最終話 幸せのレシピは「おかわり」と共に
「きゅぴーーーーーーッ!!」
澄み渡る青空を裂いて巨大な影が降り立った。
聖獣モチの着地と共に、公爵城の中庭に心地よい風が吹き抜ける。
「……ただいま、みんな!」
私がゴンドラから飛び降りると、そこには懐かしい顔ぶれが勢揃いしていた。
「お嬢様ーっ!!」
「師匠ーっ!!」
「奥様、旦那様ーっ!!」
ライルが、バルトが、マーサさんが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら駆け寄ってくる。
「ううっ、寂しかったですぅ! お土産話、聞かせてください!」
「師匠! 俺の腕、鈍ってないか確認してくださいよ!」
みんなに揉みくちゃにされながら、私は満面の笑みで背負っていた麻袋を掲げた。
「もちろんよ! お土産話もたくさんあるけど……まずは『これ』を見て!」
私が袋の紐を解くと、中からザラザラと流れ落ちたのは――白く輝く、小さな真珠のような粒。
「これは……?」
バルトが目を丸くする。
「東の国で見つけた、私の悲願……『お米』よ!」
◇
「宴だ! 宴の準備だー!!」
その夜。公爵城の大広間は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
領民の代表、友人たち、そして旅先で出会った珍味たちも並ぶ、大凱旋パーティーだ。
厨房では、私とバルト、そして成長したアランとリリィも手伝って戦場のような忙しさだった。
「ママ、この『カレー』っていうの、いい匂い!」
「パパ、おさかな捌くの上手になったね!」
世界中で吸収したレシピと最高級の食材。
南国のスパイスを使った『夏野菜カレー』。
北の海で獲れた魚の『お刺身』。
そして、中央に鎮座するのは……。
「さあ、炊きあがるわよ!」
私が巨大な鉄釜の蓋を取った。
パカッ。モワァァァァ……ッ!
真っ白な湯気が柱のように立ち上った。
甘く、ふくよかな香り。日本人のDNAが歓喜の歌を歌い出す、炊きたてご飯の匂いだ。
「おおお……なんだこの香りは……!」
「穀物なのに、甘い匂いがするぞ!?」
「さあ、みんな並んで! まずはシンプルに『塩むすび』でいくわよ!」
私は熱々の白米を手に取り、塩をまぶした手で、キュッ、キュッと握った。
具なんていらない。
米と塩。そして握り手の愛情。
それが最強のご馳走だ。
「はい、ライル!」
「い、いただきます!」
ライルが大きなおにぎりにかぶりつく。
ハフッ、ホフッ。
「んんーッ!!」
ライルが天を仰いだ。
「甘い! 噛めば噛むほど甘みが溢れてきます! モチモチしてて、塩気が甘みを引き立てて……無限に食べられますよこれ!」
「俺にもくれ!」
「私にも!」
会場中がおにぎりの虜になった。
カレーと一緒に食べる者、刺身を乗せて即席海鮮丼にする者。「お米」という魔法の食材は、あらゆる料理を受け入れ、その美味しさを何倍にも引き上げていく。
「……ふっ。相変わらず、君の帰還は騒がしいな」
喧騒を少し離れたバルコニーでジルベール様がワインを傾けていた。
「あら、旦那様こそ。……口元に米粒がついてますよ?」
「……む」
彼が慌てて拭おうとするのを止め、私は背伸びをして、その米粒を唇で食んだ。
「……っ!?」
「ふふ、甘いですね」
ジルベール様は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに愛おしそうに目を細め、私の腰を引き寄せた。
「……君には敵わないな。旅の間中、毎日のように驚かされ、腹を満たされ……私の心臓も胃袋も、もう君なしでは動かないようだ」
「それは困りますね。私がいないと餓死しちゃうじゃないですか」
「ああ。だから……一生、離さないと言っている」
彼は私の額にコツンと自分の額を合わせた。
「レティシア。世界中を旅して、いろんな美食を食べたが……やはり一番美味いのは『君と囲む食卓』だ」
「……はい。私もです、あなた」
私たちは微笑み合い、会場の方を振り返った。
そこには口いっぱいにご飯を頬張る子供たち、酔っ払って歌うバルトとライル、モチの背中で寝ているマーサさん。
みんなが笑って、食べて、幸せを噛み締めている。
「ママ―! パパ―! カレーおかわりー!」
「ボクもおにぎりもう一個ー!」
子供たちの元気な声が響く。
私はエプロンの紐を締め直し、ジルベール様の手を取った。
「さあ、行きましょうか。小さな怪獣たちが待っていますよ」
「ああ。……私の『おかわり』も、残しておいてくれよ?」
「もちろんです! 愛情大盛りで!」
私たちは繋いだ手を離さず、光と笑顔が溢れる大広間へと歩き出した。
悪役令嬢に転生し、厨房に左遷された私。
でもそこで見つけたのは、冷え切った心を溶かすレシピと、世界一温かい家族だった。
これからも、私たちの人生は続いていく。
美味しい匂いと、笑顔と、そして――。
「「「おかわり!!」」」
幸せな声と共に。




