはないけど、役割的には、もはや副教祖。教祖の右腕」


 こちらはシンプルな灰色のスーツにシンプルな紺無地ネクタイの、堅物そうな男だった。白髪交じりの髪が輪郭を引き締め、その渋さを際立たせる。いわゆるイケオジと言われるような、かっこいいおじさんである。


「大人しそうに見えるけど、こいつを舐めたらいけないよ。教祖と春代夫人が、教団の方針からプライベートまでなんでも相談する相手が、この安東氏なの。教祖とは学生時代から唯一無二の大親友なんだ」


 たしかに聡明そうな、知性に溢れた目をしている人だ。俺は彼の気難しそうな顔を眺めていた。


「学生時代からか。教団設立時からいる、スターティングメンバーでもあるのかな」


「うん。それどころか、お金持ちではあるけど経営はできない教祖に、帝王学を吹き込んでる人だよ。実質、教団をここまで大きくしたのは安東氏と言っても過言じゃない」


 元手となる資本金を持っていたのは、教祖。それを上手く運用して、教団を成長させたのは安東なのだ。

 ハク様がこちらを仰いだ。


「三億円獲得のためのキーマンは、この三人だ。最終決定権を持つのは教祖。教祖ひとりなら、信仰が厚いからすぐ金を用意しそうだけど、お金の管理は春代夫人。そしてふたりの相談役で、テンパる教祖に冷静な入れ知恵をする安東氏がいる。ここをどう崩すかが課題になる」


 俺たちはこの人たちを相手にとって、神様の身代金を要求する。いたずらと思われてあしらわれるだろうか。でも実際にご神体がなくなっていれば、教祖をはじめ幹部も信者も慌てるだろう。しかし素直に金を出すだろうか。それも、三億も。

 教団は今頃緊急会議中だろうか。相手は大人数の大人たち。こちらは無職の俺と、初対面の変人のふたりだけ。どう考えても分が悪い。三億円が手に入るどころか、警察に突き出されるのがオチではないか?

 やはり自分が犯罪者になる前に、警察に相談したほうがいいだろうか。神様誘拐なんて、本当はしないほうがいいことくらい分かっている。現段階ならまだ、ハク様に強引に携帯を使われてしまっただけだと言い逃れができる。真っ当な人生を歩むためには、今のうちに計画から下りたほうが賢明ではないか。

 などと考えを巡らせていると、ハク様がぽんと手を叩いて切り替えた。


「でね、さっき祭礼の内容のひとつに、『祝福』を挙げたじゃん? その祝福っていうのが、これ」


 ハク様は画面を操作して、別の動画を流した。その映像に俺は思わず、えっと声を洩らした。画面に映る、煌びやかな赤いミニドレスの、愛らしい女性。カラフルな格好の信者たちの前で、マイクを握って手を振り上げる。


「皆、いっくよー! せーの!」


「ミーニャン! ミーニャン!」


 礼拝堂が完成に包まれる。俺は画面の前で唖然とした。先ほど、詰め掛けた信者たちを見て「アーティストのライブみたい」と感想を持ったわけだが、これは本当にアーティストのライブ……アイドル、ミーニャンこと常盤(ときわ)美奈(みな)のライブである。先ほどまで神聖で荘厳な雰囲気で、教祖が喋っていたのに、急に俗っぽい光景になった。

 呆然とする俺に、ハク様が淡々と説明した。


「うちの教団における『祝福』は、こうやって人気アイドルを呼んでライブを催すほか、豪華な食事を出したり、皆で旅行に行ったり、ハッピーなイベントを行うことなんだ」


「ああ、そういうことか」


「そのハッピーな祝福のためのお金はどこから来てるの? っていうと、信者から集まった献金。献金は本来、教団の運営費に当てられるための資金なんだけど、たくさん集まりすぎて余っちゃったら、それを祝福に使う」


 教団の祝福というからには、スピリチュアル的なものを想像していた。ハク様の話を聞いた感じ、献金の余剰金をイベントという形で信者に還元するものらしい。


「これは人間による、神様の力の真似事、という位置づけなんだ。真に望みを叶えることができるのは神様なんだけど、神様の祝福をリアルに実感する機会なんてそうそうないでしょ。だから教団幹部がこういう企画を開催して、信者たちを楽しませてるんだ。あ、神様イコール俺なんだけどね」


