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「……へ?」


 ハク様が唖然としている。ヤンキーははっとして、ハク様の手を離した。


「あ、つい、すんませんっす。俺、大学で鉱物の研究してて。見たことない石だったから、興奮しちゃって」


 彼は興奮気味に顔を赤らめながら、目を泳がせた。


「申し送れました。ツキトジ大二年、鉱物学部、瀬名川(せながわ)想汰っす。こっちは同じ大学の彼女の、香織(かおり)


「あ、有明(ありあけ)香織と申します」


 黒髪の女性、有明さんも、ぺこりとお辞儀をした。俺も反射的に頭を下げた。


「加藤です。お隣さんです」


 やがてきょとんとしていたハク様も、挨拶をした。


「ハク様です」


 神様です。と言いだす前に、俺は彼の口を塞いだ。


「あ、これニックネームです。『様』まで名前だと思えば呼んでるうちに違和感なくなってくるから、そう呼んであげて」


 ハク様は不服そうに俺を睨んだが、抵抗しないので俺はそっと手を離した。ハク様がご神体を掲げる。


「興味持ってくれたのにごめんけど、これ、ただのガラス質の石だよ。塗料を塗ってあるからなんとなく神秘的に見えるだけ」


「なんだ、ただのガラスか。でもすごいっす、ガラスの透明感を残したまま、乳白色っぽく、内側から光ってるように見える加工技術、それはそれで興味あるっす」


 ただのガラスだったんだ……と俺まで今知った。教団はそんな、たかが塗料を塗ったガラス玉のために三億も揺すられているのか。とことん不思議な世界である。

 ハク様と瀬名川くんが、石の加工に関する専門的な話をはじめた。ついていけなくなった俺は、瀬名川くんの後ろで大人しくしている、有明さんに声をかけた。


「有明さんは、石の話はしないの?」


「はい、私は学部が違うんです。石のことは、全然分かんなくって」


 えへへ、と、彼女は照れ笑いした。


「パワーストーンって言われてる天然石なんかは、興味があります。おまじないとか、占いとか、そういうのは好きなので……。けど、想汰みたいに物質の話になると、ついていけないです」


「そうかあ。俺も石のことは分かんないや。あの白いのは、きれいだなーっくらいの感想しかない」


 俺が同調しつつ、今朝見たテレビを思い出した。


「おまじないや占いといえば、最近流行ってるっぽいよな。アイドルの子がそんなような話をしてた」


「ああ、今朝テレビで観ました、ミーニャン!」


 有明さんも同じ番組を見ていたようで、ぽんと手を叩いて頷いた。


「神様を呼ぶってやつですよね。あれは占いというより、風水に近いかな」


「そういう位置づけなんだ」


「呼べるものなのかは分からないけど、私は、神様はきっといると思います。信じてたら、幸せになれそう」


 彼女のふんわりした微笑みに、俺も釣られて頬が緩んだ。癒し系だ。ハク様に振り回されて疲れていた心身が、浄化されるようである。

 ハク様と瀬名川くんの様子を窺った。石の話題は一層盛り上がっている。瀬名川くんはかなり専門的な用語を交えて話しているが、ハク様はなぜかついていけている。知らない言葉でも都度意味を聞いて、正確に返事をしているようだ。

 そんな彼らを、有明さんが嬉しそうに眺めている。


「ふふふ。想汰、夢中で話してる。私じゃ聞いてあげられない石の話ができて、嬉しそう。そうだ想汰、こんなところでずっと立ち話してたら日が暮れちゃうし、連絡先教えてもらったら?」


「そうだな! ハク様、連絡先くださいっす」


「OK! 加藤くん、携帯貸して」


 ハク様が俺のほうに手を伸ばしてくる。俺は苦笑しつつ、その手に携帯を置いた。


「ごめん瀬名川くん、ハク様、自分の携帯なくて。代わりに俺の番号を登録しておいて」


「いいっすよ! お隣さん……加藤さんとも友達になれて、俺、嬉しいっす!」


 先ほどまでの猛獣の面持ちはどこへやら、懐いた瀬名川くんは、子犬を思わせる無邪気な表情になっていた。


「加藤さん、たまに挨拶するけどちゃんと喋ったことないっすよね。もっとくたびれたおっさんかと思ってたっす!」


「こら、想汰! 失礼な言い方しない!」


 有明さんは瀬名川くんの背中をパンッと叩いた。ヤンキーと大人しそうな黒髪さんの、タイプの合っていないカップルに見えていたが、案外バランスがとれている、お似合いのふたりなんだなと思った。

 瀬名川くんは叩かれてもめげない。


「ねえ加藤さん、今度四人ですき焼き食べにいきません? 加藤さんの奢りで。肉食いたいっす。社会人の経済力を借りたいんす」


「正直者だな。でも生憎、俺も金ないよ」


 三億円が手に入ったら、そういうのもいいなあ、なんて思った。

 いたずらっぽく冗談を言う瀬名川くんを、有明さんがまた小突いた。


 *


 瀬名川くんと有明さんと、アパートの廊下で話し込んだあと、今度こそ部屋に戻った。ハク様は落としたご神体が傷になっていないのを確認し、ほっと安堵のため息をついた。


「よし、きれい。割れも欠けもなし」


 優しく白らかに輝きを放ち、光の角度に合わせてシャボン玉みたいに色が変わる。俺はハク様の手元の石を、遠巻きに見ていた。


「それ、ただのガラス玉だったんだな。瀬名川くんも言ってたけど、俺もなんらかの鉱石なのかと思ってたよ」


「神々しく見せるための塗料でコーティングしてるだけ。マジでただのガラス。神様が入っていない状態ならね」


 ハク様はそう前置きして、床の座布団にお尻を沈めた。


「最初はびっくりしたよ。そこに神いないのに、教祖も他の信者も、この石をありがたがって……。神様が宿ってなければ、価値のないただの石なのに。でも皆が熱心にこれに向かって祈るから、いつしかこれが俺の居場所になったんだけど」


「ハク様の神様トーク、ちょっとよく分からない」


「本気で信じ込むと、そこに神が宿るってことさ。そもそも神様自体、人間が作り出したもの。人々が信じて、心の拠り所にしてきたから、いつしか本物になっていった。信じることって、それだけ力のあることなんだよ」


 ハク様の神様トークは、やはりよく分からない。でも時々ちょっと、納得できてしまう。ハク様がご神体をポケットに潜らせる。


「時に加藤くん、君、貯金どれくらいある? 瀬名川くんと話してるうちに、次の作戦を閃いたんだ。そのためには買い出しが必要でね」


 そして彼は、不敵に笑った。


「必要なのはダンボールと、黒いトランク」

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