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「結論から言うと、加藤くん。君は現金三億円を手に入れることができる」


 人っ子ひとりいない静けさの中、彼は人差し指を立てた。

 先ほどの電話から推測して、絶対にろくな話ではない。


「神様を誘拐した、って話か?」


「そう。誘拐事件を起こして、身代金を要求するんだよ」


 誘拐なんて、俺が飲みながら考えた冗談と同じレベルだ。


「犯罪なんてだめに決まってるだろ。大体なに? 神様を誘拐って。どうやって神様を誘拐するんだよ」


「さっきも言ったとおりさ。神様は俺。俺が神様」


「その前提がもう意味不明なんだよ」


 突拍子もない話だ。めちゃくちゃすぎて、頭が追いつかない。目を回す俺に、彼は頷いた。


「理解しなくてもいい。君は俺の指示どおりに動けば、お金が手に入る。最高でしょ。断る理由ないでしょ」


「あるよ、そんなやばそうな話に乗るの、リスクしか感じないよ」


「とにかく俺は神様なの。そこは一旦受け入れてくれる? じゃないと話が進まないから」


 彼はベンチの背もたれに体を預け、夜の空を見上げた。


「加藤くん、白き自由の教団は、知ってるよね」


 話を聞く気なんてとうになかったが、中原たちとの話題に上がった教壇の名前が出てきて、思わずはっとした。


「……よく知らないけど、存在は知ってる」


「その白き自由の教団の神様を誘拐する。彼らは神様を信じてる。神様が誘拐されたとなれば、お金くらいぽんと出す、はずなんだよね」


 そう言って、彼はパーカーのポケットから、あの白い石を取り出した。


「これね、実は白き自由の教団の神様の、ご神体なんだ」


「へえ……え!?」


 一瞬聞き流しそうになって、俺は白い石を二度見した。


「ご神体? この石に神様が宿ってるみたいな、そういう話?」


「そう。そのご神体がここにあるってことは、つまり?」


 彼はニヤッと笑い、俺に結論を言わせた。


「神様が、誘拐されてる……」


「そういうこと」


 そうか。これを持って逃走すれば、「神様誘拐」ってわけか。外から見れば単なるきれいな石でも、神様を真剣に信仰する教団の信者にとっては大事な神様であり、それを取り返すためなら金を出す。という算段なのだ。

 もし教団の人間が警察に通報したとしても、「神様が誘拐された」などと言われても警察が真剣に取り合うとは思えない。仮にちゃんと話を聞いたとしても、実際に消えているのがこの石ころなら、せいぜい窃盗罪での捜査くらいしか行われないだろう。


 でもこのご神体には、三億の価値がある。


 パーカー男は、ご神体をパーカーのポケットに無造作に突っ込んだ。


「と、いう石をこうやってポケットに入れてたから、うっかりコンビニの前で落としたわけだけど」


「あ、危なっかしいな!」


「この計画が成功したら、三億全額、君にあげる」


 三億、全額!

 不覚にも揺らいでしまった。冗談としか思えない話だが、興味深い。誘拐と言っても、持っていればいいのはこの石ころだけ。上手くことが運べば、一攫千金も夢じゃない。幸いというか生憎というか、仕事がないから時間はある。

 いや、でも犯罪は犯罪だ。手を染めてはいけない領域だ。まずこの、自称神様の変人が信用に値しない。一瞬揺らぎかけた自分を律して、首を横に振った。


「だめなものはだめだ。真剣に神様を信じてる人たちを、騙すような真似はしちゃいけない。他人様から金を脅し取るなんてもってのほか!」


「でももう加藤くんの携帯で脅迫電話したし、君に拒否権ないよ?」


「え、非通知設定にしてないの?」


「してない。他人の携帯で、そんな設定のしかた知らないし」


 ……ってことは、教団側にはしっかりと、俺の番号が履歴として残ってしまっているということか。はっと携帯を見ると、知らない番号から繰り返し電話がかかってきていた。


「うわあああ! もう鬼電されてる!」


「そりゃそうだよねえ。教団からしたら、神様誘拐の犯人の手がかり、その番号だけなんだもん」


 赤パーカー男が他人事のように、哀れみの目をする。俺はあわあわと携帯を手の中で転がし、ひとまず電源を切った。位置情報を取得されたりしたら大変だ。


「もう……俺に選択肢ないじゃん! こうなったらもう、あんたの話に乗って三億手に入れるしかない!」


 腹を括るしかない。奥歯を噛む俺の隣で、パーカー男がわーっと手を叩いた。


「いいね加藤くん! 潔い!」


「さっきからなんで俺の名前知ってるんだよ!」


「携帯借りたときにアドレス帳見たら、アカウント名に『加藤樹』って出てたから。あ、じゃなくて神通力。神様だから」


「取ってつけたように言うな! 神様じゃないだろ、あの石が神様なんだろ。で、それを持ってるってことはあんたは脱走してきた信者かなんかだろ!」


 俺が訝ると、パーカー男はあははと軽やかに笑った。


「そっか、教団の外部の人からしたら分かりにくいか。あのね、ご神体というのはあくまで、神様が宿ってるとされる物体。そこから神様が抜けたら、ただの物。つまり今、白い石はただの白い石。だって、神様がこうして外に出てるんだからね」


 彼はそう言って、笑顔で丁寧にお辞儀をした。


「申し遅れました。俺の名前は白珠。白き自由の教団が信仰する、神様やってます。ハク様って呼んでね」


 お辞儀しながら、前髪の隙間から上目遣いで俺を見上げる。


「つまり狂言誘拐だね。誘拐犯の君と誘拐される神様が、裏で手を組んで一緒に組織を揺するんだから。加藤くんが誘拐するのはこの俺、ハク様ってこと」


 初対面の変人と、これまた妙なカルト宗教相手に、神様誘拐。とんでもないことに巻き込まれたのは、間違いない。


「……自分で『様』つけてんのかよ……」


 ずれているかもしれないが、まずそこを突っ込んでしまった。自称神様の「ハク様」は、夏の夜の公園を背に、はははと笑った。

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