 ハク様が取ってつけたように言う。

 教団内の定義では、祝福は本来は神様から与えられる霊的な力で、望みをかなえてもらうこと。その祝福の代用として、教団がお金で行えるイベントを企画する。ただし、信者が身を削って出してきた、献金の余剰金の範囲で。

 こういうイベントは闇が深い。信者が身の回りの人を勧誘する口実になるし、アーティストのファンがライブ見たさに近づいて入信させられることもあるだろう。既存の信者たちも、「教団は楽しい」「素晴らしい」と信者に刷り込まれ、深みに嵌まっていく。

 画面の中でアイドルが歌う。俺は恐る恐る尋ねた。


「こういうところに呼ばれてるこのアイドルも、白き自由の教団の信者だったりする?」


「そうとも限らない。お金で呼んだだけだから」


 ハク様はさらっと答えたのち、難しい顔になった。


「祝福に使われるお金は、そのために積み立てられるお金じゃなくて、あくまで余剰金。だから余剰がないときは祝福はないし、たくさんあるときはその分豪勢なイベントになる。ここ最近は、祝福は行われていなかった」


「へえ、すげえ金集めてるって聞いてたけど、余るほどではなかったんだな」


 運営費につぎ込んだのだろうか。信者たちは残念だったかもしれないが、そんなもんか。と思ったのだが、ハク様はかぶりをふった。


「ところがどっこい! 春代夫人が管理する金庫には、たっぷりお金が余ってたんだ。余ってたのに祝福に使ってない、宙ぶらりんの余剰金。その額なんと」


 ハク様は指を三本立て、俺に突き出した。


「三億円」


 ハク様が身代金の額として設定したその額は、使わずに貯め込んでいる、手つかずの三億円だったのだ。


「三億も貯まってるのに、経理の春代夫人はそれについて一切触れていなかった。やがて教祖が気がついて、この三億で盛大なイベントを行おうと提案したんだ。超大型フェスの開催を、教祖自ら企画を出したのだけど……」


 険しい顔で俯き、ハク様は腕を組んだ。


「なんと、頓挫。幹部連中からあれこれ言われて、押し切られて、教祖の企画は倒れてしまった。おかしくない? お金はある、使い道はない、だから企画したのに、どうして? 神の代弁者である教祖の企画に、金を出し渋るなんて何事? 神様への信仰心はそんなもん?」


 そして彼は、ぽんと手を合わせた。


「そこで思いついたのが、『神様誘拐』だった。教団幹部が動かさないその三億円、神様がいなくなる緊急事態でも、使わないのか? 信仰心があるなら、躊躇なく差し出すはず。神様か三億円か、教団にとって大事なのはどっちなのか、確かめてやるんだ」


「はあ、たしかに無意味に三億貯まってんのは不自然だもんな。でも……」


 俺は一旦納得したのち、首を傾げた。


「信仰心があるかどうか、ハク様にとってそんなに大事なことか?」


「死ぬほど大事だが!?」


 ハク様が目を剥く。俺はうーんとさらに首を捻った。


「なんで? 教団がバカ真面目に神様を信仰していようと、ただのビジネスだろうと、どうでもよくない?」


「どうでもよくないよー! だって俺自身が神なんだもん!」


 ハク様は頭を抱え、子犬みたいにキャンキャン騒いだ。


「さっきも話したとおり、俺たち神様は、信仰がある限り存在するけど、ないと存在し得ないんだよ。信仰があるかないか! これド直球の死活問題なの!」


「神様設定はもういいって」


「設定とか言わないでー!」


 ハク様は寂しげに嘆いたのち、諦めてため息をついた。


「まあいいや。加藤くんはここまで知っててくれればよし。教団の教えとか幹部の人間関係とかは、入信しないのであれば関係ないから知らなくていいよ。あとは俺のいうことに従って、三億円を手に入れてくれればいいからね」


 この前代未聞の神様誘拐事件は、先行きは全く見えない。それだけでも不安だが。相棒となったハク様自体が、信用ならないのだ。

 まず神様を名乗る意味が分からないし、俺に三億を与えようとする意味も不明。信仰心を試すとか言っているが、それが本音とは思えないから、教団を揺さぶる意味も謎。なにもかも、意図が読めない。ハク様について分かっていることは、やけに洞察力が鋭いことと、教団にやけに詳しいことくらいだ。

 そしてその洞察力の前では、俺が計画を降りようと考えているのも、見透かされる。


「余計なこと考えなくていいよ。さ、身代金受け渡しの電話をかけよう」

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